■いわゆる、洞爺湖サミットがらみでの、日本・ロシアの首脳会談の記事を「日経」から。
■さて、来日したロシア大統領は、みぎがわ、何人めでしょう?〔みぎはしが きれている写真をクリックしてもらえば、もとの画像がみられる〕
日ロ首脳が会談、
ロシア大統領「領土問題、棚上げせぬ」

会談に臨む福田首相とロシア大統領(右手前から●人目)=8日、北海道洞爺湖町〔代表撮影〕
福田康夫首相は8日、主要国首脳会議(洞爺湖サミット)会場のホテルでロシアのメドべージェフ大統領と会談した。大統領は北方領土問題について「棚上げすることなくできるだけ早期に解決することを望む」と表明。両首脳は平和条約締結交渉を首脳級を含めて誠実に行い、前進させる決意を確認した。首相の招請に応じ、大統領は2008年後半にプーチン首相らの来日を実現する意向も明らかにした。
首相は4月にロシアを訪問した際、就任前の大統領と会談。今回は2回目の顔合わせとなった。大統領にとっては就任後初めての訪日。首脳会談で北方領土問題について、どのような認識を示すかが焦点だった。大統領は「平和条約が存在しないことは支障」との認識を表明。「解決されれば両国関係は最高水準に引き上げられ、抜本的に改善する」と強調した。
大統領は領土問題解決策のあり方について「両国の利益に合う双方受け入れ可能な案でなければならない」と語った。(20:33)
関連リンク
「洞爺湖サミット」 --------------------------------------------
■こたえは、みぎてまえ2人目ということなんだが、両腕しかうつっていない人物をかぞえているのか、どうかわからないよね(笑)。■そして、「
首相の招請に応じ、大統領は2008年後半にプーチン首相らの来日を実現する意向も明らかにした」とあるとおり、新大統領は、「新首相」プーチン氏の「つかい」でしかないということ。
■「北方領土」問題が、
くだらんことは、旧ブログでさんざいかいた。■アイヌほか、北方
少数民族のあたまごしの、首脳会議だの、領土問題解決など、無意味だ。■それにふれないメディアも、所詮は、国家主義者たち。
■それにしても、
なにか 重大な事案をあつかっているフリだけくりかえす各国による「サミット」も、もう34回目らしいよ(笑)。■沖縄サミットは、はたして何回目だったけ?
●ブログ内
「アイヌ民族」関連記事
テーマ : 気になったニュース - ジャンル : ニュース
タグ : 北方領土 領土問題 少数民族 サミット プーチン アイヌ
『第2考古学 2008』から
藤沢 敦2006「民族の物語としての戦後日本考古学」『日本史の方法』第4号:125-132.
「本報告の趣旨は、「戦後の日本考古学は、民族という課題から逃避することによって、日本列島の歴史を、日本民族の物語として語ることに、結果的に荷担してきたのではないか?」というものである。」(125.)
第一章 何を問題にしようとするのか
第二章 戦後における日本人種論・民族論の枠組み
第三章 戦後の革新ナショナリズムと日本民族論
第四章 民族というテーマからの召還
第五章 考古学の商品化
第六章 歴史を領有するのは誰か
第七章 当面の課題
著者が専門とする7〜8世紀東北地方における「倭人と蝦夷の境界問題」(藤沢2007「倭と蝦夷の律令国家 -考古学的文化の変移と国家・民族の境界-」『史林』第90巻 第1号:4-27.)から、民族問題の提起(藤沢2008「国民の歴史への批判的介入 -地域研究の射程-」『博古研究』第35号:1-8.)へと至る起点に当たる文章である。
「意識的あるいは無意識的かを問わず、「日本の歴史」の枠組みは日本列島であり、そこに居住していた縄文人や弥生人は、現代の日本民族の祖先であるという前提に沿って語られてはいないだろうか。現代日本民族が、縄文文化を自らの祖先の歴史として領有しているのである。しかし、縄文文化を現代日本民族が領有する権利は存在するのであろうか。弥生時代に農耕を取り入れた日本民族に対して、狩猟・漁労・採集に生業の基盤を置き、、その点において縄文文化の伝統をより強く保持したアイヌ民族こそが、縄文文化を自らの歴史として領有する権利を有するという主張がなされたとしたらどうであろうか。」(130.)
政治家たちが集まるイベント会場に、「北海道唯一の国宝」と言われる巨大土偶(農作業中に発見されたという)が展示される。
「全ての先住民族が、名誉と尊厳を保持し、その文化と誇りを次世代に継承していくことは、国際社会の潮流であり、また、こうした国際的な価値観を共有することは、我が国が21世紀の国際社会をリードしていくためにも不可欠である。」(「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」衆参両院本会議2008年6月6日採択)
「日本考古学が民族を直接的な課題としない一方で、日本列島を研究の枠組みとしていることは、日本列島の歴史を日本人(日本民族)の歴史として領有する結果をまねいている。このような現在の日本考古学の構造は、現代を過去に投影しただけのものではないかという疑問に行き着かざるを得ない。縄文時代や弥生時代という、日本列島を輪切りにするような時代区分が、そもそも必要なのかという点から、再検討すべき時期に来ていると考える。日本列島を一つの時代で区分するのではなく、多様な文化が、地理的にも時間的にもずれつつ、継起的に盛衰したと考える方が、実態に即している。
そのためには、考古資料に立脚した文化の概念と把握法が検討されなければならない。特に、ある文化の空間的広がりをどのように把握するかという点が問題となる。すなわち、考古資料に基づく文化の空間的分節化の理論と方法である。」(131.)
私は、更に現在の考古資料に立脚した「日本考古学」という概念と把握法が検討されなければならない、と考える。特に「日本考古学」という文化の広がりをどのように把握するかという点について、近現代考古学という視点からの検討が不可欠である。すなわち、「日本考古学」という学問の空間的分節化の理論と方法である。
コメントの投稿