プロフィール

ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

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教科内容の選択権3

■前便、前々便の論点整理をしておこう。
■①原則的には、行政当局などの教育内容への政治的・文化的介入の危険性をかんがえると、「教師の専門性に基づく『責任と権限』」を保証すべきである。
■②しかし、前々便で確認したとおり、大学教員など、一部の現場教員を例外として、教科内容の取捨選択を自信をもっておこなえるような「教師の専門性」をそなえている層はあまりいなさそうであり、そこを文部官僚につけいられている現実を直視すべきだろう。
■③一方前便で確認したとおり、単位制高校や放送大学など、ごく一部の学校空間以外、学習者の主体的選択は、機能していない。■なぜなら、広義の受験(進学・就職・資格試験等)という、不安産業として公教育は機能してきたし、基本的に国家が規制する教育資格という性格上、市場原理がはたらかないのであって、学習者のなっとく度など、ハナから無視されがちだから。
■④学習塾・予備校関係者や私学の受験校などは、こういった「つっかえ棒」をはずされても、なにも心配のない業態なのかといえば、正反対。競争原理にそって能力を発揮しているようにみえるが、労働市場と国家認定資格のユチャクに依存した不安産業という本質に特化した業界なのであって、その本質は、学習者の知的好奇心とは対極にあるといえる。 ■要するに、公教育における教授者がわは、自律的に教授内容を取捨選択・編集する権限をもつべきだし、そのための能力をもちあわせるべきだが、実際にはその機会・能力双方をもちあわせていないばあいがおおいらしい。

■⑤それにもかかわらず、「お侍」的というか、「お殿様」的というか、俺の授業が聞けないのか」式の態度をやめないでいられる、いいかえれば、世界史的うねりのなかで、自分を客観視でてきいないがゆえに、あらゆる意味でムダ以外のなにものでもない、おのれの授業実践を直視しないですんでいる層が実在する(笑)。

■⑥あるいは、不安産業として受験業界という本質を直視せず、人材育成をおこなえているとか、学習者の知的好奇心を「つっかえ棒」ぬきでみたしえていると誤解している、幸福な層も実在するようだ。なまじ労働市場という、ある程度は市場原理にそったメカニズムと連動しているからだ。

■だが、冷静に世界史的うねりのなかで、自分を客観視できさえすれば、⑦労働市場に適応する能力や資格をえた人物が、それだけで有為な人材という保証があるはずもないこと、⑧労働市場での不適応という不安感ぬきに純粋にしりたい・すっきりしたいという知的好奇心(ある種、「オタク」的な純粋さ)で、教科教育や専門教育に没頭したはずがなかろうこと、ぐらい、すぐ視野におさまるはず。
■まともな予備校関係者や受験塾講師たちが自覚しているとおり、高校大学に入学することはもちろん、大学院に進学することだって、単なる「手段」「通過地点」にすぎず、要は利用資格をあたえられた(有意な時空のなかで有為の人材が誕生するかもしれない条件があたえられた)だけだし、純粋な知的好奇心と無縁な「不純物」と無縁な領域はすくない(そんな領域は、それこそ特権的な層の「趣味」以外、普通人生がたちいかない)。■合格させたことがエラいとか、合格した生徒学生ががんばったとか、それは保護者(パトロン)や、受験指導関係者の、利己的な利害にすぎない。所詮は到達度とか満足度とは無関係な「イスとりゲーム」でしかないわけだし。

■以上みてきたように、「不純」きわまりない時空こそ、受験とか公教育という世界なのであり、こんななかで、学習者がオタク的に、知的好奇心をみたせる領域はごくごく例外的だ。はっきりいって、退職者とか、そういった層以外は、うきよのしがらみ、計算がからんでしまって、教科内容を冷静に判断できないのではないか?
■このようにかんがえればかんがえるほど、公教育、なかでも義務教育段階の教科内容ってのは、厳選されなきゃいけないとおもう。かよいの懲役刑だもんね。■その意味では、愛知県の小学校の先生、岡崎勝氏の漢字教育論などは、少々異論はあっても、かなりかんがえぬかれた柔軟性のある実践理論だとおもうけど、ああいった例はごくごく少数派なんじゃないか?■「百ます計算などの、無批判なもちあげられかたをみるにつけ、基礎的素養とはなんなのかを徹底的に再検討しようなんて動向は、ものすごくマイナーなんじゃないだろうか?【つづく】


●「「脳力トレーナー」ブームへの疑念
●「漢字と九九は、世界理解の基盤?
●「好きな子も嫌いな子も こうすれば身につく漢字!!(?) 
“漢字テストのふしぎ”(「漢字テストの謎に学ぶ、「教科書的にはこう」ということを知っておくことの大切さ」)
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