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ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

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【転載】シンポジウム「障害/当事者/社会運動―社会学・社会福祉学は障害者運動に対してどのように向き合うことができるのか―」(障害学研究会中部部会)

シンポジウム
障害/当事者/社会運動―社会学・社会福祉学は障害者運動に対してどのように向き合うことができるのか―

日時:2009年11月22日(日) 13:30~15:45

会場:名古屋大学 大学院情報科学研究科1階 講義室1
名古屋市千種区不老町
地下鉄名城線1番出口 徒歩3分
(エレベータは3番出口となります)

東山キャンパスマップ42番
http://www.nagoya-u.ac.jp/global-info/access-map/higashiyama/
3番出口から:郵便局・豊田講堂(青い時計)を左に直進。1番出口へ。
1番出口から:グリーンロード・図書館を右に直進。突き当りを左へ(左に駐輪場)。 右2つめの建物。

講師:田中耕一郎(たなか こうちいろう)
プロフィール:北星学園大学 社会福祉学部 教授
専門:福祉社会学・障害学
主な著書:『障害者運動と価値形成-日英の比較から-
(単著、2005年、現代書館、2006年度日本社会福祉学会賞

コメンテイター:川北稔(かわきた みのる) 愛知教育大学大学院教育実践研究科 専任講師
主な著書:『「ひきこもり」への社会学的アプローチ-メディア・当事者・支援活動-』(共編著、2008年、ミネルヴァ書房)、 『社会運動の社会学』(共著、有斐閣、2004年)

コメンテイター:山下幸子(やました さちこ) 淑徳大学総合福祉学部 専任講師
主な著書:『「健常」であることを見つめる-一九七〇年代障害当事者/健全者運動から-』(単著、2008年、生活書院)、 『ディスアビリティ・スタディーズ-イギリス障害学概論-』(共訳書、2004年、明石書店)

司会:時岡新(ときおか あらた) 金城学院大学
コーディネータ:渡辺克典(わたなべ かつのり) 名古屋大学

参加費:無料

情報保障:ウェブサイトなどで追ってお知らせいたします。
(詳細につきましては、おたずねください)
http://www.lit.nagoya-u.ac.jp/~socio/watanabe/ds-chubu/

問い合わせ先:障害学研究会中部部会 ds.chubu@gmail.com(渡辺)
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コメント

当事者学はいっさい信用しない

かつてわたしの関わっていた不登校のジャンルでも当事者学が猛威をふるっています。
現場の実務者レベルではずいぶん評判が悪いにもかかわらず、学者の学歴や書物崇拝によって、教師や翻訳者などのインテリほどまるめこまれているのが現状です。
それに対する対抗策を練るためにも、こうした会合にも取材に行きたいものです。
個人的にも当事者学者にはアイデアを盗まれたり、集団的にもフリースクールの歴史についてうそを書かれる、重要な文献をビブログラフィから外される等、迷惑千万です。

11月28~29日に神奈川で開かれる社会臨床学会の「当事者」概念を考える―「する側―される側」関係を振り返りながら―にも行く予定です。

当事者自身と、当事者学

■障害学会でも、ときどき論点として浮上しますが、要するに、①当事者自身の頭上で、かってな議論(当事者をおきざりにした)が展開してしまっているかどうか、②当事者の利益にならないネタをさがし目的で、当事者に接近した第三者が、搾取行為をしているか、につきるんだとおもいます(もちろん、障害学会で、ここまで、エゲつなく問題提起されているわけではありませんが)。■障害学会が、女性学系団体と同様、ほかの組織よりも、かなりマシな空間になりえているのは、当事者がメンバーの中核にいるからです。■男性研究者が、どんなに努力をしようと、再帰的な男性学的ジェンダー論の域をこえるのは困難であり、すくなくとも女性学の空間をしきったりするのは越権であるように、障害学が、非障碍者主導でうごいてしまっては、単なる知的搾取・支配に変質してしまうと。
■いずれにせよ、「被害者」がいるかどうか? 「殺される側の論理」(本多勝一)以来の問題提起は、依然として有効と。■hituziさんのお師匠さんの代表作のひとつも、『調査されるという迷惑―フィールドに出る前に読んでおく本』(宮本 常一+安渓 遊地,みずのわ出版 2008)という表題・副題になっていますね。

■ただ、「こども学」などが、当事者主導でやりづらいことと同様、主体性のありよう、情報配信の主導権・ブランド化などは、最後までなかなか決着がつきづらい問題をかかえているんだとおもいます。■社会的弱者へのサポート活動をどう知的に整理し運動につなげていくかをかんがえる、社会臨床学会、あるいは社会学系からのアプローチをこころみる解放社会学会などは、そこらを当事者から とわれているといえそうです。

被害者学会は?

以前このブログで、アイヌ民族との関連で紹介したところ、倭人中心の学会ではないかという懸念を吐露されたと記憶している被害者学会(http://www.victimology.jp/)は、どうでしょうか?いや、何に関して「どうでしょう」なのかが曖昧な質問ですが、要は、人権の観点からみて生産的な活動を十分におこなっているのではないか、という意味で、どうでしょうか?

学会ホームページの第一印象

http://www.victimology.jp/
http://www.victimology.jp/kenkyu-backnumber.htm
http://www.victimology.jp/kako.htm

■会員をひとりもしらないので、ウェブ上の情報からだけの第一印象だけかきます。

■①基本的に、小集団による犯罪の被害者、報道被害あたりだけを想定しているようにおもえる。国家権力や大企業などによる組織犯罪、法廷など司法過程でないがっしろにされる被害者のありようなどへの、視線がよわい印象。

■②被害者をとりまく社会的施策などへの批判的検討はいいけど、それにとりくむなら、被害者学じゃなくて、行政学だの、なにか、別のわくぐみが必要なはず。被害者のおかれている社会学的位置をあきらかにすることと、被害者救済のための方途、その改善は、また別個の問題のような気がするので。

■もうちょっと かんがえて整理してから、また かきます。

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