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ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

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政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

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リビング・ウィルを逆手にとった治療拒否で安楽ケア受けて自殺(Ashley事件から生命倫理を考える)

リビング・ウィルを逆手にとった治療拒否で安楽ケア受けて自殺(英)
2009/10/6(火) 午後 8:56
リビング・ウィル(事前指示)が、まさか、こんな使われ方をするとは……。

Kerrie Wooltortonさん26歳は
子どもができないことに悩んでウツ状態となり、
これまでに9回も自殺未遂を繰り返してきた。
(人格障害があったとする記事も)

9月に、今回は、自宅で毒物を飲み、救急車を呼んだが、
病院に着いた時にも意識はあって、医師の顔を見るや手紙を渡した。

それは彼女のリビング・ウィルで、
安楽ケア以外、命を救うための治療は拒否するとの意思が表示されていた。

救急車を呼んだのは、一人で苦しみながら死にたくなかったから。

本人の意思が明確であり、治療を拒否する能力があると思われる以上、
この事前指示に従わずに治療すればassault(暴行?)の罪に問われる、として
医師らは治療せずに、Wooltortonさんを死なせた。

しかし、Wooltortonさんがウツ状態だったことから、
両親や他の専門家から、意思決定能力を認めたことに対する疑問の声も上がっている。

両親は、医師は救命するべきだったとして、病院を訴えることを検討中。

リビング・ウィル(事前指示)は2005年のMental Capacity Act(MCA)後に導入された制度で
医事委員会GMCは事前指示に従わない医師は除名処分にするとの方針を出しており、

MCA以前であれば、Wooltortonさんのようなケースは救命されていた、という専門家もいるが、
もちろん、リビング・ウィルがこのような使われ方をしたのは初めてと思われ、

Andy Burnham保健相も
リビング・ウィルも事前指示もこのような目的のものではないので、
法律の変更が必要だと警告している。

ある医師は「このままだとリビング・ウィルが”裏口・自殺補助”に使われてしまう」と。

Suicide woman allowed to die because doctors feared saving her would be assault
The Telegraph, September 30, 2009

Family of ‘living-will’ girl to sue hospital
The Telegraph, October 2, 2009

Living wills case could lead to ‘assisted suicide by backdoor’
The Telegraph, October 6, 2009
・・・・・・

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■制度的にまちがっているとおもう。
■ウツ病などにおいこむことで 退職をせまるとか、あこぎな企業は すくなくないようだが、こういった まずい法制度とか あいまいな解釈が のこっていると、保険金殺人や保険金を前提にした借金返済とか同様に、「事前指示」が悪用されて、社会的にほうむられるかもしれない。
■「尊厳死」って概念自体が、脳死判定臓器摘出目的と同様、あぶないものだという気がしてきた。
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タグ : 安全

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コメント

まさにおっしゃるとおり!

>■「尊厳死」って概念自体が、脳死判定≒臓器摘出目的と同様、あぶないものだという気がしてきた。

たとえば『増補 生体実験 安楽死法制化の危険』(三一書房)という資料の236~8ページにある「もっぱら病者の死苦の緩和の目的でなされたこと」について、という章にある様に、本人の苦痛緩和という名目で殺人が容認されてきたのではないかと懸念されます。

たしかに、極端な事例として『告発!サイクル機構の「四〇リットル均一化注文」』(世界書院)という本でも指摘された東海村臨界事故の被曝者の様に、ものすごい苦痛をともなう致命傷をおった人間に対する延命治療をどこまでおこなうべきかは別途かんがえるべきかもしれません、延命するほど苦痛が不可避に延長されるので。ただ、そうした極端な事例以外に、本人の苦痛軽減という主張に道理がありそうな場合はほとんど存在しない様に感じます。

安楽死したい人がすることを止める論理は何でしょう?
疑似宗教的な安楽死禁止は、
個人がよけいな罪障感による抑圧ぬきに生きて死んでゆく自律性をさまたげる制度です。
たとえうつでも死にたい人を苦しみの多い生に縛り付ける理由にはならない、
むしろうつだからこそ安楽死の自由が必要な場合もあるのではないでしょうか。

お返事ありがとうございます。

ワタリさま

おっしゃるご意見にも一理ある様な気はするのですが、いきることが苦痛である場合に自殺を選ぶことを自己決定権としてみとめてしまうと、「いまの世の中を生きにくく感じるひとに自殺をせまる風潮をうみだす一要因になるのではないか、というのが私の懸念です。

弱い立場の病人のためという大義名文をかざして、健康者の安楽のみを守ってはならない。(『増補 生体実験 安楽死法制化の危険』(三一書房)237ページ)

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