プロフィール

ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

前ブログ: 『タカマサのきまぐれ時評

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体力・学力の地域差を問題視する視線2

■「体力・学力の地域差を問題視する視線」の続報。■『木走日記』の「全国体力&学力調査総合都道府県別ランキング」の分析とコメント欄をネタに。


……
【木走寸評】

 いや、はっきりいって総合1位の秋田県(学力1位・体力2位)と福井県(学力2位・体力1位)、お見事です。

 これぞ正に文武両道でありましょう。

 で、ベスト10に入っている県を見て見ると、秋田、福井、富山、石川、鳥取、山形、新潟、実に7県が日本海側に位置しています、きわめて印象的です。

 情けないのは総合33位の東京でありまして、(学力19位・体力44位)って、頭でっかちもいいところじゃないですか。

 ちょっと頭でっかちベスト5をつくってみました。
……
 うーん、これらの都県は体力の向上が課題ってことですよね。

 デ、逆に体力ばかりで学力がついてきてない体力自慢(?)ベスト5を作ってみました。

--------------------------------------
■これら「寸評」でしれるとおり、木走氏は、完全にふざけている。しかし、おもしろがるための「ネタ」という文脈をみのがす、おおまじめなコメントがついている(笑)。



Hikari-Hikari 2009/01/27 17:17
「ベスト10に入っている県を見て見ると、秋田、福井、富山、石川、鳥取、山形、新潟、実に7県が日本海側に位置しています、きわめて印象的です。」私はこちらに住んでいたことがあり、今神奈川で10年子どもを小中義務教育時代を育てました。友達の子供がやっていること、学んでいることを聞いてみると、この結果は納得です。日本海側の危機感がそうさせるのでしょうか?
……

わんこ 2009/02/06 17:24
体力には筋力も含まれていると思われるので、筋力の成育度や体格も結果に反映される重要なファクターとなるでしょう。基本的に日本海側の子は背が高く、他府県よりも体力測定で有利になる素質をもっています。事実、17歳の平均身長を見ると、ものの見事に日本海側が長身長であるとのデータが出ています。ある調査によると、食事と身長の相関関係において、魚介類や野菜を多く摂取する都府県では高身長になるそうです。17歳における平均身長のトップは毎年、秋田や青森、石川、福井などが上位を連ねます。で、これらの都府県に共通する食事の摂取量で際立って目立つ食物は魚介類と野菜でした。17歳のデータで見てみましたが、恐らく小・中学生の調査でも同じ結果が出るでしょう。逆に、一番平均身長が低いのは沖縄県で、体格、筋力の成熟度が劣ることにより体力測定などでは不利になります。学力テストでは、やはりテストに対する取り組み方の意気込みと雪国ならではの屋内家庭環境と2、3世代同居による家族間の連帯意識と安心感の影響が多分にあると思います。暖かい地域は気温が低い地域よりも開放的で、屋外での活動(身体の鍛錬以外)の時間が長くなったり、それによる家庭での家族間の交流の時間も減少して、家庭内学習に対する意識が薄れてしまいます。学力に対しては、細かく分析するならセンター試験の都道府県別調査まで行うべきでしょう。小・中学生で勉強嫌いにより成績が悪くても、高校生で目覚めて懸命に勉強し始める子や遅生まれでハンディを負った子、サッカーや野球のクラブ活動に専念(特に温暖な地域)しすぎて成績が悪い子、都心に顕著な核家族化により両親の所得が少なく、小・中学生時に熟通いが出来なかった子が、高校になり親の収入も上がって熟に通える様になったなど小・中学生のみの判断では聊か短絡的すぎな感も否めません。実際、センター試験の都道府県別平均点順位を加味すると、両方とも上位に入っているのは香川県位です。

わんこ 2009/02/06 17:50
雪国などの気温が低い地域では、都心部や温暖な地域よりもコミュニティの連帯度も高いです。この事は、相互助勢意識や共同経営的な経済環境下で育つ子供にとって、様々な好影響を齎します。主に高学歴、高所得の地方出身者が多い東京を除く、地方都市は東京の一極集中による低所得化と昔以上の核家族化によって、子供の成育には向かない環境と化しています。低所得化は、両親の就業時間の延長に繋がり、それによって家族間の交流の減少と居住コミュニティ間の断絶を招きます。当然、田舎では当たり前の前述に記した様な相互間の助け合い精神などは殆どありません。一人で学校へ行き帰りをし、一人で食事し、誰に声も掛けられないまま眠りに付く子達も少なくありません。個人的には学校での学力・体力テスト対策や取り組みだけでは長続きするとは思えません。根本的な問題は家庭環境にあると考えているので、地域それぞれに合った家庭内における子育ての仕方の改善の方が重要ではないでしょうか。

わんこ 2009/02/06 18:39
では、センター試験の都道府県別順位12位(近年の調査において、この近辺の順位を常に維持)、小・中全国学力テストで毎回上位の香川県は?というと、香川県はご存知のとおり、県内面積が狭く、土壌は痩せていて収穫量も低く、所得も全国的には低い事が影響していると言えます。香川県は戦後の学テでも全国トップクラスでしたが、この様な土地柄をきちんと把握し、学問によって己の豊かさに繋げるという意識が戦後から今まで培われていると言えるかもしれません。香川県は、関東では幼稚園なんてなかった(行けなかった)時代に、大半が幼稚園へ通い、幼児教育を受けられる環境にありました。しかも、女性に対する教育にも熱心であったと言います。この様な環境下で育った女性は、当然子供に対する教育意識も高くなるでしょう。その影響か、香川県の通塾率は結構高いと聞きます。これは、学校でのテスト結果だけではなく、家庭における学問に対する意識も重要なファクターである良い例であるのではないでしょうか。前述した様に、家庭内での意識改革が必要な地域や学校での対策が必要な地域など多種多様であると思われるがゆえに、テスト結果だけで一喜一憂したら、単なる付け焼刃に終わりかねない危険性もあると思います。連続投稿失礼しました^^;

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■これからすると、木走氏の本意以上に含意をすくいとったコメントは、つぎのものだろう。

yamabetoyomu 2009/01/27 09:23
学力でも体力でも何でもない、すごくくだらない内容のテストとかもやってみると面白いんじゃないですかね。私の想像(妄想)だと、学力テスト・体力テストで上位に来た県が、それでもやはり上位を占めるんじゃないかと思います。つまり、「テストで頑張ってしまう度」が高いのではないかと(大阪とか沖縄とか低そう←偏見)

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■「体力・学力の地域差を問題視する視線」でもかいておいたとおり、「■つねづね のべているとおり、いわゆる学歴の平均水準は、要するに保護者の経済階層が規定しているとおもう。■では、福井や秋田など、日本海がわが、首都圏や東海地域などよりも 経済的にゆたかなのかといえば、それは ちがうとおもうが、こういった結果は、地域の教育委員会の必死さの格差だろう。そして、地域の教育委員会が必死に成績向上をはかっている地域が、コドモたちにとって しあわせなのかといえば、かなり あやしいとおもう。■おそらく、これら上位常連県は、かなりムリして(させて)いるんじゃないかと にらんでいる。特に、学力調査と体力調査で そろって上位の県がめだつというのは、「はやね・はやおき・あさごはん」系の 生活習慣と 勉強環境などの「改善」運動などの、関連がうたがわれる。」。■ハラナは、教育委員会や現場教師のパターナリズムを重視したが、そいった教育的とりくみの「産物」として生徒たちをみるなら、yamabetoyomu氏のいうとおり、「テストで頑張ってしまう度」がたかい生徒の占有率がたかいのが、調査の上位県ということになる。■そして「日本海側の危機感」といった、相対的剥奪感・被搾取感が、これらの構図を規定しているとするなら、白川勝彦氏を象徴するような、上京=凱旋ぐみを確保しなければ、と あせる教育関係者の真剣さが いたいたしいとおもう。
■もともと、「テストで頑張ってしまう度」の たかさとは、兵士的心身=上位者・理念への従順さ(権威主義的心身)として あらわれるのであって、その「成功者」とは、教師・同級生からみた「優等生タイプ」にほかならない。同級生や上級生の嫉妬の対象にはなるが、ともあれ「教師うけするタイプ」の典型なのである。■ここで重視される「能力」「態度」とは、たとえば、大学の推薦入試などで「ウリ」になるような方向性での、「心身」の具体的な結実(「やる気」「士気」「積極性」「忍耐」…)なのである。スポーツ系・コンクール系のクラブの顧問たちが、いわゆるスパルタ教育を実践するように、それは学力競争と通底する「業績主義」であり、その前提には実は「権威主義的服従」がある。「ダマされたつもりで(アホ)になって一度、指導されたとおりにやってみる」という、最近ハヤリの「師匠」論、身体論系の議論(内田樹齋藤孝陰山英男…)である。これは、「業績主義」でとおっているはずの、民間企業や官庁の人事担当者にとっても、のぞむところの「期待される人間像」であり、中間管理職や経営者は、団体競技の「監督」「球団幹部」と共通する「指導力」がもとめらると。■いわば、生徒≒選手≒労働者、教師≒監督/コーチ≒管理職という、軍隊的な組織原理と調和する心身の構築である。教員は、「進路(進学・就職)指導」へとリンクさせるかたちで、知育・体育を実践する。学校が社会の教習所であるといった、たとえは、かなりの程度 ただしい。近代社会のマスプロ教育が工場労働者むきの心身をつくる「工場」だったとすれば、現代社会のマスプロ教育は、情報労働・サービス労働ほか、さまざまな職種に適応できる、柔軟で従順な心身をつくる「教習所」なのである。■問題は、自動車教習所とはちがって、実技や学科が社会でほとんど通用しないもので みたされている、ということなのだが(「教習所のように実学的ではない」といった次元ではなく、なんのために まなばされているのか、全然想像できないような知識をつめこまれ、その「無意味」性にたえる従順さが、柔軟さをうみだすのだという、かなり曲芸的な「かくれたカリキュラム」をなしているのだが)。
■「テストで頑張ってしまう度」の たかさが、学歴主義の根幹だとすると、これは やはり、それをよしとする、パターナリズムと一緒に、いろいろかんがえる必要がありそうだ。


■ところで、木走氏は、充分自覚的で、ネタにしているとはおもうが、都道府県のランキングというのは、統計学的な分布ではなく、数字のトリックがある。「全国学力検査・都道府県別ランキング」の平均値は、「575.5」という数値としてうちだされているが、±5%ぐらい(546.7~604.3)は、さしたる格差とはおもえない。「503.4」とでた最下位の沖縄県とか、「617.3」「616.5」とでた秋田県・福井県となると、「誤差」ではすまされない、統計的有意がみてとれるが(だから、「原因」を特定しておく必要はある)、それ以外の大半の県の「序列」は、統計学的にはほとんど意味をもたないはずだ。■したから3番目(547.5≒全国平均の95%強)に位置づけられた大阪府の結果について、「普通は勉強ができなかったら体育はできるもの。両方悪かったら後、何が残るんだ」と いきりたった、知事さんが本気なのか、現場をおどすためのパフォーマンスなのかは、わからない。しかし、統計学的に おそらく まちがった いかりであることは、ほぼ まちがいない。


●ウィキペディア「全国体力・運動能力、運動習慣等調査
●ウィキペディア「全国学力・学習状況調査
●旧ブログ「経済格差の産物としての「体力格差」
●「全国学力調査の利用方法4(計量社会学者の反応)=「ムダ」とはなにか35【追記あり】
●旧ブログ「肥満 差別」関連記事
●旧ブログ「とうとう学校給食法が「食育」イデオロギーの装置へと
●旧ブログ「体育イデオロギーの政治性:スポーツからみた日本社会14
●旧ブログ「食育イデオロギー 2」
●「肥満が伝染?

NHKクローズアップ現代』「身体が動かない~子どもの運動能力に異変~」12月17日(月)放送
●「“市場原理 格差広げた 志水宏吉教授”」(『朝日』マイタウン大阪,2008/10/18)
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タグ : 学力格差 体力格差 経済格差

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コメント

なぜテストが神聖になるのか?

おはようございます。

この種の議論を見ていると、
格差・貧困問題は、個人の家庭の努力と心がけしだいだと言いたい勢力が見え隠れします。
点数・偏差値・順位を上げれば、相対的に他が下がる可能性も無視して、
みなが一番になれるとの幻想も一部ではからんでいるのでしょう。
わたしは見ていないのですが、
一部では和田中学の夜スペを翼賛する番組もあり、
それに影響されてバック・トゥー・ザ・ベイシックこそ格差をなくす社会改良運動であり、
子どもたちをバラ色の未来に導く福音だとする議論もあります。
しかし、mixiの橋下関連コミュでも話し合われたのですが、
それはニューライトの政策であり反民主的だと。
アメリカでは白人男性、イギリスでは国教会、日本では天皇中心の価値観以外の多様性をつぶす政策だということです。

あるところで希学園に通う子をみかけてびっくりしました。
10歳になるやならずやの彼は、ずり下がったズボンから下着のかなりの部分が見えているにもかかわらず、
何かに憑かれたように目の前のテキストをこなしているのです。
ちらっと解答用紙と問題文を見ると、
中学入試というよりも高校入試か大学入試かというような問題。
なんで文中の「慶び」のニュアンス解釈とか、「霊長類の認識」とかやっているんだ!
彼はトイレにたったおり、勉強酔いをして千鳥足でふらついて歩いていましたよ。
味気ない「苦手科目・単元の克服」なんてことを通じて、まっすぐに生きられないことを示すように…。
こういう、ホワイトカラーの児童労働まがいのことを、
「すべては自分の責任」とする自己啓発セミナーみたいな環境に囲い込んで、
遊びも趣味も社交や冒険も日常生活や常識も壊していくことは
「子どもの幸せ」とも「幸運」とも言えません。
単に不法な児童労働として、子どもの福祉と公序良俗に反します。
それを全国化しようとする、憲法保証された国民の諸権利への戦争の一部として、
この問題をとらえ、ユニオン組合員として反対したいと思うものです。
万能ではないにせよ、テストよりも労働運動こそ格差を縮める王道です。
テストの点数が低いから、体力がないからといって、
寮や路上で亡くなる人がいることを合理化させてはならないと考えます。
また子どもは英数国理社と体力増強以外に打ち込んだっていいわけです。
まぁそれは、貧困・労働運動の現場で演劇や音楽で身体と気持ちを開放しつつ問題を訴えたり、
テント村でライブをやるヒップ・ポップのミュージシャンが目障りでかなわない勢力がしかけているんでしょうw。

『「心の時代」と教育』(小沢牧子・青土社)

という本もありますね。2008年4月初版の本ですが。
勉強中心の価値観も問題ですが、それに(本ブログでくりかえし指摘し、ワタリさんによる上記コメントも指摘しているような)精神論と融合すると、なんともおぞましい政治構造がつたわってきますね。あと、それに身体論(体育イデオロギー・健康イデオロギー)もくわわった日には目も当てられない。

みんなが自覚できていないだけで、カルト教ですね

■洗脳→軟禁→長時間労働→たくらみどおりの心身構築…。スポーツであれ、受験準備であれ、「本人がえらんだ」という合理化さえできてしまえば、事実上の あやつり人形状態を否認できます。■これって、オウムとかと同質ですね。ちがいは、大衆社会の相当部分が、「あしぬけ(上昇移動ないし階級維持)」戦略として おやこでやるので、「異常」とおもわれないかどうかという点。オウムの信者たちも「うえのステージ」とか信じていたんで、「よかれ」という動機そのものでは、大差ないんですが、世間はそうかんがえない。■冷静に、引いた目でみると、かなり不気味ですね。

■「単に不法な児童労働として、子どもの福祉と公序良俗に反」するから、「それを全国化しようとする、憲法保証された国民の諸権利への戦争の一部として、 この問題をとらえ、ユニオン組合員として反対したい」というのは、正論ですね。


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