プロフィール

ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

前ブログ: 『タカマサのきまぐれ時評

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

ブロとも申請フォーム

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

波紋呼ぶ橋下大阪府知事の「ケータイ校内禁止令」(読売)=「ムダ」とはなにか41

■画像が、なぜか とりこめないので、リンクだけ。

“波紋呼ぶ橋下大阪府知事の
 「ケータイ校内禁止令」”


http://www.yomiuri.co.jp/zoom/20081205-OYT9I00022.htm

 大阪府の橋下徹知事が表明した「ケータイ禁止令」が波紋を呼んでいる。

 来年3月までに、政令市を除く府内の公立小中高校で、携帯電話の持ち込みや校内での使用を禁じるという方針。ネットいじめ交流サイトを巡る犯罪など、子どもとケータイの「つきあい方」に悩んできた教育現場では歓迎する声があがるが、一方で、「既に普及してしまったものを今さらダメといっても……」と戸惑う声もでている。

 ◆現場からは歓迎と戸惑いの声◆

 「現場を後押ししてくれる発言。ありがたい」

 大阪府枚方市のある中学校校長は、橋下知事の方針を高く評価する。

 授業中は机の下でメールばかり。顔を上げたと思えば今度は携帯で教室内を写真撮影――。そんな生徒たちに手を焼き、学校への携帯電話の持ち込みを禁じたのは数年前だ。だが、持ち込む生徒は今も後を絶たず、保護者を呼んで注意すると逆に「他校では許可しているのに、うちはダメなのか」と抗議されるという。「これからは保護者にも『府全体で決まっていることだ』と説明できる」と校長は歓迎する。

 一方で、これまで多くの学校で校内使用が認められてきた高校には、戸惑いの声も広がっている。「家庭との緊急連絡に必要では」「部活の連絡に使っているケースもある」――。ある府立高校の場合、携帯が普及し始めた数年前に学校内の公衆電話は撤去されている。「生徒を納得させることができるだろうか」。この高校校長は、説得に不安をのぞかせる。

 府が一律禁止の方針を固めた背景には今年7月、府内の小中高の児童生徒計約1万3600人を対象に実施した調査結果があった。

 これによると、1日に3時間以上携帯を使う中学生は18・2%、高校生は29・5%。「メール受信時、3分以内の返信」を心がけている中学1年生は17・1%、小6でも16・8%もいた。1日101回以上メールを送信するのは、最も多かった高1女子では8・0%に上った。

 ◆和歌山県などが「一律禁止」◆

 悩んでいるのは大阪ばかりではない。

 読売新聞で全国の都道府県・政令市の教育委員会に聞き取り調査したところ、回答のあった61教委のうち、5県4市の教委が携帯の使用や持ち込みについて統一的な規制を導入していた。和歌山県の場合、2002年2月から、小中学、高校での持ち込みを禁止。川崎市や三重県なども校則の「学習に必要ないもの」に携帯を含める運用をするなどして、一律禁止にしている。

 しかし、これ以外の教委では、学校ごとの対応に任せているのが現状だ。

 「行政が一方的に持ち込み禁止と言っても、無理がある」とする仙台市では「各家庭の事情を踏まえて市の指針を策定したい」とする。年内に予定していた携帯使用のルール策定も、保護者らの意見を慎重に聞くため、越年させることにした。

 ◆高い普及率、実効性に疑問◆

 内閣府の調査では、小学生の31%、中学生の58%、高校生の96%が携帯電話やPHSを利用しているという。教育関係者の間では、「これだけ普及しているのに、学校で禁止するだけで実効力があるのか」との疑問もくすぶる。

 今年10月から、小中学校への携帯持ち込みを原則禁止することにした横浜市でも、「既に普及していることを前提に、家庭と連携し、使うべき場所や時間など、携帯との上手なつきあい方を教えたい」としている。

 ある府内の中学校長は、橋下知事の方針を評価しながらも、「学校内での規制だけでは不十分」と話す。同校では昨春から学校への持ち込みを禁止したが、今も学校裏サイトには「死ね」などの書き込みが続き、生徒間のトラブルは絶えない。「携帯のルールをどう学ばせるか。『携帯教育』はまだ始まったばかりだ」

 (東京社会部 吉原淳、山下昌一、大阪社会部 森重孝)

(2008年12月5日03時09分 読売新聞)

-----------------------------------------
■職場以上に閉鎖的な心理空間である小中学校だから、イジメが深刻化する。せめて、大学ぐらい ゆるくなれば、イジメは激減するだろう。そのばあいには、ケータイが、どうのといった問題も雲散霧消しているはず。

■それと、授業中に ケータイであそぶってのは、要するに授業がつまらないから、ひっぱりこめていないから。魅力のない授業しか展開できていない教員たちがケータイのせいにするというのは責任転嫁。■もし、魅力のない授業しか展開できていない教員たちのダメダメぶりに たえることが、「イヤなこともガマンするしかない社会の縮図=教習所とわりきっての、修行」とか、皮肉っぽく位置づけているなら、そんなシステム早晩ツブれるとおもう。■ケータイに逃避している層が大半といった空間は、要するに面従腹背だらかの機能しないムダそのものの時空ということだから。

■電車内や映画館・劇場とかでの携帯電話の規制問題なんぞとおなじだが、ケータイがつかえない電波を規制するシステムを導入すりゃ、「禁止令」なんてだす必要もなかろうに。■ま、さっきあげた イジメという点からすれば、学校裏サイトなんてのは、校外の方が舞台のはずなので、校内だけ電波規制したって無意味なはずだが…。

■「「家庭との緊急連絡に必要では」「部活の連絡に使っているケースもある」――。ある府立高校の場合、携帯が普及し始めた数年前に学校内の公衆電話は撤去されている…
  ↑ 危機管理からしたら、公衆電話1台ぐらい死守すべきだったんでは? つまりは、教員もふくめて、携帯依存症体質になっていたってこと(先生方は、職員室から公務電話かけていただろうけど)。
■いずれにせよ、携帯がなかったころ、「家庭との緊急連絡」「部活の連絡」はどうなってたんだ? 「携帯の便利さになれたら、やめられない」というのはわかるが、そんなものないまま すまされていた時代への想像力がかけている点が、かなしい。というか、自分たちの依存体質を直視できずに、依存を合理化するヘリクツをひねりだして抵抗をこころみる防衛機制が、ものがなしい。


■問題のすりかえというか、問題の所在に教員・官僚たちは依然としてきづかないらしい。むしろ、問題の所在は、問題の所在にきづかない かれらの知的死角なのかもしれない。

■財政改革とか、そういった課題というより、こういった、話題づくりでしか めだたないのは、メディアや大衆がのぞんでいるから? 東京都もおなじだが、「アホか?」といった話題が 大半をしめる この現状は、「日本の巨大都市の民度は、おそろしくひくいので、わらってください」と、世界に発信しているようなものだとおもうんだが…。

■それにしても、大阪府が政令市を除く府内の公立小中高校を規制したってのは、ギャクにいえば、大阪市をはずしたってことね。どうして?


●「『モモ』(ミヒャエル・エンデ)に でてくる「灰色の男たち」=「ムダ」とはなにか40
●旧ブログ・カテゴリー「技術文明」
●旧ブログ「「ムダ」とはなにか」シリーズ
●ブログ内「「ムダ」とはなにか」関連記事
●日記内
「橋下徹」関連記事
●日記内「石原慎太郎」関連記事
スポンサーサイト

タグ : 携帯電話 学校裏サイト

<< 厚生年金記録問題続報 | ホーム | 生活保守主義としての「食の安全」意識とナショナリズム43 >>


コメント

ワタリ

無理な規制の典型ですね。
学校内外で大人たちも日常的に使っているものを、
子どもにだけ使うなといっても無理というか無駄でしょう。

校内の公衆もなぜ1、2台だけでも置いておかなかったか、
不思議ですね。学校のすぐそばに公衆電話があれば、
出入り自由ならば問題ないですが。

もし携帯使用禁止状態で連絡をとりたいときはどうするんでしょう。
防犯+校内外の呼び出しのためにはトランシーバーでしょうか。
それでは経費がかさむし、携帯よりも物理的にかさばりますね。

せいぜい授業中はスウィッチを切るか、マナーモードに設定するよう促すので妥当だと思うのですが。
わずかのノイズを神経質に取り締まるのもファシズム的美意識によるものだと思う。

それにしてもなぜ大阪市だけを規制しないのかは謎ですね。
昔から都市部のほうが特に学校の規律が比較的自由、
傍目には異様にも映る規則を採用しもきっちりそれを守るのは田舎と郊外という傾向はあるようですが、
はっきりした理由は分かりません。

なんにせよニューライト、または宗教右翼(カマヤンさん)またはネオコンは、
この種の自由への恐怖に満ちているようですね。
ネオリベだけなら「個人の携帯を持ち、使う自由を地方政府の介入から守れ!」 と来るはずなんですけれどね。
あと自由と放縦は違うんだけど、
それについても半自由主義国日本は無理解のまま論争するから、
結論は「自由・権利=悪・罪→罰を!」となるのですね。
だけど学校の子どもたちにとって身近で実現できる自由と言えば、
反動か放縦になりがちだろうし、
それもできないような超管理状況は現実に・人道的には
無理じゃないでしょうか。

現実にはリベラルというよりもルーズなところで自由を実現するほかない。
そのルーズさが大阪をはじめ近畿圏の長所だったと思うのです。
ここ十数年ほどの不況が「昔はよかった」幻想を生み、
カリスマ的指導者を求めるようになっているのが反転するのはいつでしょうか。
こんな非現実的で不便になるだけの規制がしかれても、到底長続きせず、
やがて形骸化されたり、大反発のきっかけをつくることも考えられます。
いくらなんでも学校に携帯持ち込み禁止はできないでしょう。
先生や保護者が持ち込むならなおさら無理でしょう。
というかそもそも規則というのは、生徒・教職員に共通のものでなければ意味がないです。
生徒ばかり取り締まる発想は、
仮にも・たとえ間違いであっても、
弁護士の頭から出すアイデアとは思えません。

大阪は、ふしぎなまちですね

ワタリさん、こんばんわ。

■大阪府が産経だいすき空間という、ちょいイヤみをかきましたが、とよなかの日本語教育空間とか、がんばってはるネットワークはいろいろあるし、東京とちがった、ユルさが魅力というのも、よくわかっています。■しかし、あの知事の選出といい、???の事態がいろいろおこる。
■ま、ともかく、ケータイ規制なんて、禁酒法同様、有害無益な弊害がいろいろふきだしそうで、イヤな予感が…。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


いかにも「学校的」なケータイ規制

■「波紋呼ぶ橋下大阪府知事の「ケータイ校内禁止令」(読売)=「ムダ」とはなにか41」の続報。■『読売』の山梨版。 “携帯 小中は9割...


 BLOG TOP 


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。