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ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

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政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

前ブログ: 『タカマサのきまぐれ時評

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「植物的」一生をおくる動物と「生物農薬」

■ミノムシといえば、通常は、冬の風物詩だろうが、サナギになるのは4~6月、羽化するのは6~8たつだそうだ。■ウィキペディア「ミノムシ」から〔リンクは、ほとんど割愛〕。


ミノムシ(蓑虫)は、ミノガ科のガの幼虫。一般には、その中でもオオミノガの幼虫を指す。バラ科やカキノキ科などの果樹の葉を食害する。幼虫は摂食後の枯れ葉や枯れ枝に粘性の糸を絡め、袋状の巣を作って枝からぶら下がることで有名。わらで作った雨具「(みの)」に形が似ている為に「ミノムシ」と呼ばれるようになった。近年は後述する外来種のヤドリバエによる寄生により生息個体が激減しており、各自治体で絶滅危惧2類に登録されるようになってきている。

ミノムシ


生活環
オオミノガ (Eumeta japonica) は、蓑の内部で終令幼虫(8令)のまま越冬するため、枯れ枝の間で蓑が目立つ。4月から6月にかけて蛹化し、6月から8月にかけて羽化する。ガの形になるのは雄に限られる。この時、雄は口が退化しており、花の蜜など吸う事が出来ない。ガの体長は30~40mm。雌は無翅、無脚であり、形は小さい頭に、小さな胸と体の大半以上を腹部が占める形になる(また、雄同様口が退化する)。よってガにはならず、蓑内部の蛹の殻の中に留まる(性的二形)。雄は雌のフェロモンに引かれて夕方頃飛行し、蓑内の雌と交尾する。この時、雄は小さな腹部を限界近くまで伸ばし蛹の殻と雌の体の間に入れ、蛹の殻の最も奥に位置する雌の交尾孔を雄の交尾器で挟んで挿入器を挿入して交尾する。交尾後、雄は死ぬ。その後、雌は自分が潜んでいた蓑の中の蛹の殻の中に1,000個以上の卵を産卵し、卵塊の表面を腹部の先に生えていた淡褐色の微細な毛で栓をするように覆う。雌は普通は卵が孵化するまで蛹の殻の中に留まっていて、孵化する頃にミノの下の穴から出て地上に落下して死ぬ。20日前後で孵化した幼虫は蓑の下の穴から外に出て、そこから糸を垂らし、多くは風に乗って分散する。葉や小枝などに到着した1齢幼虫はただちに小さいミノを造り、それから摂食する。6月から10月にかけて7回脱皮を繰り返し、成長するにつれてミノを拡大・改変して小枝や葉片をつけて大きくし、終令幼虫に達する。秋にミノの前端を細く頸って、小枝などに環状になるように絹糸をはいてこれに結わえ付けて越冬にはいる。越冬後は普通は餌を食べずにそのまま蛹化する。
分布域は日本列島では関東、中部、近畿、中国、四国、九州、沖縄。本種は東南アジアに広く分布する Eumeta variegata と同じ種であるという説も有力である。


ミノガ科
ミノガ科には日本列島ではオオミノガのほか、チャミノガ (Eumeta minuscula) など20以上の種が属しているが、一般にミノムシとして認識されるのはオオミノガとチャミノガだけである。チャミノガの幼虫は15mm~25mmとオオミノガの1/2~1/3にすぎない。蓑も小ぶりである。

オオミノガヤドリバエによる寄生
1990年代後半から、オオミノガが激減し始めた。原因は、オオミノガにのみ寄生する外来種のオオミノガヤドリバエ (Nealsomyia rufella) である。蓑当りの寄生率は5割~9割に達する。寄生率は九州に近くなるほど高いため、中国大陸から侵入したと考えられている。近年、ミノムシを目にする機会が減っているのはこれが原因である。
オオミノガヤドリバエは、主にオオミノガの終令幼虫を見つけると、摂食中の葉にのみ産卵する。このため、寄生率が上がる。口器で破壊されなかった卵はオオミノガの消化器に達し、体内に侵入する。1個体に付き、平均10羽程度のオオミノガヤドリバエが羽化する(さらに、オオミノガヤドリバエ自体に寄生する寄生蜂が見つかっている)。

類似の虫
同じように糸で体を包んで、移動する巣を作るガは他にもある。家屋内ではイガが小さいながらも同じような巣を作る。
また、トビケラ類の幼虫は水生昆虫であるが、多くの種が同じような巣を作る。

ミノムシと文化
ミノムシは身の回りの繊維であれば、葉や枝でなくても、蓑を作り上げる。このため、毛糸くずや細かく切った色紙の中に幼虫を入れると、色鮮やかな蓑を作り上げる。子供の遊びとして広く知られていた。
ミノムシは秋に蓑を作るため、俳句では秋の季語となった。ミノムシ自体は発声器官を持たないのだが、季語では「蓑虫鳴く」と扱われている。一説によれば、これは秋の深い頃まで枝先で鳴くカネタタキの鳴き声であるという。

ミノムシが登場する作品
随筆
枕草子 - 「蓑虫、いとあはれなり。鬼の生みたりければ、親に似てこれも恐しき心あらんとて、…八月ばかりになれば、「ちちよ、ちちよ」と、はかなげに鳴く、いみじうあわれなり」
俳句
松尾芭蕉 - みのむしの音をききにこよ草の庵
高浜虚子 - 蓑虫の…

関連項目


ウィキメディア・コモンズには、ミノガ科に関連するカテゴリがあります。
イモムシ

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■つぎは、「情報誌虫かご通信」Vol.5 No.1(通巻18号)の記述。


 メスは、ミノの下の穴から体を少し乗り出して、オスを誘引するために性フェロモンを発します。それをかいだオスは、メスがいるミノに飛んできて、交尾が始まります。交尾は図のように、オスの体が外でメスの体はミノの中に入ったままで行われます。頭を下にしたメスの腹端に、オスが腹部を通常の2倍以上に伸ばして交尾します。交尾後のメスは、数千個もの卵をミノの中に産みつけて死ぬので、メスは一生、ミノの中から出ることはありません。ミノの中でふ化した幼虫は、糸をはきながら次々と垂れ下がって外に出て、分散します。そしてまもなく、木の葉のかけらと口からはいた糸で、小さなミノを作ります。いったんミノを作ったら、幼虫はそれを背負ったまま、上の穴から頭や胸を出して移動したり、葉を食べ、下の穴からフンをします。体が大きくなってミノが窮屈になると、幼虫は葉や細い枝をかじりとってミノに継ぎ足し、ミノを大きくしてゆきます。そして、秋遅くに老熟した幼虫は、小枝にミノの先端をしっかり巻き付けて、越冬するわけです。
 このようにオオミノガのメスは、オスの誘引、交尾、産卵のすべてをミノの中で完結させています。そのためにメスは普通のガとは、ほど遠い姿をしていますが、これは退化というよりも、むしろ進化といえるのかもしれません。 …

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■イラストによる図解もある。

■少々わかりづらいが、写真による紹介は、つぎのとおり。
無翅無脚型
〔「(20)ミノガの進化 退化は進化ナリ - ミノムシの究極の性 -」『進化の舞台の主役と脇役~地球上で繁栄するたような昆虫たち、人とのかかわり九州大学総合研究博物館
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ネオテニー(幼形成熟)をもちいた、性的二形の究極のかたちということ。■生殖だけに特化した植物的なメスというのは、よくかんがえれば合理的だが、やはり すごい。




オオミノガヤドリバエの大量発生による激減については、「「ミノムシ調 査 」結果報告」と「オオミノガヤドリバエ」「日本列島におけるヤドリバエの一種 Nealsomyia rufella (Bezzi, 1925)の寄生によるオオミノガ Eumeta variegata (Snellen, 1879)の絶滅危惧状況について」。■生物農薬というのは、ある意味、生態系破壊を意図的にやろうという、おそろしい発想ということだ。
■ミノムシ≒オオミノガを害虫視することも、これらを 絶滅危惧種として、さわぎたてることも、「せなかあわせ」であることは、再確認する必要がありそうだ。



●「オオミノガとは」(Weblio 辞書)
●「オオミノガ Eumeta japonica Heylaerts, 1884」(←写真が おおきいので、注意!)
●「眠れるミノムシ姫」(『しあわせの種まき☆』2004年2月10日)
●「ミノムシはてな」(『J’sてんてんてまり』2008年09月08日)
●「アライグマ/マングースたちには責任などない



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【全然無関係な別記】
6月28日におきたこと(第二次世界大戦後=ウィキペディア6月28日

1947年 - 日本教職員組合設立。
1949年 -ジョージ・オーウェルの小説『1984年』発刊
1951年 - 千代の山雅信が第41代横綱となる。
1954年 - 警察法が公布される。
1967年 - イスラエル空軍機がアメリカの諜報艦「リバティ」を攻撃。(リバティー号事件)
1979年 - 食酢の日本農林規格法が公示・施行。
1982年 - 『マイコンBASICマガジン』が創刊。
1985年 - 神戸淡路鳴門自動車道の大鳴門橋が開通。
1986年 - クルト・ヴァルトハイムがオーストリアの大統領に当選。
1987年 - ヴェネツィアで主要国首脳会議が開催される。
1988年 - 東京地下鉄有楽町線全線完成。
2001年 - 附属池田小事件が起こり、児童8人が死亡。
2004年 - 130年ぶりに金星が太陽面通過。詳細は金星の日面通過を参照のこと。
2005年 - サッカー日本代表がサッカー北朝鮮代表に勝利し2006年FIFAワールドカップの出場権を獲得。
2006年 - 探偵業の業務の適正化に関する法律が公布される。
2007年 - オーストラリアのニューサウスウェールズ州で暴風雨、洪水などで10人が死亡。
2008年 - 東京都千代田区外神田(秋葉原)で秋葉原通り魔事件発生、7人が死亡、10人が重軽傷を負う、戦後最悪の通り魔事件。
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コメント

農薬といえば

食塩(塩化ナトリウム)なみに水溶性のある農薬ができたそうです。で、それのなにが問題かというと、あまりのとけやすさゆえに、いかなる技術をもってしても検出できないということを意味するそうなのです。もちろん、それだけみずにとけやすいということは、人体にはいっても短期間で排泄されはするのですが、それでも一定期間内に一定量以上とりこめば病気になることは十分懸念されます。
また、農薬は水溶性がたかいほど農薬としての効果はたかいそうです。なにしろ、植物の全体にわたって害虫をよせつけない性質をおびることになるのですから。逆に水溶性のひくい農薬は、あめがふったらながされてしまい、植物内部にあまりとりこまれないでしょう。
というわけで、農業従事者にとってはゆめの様なくすりが、同時に捕捉できない毒でもある、ということですね。
理論的にはその様な農薬を法律で規制することは可能でしょうが、実際問題として検出できないうえに農薬としてはすばらしい特性をもっているそんなくすりを、すべての農業従事者がつかわないでいられるのでしょうか?

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