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ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

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政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

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走る人は若い?ランニングは老化を防ぐ、米の大学が調査(読売)【追記あり】

■いわゆる、疫学的な健康調査というヤツの一種。

走る人は若い?
 ランニングは老化を防ぐ、
  米の大学が調査


 ランニングの習慣に老化を遅らせる顕著な効果があることを米スタンフォード大の研究チームが突き止めた。

 20年以上にわたる追跡調査の結論という。

 調査期間は、1984年から2005年まで。チームは、ランニングクラブに所属し、週4回程度走る男女538人(84年当時の平均年齢58歳)に毎年質問票を送り、歩行や着替えといった日常の行動能力や健康状態などを調査。走る習慣がない健康な男女423人(同62歳)も同様の方法で調べ、比較した。

 その結果、走る習慣のないグループは、2003年までに34%が死亡したのに対し、習慣的に走るグループの死者は15%にとどまった。また、走るグループは、走る習慣のないグループに比べ、日常の行動能力が衰え始める時期が16年ほど遅かった。

 チームは「年齢を重ねても健康的に過ごすために何かひとつ選ぶとすれば、(ランニングのような)有酸素運動が最も適している」と結論づけている。

(2008年8月16日14時46分 読売新聞)

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■スポーツする/しないの ちがいを くらべて、老化や平均余命が「やっぱり ちがったぁ」とやる、学術調査のたぐいは、厳密な意味での疫学的調査の体をなしていないんじゃないか? って、ソボクな疑念を呈したのが、何度か紹介している『あたらしい自画像』(5章補足)。■最近の疫学的調査は、もっと厳密にサンプリングしているかとおもったら、この調査は「古典的」。 ■「ランニングクラブに所属し、週4回程度走る男女538人(84年当時の平均年齢58歳)」と、「走る習慣がない健康な男女423人(同62歳)」という、ふたつのグループに共通なのは、平均年齢が60歳前後である点、両者とも当時健康にみえたという点の、ふたつだけだろう。■まったく同様の遺伝子形質のバラつきぐあいで、単にランニングクラブに所属し定期的にはしるのと、「走る習慣がない」という差異だけがあるとは、到底おもえない。そうおもいこんでいるのは、米スタンフォード大の研究チームという、知的エリートと、まるめこまれた大衆だけだろう。
■平均何キロぐらいを、そして どのぐらいのペースを、各人がトレーニングメニューにしていたのかしらないが、「週4回程度走る」というのは、かなり熱心な方だ。毎日はしらないと気がすまない、依存症系の層を除外するなら、①かなりきまじめ、②1日おきぐらいで一定量はしっても 疲労が蓄積して体調をくずさないぐらい体力にユトリがある、③週に7~8時間(1日1時間程度はしるとして、準備運動、整理運動、シャワー等)のトレーニング関連時間を維持できる程度の、心理的・経済的なユトリがある、といったことが、すぐあたまにうかぶ。■要するに、「走る習慣がない」層が、これらの条件をみたしているのに、単に趣味・主義・偶然等から、習慣をかたちづくらなかったという証明ができないかぎり、ふたつの対照集団は、厳密な疫学的比較にならない。
■たとえば、「はしったりすると、すぐつかれるので、はしらないが、とりあえず健康」という層が、「1日おきぐらいで一定量はしっても 疲労が蓄積して体調をくずさないぐらい体力にユトリがある」層と比較されて、それで、「ランニングは老化を防ぐ」などといった仮説を強化するために動員されるのは、おかしいだろう。
■「週に7~8時間(1日1時間程度はしるとして、準備運動、整理運動、シャワー等)のトレーニング関連時間を維持できる程度の、心理的・経済的なユトリがある」層と、そういった条件をみたしようがないが、とりあえず健康といった層とを「比較」して、「ランニングは老化を防ぐ」などといった仮説を強化するために動員するのも、おかしくないか? ■それらのユトリの有無は、おそらく経済階層や学歴や、家族・同居状況などと きりはなすことが困難なはずだが、これら複雑な要因がからまる以上、ふたつの対照集団は、厳密な疫学的比較にならないような気がする。

■こういったソボクな疑念にこたえきれないのは、エセ疫学調査だとおもう。米スタンフォード大の研究チームといった知的エリートたちは、この疑念にくもりなくこたえる説明責任がある。■だって、この報道をみるだけでは、「はしると老化がおさえられ、ながいきる」という仮説が長期的な統計データによって「立証」されたこととしか、よみとれないからだ。■実際、「チームは「年齢を重ねても健康的に過ごすために何かひとつ選ぶとすれば、(ランニングのような)有酸素運動が最も適している」と結論づけている」いるわけだし。
■これでは、科学的実証をうたった、キャンペーンというほかないではないか?■ 「はしると老化がおさえられ、ながいきる」という仮説が長期的な統計データによって「立証」されたと、著名な知的エリートが主張することは、「個人の趣味はいろいろあるだろうけど、健康長寿をのぞんでいるのに、ランニングなどをしないのはアホ」といっているようなものだ。■これは、「個人の趣味はいろいろあるだろうけど、健康長寿をのぞんでいるのに、喫煙習慣をやめないのはアホ」という、世界的動向とそっくりの論理でおどしていることを意味する。

■知的エリートがこれらを自覚しているなら、完全な詐欺行為であり、自覚がないなら、無残な疑似科学というほかない。■どちらにしても、犯罪的だろう。


■おそらく、ニコチン依存症におちいるリスクを経済階層や民族集団ごとに、ことなるリスク集団といったかたちで、統計的有意に分類可能だろう。おなじことは、ランニングなど「健康のための運動習慣」にもあてはまりそうだ。■疫学的調査をおこなうなら、「健康のための運動習慣」をいたずらにあおるより、むしろ、「運動習慣ほか健康リスク」についての、経済・社会的構造こそ、あきらかにすべき(社会疫学)だろう。


【2008/08/23 02:30追記】
■蛇足ながら、喫煙リスクについての実証研究については、旧ブログ記事「喫煙、40歳男性で寿命3・5年縮める(読売)」でもかいたとおり、「3~4歳しか平均余命がちがわないという数値データは、かえって喫煙者を勇気づけるかもしれない。「たかだか3~4歳しかちぢまらないなら、おもいっきりすって気分転換するぞ」」って気分をひきおこすおそれさえありえる。
■おなじように、死亡率15%と、34%とは2倍以上の差ではあるんだが、楽観的にかんがえようとする層にとっては、生存率85%と66%で、1.3倍弱と、印象がかなりかわるわけだ。「ぐうたらいきても3分の2は いきのこる。シコシコはしったって、15%もしんでるわけだ。ざまぁみろ」ぐらいの反応がでても全然フシギじゃない(笑)。
■まあ、こういった層に対するオドシとしては、「走るグループは、走る習慣のないグループに比べ、日常の行動能力が衰え始める時期が16年ほど遅かった」って提示の方が強烈だろう。「死」を運命論的なかたちで直視をさけ、意識からとおざけることはできても、「老化」について、こうせまられるとグラつく層はおおそうだから(笑)。■しかし、この「データ」だって、「16年」という時間差は、あくまで平均値であって、そこにはバラつきがあるはず、って反応の方が冷静で科学的というものだ。そうである。標準偏差をのべずに、単に平均値だけのべる、この提示の仕方自身が詐欺くさい(笑)。■いや、皮肉でなく、所得や資産は、上位の突出したごく一部の層が、かなり平均値をあげてしまうことで、平均値が無意味化することがよくある。もちろん、所得・資産など、ケタがちがってしまうものとはことなり、平均余命だの老化ペースのばあい、そういったマジックはおきないだろう。しかし分布が「ふたこぶラクダ」化していて、たとえば、10年と20年とふたつの中心をもった老化ペースのバラつきがあったらどうだろう。■いや、はしる習慣のないグループのなか自体が「ふたこぶラクダ」化」していたら…。はしったわりに老化がはやいグループと、はしってなくても老化がおそいグループとが、老化ペースで逆転していたりしたら、シャレにならんだろう。


●旧ブログ「体育」関連記事
●旧ブログ「はびこる強迫的非寛容[健康]
●旧ブログ「不平等が健康を損なう
●旧ブログ「あやしいメタボリック症候群騒動3
●旧ブログ「コーン・シンドローム
●旧ブログ「喫煙、40歳男性で寿命3・5年縮める(読売)
●旧ブログ「疫学的なタバコの社会コストは、たしかにはっきりしないが…

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タグ : 疫学 調査 健康 余命 運動 疑似科学

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コメント

ばか丸出し

という喜劇番組があったように記憶していますが、疑似科学ネタ、特にスポーツ関係の疑似科学ネタはジェンダー関係の疑似科学(「母性本能」とか、ね(嘲笑))と同じくらいにくりかえしくりかえしくりかえしくりかえし、しかもマス大山もといマスメディアで語られていくんだろうなぁ。

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