プロフィール

ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

前ブログ: 『タカマサのきまぐれ時評

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現代日本語における恣意的漢字表記の実例4(もと) 【加筆あり】

■「現代日本語における恣意的漢字表記の実例3(富山)」などとは、趣向をかえて、『goo辞書』での検索結果をとりあげる。


もと 【本/元】
2 0 (名)
(1)(多く「元」と書く)物事が生ずるはじめの物や所。ことのおこり。はじめ。
「―へさかのぼって考え直す」「火の―」「出版―」
(2)物事の根本をなすところ。根幹。基礎。土台。⇔末。《本》
「―が枯れる」「農は国の―」「資料を―にして議論する」
補足説明基礎の意では「基」とも書く
(3)(「因」とも書く)原因。理由。
「失敗は成功の―」「けんかの―はささいなことだった」「間違いの―」
(4)(「素」とも書く)原料。材料。《元》
「大豆を―にして作る」「―を仕込む」
(5)0 もとで。もとね。元金。原価。《元》
「―を取る」「―を割る」「―がかかる」
(6)草木の株または幹。
(7)和歌の上の句。 ⇔末
「歌どもの―をおほせられて、『これが末いかに』と問はせ給ふに/枕草子 23」


(接尾) 助数詞。
(1)草木の株の数を数えるのに用いる。ほん。《本》
「菊一―を植える」
(2)鷹狩りに使う鷹の数を数えるのに用いる。羽(わ)。
「鷹一―」――が切・れる 売り値が仕入れ価格より安くなる。もとが割れる。 ――が取・れる
(1)商売で、元手が回収できる。
(2)転じて、はらった努力に応じた報いを手に入れることができる。 ――はと言えば ある出来事の原因やきっかけを考えると。
「―、君のせいだ」――も子もな・い 〔「元」は元金、「子」は利息の意〕利益ばかりか元手まで失う。何もかもすっかりなくす。 ――を正(ただ)・す 物事の原因や起こりを調べてはっきりさせる。
「―・せば自分が悪い」



もと 【下/▽許】

補足説明「もと(本)」と同源
(1)物のした。物のしたのあたり。また、物のしたの部分。《下》
「花の―に遊ぶ」「自由の旗の―に集まれ」「白日の―にさらす」
(2)ある人のいる所。また、その人の影響の及ぶ所。
「博士の指導の―に新製品を開発する」「恩師の―を尋ねる」「親の―を離れる」
補足説明「そば」の意では「元」とも書く
(3)(「…のもとに」の形で)…という状態において。また、…ということを条件または根拠として。《下》
「一刀の―に斬り倒す」「一か月という約束の―に依頼した」「国益の名の―に実力を行使した」

------------------------------
■以下、接尾辞「もと」をかかえる、おもな用例。「「もと」の言葉「で終わる」辞書すべての検索結果」から、抽出。


あしもと 【足下/足元/足許】
(1)立ったり歩いたりしている足が地についている所。また、そのあたり。
「―が暗い」
(2)足の運び方。歩き方。足どり。
「―がふらつく」
(3)身の回り。身辺。また、置かれている状況。
「―を脅かす」「―を固める」
(4)(「足元」と書く)家屋の、土台から根太(ねだ)までの部分。
(5)(芝居小屋などで)はきもの。
……


えりもと 【襟元】
(1)襟のあたり。えり首。
(2)着物の襟の合わさる胸のあたり。
「―をかきあわせる」
……

おおもと 【大本】
物事の根本にあたる最も大切な事柄。根源。根本。
「―を正す」


おてもと 【御手元/御手許】
(1)「てもと」の尊敬・丁寧語。
「―のパンフレットをごらんください」
(2)〔食膳の最も手前にあることからいう〕料理屋などで、箸(はし)。


おひざもと 【御膝下】
(1)貴人のそば。また、貴人のそば近く仕える人。側近。配下。
「―から反対の声が出る」
(2)君主や将軍などのいる土地。
「将軍の―として栄えた江戸」


おもと 【御許】
(名)
(1)貴人の座所を敬っていう語。おそば。
「入鹿―にまろびつきて/日本書紀(皇極訓)」
(2)おそば近く仕える者。女房。
「この―、馴れて目やすし/源氏(宿木)」
(3)高貴な家の主だった女房。
「すこし―ほどのきはにてぞありける/大鏡(兼家)」
(4)(「…のおもと」の形で)女房の名の下につける敬称。
「民部の―なめり/源氏(空蝉)」

(代)
二人称。多く女性に対して、敬愛の気持ちをこめて用いる。あなた。
「―は今宵は上にやさぶらひ給ひつる/源氏(空蝉)」


おやもと 【親元/親許】
親の住んでいる所。
「―を離れて暮らす」


くちもと 【口元/口許】
(1)口のあたり。
「―に笑みを浮かべる」
(2)口の形やようす。くちつき。
「―がかわいい」
(3)出入りする所。出入り口。
「ほら穴の―」
(4)はじめの部分。とばくち。
「せかいみやこぢなどを一寸(ちよつと)―ばかりよんで/安愚楽鍋(魯文)」


くにもと 【国元/国▽許】
(1)自分の生まれ育った所。故郷。
「―の両親」
(2)本国。主君の領地。
「大名が―へ帰る」

こしもと 【腰元】
(1)貴人のそばに仕えて、身の回りの雑用をする女性。侍女。
(2)腰のあたり。
(3)身の回り。身辺。
「―にて使ふ小姓/仮名草子・犬枕」
(4)刀の「栗形(くりかた)」のこと。


じもと 【地元】

(1)その事に直接関係のある土地。ある物事の行われている土地。現地。
「―出身の大臣」「―の意見」
(2)勢力範囲の土地。
「―を荒らされる」


そこもと 【▼其▽処▽許/▼其▽許】
(代)
(1)指示代名詞。その所。そこ。
「―に紙の端にかきて、かくおしつく/蜻蛉(下)」
(2)二人称。武士が使った。そなた。お前。
「―呼びに参つたは/浄瑠璃・博多小女郎(上)」
補足説明近世前期は軽い敬語。後期は目下に多く使った


たもと 【▼袂】

補足説明手(た)本(もと)の意
(1)和服の袖の、袖付けより下の垂れ下がった部分。
「―に入れる」「―を翻(ひるがえ)す」
(2)袖。
「をのこどもの―より手いだしたる/宇治拾遺 1」
(3)上代、肘から肩までの部分。一説に、手首・袖口のあたり。
「韓玉(からたま)を―に巻かし/万葉 804」
(4)かたわら。あたり。ほとり。
「橋の―」


てもと 【手元/手▽許】

(1)手の下。手の届くあたり。
「―が暗い」「―に資料がない」「娘は―におく」
(2)器具などの、手で持つ部分。
(3)手つき。手の動き。
「―が狂う」
(4)手元にある金。懐具合。
「―不如意」
(5)〔中世女性語〕箸。おてもと。


ねもと 【根元/根本】

(1)植物の根のあたり。
「松が―から折れる」
(2)柱や立っている物の、付け根の部分。
「電信柱の―が腐る」
(3)物事のもと。基本。[ヘボン(二版)]


のどもと 【▼喉元】

(1)のどの胸に近いあたり。のどのあたり。
(2)ものの重要な部分。
「日本経済の―をおさえる」


はたもと 【旗本】

(1)軍陣で大将のいる所。本陣。本営。
(2)大将の近くにあってこれを護衛する家臣団。麾下(きか)。
(3)江戸時代、将軍直属の家臣のうち、禄高一万石以下で御目見(おめみえ)以上の格式を有する者。御目見以下の御家人とあわせて直参(じきさん)という。


はなもと 【鼻▽許/鼻元】

(1)鼻のつけね。鼻のあたり。
(2)鼻のすぐ前。目前。


はなもと 【鼻▽許/鼻元】

(1)鼻のつけね。鼻のあたり。
(2)鼻のすぐ前。目前。


はもと 【刃元】
刃物の柄に近いもとの方。 ⇔刃先


ひざもと 【▼膝元】

(1)膝の近く。
「打者の―に食い込むようなシュートがきまる」
(2)身の近く。身のまわり。
「親の―を離れて東京に出る」「徳川将軍のお―(=江戸)」


ひのもと 【火の元】
(火事の原因になるような)火の気のある所。
「―に気をつける」


ひもと 【火元】

(1)火事を起こしたところ。火事を出した家。
(2)火のあるところ。火のもと。
(3)うわさや流行などの出どころ。
(4)(「火本・火下」とも書く)香元(こうもと)。


ふもと 【▼麓】
山のすその部分。山麓。



まくら-もと 【▼枕元/▼枕▽許】
寝ている人の枕のそば。まくらがみ。枕頭 (ちんとう) 。



みなもと 【源】

補足説明「水(み)の本(もと)」の意
(1)川の水の流れ出る所。水源。
「川の―をさぐる」「槍ヶ岳に―を発している」
(2)物事の起こるはじめ。起源。根源。源流。
「この行事は―を平安時代に求めることができる」――清ければ流れ清し 〔荀子(君道)〕君が正しければ民も正しくなることのたとえ。



みみもと 【耳元/耳▽許】
耳のすぐ近く。耳のすぐそば。 「―でささやく」



みもと 【身元/身▽許】

(1)その人の生まれや境遇。また、現在までの経歴。素性(すじよう)。
「―不明」「―の確かな人」
(2)その人の一身上のこと。
「―を引き受ける」


みもと 【▽御▽許】
(名) おいでになるところ。おそば。
「山田様―へ」(代) 二人称。あなた。おもと。
「この仲人たてて―の容姿(かたち)消息し訪ひに来るやさきむだちや/催馬楽」



むなもと 【胸元/胸▽許】
胸のあたり。胸の前。むなさき。
「―にピストルを突きつける」「―をはだける」



めもと 【目元/目▽許】
目のあたり。また、目。
「―の涼しい娘」

------------------------------
■「~の まわり(周囲)」という語義が中核となっているが、「あしもと/えりもと/くちもと/てもと/めもと」などとみれば、それぞれの ユレ(語群相互はもちろん、同一語内部でも)が、あまりに 恣意的であることは、あきらかだろう。■「はかる」などで 有名な、いわゆる「同訓異義語」の 「かきわけ」問題と同様、実に クダランことが、明白。【2009/05/04 17:50 加筆】



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コメント

駄議論中

どうもどうも。
それにしても(いつも思うのですが)ハラナ様は漢字に対しては何か不思議に思うほどの熱いですね。本当は漢字を愛しておられるのではないか? とまで思ってしまいます。実に微に入り細に入りです。
それに対してローマ字にはあんまり愛(?)がないように思ってしまいます。

こういうことをいうと、否定されるのかもしれませんが、昔知り合いだったあるプロ野球ファンをおもいだします。
その人はアンチ巨人でした(いまは絶滅危惧種?)。体制から選手までひっくるめて、巨人の批判ばかりしていました。巨人のことなら二軍選手のことまで知っていました。
そのかたは「これからはパ・リーグの時代だ」などといっておりました。ところが南海や阪急(古い…)やロッテの選手については、一軍ローテーションの投手やレギュラーの内野手の名前すら知りませんでした。私はその人の前でパ・リーグの話をするのが楽しみでした。その人が必死に巨人の話に切り替えようとするのがたまらなく面白かったのです。

その人の「パ・リーグ」とハラナ様の「ローマ字」が単純に同一視できないことはわかっております。あくまでも私の個人的な印象であるだけですけど。

さて、最近またよそで駄議論やってます。
おひまな折りにご覧くださいませ。

http://8513.teacup.com/edoiki/bbs

漢字表記と愛憎

Stalker No.1さま

■おひさしぶりです。
http://8513.teacup.com/edoiki/bbs は、たたかっていらっしゃいますね。熱意には脱帽です。

■さて、わたくしの漢字表記批判が、ネジれた愛情ゆえの 憎悪の形式をとった攻撃であるかどうかは、どうぞ、ご自由に判断ください。■ま、世界にとって、あの恣意的なシステムを「世界標準」然として なんの疑問もはさまずにおしつける英米語の実態の害悪をかんがえるなら、極東=西太平洋西岸の小列島のローカル・ルールなんて、ゴミでしかないでしょう。■しかし、当方は、その列島のソトにでていくつもりがないのであり、そのちいさな小宇宙のなかの矛盾・障碍であれば、それは、無視できないのです。当方自身は、かならずしも情報弱者には あてはまらないかもしれませんが、周辺には、その実害をこうむっている層をみききしておりますので、「極東=西太平洋西岸の小列島のローカル・ルールなんて どうでもいい」とは、ならないのです。
■あべ・やすし「漢字という障害」(http://tactac.blog.drecom.jp/archive/1408)といった問題群ですね。

■一点だけ、掲示板についての こまかな質問を。■“Nihhongo”というローマ字表記は、どういった理念にそったシステムですか?


●「愛と憎しみのアンビヴァレンツ」(http://www.shosbar.com/works/crit.essays/aitonikushimi.html
http://en.wikipedia.org/wiki/Ambivalence
http://de.wikipedia.org/wiki/Ambivalenz

それで、ハラナ様にとって「ローマ字」とは?

>■おひさしぶりです。
こちらこそ。

>■http://8513.teacup.com/edoiki/bbs は、たたかっていらっしゃいますね。熱意には脱帽です。

いや、少々ひょうしぬけぎみです。
投げかけたものに対し、なにもはねかえってこないので…。

>■さて、わたくしの漢字表記批判が、ネジれた愛情ゆえの 憎悪の形式をとった攻撃であるかどうかは、どうぞ、ご自由に判断ください。

きっと内心複雑なんじゃないですか? 漢字マニアにも似たような方はおいでですし。

>■ま、世界にとって、あの恣意的なシステムを「世界標準」然として なんの疑問もはさまずにおしつける英米語の実態の害悪をかんがえるなら、極東=西太平洋西岸の小列島のローカル・ルールなんて、ゴミでしかないでしょう。

英米語は発音に関しては実に恣意的ですが、わかちがきはわりとすっきりしてますし、奇怪な名詞の性別もありません。ドイツ語の方がわかちがきもかなり曖昧だし、性別の分け方も奇怪です。外国人が使いづらい要素を多く秘めているのではないか? と最近は思うような…。日本のルールも確かに複雑ですが、表記や思考に奇怪な要素を秘めた言語はたくさんあると思いますけど…。最近もドイツの「略語」をいろいろチェックしておりますが…日本語をローマ字にしたら、きっとこういう世界になるんだろうな、とおもっておりますが。

>■しかし、当方は、その列島のソトにでていくつもりがないのであり、そのちいさな小宇宙のなかの矛盾・障碍であれば、それは、無視できないのです。

列島のなかにいても、インターネットで世界とつながっていれば、よそ様のことについても、いろいろなことに気づくとおもいます。

>当方自身は、かならずしも情報弱者には あてはまらないかもしれませんが、周辺には、その実害をこうむっている層をみききしておりますので、「極東=西太平洋西岸の小列島のローカル・ルールなんて どうでもいい」とは、ならないのです。

どうでもいいとは申しておりませんし、ハラナ様のお話にも納得できる部分は多々あります。もちろんすべてに納得・心服しているかどうかは別として。

>■あべ・やすし「漢字という障害」(http://tactac.blog.drecom.jp/archive/1408)といった問題群ですね。

この論文は何度も読みました。どれだけ理解しているかは別としても。

>■一点だけ、掲示板についての こまかな質問を。■“Nihhongo”というローマ字表記は、どういった理念にそったシステムですか?

わたしの主張ではありませんし、掲示板上でもそんな主張は無視しておりますが…。ikks氏によると…

かんじデ カケバ 日本 デアッテ カキカタ デハ マギレハ ナイ。
ソノ てんデハ マコトニ ヨイ。 ガ、ヨミ が サダマラナイ。
ソレハ イマダニ かくていデキナイ デ イル さいだいノ げんいん。
かんじハ ツミブカイ。

Osoraku huruku wa, 'Niphon' de attanode wa naika.
Sokode, Kokusaiteki ni kono Sai,

Nihhon にっほん

to sitai, sou watasi wa Sikou siyou to omotte iru.
Minasan doude syou ka ne.

と、いうことのようです。わたしはこんな理念はまったく理解できません。
古来はどうだったなんて推測の域をでないし、そもそも「にほん」「にっぽん」にくらべて「にっほん」がいいやすいなんてこともないとおもいます。だいたい名詞の発音なんて文字があろうがなかろうが変化することは多々あります。

で、最後に質問を蒸し返しさせていただきます。
ハラナ様にとって、ローマ字とは…???

単純に共時論的合理主義でつかいたい、日本語表記の選択肢の一種です

■Nihongo-wa ironna kakikata-ga arieru. Roomazi-mo sono hitotu-ni sugimasen. Tadsasi gendaino riyoosya-ni totte, konranga nai. Gaikokuzin-ni tottemo, yoozi-ni tottemo, desune.

■だから、もともとの ニホンゴわ、「ニフォンゴ」だった、とか、そういった ちいきせーも げんてーしない、れきし・しゅぎわ、ぜんひてーします。ポ→フォ→ホ…とゆー れんぞくたいが、かりに ぶんけんで あとづけられるにせよ、それと、げんだいの にちじょーてき りよーとわ、なんら ちょっけつしませんし、だいいち、きのーてきに、ごーりてきな しすてむじゃないなら、れきしてき・けーいなんて、ぎろんするに、あたいしませんね。まして、げんだい・みらいしこーであるはずの、ろーまじ・ろんじゃが、“Nihhon”などとやっていんでわ、たまりません。■伊波普猷あたりの時代以前の知識層の混乱ぶりですね。伊波普猷は、近代琉球人として、琉球語を位置づけ、そのなかで、自分の家族名の「イハ」の前身としての「イファ」を“Ifa”としるす必然性をもっていましたけど、“Nihhon”氏に、そんなアイデンティティ問題があるともおもえないし。歴史主義というより、歴史趣味かも。


■ちなみに、これも自覚がたりないコンプレクス(アンビバレンツ)といわれるかもしれませんが、当方が、漢字表記批判について動員してきた、一部マニアックかもしれない具体的データは、漢字表記体系擁護派が、マレには よみにくるだろうという想定の産物です。■理論もデータも、あまりに チャチなばあいは、説得力もなにもあったものじゃないので。
■マックス・ヴェーバー御大がめざしたように、利害関係者の双方に お役にたつかどうかは、わかりません。でも、たとえば、漢字博士の笹原宏之先生(http://harana.blog21.fc2.com/?q=%BA%FB%B8%B6%B9%A8%C7%B7)が かりにいらしても、ごみネタとは、おもわれない程度にはしておきたいと。

漢字について

ハラナ様

どうもどうもです。
少し順番を入れ替えて返答させていただきます。

>■(前略)歴史主義というより、歴史趣味かも。

ほとんど同意です。琉球関係については紙のような薄っぺらな知識しかない私ですが、伊波普猷氏の“Ifa”は(なんとなくですが) 理解できるような気がします。しかし、“Nihhon”氏については、単なる思いつきとしか理解できません。歴史趣味というより「けんかをやめて~。“Nippon”派と“Nihon”派」という調和趣味でしょうか? “Nippon”と“Nihon”の間を取った折衷案をつくったつもり(?)でしょうか? 無理に想像しても無駄なので、これぐらいで切ります。

>■ちなみに、これも自覚がたりないコンプレクス(アンビバレンツ)といわれるかもしれませんが、当方が、漢字表記批判について動員してきた、一部マニアックかもしれない具体的データは、漢字表記体系擁護派が、マレには よみにくるだろうという想定の産物です。■理論もデータも、あまりに チャチなばあいは、説得力もなにもあったものじゃないので。

なるほど。漢字擁護派がいやがりそうなポイントを突いてくるのはそういうところからですね。それにしても漢字廃止論者や制限論者でも認めているような点(造語力、情報圧縮)まで否定するのですから…しかしこれぐらい強く挑発しないと擁護論者も喧嘩しに来てくれないということなのでしょうか?

>■マックス・ヴェーバー御大がめざしたように、利害関係者の双方に お役にたつかどうかは、わかりません。でも、たとえば、漢字博士の笹原宏之先生(http://harana.blog21.fc2.com/?q=%BA%FB%B8%B6%B9%A8%C7%B7)が かりにいらしても、ごみネタとは、おもわれない程度にはしておきたいと。

笹原先生の本は、ハラナ様はかなり熟読なさったようですね(以前、かなり詳細にコメントされていましたしね)。いらっしゃるといいですね。わたしなんぞよりもずっと「かみあう」でしょう。立ち位置の違いはあれど。

で、最後…。若干いちゃもん気味を失礼します。

ローマ字について

>単純に共時論的合理主義でつかいたい、日本語表記の選択肢の一種です
>■Nihongo-wa ironna kakikata-ga arieru. Roomazi-mo sono hitotu-ni sugimasen.

ローマ字はまったなしの「世界文字」です。2位につけるアラビア文字を圧倒的に引き離すシェアーを誇ります。また、非ローマ字圏でも必ずローマ字で書く場面が生じます。しかし、使用人口の多さ、使い方の多様さが、奇怪なゆがみを生じさせます。また、好むと好まざるにかかわらず「英(米)語」の文字です。ローマ字圏、非ローマ字圏でも(当面の間)その影響は受けまくります。日本語をローマ字で書く場面においても、それらの影響から逃れることはできません。
だから「日本語を書き表すひとつの方法」と論じるのは時代錯誤のような…。

>Tadsasi gendaino riyoosya-ni totte, konranga nai.

日本の代書ローマ字は、セルビアほどではないにせよ、ギリシャやマケドニアやブルガリアぐらいのゆれの少なさにとどまっていると思います。また、訓令式とヘボン式の差異も、よそ様に比べてそんなに大きなものでしょうか? 韓国、アラビア語圏、ロシア、ウクライナ、ヘブライなどでは、複数方式と転写か翻字かの考えの違いで揺れまくりです。ロシアやウクライナの「キリル←→ラテン」転写法は外国のデータベースを狂わせまくりですし、日本の国会図書館でも頭を痛めていることです。
ローマ字が世界文字であることは認めるところです。と、いうことは外国(非ローマ字圏)の代書法ローマ字という変化球だって日本も受け取らなきゃならない(事実、受け取って混乱が生じている)ということです。LEEだYIだRHEEだとハングルからの転写方式なんかどこ吹く風と勝手に綴る韓国の人名とかにだってまったなしでやってきます。
だから「各国事情なんてどうだっていい」ものでしょうか?

>Gaikokuzin-ni tottemo, yoozi-ni tottemo, desune.

漢字はどうあれ、かなはローマ字とくらべてそんなに難しいものでしょうか? 幼児にとってほとんど差はないと思います。視覚障碍者にとっても、なんら問題のない文字のはずです。カナモジ論者がいうところの「清音と濁音を結ぶ意識がローマ字ではとぎれてしまう」という説に賛成しています。現代日本語の実情にかんがみれば、「かな」の方がローマ字よりも日本語の基本にふさわしい文字です。日本語は上記でいうとところの「代書法として基本文字かなとの関連性がつけやすい」言語だから、ある種の錯覚が生じたのではないでしょうか?
韓国のハングル万歳主義者がいうところの「かなは音節だけで音素が表せない、ローマ字は音素だけで音節が表せない。だからハングルはすごい」という論も的はずれではないと思います。子音の多いドイツ語の単語なんかみていると、確かに綴りからは音節が見えない場合があります。日本語は母音過多の言語なのでローマ字でも音節はわかりますが…。だからある種の錯覚が生まれるような…???
外国人のローマ字で日本語を学習した層が「うまくかなに移行できない」「既に学習した外国語のローマ字綴りの知識に引っ張られてしまう」「自国語のローマ字綴りの影響からのがれられない」という報告は、「日本語教育」関係の本のなかでの報告例として、確かに存在しています。外国人にとっても、ローマ字での日本語学習は決していいこと(ばかり?)ではありません。
そういう要素もひっくるめて議論するべきではないでしょうか?

いろいろローマ字関連のネタを振ってきたつもりですが、せっかくの情報がまるで生かされないのでとてもがっかりしています。ローマ字は漢字よりも真剣に論じるべき話題でしょう。

で、ハラナ様にとっての「ローマ字」と、アンチ巨人氏にとっての「パ・リーグ」の結びつきについては、どう思われますか?

参考URLです

ロシア語文献をラテン文字(ローマ字)翻字検索する場合の注意事項(国立国会図書館)
http://www.ndl.go.jp/jp/data/theme/theme_honbun_400179.html
ロシア語翻字(ロシア美術資料館)
http://www.art-russian.org/soft/honjihou.html

アジア言語の翻字(ローマ字化)について(国立国会図書館)
http://www.ndl.go.jp/jp/data/theme/asia/theme_asia_02.html

日本社会の多言語化とローマ字化

Stalker No.1さま

■いろいろ、ありがとうございます。

ローマ字はまったなしの「世界文字」です。2位につけるアラビア文字を圧倒的に引き離すシェアーを誇ります。また、非ローマ字圏でも必ずローマ字で書く場面が生じます。しかし、使用人口の多さ、使い方の多様さが、奇怪なゆがみを生じさせます。また、好むと好まざるにかかわらず「英(米)語」の文字です。ローマ字圏、非ローマ字圏でも(当面の間)その影響は受けまくります。日本語をローマ字で書く場面においても、それらの影響から逃れることはできません。
だから「日本語を書き表すひとつの方法」と論じるのは時代錯誤のような…。


■おっしゃりたいことは よくわかります。そういった「国際化」「多文化状況」のなか、ハラナの傍観者的な姿勢は ほかの問題群(たとえば、漢字表記や かなづかい等)への関心と比較したばあい、あまりに てうすであり、バランスをかいていると。奇妙で不可解である。…等々。
■ひとこと、いいわけをおゆるしいただくなら、当方のブログの編集方針は「きまぐれ」なのであり、目的は備忘録、思考の外化であります。■そんな記事群に、ローマ字論がからめば、また それも一興といった程度の姿勢なのですね。

■さて、いいわけでなく、現状認識をもうしあげるなら、たとえば移民労働者と日本人(ここでは、国籍概念ではなく、日本語文化で初期化が完了した成人とします)がローマ字日本語でやりとりする、なんて状況は、コミュニケーション実態のうち、例外的少数であり、移民労働者のローマ字日本語が、日本人のローマ字行動に影響をあたえるなんてことは、まずないとおもいます。
■いや、「「英(米)語」の文字」という実態がありながら、日本人がまともな影響をうけたのは、ヘボン式体系へのマヒぐらいではないでしょうか? ■しかも、先日みた首都圏の高速道路の標識では、「Kanpachi」などと表記しており、ヘボン式にさえ習熟できないありさまです。■つまりは、パソコンへのキイボード入力時にローマ字入力はできるようになったけど、音素レベルまで分解して、「「英(米)語」」利用者が違和感をおぼえないだけの一貫性を維持する程度までに、なれていないのです。■劣等感あふれる日本列島の住民が、イングランド語の影響をうけたといっても、すくなくともローマ字使用実態の現実としては、この程度の「刻印」しかみあたらないというのは、実に、象徴的な事実ではないでしょうか?
■このことは、韓国で流通する多様なローマ字の影響にも、あてはまります。「韓流ブーム」と在日コリアンを媒介とした文化接触が、かりに いま以上に進行するとしても、韓国流のローマ字文化が、日本のローマ字実態を劇的に変質させるとは、到底おもえません。

■したがって、「日本語をローマ字で書く場面においても、それらの影響から逃れることはできません。 …だから「日本語を書き表すひとつの方法」と論じるのは時代錯誤のような…。 ……ローマ字は漢字よりも真剣に論じるべき話題でしょう」などと、力説されましても、現状認識をかえるまでの説得力を感じません。■そして、これは、当方以上にイングランド語と距離がある層のばあい(当方も、商売道具とはいえない程度にしか、利用しませんが)、一層あてはまるんじゃないかと、調査もせずに推定する次第です。【また、時間をおいて、つづきをかきます】

日本社会の多言語化とローマ字化2

外国人のローマ字で日本語を学習した層が「うまくかなに移行できない」「既に学習した外国語のローマ字綴りの知識に引っ張られてしまう」「自国語のローマ字綴りの影響からのがれられない」という報告は、「日本語教育」関係の本のなかでの報告例として、確かに存在しています。外国人にとっても、ローマ字での日本語学習は決していいこと(ばかり?)ではありません。

というご指摘について。
■もし、ハラナが つねづねのべきたきたとおり、漢字カナまじり表記は当面利用しつづけるとしても、外国人などむけにローマ字日本語を併記するという手法をとったとします。■そのばあい、「自国語のローマ字綴りの影響からのがれられない」といった、「干渉」問題が、そんなに致命的にはたらくでしょうか? また、「うまくかなに移行できない」といった適応問題が発生するでしょうか?■ハラナの推定では、ありえないとおもいます。もちろん、“Nagano”を、スペイン語話者・ポルトガル語話者が「ナハノ」などと、誤読してしまうとか、「ナガノ」ときいた地名・人名を、“Nagano”という表記でおぼえづらいとか、そういった問題は発生しているでしょうが、そんなことは早晩、「日本では、“Nagano”とかいて、ナガノとよむらしい」と、調整できるんじゃないでしょうか?■むしろ、かながきさえ導入すれば、自言語と異質な体系だとわりきって、対応が容易になるという見解こそ、実際に確認すべきだとおもいます。
■いいかえれば、イングランド語中心にまわってしまっている、現今のローマ字文化を全面的に再検討して、「地域ごとに多様なローマ字表記=発音の共存」という現実を世界中のひとびとが直視するよう、啓発活動をくりかえすべきだとおもいます。■そういった意味でも、中途半端にイングランド語至上主義に妥協したヘボン式を無批判に英語科などでおしえこむことは、犯罪的だとおもいます(これは、英語帝国主義の典型例)。【つづきをかくか、いまのところ未定】

ローマ字論に すすむ まえの かながき論

■漢字などより ローマ字が 議論として優先されて当然と、自明のようにおっしゃいますが、ちがうと断言いたします。■なぜなら、現状の日本人の言語意識を推計かぎり、かながき論を具体的に議論する気のない層が、日常使用はもちろん、外国人等情報弱者の言語的人権保障のために、ローマ字並記を義務づける必要性だとか、そこで配慮されるべき問題点の全面的検討なんて課題が意識されるなんて到底おもえないからです。■ローマ字論が本格的に必要となるのは、漢字ぬきの日本語表記が真剣に議論されたあとのはず。■漢字カナまじり表記にかならず かな表記を並記するという情報保障を実現するために、なにが必要かが具体的に整理されるはずなのに、それをすっとばしてローマ字論を優先させるべきという論理が どうしてなりたつのか、平明にご説明おねがいします。

何か…ずれてしまったような???

ええっと…。私の説明が悪かったのか、いろいろと齟齬が生じているようです。平明な説明かどうかわかりませんが、とにかくこちらも主張を。

>ローマ字論に すすむ まえの かながき論
>■漢字などより ローマ字が 議論として優先されて当然と、自明のようにおっしゃいますが、ちがうと断言いたします。

ええっと…。私が申し上げておるのは「適当だろうが、きっちりしたものだろうが否応なく使われる」ローマ字の日常についてです。ハングルもアラビア文字も使えない環境でローマ字を使わざるを得ない外国人とかが適当に綴ってくるローマ字人名への対処とか、学術論文とかで否応なしに使わざるを得ないローマ字での固有名詞とか、キリル文字が扱えない環境下で仕方なくローマ字を使ってロシア文献を検索する場面とかのことです。世界には使いたくなくてもローマ字を使わざるを得ない場面が多々あります。漢字の筆談効果とかよりも、実用面でローマ字が登場する場面は多くあります。そういう場面は多いだろうと申し上げております。だから漢字はしょせん地域限定文字。ローマ字は全世界文字。だからそういう側面から考えましょうということです。

>■なぜなら、現状の日本人の言語意識を推計かぎり、かながき論を具体的に議論する気のない層が、日常使用はもちろん、外国人等情報弱者の言語的人権保障のために、ローマ字並記を義務づける必要性だとか、そこで配慮されるべき問題点の全面的検討なんて課題が意識されるなんて到底おもえないからです。

かながき論とは(私の言い分は)関係ありませんし、外国人など情報弱者の問題とも(必ずしも)結びつくわけではありません。ローマ字の併記なんかかえって邪魔と考える層だったいるでしょうし、義務づけるのではなく、本人が必要ならば親切な人が併記してあげればよいと考えるぐらいです。フリガナつき、漢字少な目の文をみればおおよそ大丈夫な外国人であれば、ローマ字なんぞ不用でしょう。「義務づけ」する必要があるでしょうか?

ローマ字“論”ではありません

>■ローマ字論が本格的に必要となるのは、漢字ぬきの日本語表記が真剣に議論されたあとのはず。

先も後もありません。代書ローマ字(を中心とした)話をしております。否応なしにローマ字を使わなくてはならない場面は多々あり、そういう場面でどうするかとかに関心があるのです。私は基本的に漢字かなまじりの維持派であって、日本語の基本文字をローマ字にすれば、イニシャル略語と外国語生スペルの塊になるとしか思っておりません。国字ローマ字論は空論でしょう。その活動に携わった方々の情熱や細部へのこだわりなどはとりあえず尊敬させていただいておりますが…体系性にこだわりすぎて、しばしお笑いの世界に入ったりするし…あんまり現実味がないような。
「漢字ぬきの日本語表記が真剣に議論されてからローマ字論へ移行する」…韓国人がハングルやめてローマ字に移行しますか? 昔、「バラシ書き(音素をいまのような箱形にかためるのではなく、単語はすべての音素を横一列に並べてしまう)」という書き方が真剣に議論されていた時代があるようですが(「ハングルの歴史」というマニアックなわが愛読書に書かれておりました)…バラシ書き論者のなかには、「世界文字ローマ字に移行しよう」という人も少なからずいたようです。しかし、いま「ハングルやめてローマ字にしよう」などと言ったらその人間は袋だたきにあうでしょう。

>■漢字カナまじり表記にかならず かな表記を並記するという情報保障を実現するために、なにが必要かが具体的に整理されるはずなのに、それをすっとばしてローマ字論を優先させるべきという論理が どうしてなりたつのか、平明にご説明おねがいします。

情報保障といっても…まあ、いろいろありますし。ローマ字を使っても略語の問題などが存在することは、確か「社会言語学」のしばざき氏か何かの論文にちらりとあったような…。視覚障碍者(など)への情報保障は漢字かなまじり文をやめれば単純に成立するものでもないと思いますよ。ローマ字だと漢字よりは触覚(など)で記憶する範囲が狭くできるのは認めるところですが。

私はそもそも「ローマ字『論』を優先すべきだ」というテーゼを投げかけたつもりはないのですが…。

ごめんなさい。漢字は実用上問題が多々あることは認めます(でも私は嫌いではありません)。でも、現実としてローマ字もまた実用上の問題が多々存在していることも事実なのです。だから、こういった場面を洗い出してみようということが言いたかったのです。で、私のいうところの「漢字よりもローマ字を」というのは、日本語を表記する上での文字組交替論ではないわけなのです。ご理解いただけたかどうかわかりませんし、平明とは絶対にいえない説明ですが、とりあえず返答とさせいていただきます。

前の話への返答(1)

>■さて、いいわけでなく、現状認識をもうしあげるなら、たとえば移民労働者と日本人(ここでは、国籍概念ではなく、日本語文化で初期化が完了した成人とします)がローマ字日本語でやりとりする、なんて状況は、コミュニケーション実態のうち、例外的少数であり、移民労働者のローマ字日本語が、日本人のローマ字行動に影響をあたえるなんてことは、まずないとおもいます。

これは同意です。

>■いや、「「英(米)語」の文字」という実態がありながら、日本人がまともな影響をうけたのは、ヘボン式体系へのマヒぐらいではないでしょうか?

ヘボン式はかつては「標準式」と(も)呼ばれており、戦前から「ローマ字ひろめ会」というローマ字団体がこの綴り方を推進していました。この団体には田中舘愛橘博士などが推進する日本式ローマ字(のちの訓令式の基本)がいいという人もいたようですが、明治初期以来の伝統である方式に愛着がある人が多くいたようです。結局「ローマ字ひろめ会」が標準(ヘボン)式、「日本ローマ字会(日本のローマ字社)」が日本式ということで対立するようになったようです。1937年に内閣訓令で日本式が採用されたのは、田中舘愛橘博士が軍部を味方に付けたのが大きかったようでした(これは「ローマ字博覧会」というサイトに資料が載っています)。「ローマ字ひろめ会」は戦後も活動していたことが先日わかりました(都立中央図書館に1974年発行の会誌がありました)が、いまは活動していないようです。彼らの言い分では「もとは平文(ヘボン=ヘップバーン)先生がはじめたものかもしれないが、日本人の手によって改良され続け、明治・大正期を通じて長くなじんでいった方式なのに、軍国主義者を味方に付けた理学博士が『英語式だ』などと攻撃してきたので変なイメージがついてしまった」とかの論でした。この会誌は一部をコピーし、彼らの論を読むとそれなりに説得力も感じました。漢字攻撃と訓令式攻撃がほとんどで、なんというか…。ほかにも興味深いローマ字関係の書もありました(まだ日本式が開発されていなかったころ)が、またの機会に。ただ、ヘボン式体系へのマヒというのも、生き残りが多い日本式-訓令式論者の声が作ったイメージも多々あるような気がします。

>■しかも、先日みた首都圏の高速道路の標識では、「Kanpachi」などと表記しており、ヘボン式にさえ習熟できないありさまです。

非ローマ字圏のローマ字道路標識が混乱しているのは日本だけではありません。「Kanpachi」でも混乱はしないのですから、目くじら立てるほどのことでしょうか。韓国では「同じハングル綴りなのに3種類のローマ字が別の標識に立っていたりする」なんてことがあるそうです。

前の話への返答(2)

>■つまりは、パソコンへのキイボード入力時にローマ字入力はできるようになったけど、音素レベルまで分解して、「「英(米)語」」利用者が違和感をおぼえないだけの一貫性を維持する程度までに、なれていないのです。

まず、ローマ字入力→ローマ字以外出力 は日本の専売特許ではありません。中国の広東語話者が北京語のピンインを使って広東語(用)の簡体字出力をやってのけたとかいう話を聞いたことがあります。私もローマ字入力ですが、別段音素まで分解して利用している意識はありません。タッチパネルや携帯メールはかな入力ですし、メモをローマ字で取ることは(ゆっくりならできるのかもしれませんが)、不可能です。違う頭の動きを強いられますし。あくまでも入力の方便です。ローマ字入力方式は、ほぼ地球上すべての文字について存在し、ハングルもタイ文字もアラビア文字も出力できます。ただ、日本にかな入力があるように、それぞれ自前文字でのキーボード入力もあります。言語ごとにどちらが優勢かは詳細を知りませんが、思ったよりもローマ字入力は広く使われているようです。だからといってピンイン入力(これも声調記号を数字にしたりするやや特殊な方法)している中国人が「簡体字やめてピンインでやった方がいい」と言うでしょうか? 大半の人はいわないはずです。

>■劣等感あふれる日本列島の住民が、イングランド語の影響をうけたといっても、すくなくともローマ字使用実態の現実としては、この程度の「刻印」しかみあたらないというのは、実に、象徴的な事実ではないでしょうか?

一貫性なんぞローマ字入力では習得しえません。中指と人差し指、少ない打鍵数で便宜的に出力する方法を習熟するだけです。「ジューシー」は「ju-si-」と入力し、「zyuusii(99式)」などとは入力しません。これは現実でしょう。

>■このことは、韓国で流通する多様なローマ字の影響にも、あてはまります。「韓流ブーム」と在日コリアンを媒介とした文化接触が、かりに いま以上に進行するとしても、韓国流のローマ字文化が、日本のローマ字実態を劇的に変質させるとは、到底おもえません。

あれはあれで特殊です。でも「イ」を「I」では格好悪いから「LEE」にしてみっか、という感覚は理解できるようなできないような…(笑)。

前の話への返答(3)

>■したがって、「日本語をローマ字で書く場面においても、それらの影響から逃れることはできません。 …だから「日本語を書き表すひとつの方法」と論じるのは時代錯誤のような…。 ……ローマ字は漢字よりも真剣に論じるべき話題でしょう」などと、力説されましても、現状認識をかえるまでの説得力を感じません。

現実、日本で一番利用され、学ばれている外国語は英語ですし、それを使うときの転写方式としてローマ字が出現する場面が一番多いのは事実でしょう。

>■そして、これは、当方以上にイングランド語と距離がある層のばあい(当方も、商売道具とはいえない程度にしか、利用しませんが)、一層あてはまるんじゃないかと、調査もせずに推定する次第です。

小生も推定だらけでごめんなさい。戦前期ローマ字については、小生の個人的記憶に基づいているので間違いがあれば平謝りいたします。

>■もし、ハラナが つねづねのべきたきたとおり、漢字カナまじり表記は当面利用しつづけるとしても、外国人などむけにローマ字日本語を併記するという手法をとったとします。■そのばあい、「自国語のローマ字綴りの影響からのがれられない」といった、「干渉」問題が、そんなに致命的にはたらくでしょうか? また、「うまくかなに移行できない」といった適応問題が発生するでしょうか?

致命的かどうかわかりませんが、「日本語教育」のムック本には確かに書かれておりました。また、外国語学習というのは、思いもよらぬ個人のクセが出ます。苦しんで学習するなかで、自らの余計な知識が知らず知らず足をひっぱります。ハラナ様はそういうことはなかったかもしれませんが、私のポンコツ頭でドイツ語を学習すると、義務教育英語の知識が知らず知らず浮かび、いろいろ足をひっぱってくれたことは鮮明におぼえております。頭の良い方には理解できないことかもしれませんが、馬鹿者が下手に知識を身につけようとするときは、こういうことがおこるのです。

前の話への返答(4)

>■ハラナの推定では、ありえないとおもいます。もちろん、“Nagano”を、スペイン語話者・ポルトガル語話者が「ナハノ」などと、誤読してしまうとか、「ナガノ」ときいた地名・人名を、“Nagano”という表記でおぼえづらいとか、そういった問題は発生しているでしょうが、そんなことは早晩、「日本では、“Nagano”とかいて、ナガノとよむらしい」と、調整できるんじゃないでしょうか?

個人差があるでしょうね。しかし、刷り込まれた既存知識は新しいことをおぼえようとするとき、強烈に干渉してきます。特に歳をとると。映画監督アルフレッド・ヒッチコックはドイツで仕事をすることになり、ドイツ語を話すことはすぐにできたそうですが、読み書きすることはとうとうできなかったということです。慣れない綴りのクセを把握することは、近似言語であっても速攻でできるようなことではありません。もちろん、英語人がドイツ語綴りを把握することは、漢字かなまじりを習得することよりははるかに簡単でしょうけど。

>■むしろ、かながきさえ導入すれば、自言語と異質な体系だとわりきって、対応が容易になるという見解こそ、実際に確認すべきだとおもいます。

これも書籍で読んだだけですが、感覚的には理解できる気もいたします。日本人が韓国(朝鮮)語をハングルではなく文化観光部2000年式ローマ字で学べばそれこそ大遠回りであろうことはよくわかりましたし(笑)。複合母音やパッチムの処理なんてローマ字じゃどうしようもありませんし。

>■いいかえれば、イングランド語中心にまわってしまっている、現今のローマ字文化を全面的に再検討して、「地域ごとに多様なローマ字表記=発音の共存」という現実を世界中のひとびとが直視するよう、啓発活動をくりかえすべきだとおもいます。

そうなるとBajiropalaを「バッチャラポン」と読ませるタイ語代書ローマ字など、それこそ大多様性と向き合わなくてはいけません(タイ語の例は極端ですが)。それからインターネットの画面の綴りが「発音」するのでしょうか? 現実問題、現代のローマ字は音よりも綴りのみが機能している状態です。ドイツのパソコン用語などが、英語の綴りをそのまま放り込むのもそのあらわれとみます。再検討する間もなく、英語の綴りは世界を駆けめぐります。これは現実ではないでしょうか?

>■そういった意味でも、中途半端にイングランド語至上主義に妥協したヘボン式を無批判に英語科などでおしえこむことは、犯罪的だとおもいます(これは、英語帝国主義の典型例)。

ヘボン式がそんなに「かな」とかけ離れていますか? そんなことはありません。英語と違い、そんなにバラバラな読み方にはなりません。北朝鮮のローマ字方式は英語式の「マッキューン・ライシャワー式」をベースにした英語話者向け転写方式が土台ですが…彼らがそんなに英語やアメリカにおもねているでしょうか? 世界には「ALA-LA」を元にした、英語的なローマ字方式をベースにした転写方式が多々使われていることも事実でしょう。

時間がないので、具体的なはなしは後日

>■ローマ字論が本格的に必要となるのは、漢字ぬきの日本語表記が真剣に議論されたあとのはず。

先も後もありません。代書ローマ字(を中心とした)話をしております。否応なしにローマ字を使わなくてはならない場面は多々あり、そういう場面でどうするかとかに関心があるのです。

■ちょっとまってください。「ローマ字は漢字よりも真剣に論じるべき話題でしょう」と、議論の優先順位を断定されたのは、そちらですよ。ローマ字の方が「真剣に論じるべき話題」というからには、それは価値序列上の軽重をかたっているのであり、価値のちいさい方をさきに論じるというのは、時間の不経済だから、通常、おおきい方を、さきに かたづけるものです。

■「代書ローマ字(を中心とした)話」が現在の日本列島で、首尾一貫性とか機能不全をきたしている実態については、よくわかりません。ただ、現在の日本列島で「否応なしにローマ字を使わなくてはならない場面は多々」あるとは、到底おもえません。■だからこそ、「そういう場面でどうするかとかに関心があるのです」といった、そちらの関心事に、真剣に対応する必要性をみとめないわけです。

■ちなみに、ローマ字表記体系の内部について かたることも、外部=社会的文脈との関係性でかたることも、ハラナにとっては、広義の「ローマ字論」です。ローマ字表記現象に対するメタ言語ですから。■それと、当方は、ローマ字論を展開するとき、代書ローマ字」といった、当座のまにあわせ表記を想定していません。情報保障や対外発信のための重要な装置として、どう整備するかとか、多文化主義とローカルルール同士の衝突をどう おりあわせるか、といった問題としてとらえています。■再三のべてきたとおり、漢字カナまじり表記を自明となどかんがえておりませんし、数十年後、現状と大差ない表記状況にとどまるとは、予想していません。

■具体的議論については、またいずれ。

私も時間がないので、とりあえず続きは後日(1)

おへんじ、ありがとうございます。余計にズレが生じてしまったようですが、わたしもしばらく時間がなさそうなので、具体的なおはなしのあとにまた…。

>>>■ローマ字論が本格的に必要となるのは、漢字ぬきの日本語表記が真剣に議論されたあとのはず。

>>先も後もありません。代書ローマ字(を中心とした)話をしております。否応なしにローマ字を使わなくてはならない場面は多々あり、そういう場面でどうするかとかに関心があるのです。

>■ちょっとまってください。「ローマ字は漢字よりも真剣に論じるべき話題でしょう」と、議論の優先順位を断定されたのは、そちらですよ。ローマ字の方が「真剣に論じるべき話題」というからには、それは価値序列上の軽重をかたっているのであり、価値のちいさい方をさきに論じるというのは、時間の不経済だから、通常、おおきい方を、さきに かたづけるものです。

ええっと??? 「価値のちいさい方」というのはなにをさすのでしょうか? (日本語における)漢字のことでしょうか? それとも「(漢字ぬきの日本語表記が真剣に議論されたあとに)本格的に必要となるローマ字論」ということでしょうか? (優劣や興味対象などにおいて)とらえる世界がちがっているからかもしれませんが、(ハラナ様のおもうところの優先順位を)ご教示いただけると幸いでございます。お怒りの理由がよくわからないので、ごめんなさい。私自身、馬鹿者で理解力がよわい人間であることはわかっておるのですが、わけもわからず怒られるのはつらいものでして。

>■「代書ローマ字(を中心とした)話」が現在の日本列島で、首尾一貫性とか機能不全をきたしている実態については、よくわかりません。ただ、現在の日本列島で「否応なしにローマ字を使わなくてはならない場面は多々」あるとは、到底おもえません。

ネット社会に生きていれば…インターネット通販などで、非ローマ字圏のユーザーと取引する場面は決して少なくありません。ローマ字で住所や名前を書いたり(書いてもらったり)する場面は多々あると思われます。こういう機会は日本語を代書ローマ字で学んだ層と接触する機会よりも全然多いはずです。非ローマ字圏の文献をローマ字で検索しなければならない場面とかはやや特殊でしたが(例示の仕方がわるかったとも思いますが)、洗い出すとけっこういろいろあると思いますよ。

>■だからこそ、「そういう場面でどうするかとかに関心があるのです」といった、そちらの関心事に、真剣に対応する必要性をみとめないわけです。

こちらは必要性以上にマニアックな関心があります。せっかくhttp://en.wikipedia.org/wiki/Romanizations
という面白ネタをみつけたからには、それで何か話がひろげられればと思いましたし(笑)。

私も時間がないので、とりあえず続きは後日(2)

>■ちなみに、ローマ字表記体系の内部について かたることも、外部=社会的文脈との関係性でかたることも、ハラナにとっては、広義の「ローマ字論」です。ローマ字表記現象に対するメタ言語ですから。

広義の「ローマ字論」とおっしゃいますが…。失礼ながらもともとそちらは情報不足なのか、興味をお持ちになられないのか、外国の例などにはほとんど反応されませんね。外国の例も国内の例も、ローマ字関連の情報を集めれば集めるだけマニアックな関心がわきあがってきます。情報も例もそれぞれに持つ方向性はバラバラであり、あるから使っている、使わざるを得ないから使っているという実態をいろいろ知ることができました。私は興味本位、雑学趣味、射幸心とねじれた好奇心のままにローマ字関係情報を追いかけているわけであり、決して日本語のローマ字化を完成させたいなどという指向は持ち合わせておりません。もちろん知らない情報もまだまだ多々あるでしょうが。

>■それと、当方は、ローマ字論を展開するとき、代書ローマ字」といった、当座のまにあわせ表記を想定していません。情報保障や対外発信のための重要な装置として、どう整備するかとか、多文化主義とローカルルール同士の衝突をどう おりあわせるか、といった問題としてとらえています。

情報保障と申されましても…文字種ばかりが「情報保障」とは限らないでしょう。文字なんてやめて絵や記号にするという方向性だってあるわけですから。この問題は、かじった程度の知識しかありませんが、そんなに狭い論点から語っていいのでしょうか? いや、漢字がある種の情報弱者にとってネックになっていることぐらいは知っていますが、どうもローマ字化というのは単純すぎるような。

対外発信のための装置?…日本語ローマ字で情報発信ということでしょうか? 中国がピンイン発信しますか? 韓国が文化観光2000式ローマ字で発信しますか? アラビア語圏がALA-LAローマ字で発信しますか? モンゴルがISOのローマ字で発信しますか? どれも絶対しないでしょう。(中国のピンイン発信は少しぐらいあるかも?)日本もする必要はありません。

多文化主義とローカルルール同士の衝突をどう おりあわせるか…だからこそ、日本以外の代書ローマ字の実態や、ローマ字使用国の細かい実態なども含めて「たくさん情報を集める」ことが必要になると思います。日本のローマ字を訓令式に統一するべきだと叫んだところで、実態は何も動きません。 

>■再三のべてきたとおり、漢字カナまじり表記を自明となどかんがえておりませんし、数十年後、現状と大差ない表記状況にとどまるとは、予想していません。

変化はあるでしょうが、ローマ字化という方向には進まないと予想しています。語彙や漢字の使用頻度に変化があるにせよ漢字かなまじりは維持され、続いていると思います。

>■具体的議論については、またいずれ。

すいません。お待ち申し上げます。上の話はまたの機会に反応いただければ結構でございます。長々書きすぎました。誠に失礼しました。

マニアックな関心と必要性

■前便補足。

■「Bajiropalaを「バッチャラポン」と読ませるタイ語代書ローマ字」のような極端な事例は、ローカルルールでやる分にはいいけど、対外的には通用しない、といった言語的的常識も、多文化社会のなかのメタ・ルールとして周知する必要がありそうですね。■「代書」なら一層、国際的に通用する一般的な音韻体系システムに変更を要すると。対内的なローカル・ルールなら、外部の人間に迷惑をかけないように、情報保障だけ しっかりすると。

■いずれにせよ、漢字カナまじり表記が無傷で存続しないだろうという推定で、両者はおりあわないし、単なる「代書」ではなく、対外的・対内的 両面での情報保障のための実務的な技術論と、それを客観視するための、メタ言語を整備すべきであるという、「必要」論と、マニアックな関心とは、到底、おりあいがつきません。■結局のところ、マニアックな関心にも相応する「トリビア」な水準の情報が共有できたときだけなのではないでしょうか?

■笹原先生が、日本語漢字表記の多様性にマニアックに関心を維持するのとはちがって、当方は、機能不全ばかりきたしている多様性はこまるから、整理ないし廃止、あるいは併記システムの整備こそ重要、といった観点からしか、関心をもてません。■同様に、日本語のアルファベット表記においても、国外とのやりとりで 言語干渉やら混乱などと つきあうといった課題よりも、国内の道路・公共施設の表示や司法・医療・福祉などにおける言語的人権の保障や、災害時の情報保障をどのように整備するかといった観点で、現状の問題点をあらいだす方が先決とかんがえるわけです。■あるいは、外国人むけの、英文サイトをつくるとして、その際の固有名詞表記を合理的におこない、混乱をきたさないためには、どういった整備が必要かとか…。

■諸外国では、こんな興味ぶかい事例がある、といった、趣味的な関心とは、無縁なのです。したがって、「諸外国の事情にうとい」だの、「不勉強をひらきなおって、リンクさきを丹念にみてまわらないなど、議論にいかさず怠惰」だのといわれても、こまるわけですね(笑)。世界に多様性の実態があるとして、そこからまなべるのは、「合理的一貫性がある程度ないと機能不全をきたすだけ」といった、みもふたもない一般的な結論だけではないでしょうか。■もちろん、意表をつくような、ディスコミュニケーションの実態がまねべて、リスク回避にやくだつ、という可能性は否定しませんが。
■ご教示いただくにしても、理論的に興味ぶかい事例とかではなく、ローマ字日本語表記(うちなーぐちなどもふくむ)に参考になりそうな具体的事例の御紹介がありがたいわけで。

ご…ごめんなさい(先に謝っておきます)。やっぱりかかせてください(1)

今日は疲れました。先ほど帰ってきました。続けるつもりはなかったのですが…。
いやはや…もうズレがどうにもならないところまできてしまいましたね。少し深呼吸しながらですが、わたしもやはり返答させていただきます。

ひとつだけ主張させてください。小生がばらまいたハラナ様にとっては合わないのか嫌いなのか面白くないのか知れないローマ字関連ネタの数々には、「虚言」らしきものはありません。わたしは公明正大な人間だとは思っておりませんが、これは主張させてください。小さな間違いや見解の違い、やや片側から眺めたようなことも含まれているとは思います。必ずしも客観的とはいえないものもありますが、とにかく意図的な「ウソ」はありません。

>■「Bajiropalaを「バッチャラポン」と読ませるタイ語代書ローマ字」のような極端な事例は、ローカルルールでやる分にはいいけど、対外的には通用しない、といった言語的的常識も、多文化社会のなかのメタ・ルールとして周知する必要がありそうですね。■「代書」なら一層、国際的に通用する一般的な音韻体系システムに変更を要すると。対内的なローカル・ルールなら、外部の人間に迷惑をかけないように、情報保障だけ しっかりすると。

おっしゃることはわかる(ような気がするだけ?)のですが、誰が、どんな形でどういった方々に注意するのでしょうか?  自然と修正されるというのはメルヘンの世界のような???

>■いずれにせよ、漢字カナまじり表記が無傷で存続しないだろうという推定で、両者はおりあわないし、単なる「代書」ではなく、対外的・対内的 両面での情報保障のための実務的な技術論と、それを客観視するための、メタ言語を整備すべきであるという、「必要」論と、マニアックな関心とは、到底、おりあいがつきません。■結局のところ、マニアックな関心にも相応する「トリビア」な水準の情報が共有できたときだけなのではないでしょうか?

漢字かなまじり(の将来像)についても、ローマ字(論)についても折り合わないことはもう承知です。しかし「整備」するといっても、具体的にどういう手順をたどって、どのようなことを徹底させるおつもりなのでしょうか? ローマ字になったら複数の読みにはならないということは、ありえません。これこそローマ字圏の言語を少しかじったらわかることのはず。無理に規制するとかすればいいのかもしれませんが、そんなにうまくいくのでしょうか?

ご…ごめんなさい(先に謝っておきます)。やっぱりかかせてください(2)

>■笹原先生が、日本語漢字表記の多様性にマニアックに関心を維持するのとはちがって、当方は、機能不全ばかりきたしている多様性はこまるから、整理ないし廃止、あるいは併記システムの整備こそ重要、といった観点からしか、関心をもてません。

併記システムだってきちんと作用するとも思えません。いろいろな人間が使う限り仕方がないことです。また、ローマ字論者同士の戦い(特に日本式論理的拡張法と99式の間の拗音論争など)を見ると、それこそミクロの戦いになりそうな悪寒すらするのですが…。

>■同様に、日本語のアルファベット表記においても、国外とのやりとりで 言語干渉やら混乱などと つきあうといった課題よりも、国内の道路・公共施設の表示や司法・医療・福祉などにおける言語的人権の保障や、災害時の情報保障をどのように整備するかといった観点で、現状の問題点をあらいだす方が先決とかんがえるわけです。

知り合いの石油プラントの商社マンが「アラビア人は自分の名前をローマ字で書くとき、毎回違っているので困る」とか言っていたのを思い出します。まあ、これは例のひとつといえばひとつですが、日本にやってくる外国人が司法の場とか医療の場とかでうろ覚えの綴りで違う書き方をしたりすることだってあるはず。もちろん道路や公共施設の併記ローマ字を統一しろという意見に反対はしませんが…。日本の場合(ヘボン式ですが)一応基準は存在し、チェックも入ったりします。間違えることもあるけど。

>■あるいは、外国人むけの、英文サイトをつくるとして、その際の固有名詞表記を合理的におこない、混乱をきたさないためには、どういった整備が必要かとか…。

ええっと…要するに訓令式に徹底的に統一しろということでしょうか?

>■諸外国では、こんな興味ぶかい事例がある、といった、趣味的な関心とは、無縁なのです。したがって、「諸外国の事情にうとい」だの、「不勉強をひらきなおって、リンクさきを丹念にみてまわらないなど、議論にいかさず怠惰」だのといわれても、こまるわけですね(笑)。

せっかく貼ったのに見てくれなかったんだ。うぇーん(涙)。という拙者の子供っぽい感情もあってのことです。お時間があるときにでも見直しいただけると幸いです。面白くない情報かもしれませんが、知って損することはないはず。むしろ間違えた想像に至らなくていいと思います。どこかの馬鹿者ローマ字論者が「韓国ではハングルと対応したローマ字がきっちりと守られて使われている」などという妄言吐いていたのを思い出します。こういった類の発言をして恥をかくことはありませんから。

>世界に多様性の実態があるとして、そこからまなべるのは、「合理的一貫性がある程度ないと機能不全をきたすだけ」といった、みもふたもない一般的な結論だけではないでしょうか。

機能不全をきたすだけ? しかし、非ローマ字圏でそれが染みているところってあるんでしょうか? 私の調べ不足かもしれませんが。阿辻先生の本に「中国で簡体字と併記しているピンインの看板をみたら、私が習ったピンインと違っていた。よくよく見たら間違えていた」という喜んでいるんだか呆れているんだかわからないような記述を見ましたが…。それでも別にそのお店は困っている訳でもなんでもなかったようで…。あ、ごめんなさい。でも、実際に機能不全をきたして具体的な損失が出る場が少ないからデタラメがまかり通るのかもしれません。

>■もちろん、意表をつくような、ディスコミュニケーションの実態がまねべて、リスク回避にやくだつ、という可能性は否定しませんが。

中国がピンインと簡体字の関係をきっちりチェックする社会だったら阿辻先生は冷や汗をかいていたでしょう。しかし、そんなことは文革時代でも目くじらを立てなかった社会だからこそ、問題なく回っているのでしょう。 もっともピンイン入力ではただしく打鍵しないと求める簡体字は出てこないので、多少はかわってきているのでしょうけど。コンピュータ社会になり、ローマ字で同じ人物が別々の綴りを書いたりすると認証が得られなくなる場面が出てきたのは、小さな変化でしょうか?

■ご教示いただくにしても、理論的に興味ぶかい事例とかではなく、ローマ字日本語表記(うちなーぐちなどもふくむ)に参考になりそうな具体的事例の御紹介がありがたいわけで。

すいません。それらしき事例がほとんど発見できません。ローマ字圏でもっとも音と綴りが一致するのはフィンランド語、非ローマ字圏のローマ字代書がもっとも噛み合っているのがセルビア語というぐらいしかわかりません。両語の言文一致理論を学んだらいかがでしょうか。まあ、そういう方面も探せば出てくるのでしょうけど。

ハラナ様はなにか、昔教え込まれたある種の教義を裏切れずにいらっしゃるのでは? 何か実態との乖離を感じてしまうのですが…もちろん私の認識が正確に実態をとらえていると主張することはできませんが、何か理想論が先行して現実と噛み合っていないような気がします。面白くない情報でもドーーーーンと受け取って何かを投げ返す。こういった度量も必要ではないですか? 生意気発言失礼いたしました。

それから、つまらないプレゼントですが…一応貼らせていただきます。

http://allabout.co.jp/study/korean/closeup/CU20080708A/

http://djginkishu.ikora.tv/e76694.html

http://austria.best.client.jp/M030_Analphabeten.htm

具体的な議論は、週末の予定ですが

ともかく、日系ブラジル人の日本語能力を調査した結果(サンプル数は、すくなかった記憶があります)などをみても、漢字はほとんどよめず、例外的によめたが、「名」だった。しかも、調査者は、「名前」という熟語の構成要素として しっているか たしかめたかったのに、ご当人たちは、「“名古屋”“名神”の“名”」といった、高速道路標示あたりの必要性から、対応関係を認識しただけという結果でした。■この一例をみても、定住外国人むけの情報保障をかんがえる際、漢字カナまじり表記を自明の前提とした発想は、すてるほかないし、ましてや、正書法を合理化しきれないからとか、外国人はいろんな言語干渉による誤読をやらかすから、といった いいわけをして、無策をつづけるわけにはいかないと。■そんな現状認識のなか、漢字の機能不全を整理して、漢字カナまじり表記を自明の前提とした発想は、すてるほかないという認識をひろめるのは、優先順位がたかいとおもうんですが…。

本番は週末にでも

>具体的な議論は、週末の予定ですが

とてもたのしみにしております。高血圧で薬物治療中の小生ですが、興奮してきました。さらなる情報収集に励むつもりでございますのでなにとぞよろしくお願いいたします。

>日系ブラジル人の日本語能力~

そりゃそうでしょうね。ある程度の年齢から日本語表記に入ってしまえばもう仕方ないと思います。個人差もあるでしょうけど。それは(漢字かなまじり維持派の人たちも)受け入れなくてはいけません。

>■この一例をみても、定住外国人むけの情報保障をかんがえる際、漢字カナまじり表記を自明の前提とした発想は、すてるほかないし、ましてや、正書法を合理化しきれないからとか、外国人はいろんな言語干渉による誤読をやらかすから、といった いいわけをして、無策をつづけるわけにはいかないと。

その思想には決して反対はしませんし、ローマ字併記も方策ひとつでしょう。
で、反面教師的な例 ↓ 5年ほど前の話ですが、いまはどうなっているのでしょうか?
http://www.konest.com/data/korean_life_detail.html?no=556

↓それから、となりの国では「外国人向けにはやっぱり英語だ」と考えておられるようで…。
http://www.konest.com/data/news_detail.html?no=4431

ローマ字を標識などで併記している非ローマ字国は少なくありません。事例を集めると反面教師的な事例の方が多く見つかるようですよ。まあ「いい例」もあるのかもしれませんが。

>■そんな現状認識のなか、漢字の機能不全を整理して、漢字カナまじり表記を自明の前提とした発想は、すてるほかないという認識をひろめるのは、優先順位がたかいとおもうんですが…。

ローマ字併記でも限界があることは確かでしょう。それでもまあ、世界でいちばん普及している文字ですし、アラビア文字やキリル文字を併記するよりは(上記のブラジル人〔←ローマ字圏〕とかもそうでしょうけど)「すくいとれる」層があることは確かなんでしょうね。

話はかわりますが ↓イメージ戦略でローマ字をやめるという例です。まあ、これは高所得者向けのことか…。
http://www.pref.ibaraki.jp/bukyoku/seikan/kokuko/shanghai/business/05/rp051103.html

すいませんね。面白くないかもしれませんが。出かける前の返答です。私はハラナ様のおっしゃることを全否定するわけではないのです。ですから…。嫌いな情報でもとにかく読んでみてくださいね。それでは。

別記事にします

■本来、この記事は、ローマ字論直結しない話題だったはずなので(ほとんど いつもそうかもしれませんが)、独立した別記事として、週末ないし週あけには、あたらしい文をかき、おこたえにかえることにします。

了解しました。よろしくお願いいたします

了解いたしました。よろしくお願いいたします。

たいへんごめんなさい。次回の議論をより楽しむために5つほど。

↓タイ語の「ローマ字表記」が、(タイにとっての)外国人から奇異にみえる理由です。
http://www.bangkokshuho.com/archive/2002/oldbkkshuho/1020/articles/sanpo/sanpo1001.htm

http://www.ne.jp/asahi/anmonite/boxing/thai/phasarthai/thaieng/thai-english.html

要するに、タイのローマ字は「翻字(字と字の対応関係を重視)」する方向であり、「Bajiropala」を「バッチャラポン」とするのも、それなりの理由があってのことのようです。

↓ヒンディー語の検索問題。学術の世界ではそれなりの問題。
http://www.ndl.go.jp/jp/service/kansai/asia/publication/archive/bulletin5_1_1.html

↓オドロキ…ピンイン・ナショナリズムというものも存在しているようです。
http://sankei.jp.msn.com/world/china/090206/chn0902061854003-n1.htm

↓面白いのでおまけ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/火病

コメント欄のばあい、ローマ字以外は、リンクできない、本ブログサービス

■最後のリンクだけ、補足しておきます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%81%AB%E7%97%85
また、一部で英語表記がHwapyungと紹介されている場合があるが、Hwabyungが正しい表記である。ただし、現在韓国で行われているローマ字表記(文化観光部2000年式)では「화병」は「Hwabyeong」である。これはハングルでの綴りが화병(Hwabyeong)であるが、実際の韓国語の発音が화뼝(hwappyeong)であり韓国語表記自体が実際の発音と表記にズレがある事とローマ字表記法の統一が普及していない事によるものである。」 

ありがとうございます

>コメント欄のばあい、ローマ字以外は、リンクできない、本ブログサービス

申し訳ありません。感謝いたします。
またまたおまけです。反面教師的(?)しかし、かたりようによってはハラナ様のご主張「道路標識のローマ字などは統一されねばならない」を強烈に裏付ける証左になるかも…

http://www.w1vx.net/friends/bn0f/kanji.htm
http://www.nishinippon.co.jp/media/news/0010/apm/am/1016/1016.html
http://ritouki-aichi.sblo.jp/article/23641379.html
http://www.massangeana.com/mas/charsets/roma-c.htm
↑6. 華語通用ピンイン (Tong-yong Pin-yin) を参照ください
http://www.naruhodo.com.tw/kensaku.php?key=%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E5%AD%97

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