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ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
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【正論】加藤秀俊 漢検問題に国の言語政策疑う

漢字検定関連の記事。■「産経」【正論】および「イザ!」の 1か月ほどまえの記事を転載。

【正論】加藤秀俊 漢検問題に国の言語政策疑う:
2009/05/27 08:34
 ≪生まれて初めての漢字≫

 「●(=學の子を魚に)」という漢字があります、さあ、これをなんと読みますか? 答えは「カブトガニ」です。「足袋のコハゼ」ってありますね、あのコハゼを漢字で書きなさい。ハイ、正解は「鞐」です。
加藤秀俊

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【古典個展】「漢検」に受検の価値なし 立命館大教授・加地伸行
漢漢字表案への声 「鬱」外せという不見識

 それじゃ、こんどは宛て字の問題です。「鳳梨」という漢字2文字、これ、なんと読むでしょう? わかりますか? これは「パイナップル」です。それじゃ「石決明」はどうでしょう? ヘンな字ですが「アワビ」と読むんですよ。以下、難問はいくらでもでてくる。

 「日本漢字能力検定」略して「漢検」のいちばんむずかしい1級の試験問題をクイズふうにならべてみるとおよそこういうことになる。

 こんな問題に答えなさい、といわれてもさっぱりわからない。わからないのもあたりまえ。こんな漢字、ふだんの言語生活にまったく関係ないからである。わたしだって人並みに教育をうけてきたが「●」なんて、生まれてはじめて見た。「鞐」にいたっては「国字」つまり和製漢字だからホンモノの「漢」字ではない。ニセ漢字である。それにだいたい、コハゼどころか「足袋」というものがほとんど生活のなかからすがたを消しているのだから、出題じたいも滑稽(こっけい)である。


 ≪クイズは教育にあらず≫

 「鳳梨」「石決明」などにいたっては完全なオアソビ。明治初期の本を読んでいると「時辰儀」(トケイ)「黙馬麦」(モハメッド)「覆盆子」(イチゴ)「漫識特」(マンチェスター)「旅館」(ホテル)のたぐいがいくらでもでてくる。だれかが気まぐれにパイナップルを「鳳梨」と表記したからといって、それが読めるかどうかをテストするなんて正気の沙汰(さた)ではない。漱石なども宛て字の名人で「サンマ」を「三馬」と書き、「玩弄物」を「オモチャ」と読ませた。こんな例はキリがない。

 ところが、このクイズでの試験結果が入試や就職試験でモノをいうようになっている、というからわたしはおどろいた。主催者たる「日本漢字能力検定協会」おんみずからがこの「検定」を「入試・就職の味方」として宣伝なさっているのである。なるほど日本語の表記は「漢字」と切っても切れない関係にある。だから学校でも最低必要な漢字の読み書きを教える。しかし、そのことと「●」「鞐」のたぐいを知っていることとは別問題である。

 それを悪い、といっているわけではない。ちょっと知的なゲームとして数千数万の漢字の音訓異義を競うのは趣味道楽として結構である。パチンコやカラオケよりは高級にみえるかもしれないけれど、まあ似たようなもの。こういう「漢字遊戯」を教育や教養の問題だ、と錯覚するのはマチガイである。

 もとより、「漢検」には難易度におうじて12段階がつくられていて、そのうち小学校卒業までに学校で教えられている漢字、たとえば「自己」「潮風」「延期」などの読み書きをテストする5級ていどの「漢検」は学校教育の補助になるだろうが、はじめに紹介したような上級の問題になると、これはもう屁理屈(へりくつ)ゲームという以外のなにものでもない。

 それにもかかわらず、200万人をはるかにこえる受検者をあつめているのは、それが文部科学省認定の法人がおこなう「検定」であり、その結果が「資格」になるからである。おそらく素朴な経営者は「漢検準1級」などという「資格」が記入されている履歴書をみると、うむ、こいつはデキるにちがいない、とカンちがいなさるのであろう。

 ≪漢字制限に熱心なのに≫

 ところで、日本の教育政策をふりかえってみると、明治35年につくられた国語調査委員会からこんにちの文化審議会にいたるまで一貫して漢字制限の方針をとりつづけてきていることに気がつく。常用漢字をふやしたり、へらしたり、いつになっても最終結論はでそうにないが、日常の言語生活のなかでできるだけ漢字をすくなくしましょう、という基本姿勢はかわっていない。

 「漢検」の指導監督にあたっているのは文部科学省の某局某課であり、文化審議会は文化庁の所管である。お互い知らん顔というタテ割行政であるということぐらい、わたしにも見当はつくが、おなじ文化教育行政にかかわる国の機関がおなじ建物のなかにいながら、いっぽうで漢字は制限せよ、といい、他方では「●」「鞐」のたぐいの漢字まで読み書きできるのはエラいのですよ、といって奨励なさるとはいかなる魂胆なのであろうか。ブレーキをかけながらアクセルを踏み込むようで珍妙である。

 このところマスコミは主催者たる協会の元幹部の背任事件を糾弾することはなはだしいが、わたしはこの協会がおこなっている「漢検」という事業をみて国に明確な「言語政策」がないことをいぶかしくおもう。「漢検事件」は「刑事事件」という以上に「文化事件」であるからである。(かとう ひでとし=社会学者)

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■ま、基本的に異論はない。■「【古典個展】「漢検」に受検の価値なし 立命館大教授・加地伸行」といった文章もふくめて、産経系媒体に こういった「正論」が展開される点が、皮肉というか、意外にまっとうというか(笑)。



●「加藤秀俊データベース
●「加藤秀俊 - Wikipedia
加藤秀俊“なんのための日本語”(中公新書)
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タグ : ナショナリズム 日本語 漢字検定

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