プロフィール

ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

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『自分の小さな「箱」から脱出する方法』6

■前回までで、まとめはもちろん、補足さえもおわったとおもったのだが、別の角度からの まとめと補足をする気になったので、メモしておく。


■本書は、「●●した方がいい」という直感=「目的」にそった「善意」を基盤(=基点)にしている以上、その人間観は、いわゆる「性善説」に位置するといえるだろう。それも、その始祖たる孟子が、ある種 理想主義としてといた「四端」のうち「惻隠」という本性(「」という徳の基盤)を、ある意味、かなりの程度経験主義的な実体論として展開しているわけだ。■殺気だった戦国時代に理想主義もなかろうと、冷笑されながらも、無秩序な野蛮におちいることをいましめるしかなかった理念主義者としての、孟子とはちがい、本書の執筆スタッフたちは、本書をひもとこうとするような、向上心のある層には、当然、こういった心情が実在するだろうと想定する。■そして、実際、こういった想定は非現実的とはいえないとおもう。■実際のところ、自分がうまくいかないことを全部責任転嫁してしまえるような、不安がカケラもないような厚顔無恥で自己中心的な独善主義者が、「小さな『箱』」なんてものに とじこもっている自己像をイメージしたりしないから(笑)。
■だからこそ、筆者たちは 自信をもって、「●●した方がいい」という最初の直感を、邪念によって、みうしなうな、と、とくわけだ。その 最初のちいさな自己欺瞞が、自己正当化と責任転嫁という、はじしらずで、ルサンチマン さかうらみなど防衛機制にみちた悪循環の「地獄へのみち」の第一歩になると、さとすわけだ。 ■そして、「箱の中」の他者を なじるな。それは、自分が「箱の中」であることを固定化する、まさに悪循環への常道であり、実際問題、ロクな結末をむかえない。なぜなら、そういった 自己省察を不能にした態度自体が、冷静さ・公平さをうしなわせ、無限の「ドロぬま」ループに ハマる行為だからだ。■かりに、対話不能にせよ、ハラだちまぎれ、ないし悪意をもって攻撃をくわえれば、「敵」は、みずからの攻撃を正当防衛と合理化してしまうだろうし。
■だから、本書は、「情けは人の為ならず」*という、人生訓を、精確に微細な構造まで描写・解説したものといえるだろう。■社会心理学とか進化生物学とかの周辺では、数理的なゲーム論を駆使することによって、無慈悲な攻防をくりかえすとおもわれがちな自然界や、現代社会の市場原理などでも、以外にタカ派的な行為者同士の消耗戦ではなくて、ハト派的=融和系行動パターンが秩序を形成するらしいと、といているようだ。■一見、「零和競争」的に、すこしでも よわみをみせたら まけ…式にみえる自然界・人間界も、協調的融和が秩序をかたちづくっているなら、会社など、ゲゼルシャフト(Gesellschaft=共通目的をもった利害結社)は、あしをひっぱりあったりしないですむなら、その方がずっといいわけで、より不毛な消耗がすくない秩序がつくれるはずだよね。

* この ことわざが「あいてのために ならないから、無用な情けはかけるべきでない」と解釈されるにいたった原因については、「現代語が普及して古語の意味が国民の意識から次第に薄れつつあり、その上に現代語での解釈と、現代的な価値観を合わせてしまった事がある」(ウィキペディア「情けは人の為ならず」)だとか、「福祉国家の理念が破綻し、新自由主義が台頭するという時代の流れを反映したもの」(「情けは人のためならず」『永井俊哉ドットコム』)などといった、トンデモな解釈があるが、単に「ひとのため」の「ひと」が「他人」から「相手」と、文脈を誤解させる、したったらずな表現だったということだろう。文語文法がどうとか、新自由主義がどうとかは、時代背景や ことわざの表現そのものを、すなおによめば、すぐわかるはず。



■ちなみに、前回、誘導ミサイルのように悪意をもって妨害しようとする敵がいようと、大局観をもって つぎの局面をシミュレーションできるなら、リスクを最小限におさえるかたちで 危機回避できるだろうと、ラグビー選手の例をあげたが、これが障碍者ほか 弱者にとって、もっとも不得意な行動パターンであることは、いうまでもない。■だから、本書の禁欲的態度が暗黙のうちに含意している「言外の意味」、一見すぐには きづかない カラクリにある 想像以上の射程を、過度に強調することは、よろしくない。■むしろ、「ふりこめ詐欺」など、シミュレーションが不得手な弱者(障碍者/高齢者/幼児をふくめた未成年者…)には、以上のような構図にあるリスク要因を回避できるよう、周囲の支援が必要だということになる。
■たとえば、「空気(文脈)」把握が不得手な層がいるばあい、それが「箱の中」状態に非常ににた位置づけをうけやすいこと、周囲の「箱の中」人物と悪循環構造にハマりやすいこと、当人たちの注意力不足や性格といったものを なじったりしたところで、それこそ生産的でないこと、などを、周囲の支援責任層が、ふまえていないとまずかろうと。

【また後日、補足をかくかもしれない】

●シリーズ『自分の小さな「箱」から脱出する方法』
        
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