プロフィール

ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

前ブログ: 『タカマサのきまぐれ時評

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「70歳以上」2000万人突破(読売ほか)

■ひさしぶりに、9月15日にもどった「敬老の日」のせいか、やたらと、高齢化列島日本、といった記事がめだつ。

「70歳以上」2000万人突破
人口の15.8%に

70歳以上の人口の推移
 総務省が15日の「敬老の日」を前にまとめた統計によると、日本の70歳以上の人口は2017万人(9月15日現在の推計)となり、初めて2000万人を突破した。男性820万人、女性1197万人で、前年比57万人増となっており、総人口(1億2771万人)の15・8%を占めた。

 総務省によると、65歳以上の高齢者人口は2819万人(男性1203万人、女性1616万人)となり、総人口に対する割合は22・1%に達した。前年比76万人増で、人数、割合ともに過去最高だった。

 75歳以上の後期高齢者は、前年比53万人増の1321万人(男性498万人、女性823万人)で総人口の10・3%。80歳以上は前年比38万人増の751万人(男性251万人、女性500万人)となり、総人口の5・9%を占めた。

 一方、0~14歳は1718万人で総人口の13・5%にとどまった。

(2008年9月15日 読売新聞)

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■単純な算術的概観をのべるなら、70歳以上という、いわゆる高齢者が6人のひとり弱、65歳以上なら9人中 ふたり程度、75歳以上でも1わり、80歳以上も6%程度と。65歳以上まで しきりをさげれば、これは、全然少数派ではない。経済+ケア活動(生産+サービス)の中核をしめない人口が、ぶあつい層をなしていると。■それに対して、これから労働力人口になるかもしれない次世代は、8人にひとりぐらいで、かなりうすい。限界集落などの過疎地でなくても、児童生徒と乳幼児は少数派になりつつある。

■しかし、こういった記事が 必然的に含意するものは、「少子高齢化で、ますます、アタマでっかちになり、若年世代=労働年齢に過重な負担となる」というイメージしかない。■ながした新聞各社は、そういった「非敬老」的な政治性を自覚してうったんだろうか?
■ ひょっとして、これは、(1)「だから、(労働力人口世代への)増税しかない」か、(2)「だから、(高齢者層に対する)福祉予算圧縮しかない」の、二者択一、(3)あるいは、両者の「内分」という妥協点という、どれかしか選択肢がありえないという、「きびしい現実」をつきつけるための、冷酷なイヤミだろうか?

■しかし、一部の能力・人脈などをもつ例外的高齢者以外が、わかもの世代と「交代」する「新陳代謝」は当然だし、個人差を考慮して柔軟に対応することはもちろんとしても、世代分業におけるムリ・ムダ・ムラ問題が深刻化しない、「適材適所」原則が基本だろう。

■問題は、「はたらかざるもの、くうべからず」式の強迫観念が、自他双方に対するきびしい監視網として、しばりあう構造ができあがっていること。■「いいとしをしたオトコが…」とか、「主婦なら当然…」とか、「学生の本分は…」式の規範イメージはもちろん、「敬老精神」だって、「過去に社会に貢献したのだから」といった感じで、病気や障碍、差別などによって、自分の能力を発揮するや社会貢献を実質的にはたせない層のことを、例外的少数であるとか、「ごくツブシ」のように黙殺する労働倫理が、やっかみ/ルサンチマンとして、はびこっていること。■こんな価値観が支配的だからこそ、「パラリンピックの選手をはじめとして、障碍者も懸命にいきているのだから…」といった、奇妙な美化をともなって、「だから、健康な心身をあてがわれた自分はしあわせなのだから、社会貢献しないと…」式の、こまった労働倫理に暴走しがちになるし、さまざまな理由で「がんばれない」層を、「ごくツブシ」として やっかいものあつかい=差別・排除する ふんいきが はびこる。ニート差別・ホームレス差別はもちろん、フリーター差別・派遣差別・外国人差別といった搾取の合理化もふくめて、「かせげて、つかえるヤツは エラい」という、人生の質をとわずに量的に比較する拝金主義が自明視される。

■こんなかたちで、「まともにかせげず、あまりつかえないヤツは、社会のお荷物」式の拝金哲学がまかりとおるかぎり、経済的弱者となったものは、老若男女 無差別に、蔑視ないし排除が合理化される。■そして、フリーターにしろ、「未来があるかもしれない わかもの」ではない層にとっては、「少子高齢化社会だ、タイヘンだ」式のキャンペーンは、はりのむしろであり、不安・絶望しか、うまないだろう。■だって、自分たちひとりひとりの老後を経済的にささえてくれるはずの、わかものの「時間単価」がどんどんつりあがっていき、それはとりもなおさず、自分たち高齢者のケアの「時間単価」がどんどんきりさげられているということだから。

■結局、太陽エネルギーの循環の範囲内ことしか「補充」される資源はなく、それに依存した生態系と、それに依存した人材しかうみだすことはできない。そして、「3-4人のコドモをそだてあげるのはごく普通」という人生設計がマレになったご時勢が数十年つづいたこの列島で、少子化をいまさら さわぎたて、「対策」なるものをひねりだそうにも、「やけいしにみず」なのだ。教育費をふくめた育児コストを急速に圧縮することは事実上できない。■「ないそでは、ふれない」。


■もちろん、この冷厳な現実は、(1)「だから、(労働力人口世代への)増税しかない」か、(2)「だから、(高齢者層に対する)福祉予算圧縮しかない」の、二者択一、(3)あるいは、両者の「内分」という妥協点という、どれかしか選択肢がありえないといった、経済学者がいいそうな結論に直結するわけではない。■それこそ、世代分業におけるムリ・ムダ・ムラ問題が深刻化しない、「適材適所」原則が機能するようなシステムづくり、大量生産・大量消費・大量廃棄が当然であるかのような、「好景気」を前提にした経済体制でない経済循環への移行ができれば、破綻はこないはずなのだ。■いいかえれば、史上最高の売上高・利潤・配当・時価総額などを追求しつづけるためのムリ・ムダ・ムラの追求ではなく、少量生産・少量消費・少量廃棄が当然であるかのようなシステムによって、GDPといった量的次元で把握できない実質経済が「実業」として機能すればいいのだ。

■ところが、世の中の現状は、「最高の売上高・利潤・配当・時価総額などを追求しつづけるためのムリ・ムダ・ムラの追求」だったり、巨大なムリ・ムダ・ムラを実質的に放置したまま、行政改革のなのもとに、「ムダの削減」といって、さまざまな蛮行がまかりとおっている。■戦闘機、原発、多目的ダムスーパー林道農業空港ヒモつきODA外郭団体、…等々、巨額のムダが「聖域」化され、ときに、アフガニスタンのような危険な地域にNGOスタッフをおくれるようなユトリなどない、といった暴論さえ もちだされる(「優先順位/存在証明/自己実現/自己満足7(海外NGOの優先順位)=「ムダ」とはなにか30」)。数人の難病児童をすくえと、感傷的な募金活動がもりあがり、ひとりあたり1億円前後といった巨額の資金があつまる一方、国内外の こまごまとはしているが、深刻な問題が無視・放置されていく(優先順位/存在証明/自己実現/自己満足2)。■こういった、ひとびとの関心のムラが巨大なマダラ模様のまま放置され、赤字財政問題の一環として老人対策が論じられる、さむざむとした構図は、やはり異様だ。
■このままだと、「節税」「脱税」をくりかえして蓄財し、国外などに資金をあつめて、老後の脱出をこころみる層がどんどんふえそうだ。■自分たちは、大衆社会から寄生虫のように利益をすいあげながら、公共的な関心はなく、社会貢献といえば、ぜいたく品をかいそろえる程度のことしかしないといった やからの横行だね。■その意味では、「経費」といった、「節税」制度を全廃するとか、会社組織や政治団体といったかたちでの実質的な遺産相続をゆるさないなど、抜本的な対策が必要におもえる。

■40-50代「イスとりゲームかちぐみ層」による、わかもの差別+高齢者差別をふくめた、労働/年齢問題については、以下。■障害学的にも重要な指摘。
  ↓

●「「働こうと思えば働ける」という制度的環境整備と、「働かなくても蔑視されない」という規範的環境整備
●「年齢差別 ――アメリカと日本



●旧ブログ「「ニート」って言うな」関連記事
●旧ブログ「「ムダ」とはなにか」シリーズ
●ブログ内「「ムダ」とはなにか」関連記事
●シリーズ「優先順位/存在証明/自己実現/自己満足
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