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ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

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政治的左右度:-7.6 
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【位置 リベラル左派】

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横浜事件で再び再審開始  新証拠認定(MSN産経)

旧ブログで何度かとりあげた、「横浜事件」裁判に、あらたな展開があった。


横浜事件で再び再審開始
  新証拠認定

2008.10.31 10:30


 戦時下最大の言論弾圧事件とされる「横浜事件」で、治安維持法違反の罪で有罪となった元雑誌編集者の遺族が起こした第4次再審請求で、横浜地裁(大島隆明裁判長)は31日、「関係証拠を総合すれば、激しい拷問が加えられ、虚偽の自白に基づく調書への署名がうかがわれる」などとして、再審開始の決定を下した。
 第4次再審請求は、雑誌「改造」の編集者、故小野康人さんの次男(62)と長女(59)が申し立てていた。決定理由では拷問で、虚偽の自白をしたとする小野さんの口述書などを挙げ「無罪を言い渡すべき新証拠」と認定。不都合な事実を隠蔽(いんぺい)するため、裁判所側が事件の記録を廃棄した可能性が高いことも認めた。
 横浜事件は昭和17年~20年、「改造」に掲載された論文が共産主義を宣伝しているとして、神奈川県警特高課が論文を書いた評論家や編集者、研究者ら約60人を治安維持法違反で逮捕。20年9月までに約30人が有罪判決を受け、拷問などによって4人が獄死した。
 小野さんは「共産主義を宣伝する論文を改造に掲載した」などとして、18年に逮捕され、懲役2年執行猶予3年の刑が確定し、34年に他界した。
 再審請求で小野さん側は「問題の論文は共産主義的啓蒙(けいもう)論文ではない」とする歴史研究者の見解を新たな証拠として提示し、判決の違法性を主張。ほかの元被告が起こした第3次請求で再審が初めて認められたが、今年3月、有罪、無罪の判断をせずに審理を打ち切る「免訴」が確定した。
 横浜地検の中井国緒次席検事は「決定の内容を詳細に検討し、上級庁との協議の上、速やかに結論を出したい」とコメントした。

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■以前、みうちをかばおうとした裁判所もしょーもなかったが、検察の連中も、完全な小役人根性だね。■ともあれ、まともな判断=裁判所の自己批判がでたことをいわおう。■ときどきは、こういった あかるい話題がないとね。
■高裁や最高裁は、ヘンなうごきするなよ。司法への信頼性が0になるぞ。あんまり信用されていないんだが。

■ちなみに、いつも権力よりの 産経系媒体も、こういった性格のものになれば、こういった報道しかできないという、典型例かもね。



■おなじ、『MSN産経』から、関連記事。

激しい拷問、血染めの着物
 遺志を継ぐ遺族の思い
 
2008.10.31 11:30

 終戦直後の有罪判決から63年。戦時下最大の言論弾圧とされた「横浜事件」の再審の扉は31日、再び開いた。元被告小野康人さんは「事件は虚構」という無念の思いを晴らせないまま昭和34年に他界。遺族が父の遺志を引き継いできた。
 竹刀でめった打ちにする、両足を縛ってつるす。小野さんの口述書には特高警察官の激しい拷問が生々しくつづられている。
 妻、貞さんの手記によると、18年5月の早朝、警官3人が小野さんを自宅から突然連行。小野さんに差し入れた着物が血に染まって戻ってきた。
 請求人で長女の斎藤信子さん(59)は小野さんが死亡した3年後、貞さんから事件を知らされた。貞さんは再審請求に参加。途中から、斎藤さんも次男の小野新一さん(62)とともに加わった。平成7年には貞さんもこの世を去った。「父は理由なく有罪とされた。司法の責任を明確にしてほしい」。遺志を引き継いだ斎藤さんの思いは変わらない。



●ウィキペディア「特別高等警察
●旧ブログ「権力犯罪としての横浜事件

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もと「被告」の尊厳は無視して、過去の同業者の「対面」だけつくろう判事たち

横浜事件:第4次再審も「免訴」判決 横浜地裁
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20090330k0000e040027000c.html

 戦時下最大の言論弾圧とされる「横浜事件」の再審で、横浜地裁は30日、治安維持法違反で有罪が確定した雑誌「改造」の元編集者、故小野康人さん(59年死去)に対し、有罪無罪を判断せずに裁判を打ち切る免訴の判決を言い渡した。大島隆明裁判長は、別の被告遺族による再審で免訴とした最高裁判決(08年3月)を踏襲し「前提となる事実に何ら異なる点がない以上、免訴と判断せざるを得ない」と述べた。弁護団は控訴しない方向で検討しており免訴が確定する見込み。

 小野さんの遺族による第4次再審請求が認められた再審公判は、免訴か無罪かが最大の争点だった。弁護側は「最高裁判決も『無罪判決は違法』とまでは言っていない」と名誉回復のため無罪判決を求めたが、判決は「一般的には免訴が被告の利益になる。有罪判決の失効という点では免訴も無罪も同じ。再審の特殊性から実体判決が許されるという根拠は乏しい」と退けた。

 一方で判決は「免訴は、名誉回復を望む遺族らの心情に反することは十分に理解できる」と言及。免訴確定後に刑事補償請求をすれば、有罪か無罪かについて判断が決定で示されることから「一定程度は免訴判決を受けた被告の名誉回復を図ることができる」と述べた。ただ「事件はでっち上げ」との弁護側主張に対する判断は示さなかった。

 弁護側は刑事補償請求手続きをする方針。【杉埜水脈】

 ◇横浜事件と免訴
 1942年の雑誌「改造」に掲載された論文が共産主義の宣伝だとして、神奈川県警特高課などが出版社社員ら約60人を治安維持法違反容疑で逮捕した。4人が獄死し、約30人は共産党再建を謀議したとの有罪判決を受けた。被告遺族らは86年から再審請求。第3次請求で初めて認められたが、最高裁で08年3月に「免訴」判決が確定した。第4次請求で横浜地裁は08年10月、再審開始を決定。免訴は(1)同じ犯罪について確定判決がある(2)犯罪後に刑が廃止された(3)大赦があった(4)時効が完成した--などの場合に、有罪無罪を判断する実体審理をせずに裁判を打ち切ること。横浜事件では(2)と(3)が理由とされた。



横浜事件:悲願の無罪ならず…再び「免訴」
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20090330k0000e040050000c.html

 有罪判決から64年を経て、第1次請求から23年を経て30日に下された横浜事件の「免訴」判決。故小野康人さんの次男で再審請求人の小野新一さん(62)が書いて準備してきた「無罪」の旗は、日の目を見ることはなかった。小野さんと康人さんの長女の斎藤信子さん(59)は、主文の言い渡しを、じっと聞いていた。

 小野さんは判決後の会見で「無罪を信じていただけに、非常に残念」。斎藤さんは「私たちは親の名誉回復だけを願っていたのではない。司法は人間として当たり前の判断をしてほしい」と無念の表情を見せた。第1次請求から共に戦ってきた大川隆司弁護士は「免訴判決にしても、『免訴事由がなければ無罪だ』と言ってほしかった」と述べた。

 一方で、判決は刑事補償手続きでの名誉回復に言及した。佐藤博史弁護士は「裁判長はギリギリの評価をしたのだろう。名誉回復は十分でないが、刑事補償がその代わりになる」と話し、大川弁護士は「精いっぱいの判決。刑事補償の戦いはまだ残る」と前を向いた。【池田知広】

 ◇解説…「司法の体面」重視
  横浜事件の第4次再審で再び「免訴」とした横浜地裁判決は、別の被告の再審で最高裁が示した結論の「枠内」にとどまった。無罪判決による明快な名誉回復という遺族の悲願はかなわなかった。

 判決と同じ大島裁判長が出した再審開始決定(08年10月)は「事件はでっち上げ」との弁護側主張を認めたに等しい判断を示していた。事件の発端とされた会合は「共産党再建準備会」ではなく「慰労会」で、小野さんが掲載に関与した論文も治安維持法に反する「共産主義啓蒙(けいもう)論文」かどうか「疑問を禁じ得ない」と指摘した。遺族側は無罪判決を期待した。無罪に勝る明白な名誉回復はなく、「無罪判決こそが正義にかなう」との要望書は、法学者ら識者166人の賛同を得た。

 地裁は、再審開始決定や初公判の法廷で、当時の裁判所批判もいとわなかった。判決でも「再審公判において直ちに実体判断(有罪・無罪)が可能な状態にある」と指摘。同じ証拠に基づき同じ裁判長が判断するのだから、市民感覚では無罪との期待を抱かせる表現だ。

 だが実際は一転して事件の虚構性を指摘することさえせず、免訴確定後の刑事補償請求手続きによる名誉回復の可能性に触れただけだった。手続きによって有罪・無罪を判断した決定の要旨が官報などで公示されることが名誉回復の可能性の根拠だが、判決自身が再審公判について述べたように、「無罪判断」が出るかどうかは保証の限りではない。

 「司法の責任」が問われた再審を形式的な判決で終えるのは、結局「司法の体面」に重きを置いたように映る。【杉埜水脈】

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■こういった 政治がらみの訴訟のばあい、大半の判事たちは、テクノクラート=現代の神学者そのものである。これで、社会の公正の「番人」だとかいった自負をもってしまっているんだから、始末がわるい。■しかも、メディアと当事者周辺ぐらいしか、「司法試験をとおって選抜されたエリートたち」って権威主義のまえに、沈黙するばかり。



横浜事件:実質無罪 5遺族に満額4700万円補償 地裁(毎日)ほか

 戦時下最大の言論弾圧とされる「横浜事件」で、治安維持法違反の有罪が確定し、再審で免訴判決を受けた元被告5人の遺族に対し、横浜地裁は4日、請求通り計約4700万円の刑事補償を支払う決定を出した。大島隆明裁判長は決定理由で「(治安維持法の廃止など)免訴の理由がなければ無罪の裁判を受けたことは明らか」としており、今回の決定は事実上の無罪判決といえる。さらに決定は「警察や検察、裁判の各機関の故意・過失は重大」と司法の責任にも言及した。

 再審の免訴は、有罪無罪を判断せずに裁判を打ち切る判決で、元被告側は刑事補償手続きに「無罪」判断の願いを託していた。86年の第1次再審請求から元被告側が求めてきた名誉回復を一定程度果たす決定となった。最高裁は、免訴とされた元被告への刑事補償について「(過去の例は)把握していない」としている。

 決定は、共産党再建の謀議をしたとの事件を「拷問による自白は信用できず、認定できない」と断じ、同法違反で地裁から有罪判決を受けた5人は、免訴の理由となった法の廃止と大赦がなければ無罪だったと判断した。

 元被告側は、裁判所が冤罪(えんざい)を追認した「司法の過ち」も追及、決定は「拷問の事実を見過ごし公判に付した予審判事は少なくとも過失があり、拙速粗雑な事件処理をし、慎重な審理をしなかった裁判官にも過失があった」と述べた。元被告への謝罪はなかった。

 訴えていたのは、1945年に有罪が確定し、08~09年の再審で免訴となった雑誌「改造」元編集者の故小野康人さんと、中央公論社の故木村亨さんら4人の計5人の遺族。逮捕(43~45年)から出所までの579~846日について「事件はでっち上げ。激しい拷問で虚偽の自白を強いられた」として09年4~5月、刑事補償法が定める上限の1日当たり1万2500円を請求していた。

 刑事補償法は、免訴理由がなければ無罪と認められる免訴判決の場合、拘置日数などに応じて支払うと規定。確定後に無罪判断の決定要旨が官報などで公示されるため、小野さんの再審判決(09年)で大島裁判長は「一定程度は名誉回復を図れる」と刑事補償手続きに言及していた。新たな再審請求の予定はなく、横浜事件に関する司法判断はこれが最後となる見込み。【杉埜水脈】

         ◇

 補償決定の対象者は次の皆さん(いずれも故人)。元改造社社員、小野康人さん(4次請求)▽同、小林英三郎さん▽元中央公論社社員、木村亨さん▽元政治経済研究会員、由田浩さん▽元満鉄東京支社、平舘利雄さん(いずれも3次請求)

 【ことば】横浜事件

 戦時下の1942年、雑誌「改造」に掲載された論文が共産主義の宣伝だとして、神奈川県警特高課などが治安維持法違反容疑で出版社社員ら約60人を逮捕し、4人が獄死した。横浜地裁は45年8~9月、約30人に共産党再建を謀議したと有罪判決を下す一方、判決文などを処分した。元被告と遺族らは86年に初めて再審請求。当初は「訴訟記録がない」などと棄却されたが、木村さんら5人の第3次請求で「拷問による虚偽の自白」などを理由に再審開始が認められた。再審公判は3次が08年3月に最高裁で、小野さんの4次が09年3月に地裁で、それぞれ免訴判決が確定した。
……
毎日新聞 2010年2月4日 10時43分(最終更新 2月4日 12時43分)



横浜事件:実質無罪 65年「本当の答え」 事件記録集作成へ

 半世紀を超す汚名が、ようやくすすがれた。横浜事件の元被告5人の刑事補償請求を認めた4日の横浜地裁決定。でっち上げの事件で有罪判決を受け、「犯人が被害者を裁いた裁判」と批判し、名誉回復を求めてきた元被告らの闘いがついに実を結んだ。1945年の有罪判決から65年、86年の第1次再審請求からは24年。遺志を継いだ家族らは「本当の答えをやっと国から得られた」と「無罪」の重みをかみしめた。【池田知広、高橋直純】

 「本当に完ぺきです」。決定後、地裁を出た佐藤博史弁護士は興奮に声を震わせた。

 横浜弁護士会館で会見した故小野康人さんの次男新一さん(63)と長女の斎藤信子さん(60)は、並んで座った弁護士から説明を受け、うなずいた。新一さんは「(ここまで)踏み込んで出るとは思わなかった」と満面の笑み。斎藤さんは「結果は確信していた。第1次(再審請求)で申し立てた方全員に聞いていただきたい」と、かみしめるように語った。

 同席した大川隆司弁護士は「治安維持法によって冤罪(えんざい)がつくられ、その責任を司法関係者すべてが負うべきだと裁判所が表明した最初の決定」と意義付けた。補償金を使い、事件の記録集を作成するという。

 公判中、元被告や弁護士らが次々と亡くなった。故木村亨さんの妻まきさん(60)らは神奈川県庁で会見し、神妙な面持ちで「うれしいけど複雑な気持ち」。再審が「無罪」ではなく「免訴」の判決だったことに、まきさんは「一区切りがついたとは到底思えない。事件が何だったのか、考え続けていきたい」と話した。今春、罪を晴らしたいとの思いを詠んだ亨さんの句碑を、お墓の脇に立てるという。

 故小林英三郎さんの長男佳一郎さん(69)は「免訴は残念だったが、父の思いを胸に、これまで頑張ってきて良かった」と万感の思いを込めた。森川文人弁護士は「裁判所からは誠意ある回答をいただいた」と評価した。

==============

 ■解説

 ◇司法の過ち認める
 横浜事件の刑事補償請求に対する横浜地裁決定は「裁判官の過失」との表現で、冤罪に加担した司法の過ちを認めた点に最大の特徴がある。

 決定は事件を、特高警察が拷問で虚偽の自白を強要した、でっち上げと指摘し「無罪」判断を示した。その上で請求通りの刑事補償を認める根拠として、拷問の事実を見過ごして起訴した検察官や十分な審理をせず即日判決を出した地裁の責任について「有罪判決は、特高警察の思い込みの捜査から始まり、司法関係者による事件の追認によって完結した。各機関の故意・過失は重大」と断じた。

 無罪判決を巡る国家賠償訴訟でも、捜査機関の過失を認めて賠償を命じることはあっても、司法の責任まで認める例はまずない。大島隆明裁判長は4次請求の再審開始決定(08年10月)で「裁判所側が訴訟記録を破棄した可能性が高い」などと司法の責任に触れていた。その延長線上に今回の判断もあると言えよう。

 無罪判決が確実視される「足利事件」の再審公判が注目を集め、取り調べ全過程の録音・録画(可視化)が議論されている。虚偽自白による冤罪を防ぐ方途が今なお求められる中、戦時下という特殊性はあるが、検察側の主張を「追認」するだけでは、司法の役割を果たせないことを示した横浜地裁決定の意義は大きい。【杉埜水脈】
……
毎日新聞 2010年2月4日 西部夕刊



●旧ブログ「横浜事件 を含む記事」
http://tactac.dreamlog.jp/search?q=%E6%A8%AA%E6%B5%9C%E4%BA%8B%E4%BB%B6

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