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ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

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自己欺瞞・偽善の象徴としての 「8月15日」神話・ヒロヒト・憲法

■旧ブログ「被爆国という記憶継承」(2005/08/09)という4年もまえの記事の関連。


あと1日生きていたら…終戦前日の空襲慰霊
8月14日13時20分配信 読売新聞

あと1日生きていたら…終戦前日の空襲慰霊
慰霊祭で焼香、母や兄へ思いをはせる吉富玲子
さん=里見研撮影


 終戦前日の空襲で多くの犠牲者が出たJR京橋駅(大阪市城東区)で14日、慰霊祭が営まれ、遺族ら約250人が参列した。
 大阪府東大阪市の無職吉富玲子さん(77)は、母きくえさん(当時47歳)と長兄忠雄さん(同19歳)を亡くした。
 1945年8月14日、歩兵連隊に召集された忠雄さんを見送るため、自宅近くの桃谷駅から大阪駅行きの列車に乗った。正午過ぎ、京橋駅にさしかかると、爆撃機が不気味な機械音とともに空を埋めていた。
 母と列車を降り物陰に身を隠したが、ごう音とともに駅舎が崩れ、がれきの下敷きになった。薄れる意識の中、「玲子、玲子」と呼ぶ母の声が今も耳に残る。
 住民らに救出されたのは夕刻。母の遺体はすでに寺に収容され、翌日、駅の別の場所に逃げた忠雄さんの死を知った。「あと1日生き抜いてくれていたら……」との思いが消えない。
 父と姉が病没していたため、戦後、次兄と助け合いながら懸命に働いた。京橋駅には長い間近寄らなかったが、約20年前に慰霊祭の存在を知り、参列するようになった。「本当は来たくないけれど、母が私を呼んでいるような気がして。こんな思いをもう誰にもしてほしくない」と話した。
 空襲は同駅近くの大阪砲兵工廠(こうしょう)を狙ったもので、乗客ら500~600人が命を奪われたとされる。
最終更新:8月14日13時20分

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■「降伏」が 2週間はやかっただけで、何十万人もの犠牲者がすくわれたはずだ。いかに愚劣だったとはいえ、ソ連参戦で、早晩「降伏」するほかなかった日本政府中枢と戦争維持能力の低下をみれば、2発の原爆投下は、無論無意味だったし。■一方、沖縄周辺や戦地・植民地にあった「日本人」や現地住民、そして国籍にかかわらず(朝鮮系「日本人」労働者であろうが、米軍兵士捕虜であろうが)被爆した層などにとって、8月15日の「終戦」ほど 無意味な「記念日」はないことは、これまでにも 再三かいたので、くどくど くりかえすことは さける。
■「改心した平和主義者」づらして、おめおめと40年以上もいきながらえた大元帥は、「広島市民に対しては気の毒であるが、やむを得ないこと」などと 原爆投下を「擁護した」。アメリカ政府に いのちをすくってもらっただけでなく、「国体護持」さえしてもらったからね。■「昭和天皇は病床でも「沖縄へはどうしても行かねばならなかった」と侍従に語ったとされる」といったことを、ことさらに強調して ヒロヒトを擁護するやからがいるが、1975年に、「大恩人アメリカ」にもうでていながら、「沖縄海邦国体」の出席をすっぽかすかたち(皇太子アキヒトを名代にたてて)で、犠牲者追悼の機会をみすみす ほうりすてた(つぎの 「沖縄海洋博」開催のときには、死期がせまっており、とても渡沖できる状態ではなくなっていた)。まあ、皇太子が ひめゆりの塔で火炎ビンをなげつけられるような時代だった以上、おそろしくて とても 渡沖できたもんじゃなかったんだろう。
■もともと 「沖縄県民斯く戦へり。県民に対し後世特別のご高配を賜らんことを」といった日本軍の現地指揮官の要望を無視して、「天皇メッセージ」を ひそかに ながすような国王が、自国民をひとしく愛したはずがなかろう。

■しかし、こと この「終戦」問題や 「玉音放送」神話問題は、ヒロヒトという人物の個人的な資質や 政治的位置だけで 説明がつくようなものでないことも事実だ。
■たとえば、アメリカ政府は、原爆投下=人体実験をふくめた実戦的データ収集のためと、ソ連へのけん制をふくめて どうしても日本を降伏させないで 戦意を維持させる必要があった。■戦後についていえば、冷戦構造がはっきりし、また中国が社会主義化(「共産化」というのは、左右のイデオロギーの共犯関係による呼称なので、さける)した以上、日本列島の社会主義化は是が非でもさけねばならないとアメリカ政府はかんがえたし、同時に、西太平洋の「中米化」の地政学的拠点として、死守すべきだと位置づけられた日本列島は、琉球列島をふくめて、アメリカ軍の後方基地として確保する必要がみとめられし、そのためには、現地支配層による「間接統治」が不可避だった。ここに、列島の社会主義者を忌避する日米双方の支配層の利害一致がある。■天皇の助命もふくめて、天皇制の「平和利用」は、冷戦構造化の必然的選択だったのである(これが朝鮮半島との、おおきな ちがいとなる)。
■そして、「核の傘」のもと、偽善的に「平和主義」を自称する国民の象徴としては、徹頭徹尾 偽善的な人物を 安定的に「象徴」とする必要があった。それこそ「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」という、実にイデオロギッシュな憲法の規定というべきだろう(大日本国憲法の「大日本帝國ハ萬世一系ノ天皇之ヲ統治ス」に対応する、新憲法バージョンだとはいえ、国民主権を国是とする憲法の第一条が、天皇の位置であり、かつ「日本国民統合の象徴」だの、「この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」などと、多数決原理で「統合」「総意」を偽装する、その後の「民主主義」の実体を、よく「象徴」しているといえよう)。
■心理学者岸田秀氏は、戦争責任をとらなかったヒロヒトが、戦後日本国民の「象徴」となったのは、軍部に全部責任転嫁する卑劣な人物同士として、天皇・国民が、共犯関係にあったからだと指摘している。軍部の暴走をゆるした天皇および国民は、軍部に全部責任をおわせて、免罪されるという、自己欺瞞・詐欺をやらかす共犯者として、前者は後者の「象徴」となるほかなかったのである。マッカーサーらは、近衛文麿らの 国体変革=共産化論にのっただけのようにみえるが、実は、この「共犯関係」に充分きづいたうえで、偽善的憲法を「おしつけ」たのではないか。■その意味では、憲法1条のにはじまる イデオロギッシュな憲法の「おしつけ」とは、日本の支配層と 国民と、アメリカ政府首脳部の共犯関係=「醜悪な茶番劇」の「象徴」なのだと、いえそうだ。「御召により御前に伺候したるに、龍顔殊の外麗しくにこにこと遊され、(余り戦果が早く挙り過ぎるよ)との仰せあり」(『木戸幸一日記』 下)などと、緒戦の戦果にはしゃいでいた大元帥。終戦後の責任問題を回避するためにも、退位させ実質的に幽閉してしまうことで和平工作をすすめようと画策した近衛文麿らの策動(「“昭和天皇の戦争責任”をあらためて問う」)。自分は大陸や南方での戦線の拡大=軍の暴走に反対だったが、いったら、おかしくなっているとみなされ、幽閉されていただろうなどと、述懐したそうだが、おおウソつきというべきだろう。

■ちなみに、“岸田秀の押しつけ憲法論、あるいは、反=押しつけ憲法論”とか、“平和主義の欺瞞【その4】~押しつけられた平和主義は平和の敵~”といった一文など、岸田秀氏を、単なる右派ナショナリスト=改憲論者とみなす層が左右両派にいるようで、こまったものだ。■岸田氏自身はナショナリストではあるが、実質的な憲法制定過程が戦前や在野にあったという史的実証主義にてらした正論によっても、形式上「おしつけ憲法」であったという現実は、かわりがない。■同時に、「おしつけ憲法」だからといって、「戦争できる普通の国」的な発想からみた、象徴的去勢にこだわって、トラウマ的に「改憲」論を展開したって、無意味だ。「核の傘のもとの偽善的平和主義」という、自己欺瞞および詐欺的演出という致命的問題をとりあえずおくなら、60数年まえの憲法の構造として、さほど悪質とはいえないし、現在も「耐用年数」がきてしまっているわけでないのだから。■つまりは、「核の傘のもとの偽善的平和主義」という、自己欺瞞および詐欺的演出をやめ、憲法一条などを廃止するといった、内実のある改憲をおこなうなら、現行憲法は、微調整で延命できる骨格をそなえているとおもう。たとえば「一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。」(95条)のように、沖縄県において死文化している条項とか、「日本国民たる要件は、法律でこれを定める」(10条)などによって、「日本国民」以外は権利が制限されて当然みたいな条項も あらためないと、このご時世のなか、まずいのは あきらかだが。

■ことしも、全国戦没者追悼式に天皇夫妻が臨席するはずだが、このことが憲法7条の「国事行為」にふくまれるという解釈自体がなぜ問題視されなかったのか? それ自体が問題だろう。■だって、前述のとおり、すくなくとも、ヒロヒトの臨席というのは、かりに 厚顔無恥をわりびいても、仰天するぐらい ばちがいな 経緯をもっているんだから。■霊魂が実在するなら、毎年激怒する戦没者たちが無数にうごめいているだろうよ。
■高校球児たちの試合を中断させて、黙祷させるという、実に政治的なことをくりかえす一方、8月6日に黙祷しようとした球児たちをとめようとしたケース(2005年)さえある。■日の丸・君が代を、法律でさだめられた国旗・国歌だから、公立校の入学式・卒業式などの式典では、起立してうたえだの(したがわない連中は、処分するだの)、国立大学では、国旗を祝日に掲揚しろだの、これらの政治性が、しばしばとりざたされ、また訴訟にさえなってきたが、戦没者を8月15日にいたむ、しかも、天皇を主賓みたいにあつかって NHKが中継しながら全国配信するという政治的行為が、なんら批判されないのは、実に政治的ではないか?
■あれだけ 思慮ぶかい、現在の天皇アキヒトや皇太子らが、これらの歴史的経緯=カラクリに無知だとか、ヒロヒトの偽善性・欺瞞性にきづいていないはずがない。■だとすれば、20年まえの死去によって、問題が消失し、今後も(最低でも戦没者の直接の遺族たちが全員死去するまで)全国戦没者追悼式に臨席し、また、公教育等でお盆のまっただなかに動員されている児童・生徒に、黙祷をしいるという政治的行為が、批判されないでいいのだろうか?■これらをいっさいとりあげないメディアは、おそらく巨大なタブーとして、ふれたがらないか、その政治性に全然きづいていないか、どちらかだろう。


“沖縄戦関連の昭和天皇発言”


●「共産化阻止のためには国民犠牲も当然ってか?(久間防衛相)
●「平和祈念式典 久間氏今年は出席 長崎市に意向 被爆者5団体が反発(西日本新聞)
●「原爆投下への日本政府の抗議再考2
こうの史代『夕凪の街 桜の国』


【旧ブログ8月15日関連記事】
●「無意味な8月15日
●「佐藤卓己,八月十五日の神話
●「社説の格式と普遍性
●「あの戦争は何だったのか
●「こんな連中のために、特攻兵たちは犬死したのか
●「無意味な8月15日 その4
●「豊川海軍工廠空襲(1945/08/07)
●「昭和天皇の戦時の肉声、元侍従の日記見つかる(朝日)
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タグ : 真理省 ナショナリズム 1984年 ハイパー独裁

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コメント

『部落解放』(9月号)は

「戦争と障害者」という特集です。
http://www.kaihou-s.com/bl/bl_mokuji/bl_200909.htm
もちろん、毎号熟読にあたいする題材をあつかっていますが、本ブログのこの記事と特に関連しそうなのでおしらせいたします。
あと、『前衛』(10月号)には「生き続ける菊タブー」という記事があります。156ページの、美術に関する欄です。
みぎ、参考までにどうぞ。

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8月15日は、単なるラジオ放送記念日

●樺太の戦い (1945年) - Wikipedia ●シベリア抑留 ●中国山西省日本軍残留問題/「蟻の兵隊」 ●中国残留日本人 ●三船殉難事件 ●久米島守備隊住民虐殺事件 ●樺太朝鮮人虐殺事件 ●通化事件


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