プロフィール

ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

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『自分の小さな「箱」から脱出する方法』(アービンジャー・インスティチュート)4

前回 最後にふれた点、「箱の中」モデルが「万能薬」ではなくて、「たがいが共通の改善方向をもっている」という状況に限定していることは、おそらく 筆者たちも想像していない水準までの、ひろい射程をかかえていることを含意している。

■たとえば、「敵」とか「共依存的ライバル」には解放理論として無効だということは、逆にいえば、たがいが「箱の中」状態にとどまりたがっている状況は、当人たちがかくしている、あるいは無自覚な、別の目的を暗示するということだ。■共依存関係の人物たちが、状況の改善を実はのぞんでおらず、むしろ「依存」関係の維持をのぞんでいるように、ジョージ・オーウェル1984年』で対峙する3超大国、オセアニア/ユーラシア/イースタシアの首脳部は、とても平和などのぞんでるようにみえない。たとえば、「平和省(The Ministry of Peace、ニュースピークではMinipax)…軍を統括する。オセアニアの平和のために半永久的に戦争を継続している」といった、グロテスクだが、現実の「にすがた」というほかない、皮肉な表現が象徴するように。

■フィクションではなく、現実の一例をあげるなら、ホンネ・無意識のレベルでは本気で「和平」なんてほしがっていない、イスラエル/パレスチナ双方の強硬派同士には、この「箱の中/外」モデルは、あてはまらない。「(ここでは/あいてには)~した方がよさそうだ」という直感は、あくまで、双方(あるいは組織全体)にとって、共通の「改善目標」が必要となる。しかし、イスラエル/パレスチナ双方の強硬派同士には、ホントは共通の目標なんて存在していない。かれらは、「すこしでもハト派的にでたら、やられる。強硬にたたくのみ」という持論によって、対立をあおり、そのことで発生する諸問題がなくならない体制に依存している連中だからだ(ウィキペディア「パレスチナ問題」)。 ■シリーズでのべたとおり、これらの構図は、「箱の中」にたがいがとどまりつづけるという 共依存的ディスコミュニケーション体制という典型例だ。■いいかえれば、「箱の中」モデルは、分析手段としては有効だが、解放理論には全然ならない。きわめて実践的な解放理論=現実主義的に開発されたがゆえに、皮肉なかたちで、「事態を改善したくないひとびと」を、うきぼりにしているわけだ。

■こうした自覚化(視覚化)は、ある種、「虚無的」な無力感をよびおこすかもしれない。現実感覚にねざした適度な失望にとどまらず、いたずらに失望することで。■しかし、こうした自覚化=視覚化は、きくヒトを元気にはしないかもしれないが、最低でも、欺瞞・不毛な偽善を明確化=意識化することをせまる。いいかえれば、楽観論の限界が明確になるということ(=不毛な期待をかけないですむ、みきわめがつく)であり、不必要なリスク・絶望を回避することが、期待できる。たとえば、「改善」をうそぶく人物・組織が、実は、ホンネで正反対のことをねがっている(あるいは、その自覚がない)という、皮肉なグロテスクさの把握は、議論や運動を冷静にすすめる素材になるだろう。

■本書は、登場人物に、あいてが 「箱の中」にとどまっているからといって、それをなじるな、という。これは、すでにのべたとおり、一見にたもの同士の「自分がかわれ」という、現状肯定をかくした処世訓・規範ではない。■あいての視野・思考のせまさ(「箱の中」状態)を、なじる自分は、確実に「箱の中」にひきこもるのであって、それは、本来の「事態の改善・打開」という本旨からはずれ、事態を悪化させるだけだから、もっと冷静に大所高所からモニタリングしようという指摘である。
■うえでみてきたとおり、「事態を改善したくないひとびと」は、なかば無自覚に(あるいは、自覚的に戦略として)、「箱の中」をえらんでいる。だから、かれらを「改心」させるなどいった努力は不毛だし、もともと、「自体の改善・打開」という目的を共有しえないのだから、原理的にまちがっているのだ。■しかし、だからといって、自分も反作用で「箱の中」にとじこもる選択は、アホだと、明確になった。あいてが、ほぼ絶望的にかわれない(かわれない防衛機制をかかえこんでいる)という現実的な把握は、「では、うてる手はなにか?」「現実的に、自派・全体社会にとって有益な改善策はどこのあるか?」という、不毛でない思考が可能になる。このモニタリング過程は、実に有益だ。

■つまり、「みんなでよくしよう」、という解放理論が無効な領域が明確化されたということは、「かわりようのない要素」を、やけになって攻撃するとか、ただ しかたなく放置するのでは、もちろんない。むしろ 一歩すすんで、たとえばラグビーの優秀な選手のように、敵のうごきを高度にシミュレーションして はずすしかない、といった、現実的な認識をもたらす。
■本書は、かえたいあいてを「障害物」とみなすかぎり、「箱の中」にとじこもっていると指摘し、かえたないなら、「障害物」ではなく、一個の人格として尊重せよと指摘した。■だが、「箱の中」にとどまる敵は、「障害物」どころではなく、誘導ミサイルのように、こちらに有害な事態をもたらそうと、悪意をもってせまってくる。■これらのことを総合すると、(1)「共通の目的」をもった人物同士は、「箱の外」に双方がでられるよう、具体案をさぐるために、尊厳ある人格としての相互承認が必要となるが、(2)正反対に、「正反対の目的」をもった敵を自覚したばあい、具体案をさぐるためには、それこそ「障害物」とか、「悪魔」とかいった、不如意・不可解な存在として、やっかいがるのではなく、ラグビーの攻防の応酬のように、「敵の悪意」をシミュレーションして対策をたてて、危険回避すべきだ、という結論をもたらす。■重要なのは、これは、軍事大国やパレスチナ問題の当事者たちのような、「タカ派」路線の追認ではないということだ。「あいてが誘導ミサイルのように、こちらの進路を邪魔してこようともと、くふう次第では、危機回避(あいてを、たたきつぶすのではなく、かわすこと)可能ではないか?」という、現実的な思考にたてるということだ。


【つづく】
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コメント

少し興味が…

ここまで読んで、ちょっとこの本に興味がわいてきました。

当方は、人生かわりそうです(笑)

■まとめかたが うまくなくて、すみません。■ただ、ここまで ひっぱったのは、論点整理だけでなく、潜在的な含意・射程まで あきらかにしたかったからです。

■ともかく、だいじなことかいてあることは、たしか。まだ10万部うれていないというのは、真意がわかりづらいからでしょう。その意味では、わかる可能性のない読者が無用にかっていない点こそ、本書の価値を象徴しているかも。

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