プロフィール

ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

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『自分の小さな「箱」から脱出する方法』7

■予想以上に ながくつづいた「自分の小さな「箱」から脱出する方法」の紹介シリーズ。1回で紹介しきれない予感はあったが、こんなにかくことが うかぶとは おもわなかった。■それだけ、衝撃的だったし、これからも影響力がつづきそうだ。

■が、さすがに、これで補足は うちどめになるとおもう。

■本書は、周囲との関係性を改善する突破口は、ひとえに 自分の配慮であること、周囲の人物の「障害物」視は、自分のくびをしめるだけで、不毛な悪循環という ドロぬま構造への 没入であることを、「箱」という独善性の象徴としてしめしたのだった。
■そして、この日記では、その射程が、筆者らが想定していないか、あるいは重々わかりきっているのだが、読者を無用に混乱させないために戦略的に禁欲して ふせた適用範囲として、「配慮」が不毛かもしれない、敵意ある他者、目的を共有しない他者も ふくめうることを、整理してみた。■実際、ラグビー選手や武道家たちのように、あいてを障害物視しないで、大局観から達観すれば、無用な摩擦をおこさずに、悠々かわすことができ、そのばあい、「じゃまだな」などと、やっかいものあつかいする必要さえなくなると。■つまり、本書は、「本来の目的」を共有しあっているはずの、パートナー間の関係性の改善(本来の趣旨への回帰)のための覚醒にとどまらず、およそ「障害物」になりそうな、諸条件もろもろに、適用可能であることが、あきらかになった。モノであろうと、悪意からジャマしようという敵対者さえも(シリーズ )。

■しかし、そういった「範囲外」への適用をこころみるなら、当然ふくめねばならない 「他者」がいる。■だれかといえば、「未来の自分」,、ないしは「他領域での自分」だ。 ■このことは、うすうす きづいていた。すくなくとも、「本来の目的」を共有しあっているはずの、パートナー間の関係性の改善という趣旨以外への、「目的外適用」にきづいた時点で、論理的に ありえるはずだという予感があった。が、いまひとつ整理がついていなかったので、アタマのなかでの熟成をまったのだ(ま、いそがしくて、ほうっておいたのでもあるが)。

■いずれにせよ、あいてを障害物視しないで、大局観から達観しつつ、うつべき改善策をとる、という配慮の対象としての他者には、「未来の自分」、ないしは「他領域での自分」がふくまれる。■なぜなら、モノなど非生物の諸条件や、敵までも「障害物」視しして責任転嫁せずに、最善手をさぐろうというなら、論理的に協力関係がとれない、「未来の自分」もふくめられるからだ。現在、および近未来の自分(たち)にとって、のぞましい方向にかわってほしい対象、そのために配慮と助力をした方がいい対象のなかには、ほかならぬ、「未来の自分」がある。■同様に、たちばがかわることで、「現在(いま・ここ)の自分」と あい対立する、「他領域での自分」にも、同様のことがあてはまるだろう。

■冷静にかんがえてみると、「本来の目的」を共有しあっているはずの、パートナー間の関係性の改善にうごきだせないでいるときの自己欺瞞(責任転嫁と自己正当化)の論理は、すべて、「未来の自分」ないし「他領域での自分」に、みごとにあてはまる。■なぜなら、周囲の人物や環境をふくめた諸条件に責任転嫁して、「どうせ、●●があるから できない」と、改善策をうたない、あるいは さきおくりにすることを正当化してしまうだろう、「未来の自分」ないし「他領域での自分」を障害物視して、「いま・ここの自分」を正当化してしまうからだ。■いいかえれば、「いつか・どこかの自分」をとりまく難題に責任転嫁することで、「いま・ここの自分」を正当化し、結局なにもしない自分という「箱」のなかに とどまりつづけるからだ。
■ひょっとすると、「いつか・どこかの自分」という他者への配慮をためらう保身(「箱」)こそ、最大の難物かもしれない。■でも、一方で、「自分は箱の中にとじこもって、責任転嫁による自己正当化にはしって、自分のクビをしめている」という、自覚ができれば、具体的打開策にふみだせるかもしれない。なにしろ他者への配慮も、「箱の中の自分」の自覚を、アドバイザーにうながされてのことだった。「箱の中の自分」の自覚ができてしまった時点で、すでに「箱の中」という悪循環からは基本的にでてしまっている。あとは、もどる時間をへらすだけなのだから。
■さて、「いつか・どこかの自分」に対して「箱」にはいっている自分がいないか検討しはじめるか…。いや、どうみたって、「いつか・どこかの自分」に対して「箱」にはいっている自分だらけのような気がする(笑)。■アタマでっかちで、実効性があやしいかもしれないが、すくなくとも、いま少々「箱の外」にいることは事実。この貴重な機会を有効利用しないと、すぐに「箱の中」にご帰還だ。



●シリーズ『自分の小さな「箱」から脱出する方法』
         
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