プロフィール

ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

前ブログ: 『タカマサのきまぐれ時評

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

ブロとも申請フォーム

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【転載】米軍ヘリ墜落事件から5年『衝撃と惨状―写真・映像展―』(沖縄国際大学)

■1年ほどまえの記事「8月13日『琉球新報』社説2件」の関連。



米軍ヘリ墜落事件から5年『衝撃と惨状―写真・映像展―』
米軍ヘリ墜落事件から5年


開催趣旨
2004年8月13日、不幸にもここ沖縄国際大学普天間基地所属の米軍ヘリが、整備不良という人為的ミスにより墜落炎上し、本学並びに周辺地域に多大なる物的・精神的損害を与えました。
物的損失は時間とともに、回復・解決できるものの精神的不安は今なお払拭することはできません。
墜落事件から今年で5年になります。
あのような悲惨な事件はもう忘れてしまいたいというお気持ちも十分理解できます。
一方で、事件を風化させず、語り継ぐのも大学、関係者の責務ではないかと思います。
2008年、事件を風化させないために本学では図書館に「米軍ヘリ墜落事件資料コーナー」を設置し、事件関連の資料の収集に努めております。
今年は墜落事件を再度この目で確認し、当時の記憶を再現し、その再構築を図るために企画展として「米軍ヘリ墜落事件5年『衝撃と惨状―写真・映像展―』」を開催することになりました。
多くの市民のご参加をお待ちしております。
                    
日 時: 2009年8月13日(木)~15日(土)
      午前10時~午後5時(最終日の15日は6時まで)

場 所: 写真展 沖縄国際大学図書館4階多目的ホール
      映像展 沖縄国際大学図書館4階AVホール

主 催: 沖縄国際大学

入場料: 無料

お問い合わせ先: 沖縄国際大学図書館 電話098-893-7785


2009年8月13日『琉球新報』社説
ヘリ墜落5年 危険を放置して安保とは

 米海兵隊の大型輸送ヘリコプターが宜野湾市の普天間飛行場に隣接する沖縄国際大の構内に墜落して13日で丸5年になった。
 米軍基地の危険性が顕在化した重大な事故だったが、大学や住宅地の上空を米軍ヘリが飛び交う状況は今も変わらない。現状は不可解かつ理不尽と言うほかない。
 米軍機墜落の恐怖と激しい騒音を半世紀余りも放置したまま、平然と「安全保障」「平和と繁栄」を説く日米両国政府の姿勢は理解に苦しむ。
 日本の安全を維持するはずの日米安保体制が、現実には自国民を苦しめているという矛盾を、政府はどう説明する
のだろうか。
 日米同盟の根幹とされる日米安全保障条約は、前文で「民主主義の諸原則、個人の自由と法の支配を擁護することを希望し(中略)すべての国民や政府とともに、平和のうちに生きようとする願望を再確認する」とうたっている。
 沖縄の現実はどうか。県のまとめだと、米軍機関連の事故は1972年の復帰以降、2008年末までに487件発生した。04年の沖国大の事故ではヘリがバランスを崩し、回転しながら降下。正門近くの校舎に接触した後、職員駐車場に墜落、炎上した。
 米軍人等による刑法犯罪は同期間で約5500件に上る。3割弱が凶悪犯または粗暴犯だ。少女が米兵3人に暴行された1995年の事件は、復帰後最大規模の県民総決起大会が開催されるに至り、怒りが渦巻いた。
 このほか戦車による老女圧殺事件、住民狙撃事件などが起きた。復帰前の米軍統治下では、小学校に戦闘機が墜落し、児童11人を含む17人が死亡する痛ましい事故もあった。一連の惨事から「民主主義の諸原則」は見えない。平和裏に生きる願いなど、絵空事にすぎないことを思い知らされる。
 政府は普天間飛行場について、飛行ルート変更など危険性除去の措置はすべて実施したと説明するが、まったく実感がない。
 仲井真県政の求める普天間の「3年内の閉鎖状態」も分かりにくい。撤去なのか、機能喪失なのか、機能低下なのか。はっきりしないと、政府に“手抜き”の口実を与えてしまう。
 住民の犠牲の上に成り立つ安全保障などあるまい。対症療法的ではなく、危険極まりない飛行場という“病根”を絶つか、県外に移す大手術こそが求められる。




『琉球新報』2009年8月13日
普天間基地、ヘリ相次ぎ帰還 地元は騒音懸念

 【宜野湾】宜野湾市の米軍普天間飛行場に12日、CH53E大型ヘリCH46中型ヘリなど同飛行場所属機十数機が相次いで帰還した。7月6日から26日まで実施の米豪共同軍事演習「タリスマン・セーバー」に参加していたとみられる。所属機の帰還で同市は今後の騒音悪化を懸念している。
CH46中型ヘリ
米豪共同軍事演習に参加し帰還したとみられるCH46中型ヘリ
=12日午後2時すぎ、宜野湾市の米軍普天間飛行場


 宜野湾市によると、同飛行場所属部隊の軍事演習の参加は4月に実施した米軍とフィリピン軍の定期合同軍事演習「バリカタン2009」以来、ことし3度目。所属機は12日午前8時10分ごろから普天間飛行場に帰還し、駐機場にはCH53Eヘリ4機、CH46ヘリ12機、AH1W攻撃ヘリ2機などが確認されている。




2009年08月13日 『沖縄タイムス』社説

[ヘリ墜落5年]危険の除去いまだ遠く
 沖縄国際大学で起きた米軍ヘリ墜落事故はきょうで5年を迎える。昼夜の別なく学校や住宅街を襲う爆音、新たな墜落への恐怖、やり場のない市民の憤り―何も変わっていない。
 沖国大の富川盛武学長はきょう学内で「普天間基地を使用する航空機の飛行中止を求める集い」を開催する。米軍機の飛行が安全保障論でいかに正当化されようとも、教育・研究機関である大学の静寂を乱すことは許されない、と訴える。
 毎年この日に発表している声明の内容は大筋変わらない。米軍普天間飛行場に隣接する大学の現状は改善されていないからだ。政府がどのような方策を講じようと、身近で軍用ヘリが飛び交う重圧感からは解放されない。
 県や宜野湾市など沖縄側が求めた「原因究明とその公表」「再発防止策」について、県民はまだ納得のいく回答を得ていない。
 日米両政府は2007年8月、ヘリの飛行ルートを変更し、住宅密集地の上空通過を避けるよう申し合わせた。08年9月、ルートをはみ出して飛行している実態が宜野湾市の調査で明らかになった。事故を受けた両政府の対策は実効性がなかった。
 原因究明については、整備不良が原因だったとする当時の米側報告を信じるしかないのか。日本の航空機事故調査は行われず、県警は証拠物に触らせてもらえなかった。
 ヘリが直撃した大学本館を建て替えさせた事故は誰が責任を取ったのか。多くがあいまいなまま時が流れた。
 墜落直後に米海兵隊員が大学内になだれ込み、法的根拠もなく現場を包囲した異様な光景が思い出される。
 事故機は当時、戦闘が激化していたイラクへ派遣するため普天間飛行場で整備し、テスト飛行中だった。テレビで見る戦地イラクと沖国大周辺の景色がだぶった。
 そのイラクではバグダッドなど都市から米軍戦闘部隊が撤退した。米紙ワシントンポストは、イラク政府が米軍に市街地での活動制限を勧告したと報じた(7月18日)。
 記事によると、市街地での米軍による警備活動を中止することや物資輸送は夜間中に限るとの制約を設け、違反があればすみやかにイラク側へ報告するよう求めた。イラク治安部隊への訓練や地域復興に関与する米軍は安全確保の不安を訴えている。
 イラクの為政者は、米軍の市街地撤退を機に自国の主体性を国民に示したいとの思いを強めているという。
 混乱が続くイラクでも外国軍の活動にはシビアに対応している。駐留を認めるにしても国内で政治問題とならないよう、その活動を必要最小限に抑制しようとする。主権にもかかわるからだ。
 戦争終結から6年で米軍に活動規制をかけるイラク。かたや日本は戦後64年もたち、騒音防止協定や飛行ルートすらほごにされる

 なぜ大学が「静寂・安寧」を求め声明を出し続けなければならないのか。為政者の責任であることはイラクとの対比でも明らか
だ。



2009年08月13日 『沖縄タイムス』社会

継承の「黒い壁」/新校舎に“つめ跡”再現/沖国大ヘリ墜落5年


基地被害 学び考える
 宜野湾市の沖縄国際大学は、2004年の米軍ヘリ墜落から13日で5年を迎える。学内は夏休み中で人影はまばらだが、隣接する普天間飛行場を離着陸するヘリの音はいつもと変わらない。その日を前に、思いをめぐらす人々がいる。

 社会文化学科学生の平和ガイドサークル「スマイライフ」(親川博敏代表)は13日、事故後建て替えられた1号館の壁にヘリ激突直後の焼けこげの「黒い壁」の写真をプリントしたシートを掛ける。墜落のつめ跡が薄れた今、多くの学生の視覚に訴えることで、問題を考え、思い起こすきっかけにしてほしいとの思いだ。
ヘリ墜落5年
墜落後の「黒い壁」の写真を
プリントしたシートを校舎の
壁につるす学生ら=12日、
沖縄国際大


 メンバーの多くは、「黒い壁」の本物を見たこともない。しかし、平和ガイドとして戦争や基地を学び考えたり、昨年末に墜落を題材にした演劇を作り上演することなどを通して、先輩や職員らから学んできた。「聞いたことを伝えていかなければ。風化させるわけにはいかない」という。

 この日、大学を訪れた卒業生の金城良三さん(25)は、墜落当時、2年生だった。飛行場に近い5号館で事故を知り、直前まで一緒にいた友人の安否を確認するために、図書館へ向かって走った。すでに立ちこめている黒い煙、爆発音。友の安否が心配でひたすら走ったことを思い出す。

 在学中は、「ノーフライゾーン」コンサートに1度かかわったが、その後、体験継承のための活動ができていないことが、心に引っかかっている。

 今は、宜野湾市の市史編集の調査員として地域のお年寄りに、戦前の暮らしを聞き取り調査している。「放っておくと今の基地の中には普通の生活があったことがわからなくなってしまう。同じように、ここにヘリが落ちたことが風化してしまうのが怖い」と話す。

 自分の中で整理できたら自分なりの表現をしたいという。13日当日も母校を訪れるつもりだ。

私たちが見たあの「事件」
写真展 きょうから西原で

 【西原】沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落した直後やその後の現場の写真を収集し、後世に伝える写真展「壁1000の記憶 沖縄国際大学米軍ヘリ墜落事件から5年」が13日から西原町立図書館で始まる。実行委員長の新川美千代さん(47)=西原町=は「あの『事件』は何だったのか。もう一度写真を見て追体験してほしい」と話している。16日まで。

 混乱する現場の様子や無惨な姿をさらけ出した外壁、その後の取り壊されていく過程を写した内容がほとんどだが、カメラ付き携帯電話で撮ったものなど形はさまざま。提供写真が増え、11回目となる今回は計約1300点の一部を展示、残りはDVD上映でスライドショーとして見ることができる。

 事件を物語る壁はもうないが、沖縄を取り巻く現状は当時のままで新川さんは「終わっていない」という。ホームページや県内外での勉強会で写真提供を呼び掛け、今では外国からも届くようになった。

 新川さんは力を込める。「また犠牲になるのは明日かもしれない。これ以上、悲惨な現場の写真が追加されないよう早く基地がなくなることを願う」




■ちなみに、墜落した機種は、たぶん、以下。
CH-53E スーパースタリオン
CH-53Eは、シコルスキー・エアクラフト社がアメリカ海兵隊の要望によって開発した、重輸送を目的としたヘリコプター。愛称はスーパースタリオン(Super Stallion)、スタリオンは成長した種牡馬の意。……
用途:大型輸送ヘリコプター
製造者:シコルスキー・エアクラフト
運用者
・アメリカ合衆国(海兵隊、海軍)
・日本国(海上自衛隊)
・イラン(イラン海軍)
初飛行:1974年3月1日
生産数:115機
運用開始:1981年
運用状況:現役
ユニットコスト:2436万ドル(1992年)
……
」【ウィキペディア「CH-53E (航空機)」から】



●ウィキペディア「沖国大米軍ヘリ墜落事件
●旧ブログ「沖縄国際大」関連記事
●日記内「沖縄国際大」関連記事

●「宮森小学校 米軍ジェット戦闘機 墜落事件50年

●旧ブログ「8月15日」関連記事
●旧ブログ「琉球新報」関連記事
●旧ブログ「沖縄タイムス」関連記事
●旧ブログ「軍事 植民地」関連記事
“NIMBYとYIMBY効果”(『SimLabo』)

スポンサーサイト

テーマ : 軍事・平和 - ジャンル : 政治・経済

タグ : 軍事植民地 米軍 安保体制 地位協定 真理省 ナショナリズム 1984年 ハイパー独裁

<< 静岡沖地震(2009/08/11) | ホーム | 警察・検察が つきつけられる「全面可視化」 >>


コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 BLOG TOP 


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。