プロフィール

ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

前ブログ: 『タカマサのきまぐれ時評

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学位論文・学術書の知的誠実さ3

■「学位論文・学術書の知的誠実さ1」「」 は、特に「学術論文のたぐいは、古典芸能と基本的におなじだ。既存の伝統をひととおり 全部ふまえたうえで、「付加価値」を「独創」部分として提示すること。つまり、「伝統」との「異同」を明示するのが責務のはず」という箇所で、関係者が いたずらに 被害者意識をもったり、ギャラリーに誤解をあたえるそうな懸念もあるので、補足することにした。

■(1) 「学術論文のたぐい」と、あまりに ざっくりした ものいいをしたが、かなり誤解をよびそうな不適切な表現だった。■精確には、「学位論文のような体系性・網羅性を要求される学術作品のばあい」とすべきだった。そうしないと、文献表の「不備」「アンバランス」についての批判はあてはまるとは、いいきれないからだ。

■(2) するどい読者は おきづきとおもうが、膨大な著作を量産しつづける安田敏朗氏・小熊英二氏らの作品は、その主要著作すべてが、膨大な文献表・補注をともなっているが、それでも、それら文献表・補注は、完全に網羅的ではない。あれ、っとおもうようなモレが、注意ぶかく検討するとわかる(メッチャ マニアックな作業だけど。w)。■では、そういった モレ・アンバランスは、「反則」なのかといえば、そうとはいいきれない。なぜか?
■それは、それら力作が、凡百の学位論文を問題にしない学術的価値がある一方、あくまで人文書という一般読者を想定読者にふくんだ刊行物だからだ。いいかえれば、かれらの めまいのするような力作は、学界むけではなく、知的読者層むけなのだ(その証拠に、安田氏の著作群も、小熊氏の著作群も、5000円をこえる高額本はごくわずかしかない)。
■だから、せまい意味でのアカデミズムが要請する網羅性を実は要求されていない。自分の自由に、資料は取捨選択するというわけだ。■安田氏はともかく、小熊氏の補注をみるとわかるが、歴史資料となる論文はたくさんとりあげられていても、現代の議論は、おおかた黙殺されている。小熊氏にとっては、みずからの立論のために、現代の凡百の理論家たちの議論など、不要なのだ。だから、沖縄関連の歴史資料分析などでも、沖縄史研究者の論文などは、予想以上に引用されていない。「そういった二次文献の検討など不要で、一次資料に直接あたり、それをそのまま引用・分析すればよい」という方針なのだ。■実際、二次文献の批判的検討などしなくても、電話帳なみの大部になってしまうのだから、編集・営業上のつごうからも、二線級・周縁の研究者のための文献サービスなんぞ、やってられないと(笑)。実際、「同業者」ないし不意をつかれた実証史家も、小熊氏(そして自分自身に)一次文献のみおとしがないか、小熊氏の資料の「調理」ぶり(資料批判と位置づけ)はどうか、…ぐらいしか確認しないのだから。
■小熊氏とくらべれば、二次資料への言及・引用がおおい安田氏であれ、網羅性など追求する気がないことは、はっきりしている。みずからの立論に便利な議論とあれば、つまみぐいすると。
■しかし、両氏などにみられる取捨選択を、恣意的暴力、「反則」などと、いきりたってもしかたがない。「一般書ですから…」で、おわりである。えらく 過大評価された「一般読者」だが(笑)。

■(3) 一方、狭義の学会誌におけるレフリー制投稿論文ないし編集委員会からの依頼論文も、実は、網羅性を要求されていない。■なぜなら、狭義の学会誌とは、非常にせまい問題関心をもった強固な求心力を維持した専門家集団が想定されており(社会学・人類学・言語学などは、非常にバラけた拡散状態=“バベルの塔”状態だときくが)、いわば「ツーカー」のなかのはずだからだ。■議論は、最先端のことを必要最小限のスペースに濃縮して表現されるのであって、そのマニアックな水準は、部外者をよせつけないのだ。そんなときに、既存の文献を網羅的にリストアップするとか、既存の主要な議論を全部位置づけるなんて、しち面倒くさいことを、するはずがない。大体2万字ぐらいの上限で投稿や依頼があって、そこにツメこむんだから。
■大学院生への指導的な教科書じゃあるまいし、当該分野についての主要論文などの体系的・網羅的な一覧化などは、ハナから期待していない、不要な読者だけを想定した媒体なのだ。■もちろん、将来展望のために、過去の動向の総整理と位置づけみたいな特集がくまれることも、マレではないが、それは、そういった趣旨で特別にあつらえられるものであって、通常の投稿論文やら依頼論文などとは、別種の企画にすぎない。しかも、それだって、論文作成者の編集者的やくわりが機能するわけで、学界動向やら学説史にとって重要でないと判断されれば、あっさり無視されてしまう。一部は、実証研究や発見などによって、トンデモ(疑似科学)であると立証されてしまうばあいもあるし。
■たとえば、現代では、マルクス派の経済理論は無価値だと断定して、講義等でいっさいあつかわないとか、そのみちの専門家を講師に採用する必要性さえみとめていない空間がおおいようである。■そういった経済学部では、たとえば世界的な経済学者森嶋通夫(1923 - 2004)などは、存在しなかったかのように、学説史的に「取捨選択」の対象になるんだろう。ま、これなどは、「真理省」(オーウェル『1984年』)的悪夢の実現だとおもうが。


■しかしである。分量において制限を課せられていない学位論文のばあい、以上のような「いいわけ」は、なりたちようがない。提出さきは、たしかに「ツーカー」の「同業者」のはずだが、審査合格後は複写物が一点公的文書の一種として国会図書館に収蔵されるように、タコつぼ業界の占有物でなどなく、共有財産なのだ。■学史的位置づけに不可欠な網羅的な文献表と網羅的な学説史・論争史・二次文献解題が、「業界」外の利用者に開放されねばならない。二線級・周縁の研究者のための文献サービスなんぞ、やってられないといった、「知的怠慢」は、(小熊氏のような例外は除外するとして)完全に「反則」なのだ。
■前回のくりかえになるが、これは、一研究者の個人的逸脱でなどないし、ご当人は「主犯」でさえないとおもう(失礼ながら)。■いわば、周囲の審査委員(学位授与組織)と科学研究費補助金を採択した日本学術振興会の委託した審査委員の先生方と、その審査結果に (おそらく)さしたる異をとなえず、体裁だけととのえさせた出版社の編集者たち……これら全員が「共犯」(明確な共謀がなかったにせよ、注意義務違反がらみの不作為の連鎖・集合体)なんだとおもう。
■「犯罪」とされたことはないし、今後もないとおもうが(されることは、現実問題 かなりこわいが…。w)、有名無実な学位を認定することで、学位ブランドの乱発=消極的自壊に加担しているし(長期的には「自滅行為」でもある)、国税・地方税が 小額とはいえ拠出されている点でも、公務員の腐敗と通底する犯罪性がみてとれる。■「とりあえず、一所懸命しあげたので提出させてほしい」「とりあえず、体裁をととのえてあるから、いいんじゃないか? 適当に学位授与理由を作文しよう」といった たぐいの心理が、どんなに知的誠実性という意味で問題なのか、それ自体の自覚がないのが、おそろしい。徐々にでも、自浄作用がはたらくことをのぞむよ。納税者・情報利用者としてね。


■それにしても ふしぎだよね。だって 近藤健一郎藤澤健一両先生が編者になっている『沖縄・問いを立てる』(全6巻・社会評論社)で、くだんの琉球大の先生も、「おなかま」みたいなんだもん。なんで、文献表から、こぼれたんだろうね。

■ちなみに、政官財の構成員が、『中央公論』だの『文芸春秋』などに、「今月発売の○○号に論文を発表した」といった紹介をされることがあるが、ウィキペディア「論文」などが、概要を解説しているとおり、それらは「学術論文」などではない。そういった科学的表現としての形式をそなえていないばかりなく、自派の利害の合理化のために つごうのよい論理・データだけ「パッチワーク」して こしらえた「作文」が大半だからだ。■したがって、ちまたで 「それなりの論理を展開している長文」程度の基準でとらえられているものとは全然ちがった水準で議論しているので、誤解されたくないなぁと、ホント「釈迦に説法」の蛇足。


●旧ブログ記事「おしえる/まなぶ/ぬすむ
●旧ブログ「滝浦真人『日本の敬語論』

●ウィキペディア「査読
●ウィキペディア「学術雑誌
●ウィキペディア「日本の学会一覧
●ウィキペディア「研究会
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テーマ : これでいいのか日本 - ジャンル : 政治・経済

タグ : 大学 真理省 1984年

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