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ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

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比の日系2世2人、婚姻の事後証明で就籍許可…東京高裁(読売)ほか

比の日系2世2人、婚姻の事後証明で就籍許可…東京高裁
 戦前にフィリピンに移住した日本人男性と現地女性の間に生まれた日系2世2人が、日本国籍を求め、新たに戸籍を作る「就籍」を申し立てた審判の抗告審で、東京高裁が申し立てを却下した東京家裁の審判を取り消し、2人の就籍を許可する決定をした。決定は10日付。
 2人の代理人によると、フィリピン日系2世の就籍が高裁で許可されたのは初めて。

 許可されたのは、兄の吉田レオナルドさん(80)と妹のアウロラさん(78)。決定によると、2人の父親は長崎県出身で、1920年にルソン島でフィリピン人の女性と結婚した。就籍が認められるためには父母の法律上の婚姻証明が必要だが、レオナルドさんらの両親については当時の資料が残っておらず、結婚の事実が裏付けられるかが争点だった。
 審判で、レオナルドさんらは、2000年と05年にフィリピン政府などが発行した両親の婚姻や2人の出生に関する証明書を証拠として提出。家裁は、こうした記録の信用性を認めなかったが、高裁は「両親はフィリピン法による婚姻をした」と判断した。

 就籍許可の決定を受け、レオナルドさんは「長年待ち続けていたことで、とてもうれしい」と話した。代理人の河合弘之弁護士は「今回のように後から発行された記録しかない2世は多く、今後の申し立てに弾みがつく」と評価した。
 支援するNPO法人「フィリピン日系人リーガルサポートセンター」(東京)によると、これまでに106人の残留2世が就籍を申し立て、今回の2人を含めて計30人が許可されている。

 ◆就籍=日本国民でありながら、何らかの理由で戸籍に記載されていない人が、家庭裁判所の許可を得て、新たに戸籍を作る手続き。

 許可されれば、10日以内に、本人が戸籍を作る自治体に届け出る。中国残留孤児が日本国籍を得る際にもこの手続きが使われている。

(2009年7月12日07時29分 読売新聞)


国籍取得困難 戦後混乱で資料消失、同姓同名の多さも壁
『琉球新報』2009年7月10日

 フィリピン残留日系人の日本国籍取得が困難となっている要因には、戦後の混乱で1世の身元を証明する資料がほとんど失われたことや、中国残留孤児と違い日比両国間で孤児名簿が作成されていないことなどが挙げられる。中でも県系人は人数も多く、姓名ともに同じ人が多いなど特有の課題も抱える。
 戦後の混乱などで日本人の父と死別、または離別して現地に残され、身元が判明していない日系2世は800人いるといわれる。戦後60年余を経て2世の多くが70代に差し掛かる。自分の生活より「子や孫を日本で就労させたい」との願いで「就籍」を目指す2世も多い。「就籍」は戸籍に記載のない人が家庭裁判所の許可を得て新たに戸籍を作る制度。同制度で2世が国籍を取得すれば3世、4世らが日本で就労できる。
 就籍には父親が日本出身であることを証明する必要があるが、出生届や1世の婚姻届など証明する資料は戦火で多くが消失。日本人であることを隠すため資料を捨てた人も多く、支援団体の調査も難航している。
 特定非営利活動法人(NPO法人)フィリピン日系人リーガルサポートセンターの高野敏子事務局長は「生活が苦しく学校に行けなかった2世は多く、自分の名前が漢字で書けない人も多い。特に沖縄の人は姓名ともに同じ人が多く、戦前は多くが屋号で呼び合っていたため身元解明が難しくなっている」
と述べた。
 戦後の混乱に翻弄(ほんろう)され無国籍となり、さらに沖縄特有の課題も抱える県系2世たち。就籍問題に政府の誠実な対応が求められるだけでなく、沖縄側も県民全体の課題ととらえるべきだ。
(宮城隆尋)

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■ことは、意外に複雑である。■日系ブラジル人のように自分たちの「意思」でもって移民したひとびとが、また「意思」によって世代をへだてて「帰国」するという現象と、中国残留日本人家族のように、血縁関係が判明することで「日本人」の子孫であることが証明されたから「就籍」というかたちで「日本国籍」が再生ないし構築されるという制度が、いりまじったようなケース。
■しかし、いずれにせよ、日本の国籍原則の血統主義と、「エル・ドラド ハポン」の労働市場の誘引(労賃の価格差)がもたらした、よくかんがえれば グロテスクとさえいえる「排他主義/温情主義」の相克。■日本社会が帝国主義と棄民を実践しなければ、あるいは、日本社会がアメリカ帝国の軍事植民地として朝鮮戦争とベトナム戦争の後方基地とならなければ、おこらなかったひとびとの葛藤。日本が擬似解放軍でなければ遺児たちなどうまれようがなかったし、日本がたまたま高度経済成長の「好機」をあたえられなかったら、「就籍」なんて奇怪なやりきりなど必要なかった。かりに遺児がいようと、やつあたりのイジメをうけたりしなかったはずだし、搾取しか眼中にない雇用者がまちうける金満大国などめざさなかっただろう。
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