プロフィール

ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

前ブログ: 『タカマサのきまぐれ時評

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「社会科」系知識への関心の基盤

■kandanumareさんの『みんななかよく』から、文脈無視で引用(「魂の殺人」)。

私だって小中高大と行ったからには授業であれ話であれ、人並みにいろんな歴史の話を聞いているはずだが、何故、歴史をはじめ社会科に弱いか。社会現象に興味がないのは何故か。(次兄も弱かった)

■「学校教科、全部すきだった」ってのは、勉強マニアな層など、一種の「変態」系だとおもう(笑)。大半の人物は、みんな、得意不得意とか、能力・関心のムラがある。「特別すきでなくても そこそこできる」とか、「わりとすきなんだけど、成績がわるい」とか、そういった ネジレもふくめてね。■でもって、先日とりあげた、日本史上の人物知識とか、だいぶまえにとりあげた、都道府県の位置とか、そういった、いわゆる「社会科」系の知識に対する関心のたかさは、どこからくるのかだね。
■冷静にかんがえてみればわかることだが、「社会」にムラなく たかい関心を維持しつづける層って、人口のごくわずかなんじゃないか? ■たとえば、ひごろ よみもしない 新聞紙面のなかごろに位置する「生活」欄に、「食育」やら「輸入食材問題」とかが話題ににあがると、急に関心をもつ。そういった、オジサマがたは、5万、いや50万ぐらいは、かるくいそうだ。■しかし、それは、居酒屋やクラブなどでの、政談(オヤジ談義)のなかに、わかもの問題(潜在的入社世代)とか、家族の健康とか、そういったものが ときどき、まぎれこむからにすぎない。■それより縁どおい、育児・介護問題やら、PTAやら、家庭排水と水質汚染の関連とか、そういった「社会問題」は、どうでもいいってこと。 ■もともと、政治・経済動向といった、巨視的な次元は、実体験やトレーニングによって、モデル(わくぐみ)をしこんでおかなければ、想像さえつかない。自分の守備範囲からはずれた 歴史動向なんてのは、さらに 縁どおい。■たとえば、あやしげな 俗流イデオロギーを バカの ひとつおぼえで くりかえすならともかく、思想史や文化史で、実は現代社会に直結しているなんて話題は、およそ大半の おつとめ層の、男女には無縁だろう。■それは、いわゆる「人文書」とか「社会科学系」といったものを、ある程度集中的・体系的にしこまないかぎり、ふれずにおわってしまう。「ビジネス書」では、通常ごまかされているか、ときどき権威づけに あやしげに動員される「歴史上の固有名詞」周辺の、マニアックな世界だ。■高校の公民科担当の先生方の大半が、大胆にふみこむことをためらって、結局いざなうことに失敗してきたさまざまな哲学的データベースの世界だね。

■このようにかんがえたときに、たとえば、大学入試センター試験の準備とか、就職試験や公務員試験の教養試験あたりの準備作業として、あるいは、それらや高等学校卒業程度認定試験の最終的なチェックに便利そうな『高校生の社会常識ノート』(一ツ橋書店編集部・中谷安伸=2007/12/10,1刷)という、チェックノートがある。■実によくできているんだが、やはり高校文化というか、受験文化の毒素が、感じとれる。

■あえて、マイナーなところからいこう。
■①「フィンランドはアジア系の(   人)が93%をしめる国で、国土の70%は森林におおわれる(p.105)
   ↑ 
  ウィキペディア「フィン人」には、つぎのような記述がある。
 「フィン人は主にフィンランド語を話すが、この言語はヨーロッパの他の民族の言語がインド・ヨーロッパ語族に属するの対して、ウラル語族である。いわゆる言語島の典型(もう一つはハンガリーマジャル人)。そのため、スウェーデン人などと同様に容貌が金髪碧眼であっても、ルーツは明らかに異なると言える。

言語学な見地から見えることはサーミ人ともっとも近く、ついで近縁にあるのがエストニア人である。現在のフィンランド語はエストニア語とは通訳なしで通じるのに比べて、サーミ語とは全くと言っていいほど言葉が通じない事実からすれば奇異に見えるが、これはフィン人とエストニア人が絶え間ない交易により接触していたために近接化したのに比べ、サーミ人とは断絶していたために起った現象である。


■これは、先日とりあげた、ましこ・ひでのり『幻想としての人種/民族/国民』でも指摘されていることだが、ウィキペディアを編集している人物たちのあいだで、見解の合意形成ができていないというか、一貫性にかける記述に無自覚な状況が象徴的に露呈しているケースである。■この項目の編集者たちは、集団間の交配の連鎖としての遺伝子プールの連続性の次元と、言語文化の継承過程・分業状況の次元について、全然区別がない。■「フィン語(=スオミ語)をしゃべるフィン人アジア系民族である」という説明は、言語学的・民族学的・文化人類学的・人文地理学的に、もっともらしくきこえるけど、「コトバと血統集団ってものの、それぞれの連続性は一応別個でしょ…」という、基本をわきまえない、エセ学問的言明というほかない。■ウィキペディアのように、注意ぶかい読者が、その記述の矛盾にきづくような 思考過程を 批判材料としてのこしておいてくれているのに対して、「フィンランドはアジア系のフィン人が93%をしめる国で、国土の70%は森林におおわれる」という「正解」には、まったくすくいがない。■『新しい歴史教科書』とか、戦前の皇国史観みたいに、もともと神話的思考を注入して、科学からひきはなそうとしているのではなく、本人たちが厳密な学問のエッセンスを正解として提示できているとおもいこんでいる点が、実におそろしい。前者は、意識的な「悪意(いや、「善意」といいたいんだろうけど)」とか政治的意図があきらかだが、後者には自覚がないんだから。


■②「1949年法隆寺金堂壁画の焼損事件を契機に、(   )ら参議院議員の発議で翌50年に文化財保護法が制定された(p.65)
    ↑ おなじように、ウィキペディア「文化財保護法」の該当箇所を。

この法律制定の契機になったのは、昭和24年(1949年)1月26日の法隆寺(奈良県生駒郡斑鳩町)の金堂の火災による炎上に伴って、建物とともに法隆寺金堂壁画が焼損したという事件である。この事件は、全国に衝撃を与え、文化財保護体制の整備を要望する世論の高まりとなり、文化財の保護についての総合的な法律として、議員立法により制定された。……


■おなじく、『MSNエンカルタ 百科事典 ダイジェスト』から「文化財保護法」を。

1950年(昭和25)5月に制定された、文化財の保護に関する法律。49年の法隆寺金堂焼失事件がきっかけとなり、作家の山本有三ら参議院議員によって発議された議員立法。……


■作家の山本有三が重要人物であることは否定しない。しかし、ウィキペディア「山本有三」に、「文化財保護法」立法の主力だったといった記述がないのは、別に不都合だとか、あげるにあたいしない 瑣末なことだといった判断からではなかろう。要するに、相対的に意義がみいだしにくい、ちいさなエピソード群のひとつにすぎないので、記述にかかわったメンバーたちが、必要をみとめなかったと(まさか、しらないとはおもえない)。■このようにみたときに、山本有三という固有名詞をたずねよう。しかも、文化財保護法と関連づけようというのは、あまりにマニアックで、とても「高校生の社会常識」とは、おもえない。


■③「日本の思想」としてあげられている「清明心→「清き心」とは「私心を去った心」、「明き心」とは「明朗な心」。人と人との心情的な結びつきを大切にし、全体のために尽くそうとする、かくしだてのない心。共同体にとけ込まずに自己主張するような態度は、「きたなき心」「暗き心」とされた」(p.120)
  ↑ これって、単なる「神道」系/「国学」系の右翼イデオロギーじゃん? ■ウィキペディア「清明」と、Google「清明心」との、異質さには、いまさらながら、おどろかされる。■こんな特殊な右翼イデオロギーをだすんなら、葬式仏教化していく直接のきっかけである「寺請制度」とか、仏教教学上、あまりに雑多な理念が混入して収拾がつかなくなった原因とおもわれる「神仏習合」や「本地垂迹」説*とかの方が ずっとずっと重要だとおもうがね。

* 神仏習合や本地垂迹については、みひらきのページに設問があるんだが、「仏教が日本に伝わった当初は、日本固有の神の信仰と対立したが、平安初期には日本の神々の本体は仏で、仏が神の姿で現れたという「本地垂迹説」により神仏習合がすすんだ」という、無味乾燥な解説では、なんにも本質(「土着化」による、カルト的教義)が理解できない。「日本固有の神」といった、断定自身が実はあやしいんだが(たとえば、アイヌ民族の神々や、琉球列島の神々は、はいるのか?)、まるで仏教という「外来物」を、無事同化吸収できたみたいな、かきかただ。宗教学的な客観的記述をえらんでいるようにみえて、活用不能な機械的知識の提供でしかないだろう。



■④このように、「あげあしとり」というか「重箱のスミ」系のツッコミをして、皮肉なことにうかびあがるのは、「こんな知識群、全然、高校卒業程度の常識なんかじゃない!」という事実。■そして、つねづねくりかえしてきたとおり、「日本史」が、ヤマト民族の連続性を自明視したわくぐみであり、しかも現在の国土・国民の範囲を自明視するかたちで、過去の時空と接続させて疑問をもたない構成とか、日本列島にかぎっても、問題が続々みつかる。■いや、おそらく 問題山積でないページなど、みあたらないだろう。「世界史」のなかでの「ラテンアメリカ史」や「アフリカ史」はもちろん、「アジア」のさす範囲しかり、中国・イスラム圏以外が完全におざなりなあつかいとかね。


■よくみると、この企画の本質的におかしなところが、つぎつぎとみつかる。

■⑤たとえば、イングランド語訳、「Social common sense Note book」が、表紙および、表紙カバーに銘うたれているんだが、これは、まさに「市民ならしっていて当然の社会常識項目ノート」だといっているようなものだ。■だったら、よのおとなたち、高校を一応卒業して社会人やってます、といった層が、やってみるとよい。これが「常識」なら、さぞや平均点・最低点がたかかろう。すくなくとも、自動車運転免許の法規試験のように90%はクリアしないとな。■ハラナは、とても9わりとれない「非常識」だとおもうが、全然不便・不安を感じない。ウィキペディアや図書館や自室の参考図書であたって、もっとくわしく ただしそうな情報をまとまってみつけることがきるし、たぶん適切に加工できそうな自信があるからだ。

■⑥さらにいえば、「政治・経済・社会、歴史、地理、思想の60項目」というコピーが表紙カバーにあるんだが、これら 一般に「人文・社会」系とよばれる分野をならべると、百科全書的に「社会常識」が網羅されるんだろうか? ■「基本的人権」をかたる項目で、裁判所のかげはうすく、「ぬれぎぬ」をきせられる構図のなかでの、警察・検察・裁判所・弁護人の役割さえ説明されない(pp.8-9)。■これらをふくめた、記述の ムラ・モレ・ネジレ…等々が満載の「社会常識」集というのは、社会科系教員の オドシにしかみえない。実にアンバランスで ふできなね。■しかし、社会科系教員の教養とやらは、同業者を痛烈に批判する木村先生の「基礎学力という老人臭」などで、充分しれるとおもうんだね。だとしたら、これら「社会常識」という詐欺的コピーは、虚勢をはった コケおどし、ということだろう。

■⑦「社会常識」のなかには、自然科学的な素養もからむはずだし、環境社会学や環境経済学、科学史・科学哲学や科学社会学などもふくまれるとおもうが、こういった学校教科を支配する、無自覚なイデオロギー的性格を解剖しようとする教育史や教育社会学とかも、「高校卒業後の社会常識」としては、しっておいた方がよさそうだよね。こういった「社会常識」イデオロギーに まけないためにも。■ま、これらが「高校生の社会常識」に、ふくめられないことは、単なる専門性の問題じゃないだろう。これら現実暴露をおこなったら最後、「方便としての受験勉強」という以外に、教科教育を合理化することが困難になるし、教員がかくしだてしている、いや無自覚な存在被拘束性とか、イデオロギー、神学的発想とかも暴露されて、それこそ権威を自壊させてしまうからね。■いや、予備校講師とちがって、はじめから、権威なんぞないか? 木村先生みたいな、カリスマ以外は(笑)。

■⑧いずれにせよ、このあたりが、高卒水準です、みたいな「常識」がはびこることを、おそれる。「無知の無知=ひらきなおり」も こわいけど、こういった「常識」集のツメコミで、「社会常識」が完備されたかのような「無知の無知(無視)」は、こわすぎる。



●「歴史的人物の定着度
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タグ : ナショナリズム 教員文化 イデオロギー 社会科 常識 基礎学力

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コメント

うー、言いたいな

どうも。(日本的挨拶)
その発言の主の友人については、あれこれ言わないと決めているんだけど、この話題の参考になるかもしれず、別に世の中に向かって知らせても本人のマイナスにならないだろうから一言。

その友人は、勉強ができるのですよ。わたしなどより難易度の高い名門受験高校に進学。東京だとその上の偏差値は筑波大付属高校ぐらいしかないんじゃないかな。
彼はかく受験エリートなんですが、社会科音痴を自認していて、自己申告によると、ある時「朝鮮戦争と太平洋戦争はどっちが先」か聞いて、相手に唖然とされたという。
そこまでいくと、潔いような気もしますね。

まったく、自分が知らないことを自覚しているほうが、社会常識の名のもとにバイアスのかかった知識の束を覚えているより真っ当かもしれません。

南アジア史も東南アジア史も教えない世界史を教わって育ったわたしは、大人になってから意識的に、クセジュ文庫の「ベトナム史」などに目を通しました。
むかし、中越戦争が起こって、サヨクさんは当惑していたけど、歴史に鑑みればそんなに驚くこともないと思うんだけど…。

ご本人が特定されない以上、きわめて重要な情報です。

■どうも(笑。あんまり、つかわん気がしますが)。
■皮肉でもなんでもなく、「「朝鮮戦争と太平洋戦争はどっちが先」か聞いて、相手に唖然とされた」って、かなり 「レベルのたかい」空間ではないでしょうか? ■まじめなはなし、前者が1950年代前半、後者が1940年代前半であり、後者が前者の間接的源泉である、といった「基礎知識」は、全然「常識」の水準にないとおもいます。■ネット右翼とよばれている層を、いたずらに蔑視したくはありませんが、後者が前者の間接的源泉である、といった「基礎知識」をわきまえずに、朝鮮労働党独裁体制をなじっているようにしかおもえませんし、朝鮮半島南部がソウル・オリンピック直前まで、軍事独裁(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%BA%94%E5%85%B1%E5%92%8C%E5%9B%BD_%28%E5%A4%A7%E9%9F%93%E6%B0%91%E5%9B%BD%29)だったこと、その遠因は、日本の植民地支配だったという経緯さえも、ふえまえていないと推測しています。

■しかし、それにしても、かれの知識のムラ=アンバランスぶりは、すごいものがありますね。■いさぎよいかどうかはともかく、全領域バランスのとれた秀才なんてのは、東大の文科一類と理科三類ぐらいなものでしょうから、ある意味、そういったムラは、ごく自然。ムラのない学力自体が、異様なんです。優等生文化は、そういった本質を直視しないけど(笑)。


■「中越戦争が起こって、サヨクさんは当惑していた」というのは、精神的に おさなかったハラナは、記憶があやしいんですが、あとぢえとはいえ、お粗末左翼というほかありませんね。■中越双方の社会帝国主義をみぬけないような政治認識で、日本の政治状況をかえられるはずがありません。品性はともかく、数段知的にまさる保守派に完敗したのは、当然ですね。そんな、幼児的左翼は、保守政治の正当性を証明するための、かっこうの道具にすぎなかったでしょう。■正直、めいりますね。かんがえてみれば、「クセジュ文庫」あたりまでカバーして、党中央委員会の議場には、すわっていられないんだろうな。よんでいても、ひたかくしにするとか。

時代の気分

「サヨクの当惑」は、自分の中でそんなに確認できるほどではないので、補足エントリーを書きました。

 ベトナム戦争後の時代気分は、「シラケ」とか無感動とか言われたでしょうけど、その原因は社会主義国への幻滅もいくばくかはあるでしょうね。
 高度成長がオイルショックでブレーキというのが大きいかもしれないけど。

トラックバックありがとうございました

kuronekoさま

■一応ですね。拝読しては いるのです。■ウィキペディア「中越戦争」(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E8%B6%8A%E6%88%A6%E4%BA%89)をよみかえしたら、イモづる式に、いろいろ、発見がでるわでるわ(笑)。
■単純に確認できることは、左右両翼の大半にシカトされたこと。■おそらく、旧式の武器だけで 安易におどしをかけようとした人民解放軍が、アメリカの武器もせしめた精鋭のベトナム軍のかしこい戦略戦術に大敗してしまったので、中国脅威論につかえなかった。正義のみたかのはずのベトナム共産党軍が、クメール・ルージュ内の抗争に介入してしまったこと。これらによって、軍事オタクにしか、動向がうけなかったってことでしょうね。■ポルポト派に中国が加担したこともあって、『朝日』をはじめとして、当時の親中派知識層は、大量殺人の実態を、だいぶあとに しぶしぶみとめるという、ぶざまな認識力をしめしました。文化大革命の評価同様、反共右派たちに、こばかにされる致命的失態ですね。■「うちゲバ」と、この ふたつの大事件のみおとしがなかったら、日本の左派系の勢力図は全然ちがっていたんじゃないでしょうか。■ま、中ソ対立、そして東欧へのソ連の介入時点でのマッピングの失敗で、左派の命運はきまったかもしれません。■あと、自民党の「持ち家政策」も無視できませんけど。
■ベトナム戦争(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%88%E3%83%8A%E3%83%A0%E6%88%A6%E4%BA%89)は、難民問題、沖縄米軍基地の固定化、ほか、ものすごい ツメあとをのこしましたね。アメリカは、どろぬまにはまった、という反省しか依然できてないみたいだし、日本の知識層もほとんど教訓をくみだせなかったようだし…。「ベトナム人民は植民地支配をはねかえした」なんて、ナショナリスティックな歴史観で合理化したって、不毛です。そこでうしなわれたもの、とまってしまったことが、あまりにおおそうだし。

ウィキペディア「フィンランド」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89#.E5.9B.BD.E6.B0.91
フィンランド人のモンゴロイド起源説は、今日では俗説という考えが一般的である。かつてそういう認識があったのは、彼らがウラル・アルタイ語族に属すると考えられていたこと、またハンガリー人・フィンランド人が中央アジア地域の出身とされていたためである。しかし、現在ではウラル語族とアルタイ諸語は全く別の系統と考えられていること、及びアジア人と云われる人々には、アラブ人・インド人をはじめ人種分類上はコーカソイドに含まれている民族が多いこと等から、フィンランド人はコーカソイド系と考えるのが現在の通説である。 また近年のDNA分析により、フィンランド人はミトコンドリアDNA(母系)ではコーカソイド系であることが証明されている。

■ま、人種論のシッポをひきずっているけど、「フィンランドはアジア系の(   人)が93%をしめる国で…」とくらべれば、数段次元がちがう。

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シカトされた戦争

?ハラナ・タカマサさんの このエントリー  のコメント欄で、  中越戦争が起こって、サヨクさんは当惑していたけど、  といささか飛ばしぎみのことを書いたので訂正かたがたエントリー。  実際には、まあ左派であろう先輩が、中越戦争が起こって驚いた。「あれ?...


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