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ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

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学位論文・学術書の知的誠実さ1

前便と ちょっとだけ関連。■ただし、沖縄記述というよりは、一時 ちょっとした スキャンダル騒動になった、マックス・ウェーバーの知的誠実性とかの話題。


“日本・ベトナム比較言語教育史” 沖縄から多言語社会をのぞむ
琉球新報2008年5月11日

 これまでの「国民」を形成する役割を担ってきた「国語教育」から、自己と他者の尊厳とことばを尊重しあい相互に豊かになっていく「ことばの教育」への脱構築を図ること。著者が近現代の言語教育史、それも日本とベトナムの比較という方法を取りながら、本書で一貫して行った主張は、そのようなきわめて現代的な課題である。
 著者は日本とベトナムの比較言語教育史として、地域のことば、民族のことばが「国語教育」の下でどのように扱われたかを分析している。具体的には、本書第I部で主に琉球処分から近年までの沖縄、第II部で第2次世界大戦後の独立国家樹立以降のベトナムにおける北部山岳少数民族に焦点を当てている。私が読み取った興味深い点をいくつか紹介しよう。第1は、琉球処分直後の八重山において地域社会には身体に根差した言語文化が広がっていたなかで、学校教育出立にあたり、生活と結び付いた話し言葉の矯正が導入されたことである(第1章)。第2は、復帰前後に儀間進が行った「沖縄口」で書くという実践は、未発に終わったけれども、沖縄語を大切にしながら日本語をも高めていく可能性を持つものであり、沖縄にはそのような財産があることである(第6章)。第3は、ベトナムにおいて、1990年代以降国民形成の一環として少数民族言語の教育が制度化され、民族語が継承すべき文化と位置付けられ、その継承のあり方をめぐって議論がなされていることである(第8章)。
 以上のように、ベトナムにおいて試行錯誤しつつある民族語を認め合う教育のあり方に注目しながら、沖縄における「国語教育」が儀間のような財産を持ちつつも標準語を単一言語とする実践であり続けたことを論じることによって、冒頭のようなメッセージを著者は発したのである。その際、全編を通じて、民衆の生活に根差したことばに対する尊敬に満ちた語り口で叙述が進められていることが、私にはきわめて印象的であった。現在沖縄各地において地域のことばを継承しようとする運動が盛んになっている流れに棹(さを)さして、本書は歴史的比較的な視点から貢献する一冊となるはずである。
 (近藤健一郎・北海道大学教育学部准教授)

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■近藤先生、琉球大の先生の博士論文の単行本化を地元紙で書評する、おたちばは、どんなものだろうか? いっさい批判めいたことをしないのは「お約束」としてだ、税込みで9450円という高額の書評をして、だれが参考にするのだろう? 沖縄県内外の大学や図書館関係者か? ■学位審査の主査をつとめたという、浜本先生とやらが、序文をかくのも、「お約束」としても、こういった論文が、科学研究費補助金という公金のバックアップをうけて、大手出版社から高額本として刊行されるからには、審査委員はもちろん、出版社の編集者の見識もとわれるんじゃないかとおもう。■もちろん、科学研究費を拠出した審査委員の先生方もね。
■なんで、こんな きつい いいかたをするかといえば、資料のあつかいかたとか、かなり 深刻な問題を感じるからだ。


■(1) 言語思想史上の整理ができているのか、かなり微妙である。■イ・ヨンスク氏・安田敏朗氏、長志珠絵(おさ・しずえ)など、広義の言語思想史系の先行研究にふれているんだが、小熊英二氏、ましこ・ひでのり氏など、社会学系のナショナリズム論の議論をふまえているとおもえない記述がまぎれこんでいる。■ベネディクト・アンダーソンなどに ふれいているのに、この欠落は致命的だとおもう。■たとえば、つぎのような記述。

日本の場合、「国語」概念は単一言語国家幻想に支えられ、その自然性を根拠として実際には存在する多民族性・多言語性を抑圧する働きを内包してきた」(pp.406-7)

■「単一言語幻想」というのを、どのレベルで かたるのかにもよるが、小熊英二氏が『単一民族神話の起源――<日本人>の自画像の系譜』(新曜社, 1995)で詳細に実証したとおり、日本の近代国家エリートたちは、帝国日本の多民族性・多言語性を充分自覚していた。■著者、村上呂里教授自身、うえの記述の直後、国語学者保科孝一の「国家語」論をわざわざとりあげているようにね(pp.407-9)。■公用語や教育言語についての政策的な論点について、国家エリートが自覚的であった以上、「「国語」概念は単一言語国家幻想に支えられ」という表現は、実に微妙になる。「実際には存在する多民族性・多言語性を抑圧する働きを内包してきた」ではなくて、はっきりと内包された帝国内の多言語性を、抑圧する姿勢を維持しつづけたんだとおもう。「本土」内外いずれにおいてもね。■村上先生、ご自分の立論の意味を整理できているんだろうか?

■つぎのような指摘も、微妙だよね。

「国語」をめぐる境界に位置させられたがゆえに、伊波普猷宮良當壮ら、沖縄出身言語学者は「国語」の境界や外部に位置させられた学習者は、「国語」概念をめぐるさまざまな差別と痛みを強いられてきたといえよう。だが「国語」概念が身にまとった自然性の装いのもとに、そうした差別や痛みが充分省みられることがないまま、再び「祖国とは国語」とする「国語教育」論が唱えられるようになってきているといえる」(p.404)

■最後の部分は、数学者(数学史家?) 藤原正彦氏の所論『祖国とは国語』などのとりまく政治動向を批判してのことだろうが、「「国語」概念をめぐるさまざまな差別と痛みを強いられてきた」とか「そうした差別や痛みが充分省みられることがないまま」というのは、具体的に、一体いつごろをさしているのだろうか? そして、かえりみなかったのは、具体的にどういった層なのか?■村上先生、あきらかに「復帰」(1972/5/15)以降の言語教育問題をとりあげたのは、6章だけだ。あとは、戦前と戦後すぐあたりの時代。もちろん、そういった時代をへて「戦前」「戦後」「復帰後」は、連続体をなしているんだが、論者・時代による位相上の断絶面はないのか? 終章をよんでも、全然すっきりした整理ができているとはおもえない。■なにより、事実上「外国語」だった、標準語をおしつけられた島民たち(それは、伊波普猷自身が、みずからの体験談として、のべている)に、「自然性の装い」なんてのは、無意味だったろうこと。■沖縄がらみの言語思想、教育理念をかたる、さまざまな論者の議論がならんでも、それらによって、「復帰運動」とからんだ「標準語励行運動」の政治性は、全然明確にならない。旧内務省はもちろん、戦後の文部省も介入しなかった、左派系教員によるナショナリズムとしての、教育実践がどんなものだったのか? 巻末の「参考文献」表に、EDGE編集部「資料集成/沖縄的な、あまりにも沖縄的な」『EDGE』第12号、があがっているが、おなじく文献表にある、小熊英二氏の『<日本人>の境界――沖縄・アイヌ・台湾・朝鮮:植民地支配から復帰運動まで』(新曜社, 1998年)の該当箇所もふくめて、ほとんど言及されていない。



■(2) 参考文献をふくめて、研究史の整理をちゃんとやっているのか、はなはだ微妙。
■たとえば、直前の問題がらみでいうと、戦前の民族問題をおもにあつかった、小熊英二氏が『単一民族神話の起源――<日本人>の自画像の系譜』(新曜社, 1995)は、文献表から、モレている。はずす必然性は、どこにあるのか?
■前項がらみで小熊英二氏の『<日本人>の境界――沖縄・アイヌ・台湾・朝鮮:植民地支配から復帰運動まで』(新曜社, 1998年)の該当箇所の目次をあげておくが、本書の目次でもわかる、内容的なかぶりぐあいと、事実上の論点の黙殺は、異様だ。

第15章 オリエンタリズムの屈折―柳宗悦と沖縄言語論争
オリエンタリズムとしての「民芸」/沖縄側の猛反発/「西洋人」としての方言擁護/「日本人」の強調/沖縄同化の最終段階
第16章 皇民化と「日本人」-総力戦体制と「民族」
「朝鮮」の否定/民族概念の相対化/平等と近代化の期待
第17章 最後の改革―敗戦直前の参政権付与
境界を揺るがす三要因/遺跡問題の浮上/超えられなかった臨界/「日本人」という牢獄


第18章 境界上の島々―「外国」になった沖縄
「少数民族」としての沖縄人/「琉球総督府」の誕生/「アメリカ人」からの排除/「日本人」であって「日本人」でない存在
第19章 独立論から復帰論へ―敗戦直後の沖縄帰属論争
沖縄独立論とアメリカ観/保守系運動としての復帰/帰属論議の急浮上/揺らぎの中の帰属論
第20章 「祖国日本」の意味―一九五〇年代の復帰運動
人権の代名詞としての「日本人」/親米反共を掲げた復帰運動/日本ナショナリズムの言葉
第21章 革新ナショナリズムの思想―戦後知識人の「日本人」像と沖縄
「アジアの植民地」としての日本/「健全なナショナリズムの臨界」/単一民族史観の台頭/「植民地支配」から「民族統一」へ/民族統一としての琉球処分/非難用語となった「琉球独立論」
第22章 一九六〇年代の方言札―戦後沖縄教育と復帰運動
復興活動としての復帰/方言札の復活/「日の丸」「君が代」の奨励/憧れと拒絶の同居/「祖国は日本か」/政治変動と転換と
第23章 反復帰―一九七二年復帰と反復帰論
琉球独立論の系譜/復帰の現実化/「仮面」への嫌悪/独立論との距離/「否」の思想



■実に奇妙なことに、村上教授は、小熊氏の「第15章 オリエンタリズムの屈折―柳宗悦と沖縄言語論争」に わずかにふれるのみである。しかし、「第3節 先行研究における本研究の位置づけ」のなかで、かなりの分量をさいて、小熊氏の立論との異同を明示する責務をおっているはずだ。
【つづく】
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コメント

『国家主義を超える』(阿満利麿・講談社)を推薦いたします。

たびたびですが、『国家主義を超える』(阿満利麿・講談社)を推薦いたします。
「日本」における国家主義とか「日本」文化特殊論といった、一連の反知性的暴論に対して、この『国家主義を超える』ほど、はやい時点でなおかつ詳細な分析をおこなっていた業績は、ほかに存在しないとおもいます。それ以外の業績は、いずれもこの『国家主義を超える』にくらべて詳細でないか、さもなくばおそい時点での業績だとおもいます。小熊氏やましこ氏の業績もふくめ。
以前も言及した本ですが、再度推薦いたします。

宗教学は、社会学などと同様、中高生ぐらいから必修にすべきかも。


天子のなき自由国

内山愚童は、この文章(貝枝注:『入獄記念・無政府共産』という文章)のなかで、天皇制国家を痛烈に批判した。たとえば、小作人がいつまでも貧困にあえがねばならない理由について、「天子金もち、大地主。人の血をすふダニがおる」といい、彼らの日本支配が正当だという「迷信」に、小作人がいつまでもとらわれているためだと言葉を重ねる。また、果たして政府があるからといって、人民はどれだけの安楽ができているか、むしろ政府とは、圧制の元凶そのものではないか、と疑問を投げかけ、天皇についても、「今の天子の先祖は九州のスミから出て、人殺しや、ごう盗をして、同じ泥坊なかまのナガスネヒコなどを亡ぼした、いはば熊ざか長範や酒呑童子の成功したものである。神様でもないことは、スコシ考へて見ればスグしれる」と記して、「天子なき自由国」をつくることが「正義の勇士」のする仕事だと主張する。そして、その正義を実現するために、小作料不納、税金不払い、徴兵拒否をすすめよう、と呼びかけた(「内山愚童と高木顕明の著述」)。(『国家主義を超える』(阿満利麿・講談社)212ページ)

「アメリカの国民は、天使にアピールする大統領を求めている。」(『ブッシュ妄言録』二見文庫・53ページ)という意見もあるが、アメリカ国民の求めるものが何であれ、日本国民は天子なき自由国をめざすべきだとおもう、いやマジで。それにしても「『ロマンアドベンチャー』を送る(予定だった)」のだが「逆ベクトルの意味でのロマンを感じさせる作品となっていた」という、『天使たちの午後』に対する評論(『超エロゲー』太田出版・24ページ)は秀逸だとおもわれる。

24日は内山愚童の命日でしたか…

■移動中なので、てみじかに。

http://ja.wikipedia.org/w/index.php?oldid=18360234

■1911年1月24日没ということは、同日処刑された幸徳秋水(http://ja.wikipedia.org/w/index.php?oldid=23943719)同様、帝国日本による権力犯罪(大逆事件 http://ja.wikipedia.org/w/index.php?oldid=23929242#.E5.B9.B8.E5.BE.B3.E4.BA.8B.E4.BB.B6)の犠牲となった、ということですね。合掌。
■われわれは、こういった犠牲のもとに、社会科学的な方向での「失敗学」を構築しないといけませんね。


●幸徳秋水「死刑の前」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000261/files/4324_14048.html

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