プロフィール

ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

前ブログ: 『タカマサのきまぐれ時評

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「南島イデオロギー」幻想論

■一昨年の10月17日の『沖縄タイムス』の記事、波平八郎「沖縄研究国際シンポ報告(中)」を転載。■リンクさきが、新聞紙面の画像として公開されているので、誤記っぽい感じがしたら、「原本」の方に。

「南島」の概念に両論

 次に、渡邊(欣雄=ハラナ注)は村井紀の「南島イデオロギー」という概念について、それを全面否定する発表をした。概要は次のとおりである。村井の言う「南島イデオロギー」とは、沖縄が歴史的・文化的に日本と同一であるという「日本人単一民族論」、日本人の起源を南島に求める「日本人南島渡来説」、そして「琉球処分」をはじめとする日本の沖縄征服・支配という「近代日本植民地主義の無視」のイデオロギーをいう。柳田国男の南島研究はまさにその典型例だとし、現在もなお「南島」は日本民俗学および南島研究諸学の特権的な場所になっているという。
 渡邊は、このような村井の柳田に対する評価や、民俗学その他がもつという「南島イデオロギー」論そのものを次のように否定する。そもそも村井自身は南島研究の専門家ではなく、現地をくまなく調査して論証する民俗学者でもない。「民俗学」とは何かさえ村井は知らない。日本で言う「民俗学」とは「現地人による現地の研究」をいうのであり、柳田は文字通り南島において、初期、現地人の現地研究を勧めてきた。にもかかわらず村井は、同時代的に併存した「日本植民地主義」「民俗学の形成」「政治家=柳田国男」なるキーワードを、自身の頭の中で関連づけ「南島イデオロギー」なるものを捏造(ねつぞう)しており、だから村井の議論は虚構にすぎない。この虚構の議論は、村井自身のオリエンタリズム本質主義、そして柳田民俗学に対する誤解から成り立っている。
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■おつぎは、一橋大の多田先生のシンポ報告。


「想像の沖縄」

多田 治(琉球新報2006.9.26)

県知事選前の大変な時期に恐縮だが、仕事柄、私の九月はシンポジウムの月だった。二日は琉球大で「沖縄イメージと風景・身体・記憶」を主催。十四~十六日にはイタリアのヴェネチアで、沖縄研究国際シンポジウム「想像の沖縄」。私も出席、報告してきて、時差ぼけの中これを書いている。

国内外の沖縄研究者が一堂に集い、三日間で十一のテーマ部会を展開。歴史や民俗はじめ多分野の報告が聞け、新鮮な学びがあった。

……

関係性に立つ視点

……

私は、学問の最も重要な役割は、広く一般に活用可能な「視点を提示すること」だと考えている。専門化や実証主義を進めるあまり、学問の中で話が完結してはつまらない。自分の「~学」を守りたい事情もわかるが、学者以外の多くの人には、ほとんど関係がない。

例えばある部会では、「南島」という呼び方に疑問を発し、村井紀『南島イデオロギーの発生』の柳田民俗学への誤解を、痛烈に批判する議論があった。主張はわかったが、そこまでして守るべきものは何だろう。

いかに批判しようと、現実に沖縄は日本の「南の島」として設定されてきた。そこにツーリズムやコロニアリズムが入り込み、イデオロギーの拠点として今日に至る事実を、直視しつつ批判した方が有効
ではないか。

……

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■以前も旧ブログでかいたとおり、多田先生という御仁を信用していない。きわめて有能だし、ウチナーンチュほか、琉球列島関係者にとって 必要な資源ではあるとおもうが、肝心なところで 信用しきれない。■が、うえの印象は、そこそこだとおもう。
■要するに、渡邊先生という御大が、柳田国男というブランドにもたれかかってきた、日本民俗学の利害の合理化として、不毛な「南島イデオロギー」否定論にはしっていると。■実際そうだとおもうよ。柳田民俗学の奥義がどんなものか、日本民俗学が実地調査でどんな営為をくりかえしているか、しろうとのハラナにはわからない。■しかし、「そもそも村井自身は南島研究の専門家ではなく、現地をくまなく調査して論証する民俗学者でもない。「民俗学」とは何かさえ村井は知らない」って批判は、はっきりいって、「しろうとは、全然わかっとらんのだから、だまっとれ!」って、おどしでしょ? それは、全然学問的じゃないんだけど、自覚がないよね。はっきり いおう。この発言ひとつで、渡邊先生は、自分の学問体系をまもろうとしている、非科学的な人士のひとり、であると、断定できると。■しろうとの、ソボクな疑問が、ものすごく本質をついていることなんて、たくさんあるじゃないか? たとえば、患者学といった学問が急成長中のようだが、要は、診察・投薬・手術するだけのお医者さんたちは、患者の苦痛によりそう想像力にかけており、ものすごいカンちがいのもと、患者の人生をふみにじるは、治療実績自体も みすみすわるくしていたおそれがある、ってことだよね。■いや、しろうとが直感することが、体系的でないがゆえに、カンちがいが大半、って普遍的現実はあるとおもう。しかし、柳田との直結をとりあえずおくとしたら、「南島イデオロギー」は、村井先生とやらの単なる幻影にすぎなくて、日本中のどこにも存在しない、えそらごとなのか? んなわけないだろ? 多田先生がいうとおり、あると想定しないと、説明できない、おびただしい現実があるじゃないか?

■村井先生がしろうとなら、ハラナは「どしろうと」そのものだが、すぐに わかる点があるぞ。

日本で言う「民俗学」とは「現地人による現地の研究」をいうのであり、柳田は文字通り南島において、初期、現時人の現地研究を勧めてきた。にもかかわらず村井は、同時代的に併存した「日本植民地主義」「民俗学の形成」「政治家=柳田国男」なるキーワードを、自身の頭の中で関連づけ「南島イデオロギー」なるものを捏造(ねつぞう)しており、だから村井の議論は虚構にすぎない。

■「柳田は文字通り南島において、初期、現地人の現地研究を勧めてきた」ってのは、要するに、伊波普猷比嘉春潮東恩納寛惇とかの文学・歴史研究者と、その後継者たちのはじめた「沖縄学」へのサポートでしょ? ■でもさ、沖縄学のリーダーたちはみな高学歴者で(比嘉春潮だって、沖縄師範をでているということは、琉球大学教育学部とはくらべもののならない学歴だったことを意味するし)、その大半は上京組じゃないか? どうやったら、「文字通り南島において、初期、現地人の現地研究を勧めてきた」って、総括につながるわけ? ■柳田は、そんなに頻繁・長期に沖縄現地に滞在していなかったはずでは?(「柳田は大正9年に沖縄に渡った。3カ月ほどの滞在だったが、沖縄学の父ともいうべき伊波普猷(いなみふゆう)と出会い、『おもろそうし』に感嘆し、笹森儀助の『南東探検』を読み耽り、本島や八重山や宮古島や石垣島のそこかしこを歩いた。その体験が『海南小記』になった」,「柳田国男『海上の道』」『松岡正剛の千夜千冊』)。
■それに、「現地人の現地研究を勧めてきた」ってことで、なにか、すごく いいことばかりをしたような印象をつくろうとしているけど、人類学では“Native Anthropologist”って、微妙な政治的位置にあるたちばの人物を養成し、かつ学問的に搾取するって構図を、自覚的か無自覚的かにかかわらず、実践したってことだろう。■それが、現在の「沖縄学」として開花したからといって、柳田を無私の大恩人みたいないいかたを、ウチナーンチュの一部は拒絶するだろう。アイヌ語学者金田一京助を絶対ゆるさない一群が少数ながら「絶滅」しないように。

■「村井御大自身に『オリエンタリズムと本質主義』がひそんでいたからこそ、「南島イデオロギー」といった発想が誕生しえたのだ」という仮説を、全否定はしない。また、柳田民俗学/日本民俗学への誤解があるという指摘は、現在、村井御大の著作をてもとにおさえていないので、ひかえる。■しかし、柳田国男はもちろん、渡邊御大自身に、「オリエンタリズムと本質主義」がひそんでいないという立証作業ができているのだろうか? 「自己の悪い面を認めたくないとき、他の人間にその面を押し付けてしまうような心の働き」としての「投影」をおこなっているという仮説=批判が、なぜ、柳田国男、および渡邊御大自身に無縁なのか、具体的データをあげて立証してもらわないと。■日本人以外の研究者も多数列席したヨーロッパでのシンポジウムで、たからかに全否定した以上(つまり、仮説的な疑念ではなくね)、立証責任は、渡邊御大周辺にあるとおもう。

■そのうえで、はっきりいおう。■①「南島イデオロギー」は存在しない幻影なんかじゃなくて、現在も「存命」中の現役イデオロギーである。■②柳田の真意がどこにあったにせよ、そして「沖縄学」など現実的にさまざまな学問的結実が確認できるにしても、それが帝国主義の一部=一環としてのオリエンタリズムであったという総括を全否定できるデータを渡邊先生は、だしていないとおもう。■③「南島イデオロギー」が不在であるとの全否定は、要は、日本民俗学界という業界の利害にとって不都合な批判を全否定したいという、非学問的・非科学的な欲望がなせるわざで、この一件だけで、渡邊先生は、墓穴をほったと、いえる。…と。

■関係者のみなさん。しろうとの放言とはいえ、とりかたによっては、誹謗中傷のたぐいのはずです(ま、一応、全部仮説だといっているし、「反証可能性」を一応あげてあるはずだし、モンクがあるなら、データをだして粉砕してください。■いや、柳田御大を全否定しては いない ハラナとしては、「いいや、柳田先生は全然わるくない」といった、おすみつきを、科学的になっとくのいくように説明をうけられるのなら、これ以上のよろこびはありません。皮肉じゃなく。


比嘉政夫「沖縄研究国際シンポ報告(上)」
熟 美保子「沖縄研究国際シンポ報告(下)」

●旧ブログ「多田治」関連記事
●旧ブログ「野村浩也,無意識の植民地主義
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