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ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

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政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

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超ぜいたくな初等教育は可能か?

■『地下生活者の手遊び』から「2008-07-16 せぬならでは、手だてなきほどの大事を」の本文ではなく、コメント欄から(ごめんなさい)。

ypcpn8 2008/07/18 02:01
世阿弥みたいなセンセが欲しい。でも世阿弥みたいなセンセは年俸が高いだろうから初等教育だけでも面倒みていただきたい。

世阿弥の教育は大量生産には向いていないので、世阿弥ひとりあたりの生徒数は十人ぐらいが限度だろう。世阿弥を思いきり買い叩いて年俸1億円ぐらいで我慢していただいたとして、全国の小学校学齢の児童数は七百万人ぐらいだから、だいたい七十万人の世阿弥が必要だ。国家が支払う教育コストは世阿弥の人件費だけで十兆円だな。

しかし七十万人の世阿弥を代々継承していくための組織が必要であって、その母体の維持運営を加算すると国家のコストベースの教育支出はもっと多いはずだ。

いずれにしても国家の初等教育機関に世阿弥がいないのであれば、国家の初等教育機関に子どもをやる必要性はあまりない。

国家は一日一時間ぐらい子どもに実用的な業務技術を教えてくれればけっこうだ。あとは家庭がやるべきだ。

自らの家とクルマのローンの支払いに忙しい国家の教育官僚たちにとって「花」がどうだとか子どもの人格の統合がどうだとかゆってるヒマもカネも人手もないのだから。

日本の国家の教育現場にはどこかよその金持ちの国から開発援助を受ける必要がある。


ypcpn8 2008/07/18 02:04
計算を間違えた。世阿弥の人件費は七十兆円である。ああ、また他人のカネの使い道について勝手に悩んでしまった。
■残念だが、①日本列島からあがる国税のうち、70兆円を初等教育だけに投入するといった政策は、とおりそうにない。大学でさえ、基礎研究・基礎教育はないがいしろなんだから。
■②世阿弥クラスの天才的芸能者/指導者は、70万人も育成できない。ギャラをはずむか、ガマンしてもらうか別にして、1億円はらうにあたいする芸能者/指導者は、70万人も育成できない。■物理的に。もちろん、6学年全体だし、「世阿弥」の世代交代も徐々にというだろうが、大学の研究者をまともに育成し・就職させられない国家が、なんで初等教育用の人材に、そんなぜいたくで、すばらしいプロジェクトを成功させらるというんだ(哲学者で、初等教育にかかわったごく少数の実例は、ヴィトゲンシュタインデューイぐらいだとおもうんだが、前者は周囲の無理解で、ながつづきしなかった)。
■③天才を育成するためのエリート教育と、大衆教育とは、おのずから本質・体制がちがってくる。■もちろん、障碍児教育にならうかたちで、普通の児童も、ゆきとどいた少人数体制でそだてられる方がいいにきまっているし、いまみたいに、特殊教育専攻の一部の教員以外、たまたま配属され、いやいや しごとをこなし、いつも 配転をねがっているといった状況ではなく、目的意識をたかくもった世阿弥クラスの指導者が配置されるなら、それはすばらしい。■しかし、それにしても、学習障碍へのケアと、目的意識のたかい児童のエリート教育とは、おのずと、断絶がある。


■いずれにせよ、①と②が致命的にきいてくるだろう。■カネをだす気がない、というのと、だせても、だれが「世阿弥」を大量生産するんだ? という、気がくるいそうな難題がのこる。
■全国の公立の小中高に、岡崎勝木村正司(きむらまさじ)のコピーを10万人単位で配置できるかどうか? いや、その規模・水準で、育成できるかを、真剣に検討すべきだ。■神話化された「世阿弥」以前に、等身大で、ちょっとかんがえれば、当然到達可能なはずの 「岡崎・木村ラインの大量確保」こそ、真剣に模索されねばならない。
■そうすれば、PISAとかも自然にあがるだろうし、第一、学力だの国際競争力だのといった、くだらん次元の心配も雲散霧消するだろう。■問題は、本気で10兆円ぐらいの出費を覚悟で、 「岡崎・木村ラインの大量確保」(実際、育成は、促成不可なんだから、タイヘンだよ。大学教授以上の希少性なんだから)をやる気があるかだね。■そして、こういった規模の教育政策がなりたつなら、「国際競争力」という、くだらない はりあい自体の意味がなくなるはず。だって、日本列島外の世界中で、必死に予算捻出にはしるだろうし、そのばあいの競争ってのは、「同業他社間の過当競争」なんかではなくて、「Googleみたいな、かつてない画期的ニッチ巨大産業の続出」ってながれになるはずで、たがいが はげしく競合するなんて、不毛な状況がなくなるはずだから。■だって、ホントに かしこい ひとびとが、既存の市場で、先行世代を真っ向からライバル視して、うちたおしてきただろうか? ちがうよね。天才たちは、先行世代が全然ノーマークだったニッチ市場を巨大化させたのであって、既存の市場ののっとりではなかったし、過当競争にはいるまえに、異業種への転身をはかっていくのだった。
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タグ : 小学校 初等教育 国際競争力 世阿弥 岡崎勝 木村正司

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コメント

『毎日新聞』7月22日号3ページ「ひと」欄より

幼児教育にも力を入れる国際社会学者 中嶋嶺雄さん(72)長野生まれ。東大大学院卒。東京外国語大学長、文部科学省中央教育審議会委員などを歴任。

スズキ・メソード本部の社団法人・才能教育研究所(本部・長野県松本市)の会長に21日、就任した。
「日本の教育政策でもようやく幼児教育が重視されるようになり、スズキ・メソードが再評価される時期になった気がします」
(中略)
スズキは日本より米国で有名だ。「日本人は英語を10年学んでもコミュニケートできない。メソードは英語の早期教育にも役立つはずだ。国際教養大学にもメソードを学べる環境をつくりたい」
10歳で才能教育に触れ、バイオリンを手放さない。中国の文化大革命の時は、中国研究者として紅衛兵と一緒に演奏した経験もある。いまもバッハを奏でる。
「音楽が疲れを癒す力。その力は偉大ですね」

文と写真・小島正美

中嶋嶺雄大先生

●ウィキペディア「中嶋嶺雄」(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B6%8B%E5%B6%BA%E9%9B%84
●はてなダイアリー「中嶋嶺雄」(http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%E6%C5%E8%CE%E6%CD%BA

●「ひと:中嶋嶺雄さん=幼児教育にも力を入れる国際社会学者」(『毎日』http://72.14.235.104/search?q=cache:dV43MGlbQocJ:mainichi.jp/select/opinion/hito/news/20080722k0000m070132000c.html+%E4%B8%AD%E5%B6%8B%E5%B6%BA%E9%9B%84&hl=ja&ct=clnk&cd=9&gl=jp
●「【正論】チベット騒乱 「日中友好」も極めて微妙に 国際教養大学理事長・学長 中嶋嶺雄」(http://72.14.235.104/search?q=cache:K3qPF7rxBaAJ:sankei.jp.msn.com/politics/policy/080320/plc0803200335002-n1.htm+%E4%B8%AD%E5%B6%8B%E5%B6%BA%E9%9B%84&hl=ja&ct=clnk&cd=2&gl=jp

■「スズキ・メソード」(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%BA%E3%82%AD%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%83%89)のすばらしさに異論はないんですが、中嶋氏の中国論と幼児教育論は無関係だとおもいます。無関係だし、中嶋氏の中国論が高名だというのは、保守系論壇じゃないかとおもいますし、政治性から逃避するはずの芸術・幼児教育に中嶋氏の権威がもちだされることに、ものすごい違和感が。

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ブログネタ:不必要な学校行事は? 参加中 本文はここから ? 日の丸・君が代が強制される卒業式、入学式。  そもそも入学式とか卒業式なんて、全然記憶にないや。  卒業証書なんてどこにあるかわからないし。  卒業アルバムって、とってないと思う。


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