プロフィール

ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

前ブログ: 『タカマサのきまぐれ時評

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

ブロとも申請フォーム

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

宮森小学校 米軍ジェット戦闘機 墜落事件50年

Subject: [appeal2005][03209] ハーフセンチュリー宮森 支援のつどい
~牛島先生の公開授業~ (辺野古浜通信
From: "SachikoTaba"
Date: 2009/05/11 15:05
To:

田場祥子です。

辺野古浜通信をお届けします。

直前で失礼します。
防衛省前抗議行動と重なりますがお知らせいたします。

************************************
今日、東京、文京区民センターで催しがあります。

50年前に米軍戦闘機が沖縄の宮森小学校に墜落した事件をご存じでしょうか。この事件を題材にしたミュージカルを沖縄の若い人たちが制作しており、それを支援するために「ハーフセンチュリー 宮森」を支援する会を立ち上げました。アメリカ統治下の沖縄の実態を学ぶ、以下の公開学習会を5月11日に行います。

(転送歓迎)

ハーフセンチュリー宮森 支援のつどい
~牛島先生の公開授業~

5月11日(月)18:30開場19:15開会
講師:牛島貞満さん
場所:文京区民センター2A(東京都文京区本郷 4-15-14
地下鉄春日大江戸線三田線
後楽園(丸の内線、南北線)JR(水道橋)

参加費: 500円
主催:「ハーフセンチュリー 宮森」を支援する会
連絡先:加藤賀津子 TEL&FAX:03-5670-4837
e-mail:kk-kame8@hotmail.co.jp
170-0003豊島区駒込2‐14‐7 琉球センターどぅたっち気付
TEL&FAX:5974-1333

☆沖縄・宮森小学校 米軍ジェット戦闘機 墜落事件を忘れない☆
今から半世紀前、1959年6月30日、嘉手納基地を発進したF-100Dジェット戦闘機は、午前10時40分頃沖縄・うるま市(旧石川市宮森小学校に墜落炎上し、大惨事を引き起こしました。
死者:17名(児童11名)負傷者:212名(児童156名、職員2名、住民54名)小学校の3教室、公民館1棟、民家17棟が全焼、2教室、民家8棟を半焼――
私達が忘れてはいけない事件のひとつです。
長年この事件や「沖縄戦」をテーマに平和授業を実施してきた東京の小学校教諭である牛島貞満さんの公開授業です。
どうぞご期待ください。

牛島貞満:プロフィール/世田谷区の小学校教諭。
「沖縄戦」等をテーマに平和教育を実施してきました。
そのひとつのテーマとして「宮森小学校ジェット機墜落事件」に取り組んで15年。
「事件」を知らない人たちに、わかりやすく伝えます。
祖父は沖縄戦当時、陸軍第32軍司令官・牛島満中将


○「宮森630館」 設立への動き
宮森小学校では、「平和の鐘」や、「仲良し地蔵」の前で、毎年6月30日に追悼集会を行ってきました。昨年4月に着任した平良嘉男校長先生は、2年生の時に事故に遭遇しました。事件を風化させることなく、命と平和のメッセージを発信していく場としていきたいと、平和学習室「命と平和の語り部『宮森630館』」の設置に向け、準備を進めています(昨年7月に設置委員会を設立。寄付の振込先は、ゆうちょ銀行17050-5441421、宮森「630館」設置委員会)。

○「ハーフセンチュリー宮森」とはこの動きに対して、自分たちも何かできることで『630館』設置の手助けをしたいと立ち上がったのが、旧石川市出身の若者たちと彼らの高校時代の英語教師・宜野座映子さん。
表現集団「ハーフセンチュリー宮森」を結成しました。
若者たちが、50年前の悲劇を繰り返さないため、遺族や被害者の人たちから当時の証言の丁寧な聞き取りと記録を行いながら、創作劇の公演や出版、写真などで沖縄からの平和に向けた発信を行おうとしています。
ブログ http://halfmiyamori.ti-da.net/ をご参照ください。

★ハーフセンチュリー宮森の公演予定★
5月30日(日)佐喜眞美術館
6月13日(土)石川市民会館

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ハーフセンチュリー宮森」への支援のお願い 私たちは、志高い若者たちの思いをしっかり実現していくためのお手伝いをしたいと、広く賛同金を集めさせていただくことにいたしました。どうか、みなさまのご支援をお願いいたします。
■郵便振替口座:00120-3-688072
加入者名:「ハーフ センチュリー 宮森」を支援する会
一口:1,000円

【呼びかけ人】
松村真知子(湯布院、ローカルネット大分・日出生台)、浦田龍次(同左)、平野美和子(湯布院在住)、中條佐和子(大阪、やんばる・ヤマトだより発行者)、福嶌美和子(京都在住)、石川文洋(諏訪市、写真家)、筧璃恵子(横須賀市、原子力空母の横須賀母港問題を考える市民の会)、谷百合子(札幌、無防備札幌市民の会)、上江田千代(東京、元ひめゆり学徒、東京の高校生平和の集い世話人)、新城せつこ(東京、前杉並区議)、西浦昭英(東京、教員)、牛島貞満(東京、教員)、芦澤礼子(東京、沖縄戦首都圏の会)、島袋陽子(東京、琉球センターどぅたっち)、尾沢孝司(東京、日韓ネット)、山本英夫(東京、フォトグラファー)、小塚太(東京、ピ-スネットニュース)、松永和子(神奈川、沖縄戦首都圏の会)、しまざき英治(東京、三鷹市議会議員)、座波次信(千葉、沖縄の会)、谷島光治(三鷹、アンポをつぶせ!ちょうちんデモの会)
(09年5月3日現在)
スポンサーサイト

テーマ : 沖縄米軍基地問題 - ジャンル : 政治・経済

タグ : 安全

<< 新型インフルエンザ騒動の怪1 | ホーム | にほんごを アルファベットで かくこと1 >>


コメント

JANJAN

子どもたちが語り継ぐ沖縄の米軍機墜落事件
―「忘れてはいけない」命の重さ、50年目を期に舞台や展示で
http://www.news.janjan.jp/living/0905/0905123249/1.php
江藤直樹2009/05/13
 1959年6月30日、沖縄県石川市(現うるま市)の民家に米軍戦闘機が墜落する事件が起きた。

 戦闘機は嘉手納飛行場を飛び立った直後に異常が発生。基地へ引き返そうとするが、管制官の指示で東海岸へ向かう。しかし、海を目前に戦闘機のパイロットは墜落直前にパラシュートで脱出。無人のまま地面に叩きつけられた機体は民家を直撃。バウンドしてそのまま、ちょうどミルク給食(※)中だった宮森小学校の教室へ。児童を含む多くの市民が亡くなり、負傷する大惨事となった。死者は児童11名を含む17名。負傷者は、児童156名、職員2名、住民54名の計212名であった。(※当時、食べ物のなかった時代、沖縄では給食にミルクが配給されていた)

 この事実を、忘れてはいけない、風化させてはいけないと、この事件を経験した平良嘉男・現宮森小学校校長が中心になり、資料館を設立するため委員会を立ち上げた。ちょうど50年目を迎える6月30日に実現するように、資料を集め、遺族や経験された方の証言の聞き取り、資金造成のためのカンパ、行政への支援の要請などを行っている。

 同時に、この資料館設立に向けての動きに共鳴し、ダンスや芝居、音楽など、個性豊かな若者たちが、自分たちの表現で、宮森小学校の米軍戦闘機墜落事件を伝えていこうと集まり、「ハーフセンチュリー宮森」という名のグループを結成した。2004年8月14日の沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落事件当時、学生だった者もいる。資料館設置委員会の協力も得て、1月31日から3月26日まで、事件を経験された方、遺族の方から証言を聞き取り、公演に向け準備を進めている。

 じつは、50年が経つ今も、この事件について語ることのできない方が多い。子を失った遺族の方は、「33回忌も過ぎたし、神様になってもう仏壇にはいないよ。忘れなさい」と言われることもあるという。「何で今さら、資料館を作るのか」という声もあるという。

 しかし、それでも語ってくださった証言者の方々は、「忘れたいけど、忘れたくない、忘れてはいけない」という思いを「ハーフセンチュリー宮森」の若者たちに伝えた。

 メンバーの一人は言う。
 「沖縄戦を経験した方も、宮森小学校の事件を経験した方も、後は託すしかないんだという事が共通していると思った。貴重な世代に生まれてきたというわけじゃないけど、もっと後から生まれてくる人たちは、体験者の声を聞けない状況になる。だから、間にいる自分たちがやらなければいけない。そういう責任の重さを感じた」

 証言を聞き、ミーティングを持って、思いを共有し、書き起こした文章を読み合わせていく。また当時の新聞の切り抜きなどの資料も読み解き、事件の内容を理解していく。これらの繰り返しにより、台本を練り込む作業が続いた。

 4月26日、宮森小学校の図工室を使って、資料館設立に向け、現段階で集まった資料によるプレ展示が行われた。教室には証言をしてくださった遺族の方や、事件を経験された方たちが集まった。

 小学校に米軍戦闘機が墜落し、多くの犠牲者を出した世界でも例を見ない大惨事であるにも関わらず、あまり知られていないこの事件。平良先生自身、校長として宮森小学校に赴任してきたとき、当時の事件に関する資料や記録が新聞の切り抜き程度しかなかった事に驚いたという。それが、資料館を設立しようと思ったきっかけにもなったという。

 平良先生たち、資料館設置委員会が奔走した甲斐あって、この日は多くの資料が集められていた。事件当時の公文書、陳情書や抗議声明文、事件当時の写真、犠牲となった児童の写真や遺品、遺族の方が残した手記などが展示された。

 米軍相手に写真撮影の仕事をしていたスタジオから提供された写真には、事件当時の様子、慰問に訪れる米軍幹部の様子などが記録されていた。子どもたちの遺品からは、そこで子供たちがまさに生きていたことが伝わってくる。明日を、未来を奪われてしまったことが、痛いほど感じ取れた。資料を見学する遺族や経験者は、時に涙を流しながら、展示された資料を見つめていた。

 息子を亡くされた夫妻は、「ここに来るまで気が重かったが、風化させてはいけないと思い、来た」という。舞台を通し、この事件を多くの人に発信していこうとするハーフセンチュリー宮森の若者たちについては、「絶対に風化させてはいけないと思っている時に、本当にありがとう」と話した。

 現在、宮森小学校の校舎は改築され当時の面影は残っていない。沖縄国際大学も校舎は新しくなり、事件の風化を危惧する声がある。この事件は、墜落当時は、コントロール不能の「不可抗力」として、「仕方がない」こととされていた。米軍は、墜落した原因を一切明らかにしようとはしなかった。

 事故の原因が明らかにされたのは、事件から40年経った1999年。地元TV局の取材で初めて、左翼と右翼のネジの付け間違えという短絡的なミスだということがわかった。

 沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落事件と重なる点は多い。50年の月日の流れの中で激動してきた沖縄。島は変化を遂げるが、基地の島としては何も変わっていない。それどころか、グアム移転協定、環境アセスの方法書、準備書に見られる強引な辺野古、高江への新基地建設の動きの加速・・・。人々は怒り、疲れ、口を閉ざしていく。

 基地があるが故に起きる事件、事故はそれこそ「不可抗力」で片づけられる、「仕方がない」で終わりにしてしまう。この島は絶望という闇に閉ざされていくのかと思うことがある。しかし、「伝えなければいけない」と立ち上がった証言者の方々の思い。それを受け止め、自分たちの表現で伝えていこうとする若者たちの意思。彼ら、彼女らのその思いは一筋の光となり、この島を覆う絶望感や閉塞感を打ち破る希望になるかもしれない。

 この舞台には、宮森小学校在学中の児童も参加する。今を生きる子どもたちの参加は、50年の月日を生きてきた人達の思いを継いでいき、伝えていくことになり、未来をつくる種を撒くことになると思う。

 「ハーフセンチュリー宮森」は、資料館の資金造成のため、5月30日(土)に宜野湾市の佐喜眞美術館、6月13日(土)に石川市民会館で、そして、6月30日の慰霊祭を前にした22日、宮森小学校で児童を対象に公演を予定している。

 公演のタイトルになっている「フクギの雫」は、事件当時から現在も残っているものが校舎裏にあるフクギの木だという事。事件当時、フクギの木が防風林の役割を果たし火が燃え広がる事を防いだ事。白い雫が、ミルク給食の時間を連想させる事など、さまざまな意味が込められている。

 宮森「630館」設置委員会では、現在、寄付を呼び掛けている。平良先生は、今後、県内各地、県外でも資料展示を行い、50年前に起きたこの事件を伝えたいと、大きな構想を語ってくださった。

 「安心安全であるべき学校でこういったことが起こったんだということ。そして最近でも沖国大で同じようなことが起こったということを発信していきたい。沖縄が抱える現状、そして沖縄の人たちが背負ってきた苦しみ、悲しみを発信する役割も『630館』には期待したい。そして、最終的には米国本土でも展示会ができたらと思います」

 資料館は、暫定的に校内の空き教室を活用するそうだが、危機管理上、広く一般に公開できない。そのため、一日も早く学校周辺に設置できるよう取り組んでいる。

■資料館資金の寄付のお問い合わせはこちら
命と平和の語り部・宮森「630館」設置委員会連絡先
090-8293‐8615(幸喜)
宮森630館 命と平和の語り部(http://miyamori630.ti-da.net/

■「ハーフセンチュリー宮森」公演に関するお問い合わせはこちら
090-8291-7134(宜野座)
ハーフセンチュリー宮森(http://halfmiyamori.ti-da.net/

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 BLOG TOP 


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。