プロフィール

ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

前ブログ: 『タカマサのきまぐれ時評

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男性コンパニオンは 女性コンパニオンと同数ちかくまで ふえるか?

■以下紹介するのは、某男性弁護士の“女が男を買う時代の進展-初の女性向けソープ雑感”という小文。■どんな弁護活動をしているかなどとの関連性にも興味はないし、学歴だの指導教員の学派だの、そういったことにも、いっさい興味がわかないので、しらべない(年齢ぐらいは、あとでしらべるか…)。■ただ、最近の おそらく トンデモ弁護士ではない層に属するだろう男性が、どんな“性現象”認識をもっているか、ひとつのサンプルになるだろうとおもい、ここに はりつけておく。


平成19年 2月10日:初稿
○「男が女を買う時代から女が男を買う時代へ」で「そこで何れ、公然と女が男を買う時代が到来するであろうと確信していました。」と述べ、、「ウリセン」と称される新宿2丁目界隈にあるバーでは、女が男を買うことが出来るとの話を紹介しました。

○ところが時代は更に進み、何と「日本初、女性用ソープ登場。ホスト募集中 」との情報がネット上に掲載されていました。
福岡中洲にオープン
日本初の女性専用のソープランド
2月1日グランドオープン
とのことです。

○法律事務所のHPでこのような紹介をすると、弁護士の品位を汚したとして懲戒処分を受けるかも知れませんので、リンクは貼りませんが、Googleで「女性専用高級ソープ」等のキーワード検索を行うと女性専用ソープ店が以前から存在していたような記事も出て来ます。

○日弁連には両性平等委員会という真の男女平等世界実現を目指すことを目的とする委員会があり、この委員会の強力メンバーからパーティー等で女性コンパニオンを利用することは女性差別を助長すると批判され、ここ数年仙台弁護士会で行うパーティでは女性コンパニオンを利用しなくなりました。

○私は、コンパニオンで生活している女性にとって、コンパニオン締め出しは生活の道を絶たれるに等しく、また誇りを持ってコンパニオンの仕事をしている女性も居るはずで、差別名目での締め出しは有り難迷惑なはずであり、女性コンパニオンだけがダメなら、男性コンパニオンも同時に利用すれば良いとして、コンパニオン利用締め出し反対の意見を出したら、多数の女性弁護士からボコボコに叩かれました。









○セックスそのものを提供サービス業だけではなく、コンパニオン等女性であることを売り物にしたサービス業一般について女性差別と見る見解に対し私は疑問を持っており、男性であることを売り物にしたサービス業も盛んになり、例えば女性主体のパーティーで男性コンパニオンを利用することが公然と出来るようになれば真の男女平等が実現すると思っていました。

○セックスそのものでなくても性を売り物にしたサービス業は人間社会に必須のものであり、これまでは女性が男性に提供する例が圧倒的に多かったため女性への性差別的に見られてもやむを得ない面がありました。女性専用ソープのオープンで男性の女性への性サービス業の必要性も見直され、真の男女平等社会が実現することを願っております。こんなことを言うと、又女性弁護士からそんなものは要らないと、ボコボコに叩かれるのが恐いところですが(^^;)

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■「性を売り物にしたサービス業は人間社会に必須のもの」と、その普遍性を断言してしまえる根拠は、どこにあるのだろう。■「これまで際限なく くりかえされてきたので、それは なくなりそうにない」という推論は、至極もっともようにみえるが、実は かなり あやしい。


■旧ブログで、「コンパニオン」については、数回とりあげたが、「ここ数年仙台弁護士会で行うパーティでは女性コンパニオンを利用しなくなりました」という経緯を、「委員会の強力メンバーからパーティー等で女性コンパニオンを利用することは女性差別を助長すると批判され」といった表現は、あきらかに、〈キレイ目のおねえちゃんが はべる、ここちいい空間だったのに、ヒステリックな女性弁護士さんたちに、とりあげられた〉といったホンネがすけてみえる。■したがって、「コンパニオンで生活している女性にとって、コンパニオン締め出しは生活の道を絶たれる」だの、「誇りを持ってコンパニオンの仕事をしている女性も居るはず」だの、「女性主体のパーティーで男性コンパニオンを利用することが公然と出来るようになれば真の男女平等が実現する」だのといった、一見もっともらしげなリクツは、偽装だとおもう。要は、基本的には依然として“ホモソーシャル”なオヤジ空間であるだろう弁護士さんたちの会合に、わかい多分“容姿端麗”系女性が多数はべるという「楽園」状況の復活が、“真の動機”なんだとおもう(笑)。正直にいえないのが、紳士たる羞恥心のなせるわざか? んでも、“ジョハリの窓”よろしく、バレバレだよ。先生。


■いや、もちろん女性弁護士さんたちの一部にも、「しぶめの青年に かしづかれたい」とか、「美少年を複数はべらせたい」といった願望はありそうだし、それ自体は全然わるくないことだから、私的に追求することは まったくOKだ。■じゃ、「女性だって、経済格差によって性的魅力を提供させる権利が当然ある」と、かんがえるのが、ごくあたりまえで、そういった欲望をはしたないと、ひかえているだけなのか? あるいは、「公金ではなく、自分たちがつみたてた弁護士会費用からだすんだから、コンパニオン・ボーイの動員費用をだすのだって、まったくOK」などと、ホントにおもうだろうか? ■いや、慰労会とか、会合の趣旨には、公私・硬軟、いろいろな次元・水準があるだろうから、「ちょっと、いたずらっぽく…」系の会合を、弁護士さんたちがやっちゃいけないなどとは、おもわない。■しかし、想像ではなしだが、フェミニズムの洗礼をうけた女性が宴会場をたまたまのぞき、コンパニオンが 多数はべる“ホモソーシャル”なオヤジ空間で、弁護士先生たちが、はなのしたをながくして、おたのしみ…的空間が展開されているのを目撃したばあい、どんな風な感想をもつかねぇ?■もちろん、専門職にある紳士たる弁護士先生方のこと、温泉街で社員慰労会を展開する宴席で、セクハラが事実上公認されているような空間とは、全然ちがったジェントルマンだとは、おもいたい。しかし、「なぜ、黒服のギャルソンたちの接客ではなく、ドレスをきた わかい女性たちなのか?」というギモンを、目撃者たちはもつとおもうんだね。


■ともあれ、「これまでは女性が男性に提供する例が圧倒的に多かったため女性への性差別的に見られてもやむを得ない面がありました」というなら、「男性コンパニオンは 女性コンパニオンと同数ちかくまで ふえるか?」■ハラナには、とても そうおもえない。「それは、男女の性差のあらわれなのであって、9:1ぐらいでも問題ないでしょう」というのかもしれない。しかし、コンパニオンなど、性的魅力を前提にした容姿が条件としてあげられ、(異性とはかぎらないが)性的意味あいが無視できないかたちでの「かしづく」というサービス労働であるかぎり、そこには、サービスの提供者と享受者との、経済格差など、なにか非対称が、かならずみられるはず。■なぜなら、別個の属性が、(たとえば障碍がある層とそれへの支援とかではないかぎり)「性的含意のサービス労働」/「対価」という交換を一方的にくりかえす、非対称が観察されるなら、そこには、経済格差とか「人種」差別とか、「身分」差別などがあるとしか、おもえないからだ。たとえば、これまで、あきらかに定番だった、年少女性/年長男性といった、属性間の「身分」的な「交換」のようにね。■フェミニズムにかぎらず、「属性による非対称な交換(奉仕/享受)は身分的で非合理的だ」というのが、近代の平等原理・競争原理だったはず。もし、年少女性/年長男性といった、属性間の「身分」的な「交換」も、資本主義の、財の平等な交換だというなら、そこには、絶対に「わだかまり」などは介在しないはずだとおもうが、女性たちが、ホントにそう感じるだろうか? たとえば、「カネや権力をもたない男性たち」とか、「一定の容姿だの、媚態とかなどを維持できない女性たち」とかが、そういった交換にあずかれないとして、それを「単に、交換のための財をもちあわせていないから」で、すませられるか? ■「財」として「交換」されている 「なにか」は、非政治的で中立的な存在なのか? 男性弁護士さんは、こたえる責務がある。

■それにしても、「こんなことを言うと、又女性弁護士からそんなものは要らないと、ボコボコに叩かれるのが恐いところですが(^^;)」などと、事実上無自覚なセクハラをしでかしているとか、「女性専用ソープのオープンで男性の女性への性サービス業の必要性も見直され、真の男女平等社会が実現することを願っております」などと、能天気な楽観論をのべてしまえる、不平等問題への鈍感さは、同性からみても、あきれたものだ。■フェミニズムの洗礼をうけた、男性学的認識をちょっとでももった人物なら、うえの能天気な発言に、すくなくとも違和感をおぼえるはずだ。こういった ものいいをして、男性読者の同意は当然えられそうだとしか おもっていないらしいこと、女性読者からの批判は、平等問題について事実誤認をしているだけなのだ、といわんばかりの 小バカにした態度は、早晩、「ボコボコに叩かれる」宿命にあるとおもう。■もし、そういった事態が日本列島でなかなかおきないとしたら、現状と同様、性差別列島でありつづけているということだ。
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