プロフィール

ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

前ブログ: 『タカマサのきまぐれ時評

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

ブロとも申請フォーム

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『自分の小さな「箱」から脱出する方法』(アービンジャー・インスティチュート)3

■こういった論点整理だけすると、そこでのべられている主張=論理の骨子が、たとえば自己啓発セミナーだの、自己啓発書のたぐい、あるいは、もっと庶民的なものとして、 「朝起会(あさおきかい)」としてしられる「実践倫理宏正会」の主張などと、ほぼかさなるものを、みてとる ひとが おおかろう。■有名な『7つの習慣』は、〈幸せな結婚生活を送るために、配偶者の欠点を正そうとするのではなく、自分の欠点を取り除くように〉とくし、『人を動かす』も、〈人を動かす三原則〉のなかに〈批判も非難もしない。苦情もいわない〉と、他者をせめず 自分がかわることからしか、展望がひらけないことを主張しているし、実践倫理宏正会の「朝の誓」にも、
・今日一日 人の悪をいわず 己の善を語りません
・今日一日 気付いたことは 身がるに直ぐ行います
・今日一日 腹を立てず 不足の思いをいたしません

といったぐあいに、責任転嫁をいさめ、自分をかえることをさとす文言がはいっている。■既視感があるのは当然だろう。そうなのである。「それは、どこかできいたことがある」「むかしから、ことわざなどで、くりかえしかたられてきたことである」「そんなこと、みんなしっていて、リクツだけなら、ふまえている人物の方がおおいぐらいだ」「総論賛成、各論反対。いうは やすく、おこなうは かたし。の典型で、そんなことで人生がかわるぐらいなら、苦労しない。問題は、簡単そうにみえて、継続しづらい態度変容なのだから」…等々、いろいろでそうだ。
■あるいは、「実践倫理宏正会」のような、保守的な政治経済的利害を合理化し、大衆を制御するためのイデオロギーであるとか、「自己啓発セミナー」のように、マインドコントロールするための手段として、「総論賛成」するほかない論理をもちだしている、トリックの一種なのではないか?…といった、うがった疑念もでてくるだろう。
■たしかに、「責任転嫁するな。自分がかわれ」論は、主張するがわにとってローコストであり、それを実践できなかった人物(ききて)にむかって、意思のよわさなどを あげつらうことができるので、啓発行動の失敗のパターンまで整理されていて、「成功しなかったのは、自分がかわれなかった おまえのせい」という責任転嫁ができて、実につごうがよい(笑)。
■しかし、本書のとく論理は、そういった既存の自己啓発書、「啓発団体」のたぐいのような、ズルさとは、一線を画しているようにみえる。■もちろん、シリーズ第一回でのべたとおり、実践本や提供するセミナーへの広報になっていることは、わりびいてかんがある必要があるが、実際問題、この本を図書館でよむとか、大書店で「たちよみ」して、手法をぬすんでしまい、あとの類書やセミナーを無視することも可能だ。■もし、そういった読者が圧倒的多数なら、「薄利多売」の一種として、さしたる暴利でもなかろうとおもう。だから、いわゆる「自己啓発書」商法のたぐいとは、ちがうとおもう。
■なにより、啓発の論理と姿勢が、既存の「自己啓発書」ビジネスとは 異質な、純粋な社会貢献をめざしているように、よめるからだ。


■(1)まず、本書は、経済人として〈おまえだけ こっそり自己改造して、あいてを だしぬけ〉系の論理をかかえこんでいない。■あくまで、〈本来の目的をみうしなわないようにしよう〉、〈本来の目的にかなう行動とは正反対の日常にハマるという悪循環におちいっていないか、自己検証しよう〉、〈本来の目的にかなう行動とは正反対の日常とは、「周囲の悪条件」ではなくて、自己欺瞞によるバイアス・行動のかたよりが原因ではないか?〉、〈ひとの あしをひっぱること、ひとを過小評価すること、自己正当化する、といった、本来の目的にそぐわない 時間と精力の浪費をしていないか?〉…と、徐々に、読者の自己省察をふかめさせる。■〈自分のおちど=自己欺瞞を ヒトのせいにして、あまっさえ、自己欺瞞の正当化作業で時間・精力を浪費する おおバカものが、公私にメリハリのついた集中とリラックスなど、やってこない〉という、いわれてみれば、あたりまえの事実をうけいれるよう、本書はさとす。

■(2)また、本書は、さきにものべたとおり、速読・速解できる読者のばあい、本書をたちよみするだけで、本旨がつかめてしまう可能性がある。■ましてや、背後に用意されているだろう、検証カウンセリングサービス、研修サービスのたぐいが不要な層は、相当数にあるはずだ。■みずからが くりかえしている無自覚な自己欺瞞は、質・量ともに さまざまのはずだし、それを解消する切実度も千差万別のはず。健康法や勉強法のたぐいと同様、利用者が各人の状況にあわせて、適用・実行すればよい。
■実際、ハラナ個人は、全然その必要をみとめない。具体的に、複数の人物・対象に対して「箱」の外部にたてたと実感できて、劇的に状況が改善されたからだ。■あとは、「箱の中」への「あともどり」をどうさけるか、「箱の外」をどう維持するか、対象人物をどうふやすか、だけになっている。そんなところまで、みずしらずの人物にさらす対費用効果などないと信じる。■ひょっとしたら、自分がきづかない意外な死角がもっとたくさんあって、カウンセリングなどをうけることによって、さらに劇的に状況変化がえられるかもしれないが、そこまで個人データを外部の人間にしらせる必要は、弁護士や医師あいてぐらいなものだろう。

■(3)と同時に、本書を、このシリーズなど紹介・書評のたぐいをよんだだけで、「わかったつもり」になるのは、危険だ。■この、あまり器用でない整理作業をよんだだけで、本書の革命的意義をつかんでしまい、すでに自己変革が進行中なんて、すごい人物もいなくはないだろうが、みずからを「凡夫」であると自覚がある層は、たちよみ・速読でよいから、読了すべきだ。■なぜなら、同様のビジネス本が「プレゼンテーション」論などで再三展開してきたとおり、情報のうけとりての、受容速度と「ひっかかり」を充分考慮しなければ、このての自己啓発は実効性をもたないからだ。■事実、この本は、物語じたてで、ビジネスマンが家庭での不和と職場でのからまわりの原因を徐々に特定していくプロセスをえがいていく。■また、その有効性にきづきつつも、さまざまな自己弁護(正当化)の心理がうかんできて、指導者に抵抗しようとする、いかにもありがちなパターンまで、ごていねいに えがきだされる。■読者は、自分にも おもいあたる具体的状況をおもいだし、また、一度にはなっとくしきれずに、部分否定をこころみようと、無意味な抵抗をはかろうとして、それこそが 自己正当化であり、自己欺瞞の隠蔽なのだと、きづかされていく。■これら、抵抗と受容という、心理的変化を追体験しないと、おそらく、本書の本旨を的確につかむことは困難だろう【だからこそ、このシリーズをよんだだけで、本書を「よんだ気」になってはいけない(笑)】。
■本書の読者は、「箱」というメタファーにひかれたか、評判にひきつけられて、ひもとくだろうが、それは「箱の中」という、うすうす自己正当化にきづきはじめている層だ。■しかし、「箱の中」という、自己責任の「ドロぬま」状態で、ひとり相撲をとって責任転嫁をくりかえしているという「自画像」をかくのは、正直つらかろう。だから、必死に抵抗する。しかし、それが無意味で有害無益であるとさとる過程をたどるためには、主人公と指導者たちのやりとりに、一応つきあう必要があるのだ。
■読者たちは、おそらく20代後半以降であり、社会人ないし家庭人として、さまざまな葛藤の日々をおくっているはずだ。会社員として、主婦として、NGOの中間管理職として…。■だからこそ、普遍的にくりかえされている不毛な責任転嫁を自覚するための装置として、ごくありふれた日常のケーススタディにつきあう方が効率がいいと。■本書を分量的に圧縮できるといった書評もあるようだが、それが実際に可能であっても、それは読者の一部に、かならず消化不良層をふやすことになるとおもう。
■逆にいえば、「みずからが くりかえしている無自覚な自己欺瞞は、質・量ともに さまざまのはずだし、それを解消する切実度も千差万別のはず。健康法や勉強法のたぐいと同様、利用者が各人の状況にあわせて、適用・実行すればよい」とのべたとおり、物語の細部の展開は、読者の一部にとっては、いわずもがなで、とばしよみが可能だろう。

■(4)しかし、本書がなんといっても革命的で、既存の自己啓発書のたぐいと異質なのは、目的・射程が、明確に限定されていることだ。■もちろん、そんなことは、明確にかかれていないし、きづかない読者もかなりいそうだ。■しかし、目的・射程の明確な限定という点こそ、本書が「類書」とは比較にならない上質さをそなえていること、単にビジネスの対象として読者をとらえずに、啓発活動が純粋に社会貢献となりえる志向性をもっている証拠なのだ。
■本書は、自己啓発書や宗教団体の「自分がかわれ」論が暗にのべているような、自己責任論=体制無責任論とは、正反対にある。自己啓発書や宗教団体の「お説教」は、「総論」としては「正論」であるが、具体的な上司や制度という有害な要素についても、「ガマンして しのげ」式の、欺瞞的な秩序イデオロギーがまぎれこんでいることが、大半だ。■「上司の無理解をせめない」「おっとの無自覚をせめない」…。このての論理には、理不尽な体制を維持する権力者と、それにあまんじるほかない弱者の非対称性が前提となっており、その改善については、くちをつぐむのだ。そして、「●●であると自覚して、非をあらためた▲▲は、そのまごころを理解してもらって、しあわせになりました」という、おとぎばなし系の「実話」で、合理化されている。科学的根拠がほとんどない民間療法での「回復例」やダイエット法・エステなどと同様、「成功体験」しか報告されないのだから、詐欺商法的である。
■しかし、本書を注意ぶかくよめばわかるが、本書は、「万能薬」などとは いわずに、「(ここでは/あいてには)~した方がよさそうだ」という直感をゴマ化すな。ゴマ化しを合理化して、「箱の中」にとどまるな。と、とくだけだ。■これは、逆にいえば、そういった「改善策」「なすべきこと」が、みあたらないような対象には、ハナから無効といっていることを意味する。たとえば、「箱の中」から絶対にでようとしないあいても、「あなたが箱の外にでれば、かならず箱の外にだせます」などとは、約束していない。


【つづく】
スポンサーサイト

テーマ : **おすすめbook!!** - ジャンル : 本・雑誌

<< 『自分の小さな「箱」から脱出する方法』(アービンジャー・インスティチュート)4 | ホーム | 『自分の小さな「箱」から脱出する方法』(アービンジャー・インスティチュート)2 >>


コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 BLOG TOP 


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。