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ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

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政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

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国会図書館の本、ネット有料公開探る(朝日)

■「日本文藝家協会、「Googleブック検索」の和解案に抗議声明(INTERNET Watch)」の関連記事。


国会図書館の本、ネット有料公開探る 絶版も手軽に

asahi.com 2009年8月25日15時0分

 国立国会図書館の蔵書をインターネット経由で有料公開する構想が浮上している。既存の出版ビジネスとの共存に課題もあるが、利用者から使用料を徴収し、作家や出版社に分配。実現すれば、絶版本などが自宅で手軽に読めるようになる。構想の背景には、米グーグルが世界規模で進める全文検索サービスの衝撃がある。

国会図書館の本、ネット有料公開
 国会図書館は蔵書のデジタル化を進め、10年度末には同館が所蔵する国内図書の4分の1にあたる約92万冊がデジタル化される見込みとなった。長尾真館長が、急増するデジタルデータの活用の仕組みを日本文芸家協会日本書籍出版協会の幹部らと協議してきた。

 長尾館長らの構想では、新設する非営利の第三者機関「電子出版物流通センター」(仮称)に、同館の図書データを無料で貸し出し、センターがネット公開する。利用者は数百円程度の使用料で、本を借りるようにパソコンで本文を一定期間読める、といった利用法が検討されている。

 ただ著作権が残る書籍は、ネットで公開するには作家や出版社から許諾を得る必要がある。この処理コストが壁になり、今のところ同館がネット公開しているのは著作権が切れた明治大正期の書籍約16万冊などに限られている。

 そこで文芸家協会と書籍出版協会は、書籍のネット利用にかかわる著作権を集中管理する新団体を検討している。文芸家協会の三田誠広副理事長は「書店で入手が難しい絶版本がネット経由で読まれるのは作家にとっても喜ばしい」と話す。

 書籍のデジタル化は国会図書館でも00年ごろから始めていたが、米グーグルが欧州や日本などを含む世界の書籍700万冊以上をデジタル化していることが明らかになった。米国作家協会などとの集団訴訟の和解案では、グーグルが得る収益の一部を作家側に分配するための団体もつくることになっている。権利者側の三田氏らの構想は、この日本版というイメージだ。

 国会図書館の蔵書のネット公開が急激に拡大すると、書店などを含めた既存の出版流通ビジネスが打撃を受けかねない。当面のネット公開の範囲は、作家と出版社との出版契約が完全に切れた絶版本などに限られる可能性もある。

 構想の試案をまとめる松田政行弁護士は「日本の出版文化の配信は他国の私企業に任せるのでなく、日本が主体的に進めるべきだ」と話す。(赤田康和)

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■以前もかいたとおり、「グーグルが性急に、アメリカ仕様を世界中におしつけようというのも、よくわからないが、「絶版または市販されていない書籍であれば閲覧可能」というのが、本当に問題なのか」、みえてこない。■したがって、国会図書館が グーグルに対抗してウンヌンというのであれば、なにが目的なのか全然わからない。特に「当面のネット公開の範囲は、作家と出版社との出版契約が完全に切れた絶版本などに限られる」とすれば、意味不明。■著作権がきれたものなら、「青空文庫」のような 篤志家たちの運動がはじまっている。

■以下は、これに先行する『朝日』の関連記事。


【出版】グーグル和解案の波及効果か いま国会図書館で起こっていること

2009年8月10日
筆者 植村八潮

 インターネットで世界中の書籍を検索できるようにする─。グーグルが掲げた目標が実現すれば、図書館の閉架書庫で埃をかぶったままの図書も、出版目録からはずされたままの絶版本もよみがえることになる。

 書籍の全文検索が可能になれば、もはや文献調査のために書棚の前に立って片端から閲覧する必要はなく、論文の引用リストを手がかりに文献を探索する作業も過去のものになるだろう。

 和解案の是非は別として、ユーザーの利便性の点から評価すれば、グーグルブック検索は疑いもなくすばらしいサービスである。その恩恵を受けられるのであれば、対価の支払いに躊躇はしない。広告モデルによる無料提供である必要はなく、従来のレファレンスデータベースや電子書籍の配信ビジネス同様に、個人向けには有料サービスとし、図書館とは有料契約を結んで来館者に提供すればよい。

◆国会図書館に127億円 蔵書のデジタル化加速

 図書のデジタルアーカイブ(検索可能な本文データベース)の重要性が再認識されたことも、グーグル和解案の波及効果の一つといえるのではないか。これによって、日本でも、著作権法改正に加え、補正予算により国会図書館のデジタル化計画が一気に進むことになった。

 2010年1月1日から施行される改正著作権法により、「インターネット等を活用した著作物利用の円滑化を図るための措置」として、「国立国会図書館における所蔵資料の電子化」については、著作権者に許諾を取ることなく可能となった。国会図書館では、従来から明治・大正期の図書14万8千冊をデジタル化し「近代デジタルライブラリー」として公開してきた。著作権者を追跡するなど、この実現のために、約2億円を費やしたという。この手続きが不要になるのである。

 この法的整備を背景に、前年の100倍規模となる約127億円が補正予算に計上された。これにより1968年までの図書、博士論文、古典籍、官報など約92万冊の蔵書のデジタル化に取り組むことになる。これが景気対策予算の一つだと聞くと、いささか首をかしげたくもなるが、いずれにせよ、民間に図書のデジタル化作業が業務委託されることとは別に、アーカイブを元にした需要が喚起されていかねばならない。

 著作権の円滑な流通をめざす目的はよいとしても、デジタルアーカイブは、従来、出版社が印刷メディアによって果たしてきた役割の何を代替するのだろうか。

 出版活動は、印刷による複製技術と物流による頒布を基盤としている。そして情報の「生成・流通・販売サイクル」の一つとして、生成加工を行っている。この活動は、読者が対価を支払うのに見合った作品とするために、情報の選択や編集、信頼性を付与する作業である。

 デジタル出版は、デジタル複製とネット流通を基盤とすることでローコスト化を実現したが、コンテンツについては一般に思われているほど安くはならない。それは人間の知的活動による情報生成に、経費が大きなウェイトを占めているからである。いうまでもなく、この著者による「生成」を支えているのが出版社である。

◆雑誌協会事業にも予算 記事アーカイブ化も前進

 一方、デジタルアーカイブは、その名のとおり「蓄積・保存」を基本としており、理論的には誰もがアクセス可能である。グーグルブック検索のようなサービスを行えばネット上の「流通」を担うこともできる。今回の改正で国立国会図書館では、著作権の切れていない図書資料については検索・閲覧が館内利用に限定されたが、将来は千代田図書館のように館外からの貸出サービスを行うことも求められるようになるだろう。もちろん、それでは著者の知的生産活動や出版産業が成り立たなくなる。その前に、なんらかの利用制限か補償金制度が整備される必要がある。

 言い換えれば、図書館活動の延長上にあるデジタルアーカイブは、ネットを利用した「流通」システムである。ただし、新たな情報の生成は従来の出版システムに依存したままであり、販売については未整備のままである。これでは、グーグルブック検索も国会図書館のデジタルアーカイブも既刊書の再流通システムに過ぎない。両者はデジタルコンテンツの流通インフラを整備するトリガーとなっただけである。

 補正予算の127億円と比較すると、100分の1程度にすぎないが、コンテンツ流通インフラの整備にも国家予算がつくことになった。総務省が募集した「ICT利活用ルール整備促進事業(サイバー特区)」の実施テーマに、日本雑誌協会が応募し、このほど「雑誌コンテンツのデジタル配信プラットフォーム整備・促進事業」として採用されたからである。今後2年間の実証実験を通じて、デジタル雑誌のビジネスモデルの確立をめざすという。

 従来、取り組んできたような出版社単位、個別雑誌単位でのビジネス展開では勝算が見えない。そこで出版社横断的な雑誌記事アーカイブを構築し、新たな価値創出をめざそうというのである。

 検証すべきテーマは既存雑誌コンテンツの使用許諾ルール、コンテンツ作成の手順やファイル形式、さらにビジネスにしていくためのサイト運営や専用端末機の開発など多岐にわたっている。そこでは書籍の本文をスキャニングするといった単純な作業ではない取り組みが求められている。

 過去の雑誌記事の横断的な検索や表示が可能になれば、書籍アーカイブ以上の魅力が期待できる。コンテンツ管理に関与せず、インフラの研究に投資するという、とても有効な国家投資ではないだろうか。(「ジャーナリズム」09年8月号掲載)

   ◇

植村八潮 うえむら・やしお

東京電機大学出版局局長。

1956年千葉県生まれ。78年東京電機大学工学部卒業。東京経済大学大学院コミュニケーション研究科博士後期課程修了。共著に『出版メディア入門』(日本評論社)など。

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■すくなくとも 30年後ぐらいには、一部の超流行作家以外、印税で生活といった生業形式は消滅しているとおもう。「以下は有料…」といった、ウェブ上の課金制度をとおしても よんでもらえるとか、定期購読してもらえるようなカリスマ的な存在、あるいは ウェブサイトの文章のまわりの 広告サイトへのクリックを収入源とするような形式は ごく一般的になっているだろうけれど。■『週末作家入門』という、ずいぶんまえの旧ブログ記事でもかいたとおり、もともと「印税でくってる層なんて、ごくごくわずかで……日垣隆さんの『売文生活』(ちくま新書)や「原稿料の研究 」なんぞは、苦笑なしには、よめない」わけで、文章をよむ=情報消費=サービス商品の価値と、それをもたらしたコストを分担しておう消費者としての責任がある…といった論理で、文章表現の金銭的対価を生産者に還元させるという論理は、あまりにくるしい。
■「週末作家」の典型である、大学人たちなどは、「こしかけ(大学からの所得)」を前提に、印税を計算外にした執筆活動をおこなっているし、出版社がわも、印税分の「現物支給」やら、大学生協での教科書販売などを前提にした価格設定としているだろう(マニアックな本なら定価8000円×初版500部とか、教科書につかえるなら定価1500円×初版2000部とか)。そして、何度もかいてきたような記憶があるが、俳人やら歌人とかが「句集」や「歌集」の印税収入でくっていくなんてことは、すくなくとも長期間はありえないのは、ボクサーがプロとしてファイトマネーではくっていけないのと、本質的には通底している。■そんな でかい「市場」など、もともとないのだ。みんな名誉心・自己満足・自己実現などのために、表現行為をくりかえす。それだけだ。
■そうかんがえれば、「海賊版」はさすがに違法だが、個人によるひそかな複写を実質的に規制できないように(図書館は、一部のページの個人利用としてだけ複写の違法性をまぬがれさせているが、実質は、のばなしにすぎない)、「利用したのだから、各生産者のさいたコストのもろもろにこたえろ」と、せまったところで 「劣化コピーで充分」という個人の欲望の水準を規制することなど困難だ。■そして、実際に てにとって、その感触や 印刷面の うつくしさを たのしんだり、検索行為によるものとは異次元にある とばしよみや 「一覧性」を享受することを あきらめるなら、ディジタル化した情報は、画像もふくめて 総じて無限に複製可能になった。うえにあげたような 少々の不便さに めをつぶるなら、「劣化コピー」でさえないといえるような水準で。
■そうかんがえると、一時的な閲覧で充分とか、ダウンロードした印刷物で充分といった読者以外を大量に魅了しないかぎり、既存の出版業モデルは早晩消滅においこまれる宿命にあるといってよかろう。■なにしろ、かなりのカリスマ的有名人でさえも、かなり有益な情報を、タダで配信してしまう現在である。極端なはなし、「卒業要件のなかの必修科目の教科書」とか、「資格試験の定番問題集」といった、反強制的な「集客力」をもったもの以外、
■ともあれ、日々陳腐化することを前提にした新聞やら週刊誌の部数が漸減している現在、陳腐化することなく ずっと そこそこの量 うれつづけることは、本質的に不自然なことなのだ。音楽の配信であれ、動画の配信であれ、「古典化」「スタンダードナンバー化」することは至難のわざということ。■まして、趣味的な表現をマニアむけに少量発信するという手法による、「最低限の複製技術利用」をこえるような、ベストセラーねらいは、計算してできるものではないし、それを前提にした「作家」活動は、無意味というものだ。
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テーマ : 文明・文化&思想 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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コメント

おっしゃることは妥当だとおもいますが

>「古典化」「スタンダードナンバー化」することは至難のわざということ。

おっしゃることは妥当だとおもいますが、このブログでしばしばとりあげている『<野蛮>の発見』(講談社現代新書)はスタンダードナンバーになってほしいです。もちろん、原則論としては『エントロピーと地球環境』(七つ森書館)が究極の物理的限界である熱力学第二法則を論じているので、その様な限界にならない様に権力者が配慮すれば(あるいは権力者に配慮させれば)世界の諸問題は解決するとおもいますが、何らかの属性をもつひとびとを差別して、そうした配慮にいたらない様にする心性を克服するには、『<野蛮>の~』ほど格好の教材はありますまい。おそらく、「人種」による差別を正当化する論理の類型は、この本一冊で全部でそろっているとおもいますし、「人種」という属性が差別を正当化する根拠になりえないという主張がとおれば、おそらくあらゆる差別の根源であろう女性差別も解体でき、ほかの差別の解体にも波及していくことと推測します。

上記かきこみを送信したあとで知った、いたいニュース

広告の黒人を白人に差し替え 米マイクロソフト謝罪(CNN.co.jp)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090827-00000002-cnn-int

「古典化」の ありかた

■「「古典化」「スタンダードナンバー化」することは至難のわざ」という図式化は別に、皆無にちかくなる、といいたいわけではありませんし、まして、そうなるのは当然(そうなっていい)という意味でもありません。のこる本は、紙媒体として のこるでしょう。■ただし、よみつがれ・ひきつがれていく。という「ミーム(meme)」としての いきのこりかたと、「版権」といったかたちでの、知的所有権・財産権といったかたちの 維持とは、別問題だろうと。■古典・スタンダードナンバー化した作品・論点は、図書館やウェブ上に保存されるだろうと。そして、ビジネス書のヒントがそうであるように、筆者の 氏名を刻印された独自性、といった幻想は消滅していくだろうと。ノーベル賞級の記銘がなされないかぎり、発明者の個別性など、わすれさられる運命にあるわけで、それは、後続の技術にのりこえられるにせよ、のみこまれるせよ、汎用性・恩恵のおおきさとか、過去との断絶(独自性)のおおきさとは、一応無縁で、ともかく時間という、気のとおくなるような過程のなかに、のみこまれいくのが、「着想」というものだと。

■人種差別における ファノンであるとか、フェミニズムにおける ボーボワールであるとか、いずれ 個人名がわすれられてしまうでしょうが、科学・技術の進展とおなじように、後続の波動に「吸収」されるかたちで、それは充分やくだっていると。

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