■『晴耕雨読』という論評ブログから、2年もまえの記事だが、「
寄生性と知的謀略」(2006/8/28)を紹介。
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寄生者が共同体に寄生するのは容易なことではありません、宿主は、すぐに寄生者に不信感を抱くようになります。
寄生者は、自分たちが寄生者ではないこと、自分たちが求める取引形態は正当であること、自分たちの価値観はまともなものであることなどを宿主に認めさせよう(錯誤させよう)と努力します。
寄生者は、「騙されるほうが悪い」という価値観を持っています。
騙されるのが嫌だったら、知性を使って騙されないようにすればいいと思っています。
また、宿主共同体の価値観に基づく規制(法など)を邪魔な存在だと受け止めています。しかし、法には犯した場合の罰が付き物ですから、規制をうまくかいくぐろうとしたり、嘘や罪のなすりつけを行います。
そして、罰を食らう結果になってしまったら、不運だった、知恵が足りなかったと思うだけで、悪をなしたという意識は持ちません。
(価値観が違うので当然の思考過程です)
宿主に寄生する最高の方法は、自分たちが効率的に養分を吸い上げられる価値観や制度を宿主共同体が持つようになってくれることです。
端的には、収奪者(寄生者)ができるだけ自由に収奪活動に励むことができ、被収奪者(宿主)が収奪されるための仕掛けだとは思わず、それを素晴らしい考え方だと信じる理念・価値観・制度を普及させることです。
このために、宗教・学問・政治制度などを利用します。
ユダヤ教とキリスト教(ローマカソリック以降)は、寄生者が宿主を収奪するために普及させた宗教です。
(同根であるイスラムは、それを否定した近似的宗教です)
民主主義・個人主義・自由主義・経済学・科学的世界観なども、寄生者が宿主から“養分”をスムーズに吸い上げるためにつくり普及させた論理的説明体系です。
(民が共同体の主であることや個人の自由を尊重することがそうだという主張ではないのでくれぐれも注意を)
19世紀にドイツで百貨店が生まれたとき、それまで禁止されてきた「広告宣伝」が行われました。
人々の欲求をくすぐり心を引くうたい文句が刷られたチラシが撒かれました。
民主主義・個人主義・自由主義・経済学・科学的世界観などは、“高尚な”「広告宣伝」でしかないのです。
宿主共同体の構成員が寄生者の「収奪システム」を嬉々として受け入れるよう、空虚な言葉(美辞麗句)をさも論理的であるかのように組み立てて普及させたのです。
さらには、共産主義をマルクス主義的に脚色(理論強化?)することで、収奪システムが引き起こす人々の不満を筋違いの相手に向けさせるという凝った防御手段も用意しました。
(背後にいる国際金融家ではなく、直接の雇用主である産業資本家が搾取しているという説明)
また、下位にいるユダヤ人国際金融家を「陰謀論」で叩かせることで、上位の自分たちには害が及ばないようにもしています。
「土地に縛られるのは悪いこと」、「思想・信条の自由」、「個人の自由は家族や国家(共同体)の利益より優先される」、「利潤追求が経済活動の基礎」、「営業活動の自由」、「グローバリズム」、「コスモポリタン市民」などを冷静にじっくり考えれば、寄生者の価値観が色濃く示されていることがわかるはずです。
※ 「思想・信条の自由」の危険性はちょっとわかりにくいかもしれませんね。
「思想・信条の自由」が純粋に内面の問題であれば、それを覗いたり規制することは原理的に不能ですから、憲法などでその自由をことさらうたう必要はありません。
ですから、「思想・信条の自由」は、それを言葉・文字・映像などで表現し社会に広めることの自由ということになります。
美意識や好みなどは規制する必要はありませんが、「ゆえなく人を殺してはいけない」、「盗みはダメ」、「利息をとってはいけない」、「相互扶助を心がけなければならない」など基本的な規範は、個々人が個々の価値観で自由に否定する運動を行っていいものではなく、“不可侵”のものです。
共同体として存続していくための共有規範がばらばらだったらどうなるかを考えればわかるはずです。共有規範のなかでの個人の自由があるだけです。
ですから、共有規範をなくそうとしたり無効化しようとする動きは、自由なものではなく規制されてしかるべきものなのです。
共同体の規範を壊そうとしている寄生者が、「思想・信条の自由」の獲得し、学問世界やメディアを支配していたらどうなるかを想像してみたら(現実ですが)、その危険性がわかると思います。
■ 宿主共同体が陥る罠
じゃあ、これまで、世界中が寄生集団に騙され続けてきたのかという疑念を持たれた方もいるでしょう。
残念ながら、そうなのです。
しかし、それは、世界の多くの人が知性で劣っていたとか愚かだったからというわけではありません。
ただ、そこまで強欲で平気で嘘もつける人がいるとは想像だにできない人が多いというだけのことです。
そんじょそこらにいる詐欺師ではなく、自分たちの強欲のために、国家を丸ごと、世界を丸ごと取ってしまおうという人が現実にいるなんてことに思い至らないのです。
(このような思考は、健全な精神の持ち主であるがゆえのことです)
しかも、悪魔を天使と言い立てられるほどの嘘を平気でつける人たちですから、人殺しや強奪を耳触りのいい美辞麗句で正当化するのはお手のものです。
それでは、身近にいる一般的な嘘吐きを見破るようなわけにはいきません。
また、なかなか見破られないよう、学校教育やメディアを通じて、それをもっともらしく受け入れる価値観や世界観を形成しています。
■ 日本にも存在する“危険因子”
日本は、戦後世界構造のなかで破格の経済発展を遂げました。
「近代経済システム」(寄生システム)は、本来的商業のみならず、産業・サービスそして農業までを商業化してきました。
(貨幣経済社会という表現は、生存活動全域の商業化を意味するものです)
商業化が進んでも、それが国家(共同体)内の取引であれば、共同体共通利益が考慮されます。そうでなければ、成功者(金持ち)と破綻者(貧乏人)に分裂し、商業活動が行き詰まってしまいます。
しかし、商業活動の対象が外に広がれば話は変わってきます。
輸出が100%であれば、国家(共同体)内の人たちは、輸出するための財を生産する手段としてしか見えなくなります。
(輸出比率が高くなるほど、国家(共同体)のことはかまわないという意識になります)
国内で売れなくても広い世界で売れればいいのですから、国内は売れる品質の財を安く生産できる体制さえあればいいという気持ちにもなります。
それがさらに進めば、外国にもっと安く生産できる場所があるならそこで生産したほうがより多くの利益が得られると判断し、それを実行に移すことになります。
国家(共同体)のなかからも寄生者が生まれるのが「近代経済システム」なのです。
戦後日本の経済価値観史は、高度経済成長のなかで寄生者が育ち、米英の新自由主義潮流とシンクロするかたちで寄生者的経済価値観がじりじりと浸透し、“社会主義政策”を切り捨てながら、グローバリズムという究極の寄生システムまでを好ましいものと受け入れるようになったというものです。
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■いわゆる「陰謀論」の一種だと一笑に付す読者もおおかろう。■しかし、すくなくとも、筆者は、「陰謀論」のたぐいと無視される危険性を充分自覚している(「
下位にいるユダヤ人国際金融家を「陰謀論」で叩かせることで、上位の自分たちには害が及ばないようにもしています」)。欧米社会(ユダヤ=キリスト教的世界観を自明視する勢力)が、みえないイデオロギーを「世界標準」として輸出し、世界中を洗脳してきたことは、否定できまい。■ブッシュ政権がやらかしたことだけふりかえっても、それは「事実」というほかない。
■そうかんがえたとき、うえにひいた議論が、単なる「妄想」なのかどうか、周囲と自分自身の実態=実体をふりかえる必要がありそうだ。
■ちなみに、うえの議論は、経営者と労働者にも、そっくりあてはまるといえそうだ。
テーマ : 文明・文化&思想 - ジャンル : 学問・文化・芸術
タグ : 宿主 寄生
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