プロフィール

ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

前ブログ: 『タカマサのきまぐれ時評

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

ブロとも申請フォーム

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「精神年齢」という神話

■旧ブログ記事「IQ」関連記事の関連記事。■まずは、ネタとして、先日 コメント欄に かきこまれたモンク。


http://seisin.all-check.net/hm.php
精神年齢診断
貴方の精神年齢を当てる♪テレビでも公開中の精神年齢診断、芸能人達も使用されていて、人気度は上り竜並やってないと会話の流れに乗り遅れるかも、大人っぽいあの子の本当の姿もコレを使えば一発診断、皆様で使用すれば超おもしろい



■つぎは、ウィキペディア「知能指数」の記述

IQとは、知能検査の結果を表す数値である。「生活年齢と精神(知能)年齢の比」を基準とした「従来のIQ」と、「同年齢集団内での位置」を基準とした「DIQ」の2種類があるが、従来のIQはあまり使われなくなりつつある。また、検査によってはより細かい「言語性IQ」と「動作性IQ」も決定する。いずれも、平均値は100、標準偏差は15または16である。
IQは、高いほど知能が高いことを、低いほど知能が低いことをあらわす。従来のIQは「精神年齢 ÷ 生活年齢 × 100」の式で算出される。IQは100に近いほど出現率(人数)が多い。主流の検査での最高値は160程度で、最低値は40程度だが、検査によっても違う。50–70は軽度知的障害、35–50は中度知的障害、20–35は重度知的障害とされるが、40未満を測れない検査も多い。精神年齢とは、知能年齢ともいい、年齢尺度の知能検査で測られる「大体何歳程度の知能か」を示すものである。ただし精神年齢は、成人後はあまり有用な概念ではない。IQは年齢を基準とした数値なので、年齢が違う人同士の知能を直接IQで比較することはできない(たとえば、IQ200の5歳児とIQ100の10歳児の知能は同じである)。同じ人でも、別の知能検査で測れば異なるIQが検出され、同じ知能検査でも2回目以降はIQが高くなる。また、体調によっても結果は変わる。Web上でIQを測定できるサイトもあるが、正確なものではない。





……
種類

一般的に知能指数・IQと呼び習わすものには、生活年齢と精神年齢の比を基準とした「従来の知能指数 (IQ) 」と、同年齢集団内での位置を基準とした標準得点としての「偏差知能指数(Deviation IQ, DIQ, 偏差IQ、偏差値知能指数)」の2種類がある。すなわち、狭義のIQはDIQを含まずに従来のIQのみを意味するが、広義のIQはDIQも含むという事である。本記事では、DIQも含んで広義のIQを意味する場合は単に「IQ」と表記するが、DIQを含まず狭義のIQを意味する場合は「従来のIQ」と表記する。
ウェクスラー式の全年齢、田中ビネーVの14歳以上の領域など、日本の新しい知能検査は、大部分が結果表示にDIQを採用しているものの、田中ビネーVの13歳以下の領域や、田中ビネー1987年版(第4版)の全年齢など、従来のIQを主体としている場合もある。
ウェクスラー式では、「全検査IQ (full scale IQ, FIQ) 」「言語性IQ (verbal IQ, VIQ) 」と「動作性IQ (performance IQ, PIQ) 」に分かれて算出され、いずれもDIQである。なおFIQの数値はPIQとVIQの中間に位置するとは限らず、例えばVIQは87でPIQは86だがFIQは85である場合など、PIQとVIQのどちらよりも低い場合や高い場合がある。WISC-IIIやWAIS-IIIでは、さらに群指数という「言語理解 (VC) 」、「知覚統合 (PO) 」、「作動記憶 (WM) (WISC-IIIでは注意記憶 (FD) )」、「処理速度 (PS) 」の4種類の領域別の数値も算出され、これはIQと同じく中心値が100で標準偏差15の指数の形を取る。
田中ビネーVでは、14歳以上対象の場合に、総合DIQの下に「結晶性」・「流動性」・「記憶」・「論理推理」4種類の領域別IQを算出することが可能である。
VIQとPIQの差、あるいは4つの群指数間の差を「ディスクレパンシー」といい、あまりにも大きい場合(15程度)は発達障害を疑ったり、特別な支援を検討する。

算出法

DIQを含まない場合、従来のIQを算出する方法の検査では、
精神年齢 ÷ 生活年齢 × 100
で算出される。成人(何歳からかは検査によって違う)の場合は生活年齢を18歳程度に固定して計算する(知能年齢、生活年齢については後述)。
DIQを算出する方法の検査では、
(個人の得点 - 同じ年齢集団の平均) ÷([15分の1または16分の1] × 同じ年齢集団の標準偏差) + 100
で算出される。ビネー式の場合は16分の1、ウェクスラー式の場合は15分の1を使用する。

分布
知能指数分布
知能指数分布(正規分布)

IQの平均値は100であり、85–115の間に約68%の人が収まり、70–130の間に約95%の人が収まる。
右図のように、IQは100を中心として山型(ベルカーブ)に分布する(正規分布)。ただし、従来のIQを使用する場合は、必ずしも綺麗な分布ではない。標準偏差2つ分 (2SD) 以上平均値から乖離している場合は異常値とされる。田中ビネー式の標準偏差は16であるため、68以下と132以上が異常値とされる。ウェクスラー式の標準偏差は15であるため、70以下と130以上が異常値とされる。
標準得点」参照。

最高値と最低値
従来のIQを使用する場合は、年齢の低い児童の場合はIQが200を超えるような場合もあるが、従来のIQは相対的な発達の度合いを示す数値であり、検査問題も難しさは有限であるため、年齢を重ねるごとに一定値以上の数値が出る確率は徐々に減っていく(一定値以下の数値が出る確率は減らない)。成人後は各知能検査によっても異なるが、160程度が上限である場合が多い。
DIQを使用する場合は、分布が厳密であるため、低年齢でも高年齢でも、160程度が上限で、40程度が下限である場合が多い。
……

精神年齢・生活年齢

被験者の知的な能力が、何歳の人の平均と同じかをあらわしたものを「精神年齢 (Mental Age, MA)」と呼ぶ。心理学用語としての定義からもわかるとおり、性格がいくら子供っぽくても、知的能力が高い人は精神年齢は高いとされる。従って俗語的に用いられると誤解を招くので知能年齢という言い方をされることもある。発達検査などの場合は「発達年齢」と呼ぶ場合も多い。対義語は「生活年齢 (Calendar Age, CA)」であり、「暦年齢」・「実年齢」などとも呼ばれる。「肉体年齢」ともいうが、これは実年齢に対する肉体の成熟度合いの意味にも取れるので、使用しないのが望ましい。例えば精神年齢が11歳3か月で実年齢が11歳9か月である場合は「MA 11:3, CA 11:9」と表記する。成人後は知能の伸びが緩やかになり、老年になると下降していくため、精神年齢の概念は、成人後はあまり有用ではないとされるが、児童の発達を見るのには感覚的に受け入れやすい。
なお、精神年齢は12、13歳を過ぎるとそのままの定義では不自然なIQが算出されるので、一定の方法で修正される。 旧版のスタンフォードビネーテストでは、平均的な人間の知的能力は16歳まで年齢とともにゆるやかに伸び、生活年齢が16歳になったとき精神年齢は15歳になったものと見なされ、以後その能力にとどまるとされる。たとえば23歳の平均的成人の知的能力はあくまで精神年齢15歳である。1987年版の田中ビネーでは平均的な23歳の知能は精神年齢17歳9ヶ月とされる。これらの例からもわかるとおり、年齢尺度を用いた知能検査であっても、12歳以降はもはや本来の意味での精神年齢の定義ではなく、もっぱら自然なIQを算出するために定めた架空の数値と言っても過言ではない。このことも、比例IQが使用されなくなった要因の一つとなっている。

異年齢との比較

「従来のIQ」の数値は、あくまで知能の発達の早さを意味するものであり、異年齢の他人との数値の単純な比較によって直ちに天才的であるとか成人より高知能であるとかを断定することはできない。例えば、5歳の児童が、10歳の平均的な児童と同じ知能を示せば、IQは200になる。そして、IQ100の11歳児とIQ200の5歳児を比べれば、平均的な児童であるIQ100の11歳児の方が、IQが突出して高いIQ200の5歳児よりも知能は高いことになる。この例からも分かるように、IQの数値は、知能の高さの絶対値ではないのである。
また、5歳でIQ100の人が7歳になったらIQ90であった場合、一見すると数値が低くなったので知能が退化したかに見えてしまう。しかしながら、5歳時のMAは5歳0ヶ月であり、7歳時のMAは約6歳3ヶ月である。このため実際には知能水準は伸びている。こういったことから、IQよりMAを使用した方が発達度合いが感覚的に分かりやすい場合もある。

---------------------------------------------
■こまかいことは、どうでもいい。「Web上でIQを測定できるサイトもあるが、正確なものではない」って、記述は たぶん ただしいだろう。■だが、だったら、この記述全体は、「正確なもの」≒〈ヒトに普遍的な「知能指数」なる実体が実在し、それを、発達心理学者とやらが、客観的に計測可能である〉という仮説が妥当、っていえるんだろうか?■一見して、ちがうんじゃないかとおもう。

■以前も旧ブログで紹介したとおり、「立岩真也『私的所有論』第6章」にかかれているような、優生学的色彩をおびていることを、こういった記述をかいている「心理学者」たちは、無自覚なようだ。ま、そういった知識社会学的・思想史的な問題は、ここでは、とわない。
■問題は、こういった記述を展開している「心理学者」たちが、自分たちの議論が自己矛盾・破綻をきたしているって、自覚がない点。

■(1) まずは、「生活年齢と精神年齢の比を基準とした「従来の知能指数 (IQ) 」」とか、「同年齢集団内での位置を基準とした標準得点としての「偏差知能指数(Deviation IQ, DIQ, 偏差IQ、偏差値知能指数)」」をふくめない「狭義のIQ」とやらが、自己矛盾・破綻のきわみであることを自覚しているなら、「従来のIQはあまり使われなくなりつつある」なんて、ヌルいことを、いっているはずがない。なぜなら、「偏差知能指数」をふくめない「狭義のIQ」なる概念は、完全に破綻していて、そんな実体を想定するのが、科学者であるとは、到底おもえないからだ。■というのも、「例えば、5歳の児童が、10歳の平均的な児童と同じ知能を示せば、IQは200になる」なんて、おっそろしいことを 平然と くちばしれるってことは、「生活年齢」に正比例して「精神年齢」が直線的にのびていく、って信じていたからでしょ? かりに「従来のIQはあまり使われなくなりつつある」にせよ、むかしは、そう発達心理学者とやらが、信じていた証拠だろう。■しかし、5歳→7歳6か月→10歳→12歳6か月→15歳といった生活史において、5歳児の知的能力=1としたとき、1.5→2→2.5→3などと正比例式にのびていくはずがなかろう。そんな児童がみつかるかもしれないが、万人が普遍的に、生活年齢に正比例のかたちで知的能力をのばしていくなんて、冷静にかんがえれば、ありえない。
■「成人後は知能の伸びが緩やかになり、老年になると下降していくため、精神年齢の概念は、成人後はあまり有用ではないとされるが、児童の発達を見るのには感覚的に受け入れやすい」だの、「年齢尺度を用いた知能検査であっても、12歳以降はもはや本来の意味での精神年齢の定義ではなく、もっぱら自然なIQを算出するために定めた架空の数値と言っても過言ではない。このことも、比例IQが使用されなくなった要因の一つとなっている」だのと、〈過去形〉でかたっているが、過去に信じていたこと自体、心理学者たちの知性をうたがうし、「使用されなくなった」などと、過去を完全清算する気がない姿勢に、科学者としての倫理性さえ、うたがえてくる。■はずかしくないのだろうか?

■(2) つぎに、「「同年齢集団内での位置」を基準とした「DIQ」」なら、〈ヒトに普遍的な「知能指数」なる実体が実在し、それを、発達心理学者とやらが、客観的に計測可能である〉という仮説にのっとった理論体系だといえるのかといえば、それもちがうとおもう。■「同年齢集団内での位置」ってのは、要するに「偏差値」ってことだよね。じゃ、知的能力は、ホントに正規分布するのか? あらゆる領域のける知的能力で、そんなことが、あるはずがなかろう。
■「IQとは、知能検査の結果を表す数値である」などと、「知能検査」の客観性・普遍的妥当性をうたがっていないらしい誇大妄想的な記述が、のっけからでてくるので、まあ、その知的水準がしれるというものだが、知的能力より、おそらく非常に単純なはずの、短距離走をかんがえてみればよい。小学生児童を50mはしらせたときの所要時間が、ホントに きれいな正規分布をみせるだろうか? おそらく、そんなはずがない。■握力だの、背筋力だのといった、単純な筋力は、ひょっとしたら、正規分布にちかいかもしれないが、それもあやしい。しかし、短距離走が きれいな “ベルカーブ”をえがくという仮説は、ちょっとかんがえれば、あやしいこと、ホントかどうか、全国的なサンプリング調査にかける必要性がうかぶはずだ。■まして、数字やら言語表現の処理能力、図形などの把握能力といった、かなり複雑そうな心理機構の結果が、万人に普遍的なかたちで遍在し、しかもそれが、数値として正規分布をなしているなんて想定自体、ホントかどうか、大々的な調査が必要そうなことは、すぐわかるはず。■実際問題、大学入試センター試験なんぞをみても、各科目の得点分布が正規分布をなすことは、まずない。それは、非対称であり、きれいな “ベルカーブ”なんぞとは、にてもにつかない 棒グラフの集合体だ。1問1点×100題といった形式をとおすことが実質上困難なんだから、当然だよね。■じゃ、心理テストで、心理学者が、1問1点×100題みたいな検査を考案したとして、それが不偏不党の「神の目」みたいな視座から、バランスよくデザインできるのかといったら、それはできない相談だろう。それは、誇大妄想というもの。

スポンサーサイト

<< 「暴力行為:過去最多」? | ホーム | 「川柳作家鶴彬」撮影中(読売) >>


コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 BLOG TOP 


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。