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ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

前ブログ: 『タカマサのきまぐれ時評

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自転車と安全 歩道歩行は一方通行に(津田美知子)=自転車の「とおりみち」10

■旧ブログからつづく、自転車の「とおりみち」シリーズ。前回「「北京と東京 自転車で走り比べると…」(加藤徹)=自転車の「とおりみち」9」のつづきとは、いいがたいので、一番ちかいのは、名古屋市が関連した「自転車道、造り方を指南 事故減狙い警察庁・国交省(朝日)=自転車の「とおりみち」6」かな。
■「生活環境デザイン室」主宰、津田美知子氏の2週間ほどまえの論評(『朝日新聞』2008/09/04 首都圏版「オピニオン」面=「私の視点」ワイド)。


 自動車とトラム路面電車)に車道を明け渡すかのような形でクルマ社会との決別の姿勢をみせるアムステルダムなどの都市に魅せられ、3年間にわたり欧州での調査を進めてきた。そして、日本でもようやく本格的な自転車道整備の時代の到来かと、名古屋市の中心市街地の国道で行われていた工事に注目していた。
 車線を削減して自転車や駐輪場を設けるという大掛かりな工事である。しかし、自転車道と思われたものあ、バス停ばかりでなく、交差点の歩行者が信号待ちする場所の手前でも途切れ、歩道と合体する。自転車と歩行者の接触事故急増対策として、自転車の通行部分を歩行者と分離するのがねらいのはずであるが、歩行者と自転車の動線が最も複雑に交錯する肝心の部分で分離を放棄している。
 ジグザク運転を強いるこの非効率性は、自転車通勤者に受け入れられるものではない。実際、車道通行も多いが、大多数は直線性が確保される歩道通行である。
 巨費を投じ、街路樹をなくしてまで実施したこの整備は、正規の自転車道整備に十分な条件があったにもかかわらず、事実上は従来型の「カラー分離」にすぎなかった。舗装の色を変えて歩道上に自転車の通行部分を設ける手法を私はこのように呼んでいるが、歩行者や自転車が多く通行する区域では何ら実効は認められない。この種のまやかしの事業の費用対効果が厳しく問われるべきであろう。
 いましばらく、自転車の車道通行を継続せざるをえないとすれば、自転車の「歩道通行可」のよりどころである「歩行者優先」という普遍的なルールの徹底こそ尽力すべきである。
 同時に、せめてもの措置として、黙認されている自転車の双方向通行を禁止し、車道の左側の歩道を自動車と同じ方向にだけ走る一方通行にすべきではないか。
 歩道上ですれちがう2台の自転車に挟まれた高齢者を見るにつけ、野蛮な事態であると思う。また、自転車の交通事故は交差店内で多く発生しているが、左右の歩道からスピードを出して交差点を通過する自転車は、右左折ドライバーにとって認知しにくいなど、歩道の双方向通行は自転車が加害者とも被害者ともなりやすい状況を増幅させているのではないか。
 日本はすでに、先進国中トップクラスの自転車利用国である。やはり、できるだけ早期に、欧州の常識であり日本でも原則とされている車道通行に移行すべきである。まず、警察官や駐車監視員が率先して車道通行を実践し、クルマの意識改革にも尽くしていただきたい。
 同時に、車道において自転車の通行部分を創出し、カラー塗布などの簡便な方策を幅広く展開していただきたい。ただし、このような正常化は、自転車の一方通行化というプロセスなくしては実効性は期待できない。
 歩行者、とりわけ高齢者が犠牲となる事故が、欧州に比べて異常に多い我が国の失策は、増長しがちなクルマや自転車の問題を直視することなく、対症療法でしのいできたことにある。
 自転車とクルマが対等な関係を築き、ともに歩行者を最優先として振る舞う欧州には「道路交通文化」が根付いている。そこに近づく道は、なおざりにしてきた秩序を整え直すことのほかには考えられない。すでに「待ったなし」であり、クルマ離れが報じられる今こそ好機ではないか。

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■正論だとはおもうし、こういった論調を、乱暴に「欧州崇拝」ときめつけてしまうのは、まちがいだと感じるんだが、それこそ、実効性のうすい提言ではないか?

■シリーズで何度かふれてきたとおり、問題の核心は、

 (1) 車道が、歩行者横断を原則禁止(「横断歩道以外は よこぎるな」という、横暴だが現実的ではある原則)にしていることで、「自動車専用道」であるというドライバーたちの意識を再生産していること、
 (2) 現実的に、かなりの運転技術と速度水準を維持できる自転車のり以外、車道通行する気には到底なれない道路事情が支配的であること、
 (3) 自転車のりの大半は、自分たちが道路交通法上の車両に区分され、対歩行者という関係性において、つねに潜在的加害者であり、法的には業務上過失致死傷罪等にとわれる主体であるという自覚がないこと、
 (4) 「歩行者がいない場合「安全な速度と方法で」通行できるが、歩行者がいる場合に徐行と一時停止の義務を負う」なんて、規則を、しらされていないこと。
 (5) 実際問題、自転車のりのほとんどは、自損以外、自転車事故を目撃したことがなく、交通事故における被害者・加害者という意識が もちづらいこと(「自転車対歩行者の事故は1995年の563件から2005年の2576件と、10年間で約4.6倍に急増している」などと、警察官僚が作文であおったところで、自動車事故とケタちがいに少数であることが、うきぼりになるだけだ)、

などがあげられるだろう。

●ウィキペディア「自転車歩行者道
●ウィキペディア「歩道
●ウィキペディア「日本の自転車 通行空間
●ウィキペディア「日本の自転車 「暴走自転車」
●ウィキペディア「道路交通法 主な改正


■要するに、自分たちが交通事故の潜在的被害者であるという自覚は車道内でもてるが、そこから歩道に「避難」したとたん、わすれる。しかも、そこで交通事故の潜在的加害者であるという自覚は すりこまれておらず、それこそ、自分が被害者的たちばを経験しないかぎり、自覚はめざめないのだ。■「自分たちが加害者になることなんて、ありえない」と、タカくくっているんだから、「「歩行者優先」という普遍的なルールの徹底」なんて、リキんだキャンペーンをくんだところで、およそ実効性がないとおもう。■もともと、警察官が いじわるな視線で歩道という歩道を監視するといった、物騒な状況でもおきないかぎり、「歩行者がいない場合「安全な速度と方法で」通行できるが、歩行者がいる場合に徐行と一時停止の義務を負う」なんて、規則がまもられるはずがない。■したがって、自転車の歩道での一方通行化という正論は、自転車を運転免許制にするとか、ものすごい重税をかけて高級品化して、一部の人間しかのれないようにするとか、小中高校などの正課必修科目として、道路交通法上の自転車の位置づけを徹底するとか、なにか、かなり強引な制度改編をしないかぎり、実効性0だとおもう(現行の「自転車免許証」制度は、自治体の警察官僚の自己満足におわっている)。


■もともと、お役人の計画上、車道から分離された自転車走行空間の9わり以上が「自転車歩行者道」(つまり、歩行者と「雑居」しろということ)であり、全国の歩道の半分ちかくが そうなっているということが、なにを意味するのか? ■都市部の幹線道路で、車道の交通量がおおいところは、歩道もそこそこ整備され、それらはほとんど自転車歩行者道と位置づけられ、そうでない道路では、自転車のりがしばしばこわいめにあいながら、車道をはしらされている。つまり、道路整備されていないところほど、道路交通法上の原則にちかく、整備されているところの大半は、無自覚な「暴走自転車」が放置されているという、ことだ。
■結局のところ、弱者優先が原則の道路交通法の趣旨を完全にわすれきったドライバーたちが、「この自転車、チョロチョロあぶなっかしいな。はやく歩道にのれよ」などと 迷惑がるといった心理が、抑圧委譲され、「この歩行者、ヨロヨロあぶなっかしいな。ジャマだから、わきよけろよ」といった野蛮な心理を再生産させている。■これら野蛮な心理をどうけしさるのか? それを、ヨーロッパの自転車文化のなかから ぬすみとることは、最低限必要だろう。そのうえで、それがこの列島に定着するかどうかの吟味が必要だ。■もしムリなら、自転車専用道を全国的に整備し、歩道を原則通行禁止にするほかなかろう。ただ、それをやっても、交差点での自動車・歩行者との接触事故をどうふせぐかは、重大な課題としてのこるだろう。■それと、全国に自転車道を確保するってことは、車道がせまくなるってことで、それによる交通渋滞が問題化しそうだ。こういったことをみこして、警察官僚や自動車業界がジャマしそうだ。カネをだしたくない財務官僚とかもね。
■いや、もちろん、自転車専用道を確保しても渋滞がおきないぐらいの交通量におさまることが、のぞましいんだが、大都市部以外、クルマ依存社会が急速にかわるとは到底おもえない。■もともと、自動車利用者たちは、自動車購入や保険・税金・維持費などで、多額の経済的負担をかかえており、「道路をつかうのは、自分たちの権利」とかんがえているだろう。こういった「権利意識」を否定するのは、むずかしい。自転車が車道をはしるとか、自転車道に圧迫されるかたちで、車道がせまくなるといったら、その反発はおおきいだろう。■そして、さきあげたとおり、交通政策をになう警察官僚や、自動車業界の利害もあって、歩行者や自転車が優先される社会がうまれるとは到底おもえない。で、あるかぎりは、「正論」をいくらといても、実効性はあやしそうだ。
■結局のところ、小中学校で、「自転車は歩道をはしらせていただいているのです。はやくはしれなくて、イライラするようなヒトは、あしをきたえて車道をはしること」という、ごくごく あたりまえのマナーを おしえこむ体制をくむのが、もっとも てがるで、やすあがりな気がする。
■それと、路面電車など、公共交通機関の増強だね。いったん、クルマ依存社会になると、もどすのはタイヘンだけど、すくなくとも、県庁所在地周辺から はじめるべきじゃないか?

■ちなみに、こういった野蛮をきらう、マナーの次元が機能するなら、歩道での「カラー分離」だって機能するはずだ。逆にいえば、こんなマナーが機能するとはおもえない以上、車道の「カラー塗布」だって、歩道の「カラー分離」同様、機能しないとおもう。■ドライバーたちが、自転車用にひかれた白線のそとに、よく駐停車して、自転車を排除しているじゃない。ガードレールとかで物理的に分離せずに、塗料で路面をぬっただけなんて、ドライバーを規制するちからなんて、ないとおもう。


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コメント

『Yahoo!知恵袋』から

「歩行者は進路方向を変える時に後ろから自転車が来るのを確認しないとおかしいです...」(http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1213886237?fr=rcmd_chie_detail

chihaya77iさん

急に方向変えたり立ち止まったりって、自転車じゃなくても後ろを歩いている人間にとっては迷惑ですよ。
ちょっと自分が気をつけて後ろを確認するだけで、痛い思いも嫌な思いもせずにすむと思いますが。


 ↑ こんな「自己責任」論が、かきこまれる点で、歩道上が いかに危険かわかる。ちなみに、聴覚障碍者のみなさんは、せまい歩道のばあい、うしろを気にしながら あるくんだそうだ。旧ブログ「自転車のベルの存在理由は?=自転車の「とおりみち」3」(http://tactac.blog.drecom.jp/archive/777)などでもとりあげたとおり、自転車利用者には、歩行者をせかす法的権利などないのだが、「そこのけ、そこのけ」の意識が ぬぐいさられないままでいる現状がある。とても危険だ。歩道自体がせまいし、自転車利用者は道路交通法なんてしらずに運転しつづけているし。


「自転車乗りは二度ベルを鳴らす」

「ブリジストンサイクル㈱お客様相談室」(あえて担当者氏名は伏せましょう)に聞いてみたら「自転車文化センター、警察道交法、JIS規格等でベル設置のない自転車は販売出来ない」との返事」(「自転車乗りは二度ベルを鳴らす」http://ykkblog01.blog105.fc2.com/blog-entry-6.html#comment

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