プロフィール

ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

前ブログ: 『タカマサのきまぐれ時評

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

ブロとも申請フォーム

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

特別な8月

■旧ブログ以来、いわゆる「終戦記念日」というイベント群、それを報ずる諸媒体の政治性を何度ものべたきた。■きょう、広島への原爆投下をわすれないために過去をふりかえる行為だって、おなじだ。
■「この日(月)だけふりかえることは、偽善的(アリバイ的自己満足)だ」といった批判は、だいぶまえからきかれるとおもう。
■しかし、4月の後半になると、サンフランシスコ平和条約(4.28)をおもいだしたり、5月にはりそうになると日本国憲法のことが気になるというのは、それほどわるいことではないような気がする。■すくなくとも、敬老の日や母の日、愛鳥週間などよりは、ずっと意味があるような気がする。
■政治性のたかい、そしてぶあつい歴史的経緯をもつ記念日は、日常のなかでかんがえつづけることがむずかしい。たとえば、被爆者・関係者でないかぎり、広島への原爆投下をしょっちゅうおもいおこすのは、むしろ不自然というものだろう。■その意味では、たった数週間であっても、60数年まえにおきて、いまだ「過去完了」となっていない歴史的事実を現在とつなげる意味はちいさくない。そういった問題に全然知識・関心がなさそうま世代に刺激をあたえ、それら後続世代のごくごく一部であっても、問題意識を継承してくれるような部分をつくるためにも。
■それと、歴代総理たちみたいに、それこそお義理で列席するだけで、政治利用の時空としか式典をとらえてなさそうな連中を監視するためにも。

●旧ブログ「夕凪の街 桜の国」関連記事
●「オキナワ7・30(なな・さん・まる)30年
スポンサーサイト

<< 生活保守主義としての「食の安全」意識とナショナリズム30 | ホーム | ケア労働の「開国」 >>


コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 BLOG TOP 


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。