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ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

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政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

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教育支出:日本、最低の3.3% GDP比、28カ国中ワースト2位--OECD調査(毎日)=「ムダ」とはなにか55

教育支出:日本、最低の3.3% GDP比、28カ国中ワースト2位--OECD調査

 日本の06年の公的財源からの教育支出の対国内総生産(GDP)比は前年比0・1ポイント減って過去最低の3・3%となったことが、経済協力開発機構(OECD)が8日公表した「図表で見る教育09年版」で分かった。OECD加盟国の平均は4・9%(前年比0・1ポイント減)で、加盟30カ国のうちデータが比較可能な28カ国中、最高はアイスランドの7・2%、日本はトルコに次ぎワースト2位。前回05年と03年は最下位、04年と02年はワースト2位と、低迷が続いている。

 対GDP比は、大学など高等教育に限ると前年と同じ0・5%(OECD平均1・0%)で28カ国中最下位。政府の支出全体に占める教育支出の割合は前年と同じ9・5%で、OECD平均の13・3%を大きく下回り、データ比較が可能な27カ国の中ではイタリアと並んで最下位
だった。

 日本は少子化が進んでいるため、1人当たりの教育支出(公私負担の合計)はOECD平均とほぼ同程度の8872ドル。しかし、私費負担の割合は33・3%と韓国に次いで2番目に高く、OECD平均15・3%を大きく上回っている

 OECDは「日本の教育を支えているのは私費負担割合の高さ。経済危機によって進学を断念する若者が増えるとみられ、奨学金を中心とする公財政支出の役割が期待される」としている。

 教育への公財政支出の対GDP比を巡っては、民主党が衆院選前に公表した政策集で「先進国の平均水準(5%)以上に引き上げる」と目標を掲げた。日本のGDPは約500兆円で、民主党が掲げる高校無償化の費用(年4500億円)が教育支出に加われば、対GDP比は0・1ポイント程度の上昇が見込まれる。子ども手当(年5兆3000億円)は教育支出の対象外とされる可能性が高いが、仮に全額算入しても5%には届かない。【加藤隆寛】

英訳

【関連記事】
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私はこう見る:09衆院選/8 教育改革 西村和雄氏/尾木直樹氏
毎日新聞 2009年9月9日 東京朝刊
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■「高学歴ワーキングプア(水月昭道)=「ムダ」とはなにか」シリーズでも何度かのべたことだが、社会(市場)の要請がどの程度であろうが、現代日本が その経済大国ぶりとは反比例するかのように、教育に関してケチであることは、明白である。■いわゆる「米百俵」論が、基本的には総力戦体制論にまきこまれかねない、教育関係者の利害を合理化したイデオロギーであること、あるいは、“町人国家”論をものとしもしない、「実力」重視主義が「健全」であることは否定しない。■教師を軽視したまま人材育成に徹するなら、一部のエリート養成機関以外を廃して、それこそ「寺子屋」=私塾体制にしてしまえばよいことになる(貧困層対策は、生活保護・就学援助政策でわりきる)。■しかし、あらゆる商品が、どんなに生産・流通過程を合理化しようと、「やすかろう わるかろう」の普遍的原理をこえられないように、人材育成をケチって、成果だけだそうというのは、根底からまちがっているのである。
■「天下り」禁止をふくめた行政改革≒公務員改革をもちだすと、「人材がこなくなる」論がどこからともかく浮上するのが、抵抗勢力残存の証拠だが、こと教員養成や労働条件整備に もっとカネをまわそういった議論の大半は、「財政赤字のもと、そんな財源などない」「聖域などない」式の反論が百倍かえってくるような、「非現実的な社会民主主義」とうけとられがちだろう。■つまり、「エリート官僚は 厚遇しないとまずいが、膨大な現場教員は末端の現業労働者にすぎない」という社会的合意が、戦前からずっと継続中なのだ。■もっとも優遇されているだろう、高等教育さえ、かいたたかれている。小中高校の現場など、「いまぐらいの水準で充分」といった、非常にふざけた論理がまかりとおっているのに、選挙民は 全然呼応しなかったのだ。利害のからんだ文教官僚以外、「人材は、自力ないし現場でかってにそだつ(カネをかけるだけ、ムダ)」という論理でもって、徹底的に放置をきめこんだ財政政策を、選挙民は追認しつづけたのだ。「教育は私的な戦略実践」という「暗黙の合意」のもとにね。■それが、ひいては、どうにもとまらない少子化傾向につながっているという巨視的構造を直視せずに。
■もちろん、OECD諸国が、イリイチらに指摘された「学校化社会(schooling society)」であり、公教育イデオロギーに規制した茶坊主たちを大量にかかえこんでいることも事実だろう。教育者が被教育者から収奪する巨大機構の寄生者として、既得権益擁護にいろいろと 合理化をこらす詐欺行為のかずかずをかかえた。■しかし、図書館サービスや通信教育などをふくめたウェブ上の情報保障が完備されない以上、アナーキーな出版・教育市場およびインターネット空間にまかせきった「自助努力」主義=放置は、無責任というべきだろう。「学習指導要領」だの「学問の自由」」だのが うたう、カリキュラム群も 実にあやしげではあるが、利用者の自己責任で取捨選択する情報群は、かなり悲惨な結果をうむとおもう。
■たとえば、つぎのような惨状を、競争原理・「思想信条の自由」などにまかせた放置・黙認でいいかどうかだね。

●「自民党敗北の原因に関する森田実氏の考察」(『我が九条-麗しの国日本』2009-09-07)
●「ネトウヨは実在する@ニコニコから - 2ちゃんねるとネット右翼ウォッチング&その分析」(『2ちゃんねるとネット右翼ウォッチング&その分析』 2009-09-07)


■ちなみに、小泉首相の所信表明演説にある「明治初期、厳しい窮乏の中にあった長岡藩に、救援のための米百俵が届けられました。米百俵は、当座をしのぐために使ったのでは数日でなくなってしまいます。しかし、当時の指導者は、百俵を将来の千俵、万俵として生かすため、明日の人づくりのための学校設立資金に使いました。その結果、設立された国漢学校は、後に多くの人材を育て上げることとなったのです。今の痛みに耐えて明日を良くしようという「米百俵の精神」こそ、改革を進めようとする今日の我々に必要ではないでしょうか」というセリフは、単に 財源がたりないんで、ケチるぞ。ガマンしろ。という主張を正当化するための、レトリックというか、詐欺的粉飾だったようだ。


●旧ブログ「「ムダ」とはなにか」シリーズ
●ブログ内「「ムダ」とはなにか」関連記事
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テーマ : これでいいのか日本 - ジャンル : 政治・経済

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