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ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

前ブログ: 『タカマサのきまぐれ時評

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『社会言語学』VIII

「社会言語学」刊行会の年報『社会言語学』の新刊が、ことしもでた(第8号)。■まずは、目次をはりつける。

『社会言語学』VIII
論文:
言語観教育序論
 -ことばのユニバーサルデザインへの架け橋-
仲 潔

少数言語復興政策は押しつけなのか
 -ガリシア語の事例-
柿原 武史

弱小の少数言語・アラゴン語が問いかけるもの
 -生き残りの可能性とその意味をめぐって-
寺尾 智史




左手書字をめぐる問題
なかの まき

地域日本語活動のあるべき姿を求めて
 -日本語ボランティア養成の実践から-
米勢 治子

日本語ナショナリズムの典型としての漢字論
近年の俗流言語論点描(その5)-
ましこ・ ひでのり

(ディス)コミュニケーションにおける対話的アプローチの重要性
チョン・ウンあべ・やすし訳)

書評/著者応答/紹介:
H.レイン
善意の仮面』(現代書館、2008)
冨田 哲

渋谷謙次郎他編
言語権の理論と実践』(三元社、2008)
歌田 英渋谷謙次郎小嶋勇

R.ルビンジャー
日本人のリテラシー 1600-1900年』(柏書房、2008)
八鍬 友広

蒲谷宏
敬語表現教育の方法』(大修館書店、2006)
布尾 勝一郎蒲谷 宏坂本惠

砂野幸稔
ポストコロニアル国家と言語』(三元社、2008)
木村護郎クリストフ

P.ラッド
ろう文化の歴史と展望』(明石書店、2007)
岡 典栄

田尻英三
外国人の定住と日本語教育[増補版]』(ひつじ書房、2007)
塚原 信行

-------------------------------------------
■専門性のたかくないものだけ、寸評する。

■(1) 仲論文は、6号所収の古賀 文子「「ことばのユニバーサルデザイン」序説 -知的障害児・者をとりまく言語的諸問題の様相から-」をうけた論文。言語権にとどまらない、ひろい意味での“コミュニケーション権”“アクセシビリティ”にかかわる諸問題が概観できる。■『社会言語学』の あつかってきた共通テーマともいうべき、「せぼね」の部分を理解するうえでも、かっこうの論文。


■(2) 「なかの」論文は、いわゆる左利きが、パソコンなどではなく、エンピツ等をつかって、ひだりてで かく 権利をめぐる考察。うえの 仲論文とあわせてよむとよい。■3号所収の、あべ やすし「てがき文字へのまなざし- 文字とからだの多様性をめぐって -」を補完するような論稿。


■(3) 米勢論文は、地域で日本語ボランティアにたずさわる層の養成最前線での諸問題を概観するもの。『外国人の定住と日本語教育』増補版(ひつじ書房)などで、概要をつかんでよむと、より問題が具体的にわかる。


■(4) ましこ論文は、昨年一旦とぎれたシリーズの再開というか、一応シメらしい。


■(5) チョン・ウン論文は、韓国人研究者による朝鮮語文を、あべ・やすし氏が、日本語訳したもの。訳者による注解などは ついていない。引用されている文献のおおくが日本語作品である点が、めだつ。■仲論文と、あわせてよむとよい。


■(6) この号のすごさは、なんといっても、書評の質・量だ。3000円は、業界外のひとには、たかいだろうが、すくなくとも 日本語教育関係者は、かっておいた方がいい。雑誌『リテラシーズ』とか、佐藤慎司ドーア根理子[編]『文化、ことば、教育』(明石書店)あたりをよむ必要がある読者層にとっては、必読文献だとおもう。■もちろん、少数言語研究やら危機言語研究などにいそしむ先生方も、よんでおいた方がいいとおもうよ。


●旧ブログ「『社会言語学』VII」「『社会言語学』VI」「『社会言語学』V
●旧ブログ「『外国人の定住と日本語教育』増補版(ひつじ書房)」
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テーマ : ことば - ジャンル : 学問・文化・芸術

タグ : 日本語 社会言語学

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コメント

視覚障がい者用福祉機器のてびき

参考までにどうぞ。
http://www.hi.sfc.keio.ac.jp/access/tebiki/


視覚障害者用 福祉機器の手引き

これは、「視覚障害者用 福祉機器の手引き書」(社会福祉法人 日本盲人福祉施 設協議会 盲人用具部会)を、転載したものです。

社会福祉法人 日本盲人福祉施設協議会 盲人用具部会
〒160 東京都新宿区本塩町10-3
03-3341-0900
平成3年3月版をもとにしているため、データが古くなっている可能性があります。 ご注意ください。



とありますが、どなたが おつくりなんでしょうね。慶応の湘南藤沢校舎という点が、とても不思議。

出版社「ひつじ書房」の紹介

http://www.hituzi.co.jp/books/375.html
2008年11月26日

『外国人の定住と日本語教育』、『社会言語学』第8号の書評にて塚原信行先生に取りあげていただきました。

以下は書評の一部です。



『社会言語学』第8号(2008年「社会言語学」刊行会) 書評より引用

……本書は、外国人の定住という社会現象を契機に、こうした本質的な問いを突きつけられた日本語教育からの一つの答えであり、言語教育に内在する社会性や政治性を無視/軽視する姿勢への異議申し立てと捉えることもできる。

こうした異議申し立ては、社会言語学が本来的に備えている側面である(そうでない「社会言語学」も散見されるが)。その意味において、本書は、すぐれて社会言語学的な書物となっており、日本語教育関係者だけでなく、言語教育に関わる者すべてにとっての有用性を備えている。言語教育に関わる者にとっては、自らが関わる○○語教育を起点に、本書と同程度の論の広がりを視野に入れることができるのかを自問することも有益であろう。
本書の視座と水準が、「日本語教育プロパーのテーマ」と認識されること、さらに、言語教育一般における「常識」となることを望む。
(塚原信行)

佐藤慎司/ドーア根理子[編]『文化、ことば、教育』紹介記事

http://www.hanmoto.com/bd/isbn978-4-7503-2848-5.html
紹介
国家によって標準化された国語/日本文化の枠組みは、多様性を排除する権力として作用する。教育を通して維持・再生産されることば/文化の標準化の過程を、言説、教科書、教室での実践など諸レベルから考察し、教育者としてどうかかわるべきかを鋭く問う。

目次
 はじめに(佐藤慎司、ドーア根理子)

第1部 理論的枠組み

第1章 ことばと文化の標準化についての一考(久保田竜子)
 はじめに
 1 ことばの標準化
 2 文化観の標準化
 3 標準化への抵抗
 4 批判応用言語学
 5 残された課題

第2部 言説分析

第2章 言語をどのようにして数えるのか――翻訳という実践系(酒井直樹[佐藤慎司、ドーア根理子訳])
 1 一つの中の多数
 2 対―形象化の図式
 3 非連続の連続としての翻訳
 4 制作的技術としての翻訳の実践系

第3章 「通じること」の必要性について――標準化のイデオロギー再考(ドーア根理子)
 はじめに
 1 言語イデオロギーと標準化
 2 日本語、国語、標準語、方言、共通語という概念の普及
 3 「通じる」ということについて――英語に関する議論を中心に
 4 将来への展望

第4章 日本語における女性の言葉遣いに対する「規範」の再考察(岡本成子)
 はじめに
 1 ことばの社会的意味と言語イデオロギー
 2 先行研究にみる女性の言葉遣いの規範――歴史的概観
 3 批判的視点からみた女性の言葉遣いの「規範」
 おわりに

第5章 日本人の思考の教え方――戦後日本語教育学における思考様式言説(牲川波都季)
 1 ナショナリズムと日本語教育
 2 第 I 期:日本語教育で復活する「日本語=日本人の思考様式」
 3 第II 期:「日本語=日本人の思考様式」を習得させる日本語教育
 4 第III期:「日本人の思考様式」と「○○人の思考様式」の差異化を促す日本語教育
 5 結論


第3部 テキスト分析

第6章 「日本語を学ぶ」ということ――日本語の教科書を批判的に読む(熊谷由理)
 はじめに
 1 「批判的に読む(critical reading)」ことの意義
 2 初級日本語教科書『げんき』
 3 教科書『げんき』に見られる「標準的なこと」「正常なこと」
 4 ディスカッション――「標準語」「完璧なコミュニケーション」
 おわりに

第7章 日本文化を批判的に教える(久保田竜子)
 はじめに
 1 ナショナルスタンダーズと文化の本質主義批判
 2 文化を教えるための批判的アプローチ――4D
 3 教科書の中の文化的情報についての批判的理解――実際例
 4 結論


第4部  エスノグラフィー

第8章 年少者日本語教育はどのように語られているか――関係論的観点からの批判的検討(神吉宇一)
 はじめに
 1 言説および言説分析
 2 年少者日本語教育研究における言説
 3 異なった観点
 おわりに

第9章 作り作られる国語/日本語――言語標準の歴史と保育所での実践(佐藤慎司)
 はじめに
 1 問題提起――日本語が乱れている
 2 共通語、正書法の歴史的背景
 3 国語と教育
 4 データ――保育所の言葉遊び
 5 結論

第10章 日本語教室におけることばと文化の標準化過程――教師・学生間の相互行為の分析から(熊谷由理)
 はじめに
 1 「正しさ」の構築・消費・再生産
 2 調査研究の概要
 3 日本語・日本文化の標準化の過程
 4 ディスカッション:ことば・文化の標準化過程についての考察
 おわりに――「標準化過程」の中断、教室内での「対話」へむけて

第11章 日本語教育における母語指導に関する言説についての一考察――中国帰国者と在日ベトナム人を対象とした日本語教室の実践を事例として(大久保祐子)
 はじめに
 1 教育と社会、文化研究における2つの視座
 2 国家のヘゲモニーとしての「日本語教室」
 3 フィールドワークより――A小学校の事例から
 4 考察
 5 まとめと提案

第12章 沖縄日系ディアスポラ、国語、学校――ことばの異種混淆性と単一化の民族誌的考察(高藤三千代)
 はじめに
 1 分析枠組み――ことばの社会性と言語的近代イデオロギー
 2 背景――改正入管法と言語教育政策の欠如
 3 沖縄と「国語/日本語」教育
 4 櫻小学校と国際教室
 5 話しことばと書きことば――文脈と知の様式
 6 越境移住、「母語」、国語
 二項対立的図式を超えて

前書きなど
はじめに(一部抜粋)

(…前略…)

 本章に載せられた論文は人類学、東アジア研究、外国語教育、社会言語学の様々な角度から日本の文化とことばの標準化を分析し、問題提起することを目的にしている。
 本書は4部構成で、第1部「理論的枠組み」は本書の諸議論に関連する理論的諸枠組みを紹介、確認し、第2部「言説分析」は言説のレベルでの言語イデオロギーの分析、第3部「テキスト分析」は日本語教育に使われる教科書のテキスト分析、第4部「エスノグラフィー」は民族誌的手法で実際の教室風景の参与観察をもとに、それぞれ文化とことばの標準化について考察する章から成る。
 第1部では、1章「ことばと文化の標準化についての一考」で久保田竜子がことば、文化観の標準化とそれへの抵抗、言語のディアスポラ、ノンネーティブスピーカー(非母語話者)、批判リテラシー・批判多文化教育、批判応用言語学を中心に、本書の議論に関わる理論的諸枠組みについての概観を行う。
 言説レベルの分析を中心とした第2部では、2章「言語をどのようにして数えるのか―翻訳という実践系」で酒井直樹は、言語を数えられる統一体とする考え方について、近代、国民国家の出現、そして翻訳という概念の誕生を通して批判的に考察する。3章「『通じること』の必要性について―標準化のイデオロギー再考」ではドーア根理子が、日本語の標準化の根底にある「日本人は全員お互いに言葉が通じなければいけない」という考え方は標準化を正当化する言語イデオロギーであるとして批判的に分析し、そのようなイデオロギーを超える方法を考察する。4章「日本語における女性の言葉遣いに対する『規範』の再考察」で岡本成子は研究者などによって「女性語」とされているものは、女性の言葉遣いを規範化する支配的言語イデオロギーの反映であって、実際の言語使用を正確に描写したものではないという認識が高まっているが、その規範というものの内容そのものを再考察する必要があるとし、規範を「女性語」といった個々の言語使用の文脈から遊離した抽象的なものとしてとらえる見方を批判し、話者がそれぞれのコミュニティーや会話の場面など文脈にふさわしいと思われることばを選ぶというローカルな規範意識とその流動性、多様性に注目することを促す。5章「日本人の思考の教え方―戦後日本語教育における思考様式言説」では、牲川波都季が日本語教育における「思考様式言説」の変遷を終戦直後から現在までにわたり批判的に追い、第二次世界大戦中までの帝国主義と結びついた「日本語=日本精神」という考え方が戦後に引き続き見られること、さらに現在の多文化教育的実践の言説中にも日本的思考様式を本質化する傾向が見られることを指摘する。
 教科書のテキスト分析を中心とする第3部では、6章「『日本語を学ぶ』ということ―日本語の教科書を批判的に読む」で、熊谷由理は教科書をイデオロギーの伝達装置としてとらえ、学習者が日本語を学びながら教科書の中に含蓄された日本や日本語をとりまくどのような「標準的」価値観、常識、日本人像、行動様式の規範を学ぶことになるのか考察する。7章「日本文化を批判的に教える」で、久保田竜子は日本語教育に見られる本質主義的な文化の概念を批判し、(1)文化の記述的な理解、(2)文化の中の多様性、(3)文化の流動的な特質、(4)言説によって構築されたものとしての文化の理解という四つの視点から成る文化の概念モデルを提示する。
 民族誌的アプローチをとる章を集めた第4部では、8章「年少者日本語教育はどのように語られているか―関係論的観点からの批判的検討」で、神吉宇一は日本に在住する日本語を母語としない児童生徒に対する日本語教育および学習支援についての支配的な言説を「能力」と「標準化」という観点から批判的に検討し、対抗言説をフィールドデータをもとに提示する。9章「作り作られる国語/日本語―言語標準の歴史と保育園での実践」で、佐藤慎司はローカルなレベルで共通語、正書法という言語標準がいかに維持、再生産されているかを、子どもたちがはじめて国家制度に接する場、保育所での様子を分析することによって明らかにし、それを近代からの日本語の歴史の中に位置づける。10章「日本語教室におけることばと文化の標準化過程―教師・学生間の相互行為の分析から」で、熊谷由理はあるアメリカの大学の日本語教室で行った参与観察、インタビューのデータをもとに、授業中の教師・学生間の相互行為によっていかに日本の文化、ことばが標準化されていくかを明らかにする。11章「日本語教育における母語指導に関する言説についての一考察―中国帰国者と在日ベトナム人を対象とした日本語教室の実践を事例として」で大久保祐子は、多文化共生教育を実施する小学校での中国帰国者と日本生まれのベトナム人を対象とした日本語教室と民族クラブの実践を地域社会や日本社会というマクロな文脈において分析し、日本語・日本文化の脱「標準化」を目指して母語指導を強調することが、逆に非・日本人という刻印(マーカー)を子どもに与え、彼らが日本社会で疎外感をもつことにつながると議論する。12章「沖縄日系ディアスポラ、国語、学校―ことばの異種混淆性と単一化の民族誌的考察」で高藤三千代は、数世代にわたる越境移住というディアスポラ的状況にある日本に暮らす南米諸国からの日系移住者たちの学校を介した国家語(特に「日本語」)体験を分析し、国家語のもつ一元化的拘束力とそれと相反することばの混淆性(Heteroglosia)の過程について民族誌的に考察する。

(…後略…)

著者プロフィール
佐藤 慎司(サトウ シンジ)
コロンビア大学ティーチャーズカレッジ博士課程修了、 Ph.D.(教育人類学)
ハーバード大学東アジア研究学部講師、ミドルベリー大学サマースクール講師などを経て2005年よりコロンビア大学東アジア文化言語学部講師
<主な著書・論文>
「社会文化的アプローチ:初級日本語ポッドキャスティングプロジェクト」『アメリカ中央日本語教師会プロシーディングズ』くろしお出版、2008年.(深井美由紀との共著)
「『日本人のコミュニケーションスタイル』観とその教育の再考」リテラシーズ、第4巻1号、2007年.
「クリティカルペダゴジーと日本語教育」リテラシーズ、第1巻2号、2004年.

ドーア根理子(ドーア ネリコ)
コーネル大学文化人類学部博士課程修了、Ph.D.(文化人類学)
ブルックデールコミュニティカレッジ社会科学部非常勤講師
<主な著書・論文>
Meaningful Inconsistencies: Bicultural Nationhood, Free Market, and Schooling in Aotearoa / New Zealand. London: Berghahn Books. Forthcoming.
"Global Structures of Common Difference, Cultural Objectification, and their Subversions: Cultural Politics in an Aotearoa / New Zealand School." Identities: Global Studies in Culture and Power 15(2), 2008.
"Desired Division, Disavowed Division: An Analysis of the Labeling of the Bilingual Unit as Separatist in an Aotearoa / New Zealand School." Anthropology and Education Quarterly 35(2), 2004.
「ニュージーランド、マオリの社会組織」『民族学研究』59(4)、1995.

ファウンダーは、国際的な言語の組織の、日本の総理大臣由紀夫鳩山氏は、書簡を送り、
親愛なる首相は、鳩山由紀夫:
ために、すべての人類の言語の進歩を促進するために、私お勧めは、日本の国際言語組織の創立メンバーとして。もし日本が国際的な言語の組織の創立メンバーになるためには、人類の発展に大きな進歩を遂げて新世紀の人類の歴史を開く偉大さ、人類の言語を促進する;
日本は世界の注目を集める米国は、世界の歴史の中で日本は世界で最高の栄誉とされる世界の言語センター、言語、神社、、、偉大な地位を得るになり、交流と友情の国との間の世界に伴って増加するとなる。限り、日本、一部の資金調達には、法的な文書に署名するための本社ビル(建設中)の避難所を提供する国際的な言語の組織に、彼らは国際的な言語の組織の創立メンバーになることができます。
インターネットに投稿私は、閲覧できないWeb日本のサイトで、私は、あなたのメールボックスを知らないあなたに直接メールをすることはできません日本語ではなく、私は、この文字が誰かに渡す場合は、私は日本では、中国の学生を支援する魅力あなたにそれを渡します。者は日本語を勉強し、仕事、生活、希望に書簡を送り、その人については、日本政府と自分たちのケアのための。組織の成功の後、国際的な言語の創出、国際的な言語の組織生活に、名誉会長となる人物の書簡を送った。
国際的な言語の組織についての作成、添付されたページは、国際的な言語の組織の創立者の背後に、それぞれの国の大統領に書簡を送り、参照してください。
私のブログ http://gjyyzz.blog128.fc2.com/
ありがとう!
祈る!
創始者国際的な言語の組織gaigailunの

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