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ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

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政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

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人身売買/臓器移植/売買春と対外イメージ

■『朝日』ほか、各紙があつかっている情報。


「闇の子供たち」タイで上映中止 人身売買の内容に反発

asahi.com(2008年9月21日0時49分)

 【バンコク=山本大輔】タイを舞台に、子どもの人身売買渡航移植の問題点を描いた映画「闇の子供たち」(阪本順治監督)が、23日開始のバンコク国際映画祭で上映中止になったことが分かった。「内容が不適切」とするタイ政府観光庁などの判断で、タイ国内の映画館での上映についても難色を示している。

 東京にある阪本監督の事務所によると、「タイ国内で無許可で撮影した」ことを理由に最近、上映は不可能だと説明された。阪本監督らは24日にもバンコクで記者会見を開く予定だという。

 当初、映画祭実行委員会は「タイ国内で撮影された外国映画」として25日に上映を計画。その後、映画の内容を知った主催者の観光庁などが、「子どもの人身売買はタイ社会にそぐわない内容で、タイの印象を著しく損ねる」と上映に反対した。

 映画は、闇ルートでの臓器密売に貧困家庭の子どもたちが巻き込まれていることを突き止めた日本人の新聞記者が、人身売買や買売春から子どもを救おうとするNGOの日本人女性とともにタイ国内で奔走する内容。梁石日(ヤン・ソギル)の同名小説が原作で、日本では8月2日から公開されている。

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■(1) 「子どもの人身売買はタイ社会にそぐわない内容」といった断定ができる根拠がわからない。というより、「そぐわない」とは、どういう意味なのか不明。■「国内で無許可で撮影した」ことを理由に上映を拒否する根拠も不明。盗撮したものなら、プライバシーや機密の侵害になるが、背景などをドキュメンタリー的にとりこむこともいかんというなら、撮影・編集・公開していい空間、いけない空間が確定しているのか?
■(2) ただし、「闇ルートでの臓器密売に貧困家庭の子どもたちが巻き込まれていることを突き止めた日本人の新聞記者が、人身売買や買売春から子どもを救おうとするNGOの日本人女性とともにタイ国内で奔走する内容」が、現地の一般的状況なのかどうか、それをえがくことが、現実の過度の一般化になり偏見を助長したりしないかについては、制作陣が責任をおっている。■なにしろ、こんな展開なら、タイ人のオトナたちは、無力か無法、日本人の一部はヒーロー/ヒロインという、あまりに対照的なあつかいだからね。


■(3) まとめるなら、タイ当局や制作陣のどちらが、現実を過度に一般化しているか、そのリアリティの相対的優劣だとおもう。両陣営は、たがいに、現地の住民の尊厳をそこなっていないか、その点について責任をおっている。

■『読売』の記事も。

人身売買描いた「闇の子供たち」、バンコク映画祭で上映中止
 【バンコク=田原徳容】23日から始まるバンコク国際映画祭の招待作品で、タイの人身売買などを描いた阪本順治監督の話題作「闇の子供たち」が「タイの暗部を強調し、国のイメージを損なう」との主催者側の判断で上映中止になったことが19日、分かった。


 同作品は、日本の新聞記者と民間活動団体(NGO)で働く女性が、タイの貧困家庭の子供たちの人身売買や売買春、臓器移植の現実に直面し、子供たちを救おうと奔走する内容。阪本監督が梁石日氏の同名小説を映画化し、日本では8月から公開されている。

 主催者側によると、最近になって同作品を見た主催者のタイ国政府観光庁関係者が「観光地タイをアピールする映画祭にふさわしくない」と判断したという。

 阪本監督は事務所を通じ「現地に行って事情を確認したい」とコメントした。

(2008年9月20日10時15分 読売新聞)

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■「タイの暗部を強調し、国のイメージを損なう」というが、「暗部」があるのに えがかないのは、前述したとおり、過度の一般化の典型だろう。■第一、自国の観光地アピールのために映画祭をひらくってのは、あまりに商業的ではないか?

■わかれめは、タイがわに救済目的のNGOなどはないのか? 日本人の買春客たち、臓器移植目的で当然のようにのりこんでくる日本人患者たちの描写が併記されているかどうか? あたりだろう。■もし、性的・医学的な搾取者としての日本人がえがかれないのなら、たしかに一方的だろうし、タイがわの活動があるのに、それにふれないのなら、それも差別的だろう。

■つまりは、タイ政府当局の問題抑圧の問題性と、現地住民への差別意識の助長問題(買春するがわの同胞をとめられない体制・性規範に対する市民・国家の責任という、民度が「せなかあわせ」だが)とを、双方に着目すべきだろう。■ハラナ個人は、とても 映画館にいっている状況ではないので、ご覧になったかたの感想・意見がききたい。巨大掲示板あたりでは、こういった つっこんだ論点にまで、ふみこんだ議論がもりあがっているんだろうか?





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コメント

『DAYS JAPAN』より

『DAYS JAPAN』(9月号)に「結婚させられる少女たち」という特集記事をかいた、はせがわ=まりこ氏の所属するNGOです。

「ラリグラス・ジャパン」
http://www.laligurans.org/

あと、同誌10月号には「この地球の子どもたち」という特集があります。

感想とかではありませんが

原作は読んでいません。映画を見たのも2ヶ月近く前のことなので、記憶違いもあるかもしれませんが、書き込みます。

(1) わかれめは、タイがわに救済目的のNGOなどはないのか?

宮崎あおいが演じる「恵子」が働いているのはタイのNGOです。そのNGOのタイ人職員たちは恵子以上に熱心に活動し、命を落とすものもいます。

(2)日本人の買春客たち、臓器移植目的で当然のようにのりこんでくる日本人患者たちの描写が併記されているかどうか?

そういった描写はあります。
江口洋介が演じる新聞記者自身が幼児性愛者であり、買春客であったことも描かれています。
自分の子どもを救うために、タイ人の子どもの心臓を買う日本人の親を佐藤浩市と鈴木砂羽が演じています。


ありがとうございました

偽ウチナンチューさま

■問題となったのは、原作ではなくて、映画の方ですので、これで疑問は氷解いたしました。
■そうしますと、やはり問題なのは映画ではなくて、観光にさしつかえるといった、ある意味しょーもない理由をもちだしたタイ政府ということになりますね。■もともと梁石日(ヤン・ソギル)さんや阪本順治監督が、不用意な設定にするとは、おもえませんでしたが。

小児性愛ネタ

『論座』(朝日新聞社・2008年6月号)の144~155ページのほか、小児性愛を真面目にとりあげているページもありますが(http://d.hatena.ne.jp/rossmann/20080312/1205307444)、「プリズン・ブレイク」(http://cinematoday.jp/page/N0013228)という映画にあるように、小児性愛はまだ凶悪犯というイメージと同義であるようにあつかわれているように感じます(小児と性交渉する権利を成人にみとめるべきではない、という前提自体がどれほど妥当であっても、かたよったイメージだと感じます)。

性愛の指向性

■「●●はヘンタイだ」という きめつけの大半が 宗教的なタブー意識にすぎず、合理的根拠があるかどうか あやしいことは、もちろんです。■典型的な例でいえば、旧約聖書などが禁じたタブー(オナニスムや中絶、同性愛)などが、普遍的に禁止されるべき行為なのかは、微妙以上のものでしょう。■合州国のキリスト教原理主義者(ブッシュ政権などの支持基盤)などは、おおまじめに普遍的真理だと信じているようですが、たとえば、オナニスムが ひとまえでの行為であったばあいに、公然わいせつ罪にあたるとかはともかく、秘密の個人的行為として周囲にかくされていても、おぞましい現象なのだ、などといった価値観は、もはや時代錯誤でしょう。■いや、オナニスムについては、社会学者・歴史学者などが、近代日本でも有害論が熱心に信じられていた時代があったことを立証していますが、それが生殖行為と無縁だから禁じられて当然だとか、精神的に害をあたえるなんて信念がトンデモであることは、もはや はっきりしています。
■つまりは、ひとに迷惑にならず、あきらかな自損行為でないかぎり、それを禁ずる合理的根拠などなく、現に現代日本にはそれを禁ずる刑事罰規定が存在しないと。■もっともっと悪質で、きもちわるい犯罪行為が、会社組織など、社会学的密室内部で大量にくりかえされている現実への着目をそらそうとしているんじゃないかと、かんぐってしまいます。■現に半世紀まえ、社会学者たちは、バイブル・ベルト(キリスト教原理主義者の集住地帯)と、ブラック・ベルト(アフリカ系住民の集住地帯にして、同時にアフリカ系差別の激烈な地域)が、奇妙に一致しているという、逆説的地理学的知見をえていました。神の愛の前の平等をとくはずの厳格な信者たちが、どうも同時に強烈な差別主義者とかんがえないと、つじつまがあわないと。■社会学者たちがかんがえた仮説は、こうでした。キリスト教原理主義者は、ユダヤのパリサイ人たちと同様、戒律を厳格にまもろうとするが、まもっている立派な自分たちという自己満足・自己欺瞞によっぱらっているだけで、イエスのおしえとは正反対の集団らしいと。■たしかにこの解釈は、現実のあらわれようと整合性があります。かれらは「われわれ」意識をもてる対象には、「神の愛」を共有できるけど、「やつら」に対しては、動物虐待などと同質の暴力性を平然と、あるいは激烈に発揮できる層なのだと。


■さて、ようやく本題ですが、「小児性愛」という現象は、たとえば「ロリータ・コンプレクス」以上にタブーになりやすいでしょう。なぜなら、後者ですでに、世代間の禁じられた性愛というタブー意識を侵犯しているのに、それに輪をかけて、年齢差・世代差があきらかだからです。■生殖行為から もっともへだたり、もっとも純粋に欲望のための欲望であることがはっきりしており、さらには、関係性として優劣があきらかな二者間で、圧倒的に有為なたちばの年長男性が無力な幼児(女児・男児)を手段化しているのですから。■実際、買春とか実写画像の愛好者たちは、性暴力の実行者・共犯者として、レイプ犯に準じた処罰をうけて当然だとおもいます。■もし、死刑制度存続が自明視される空間なら、バランスをとるためにも、これら性暴力加担者には生殖器の切除手術という刑罰をあたえるべきでしょう。かたや、死刑を要求するひとびとが、この提案にのらないとしたら、二重の基準だとおもいます。性規範の順風美俗とやらを喧伝するみなさんであれば、買春一般はもちろん、これら性犯罪にも厳罰をもってあたらないと。
■しかし、これが仮想空間での画像とかモジ媒体による作品の愛好ということで、マニアックに発散されるのであれば、それら性愛は、非難すべき現象ではないでしょう。■そういった性的指向をもたない層からは「ヘンタイ」そのものにしかうつらないにしても、それが、通常のオナニスムと連続性をもつことがあきらかである以上、それを「ヘンタイ」視して差別するのは、人権侵害でしょう。■実践および、それを前提とした実写画像なのかどうか、これが決定的な差異だとおもいます。

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