■「生活保守主義としての「食の
安全」意識と
ナショナリズム25」のつづき。
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世界の環境ホットニュース[GEN] 686号 08年06月30日
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毒餃子事件報道を検証する【第25回】
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毒餃子事件報道を検証する 原田 和明
第25回 胡錦濤来日
中国国家主席・胡錦濤は毒餃子事件の影響で、当初予定されていた「サクラの咲く頃」よりもやや遅れて、5月6日の午後に来日しました。中国国家主席の来日は98年の江沢民氏以来10年ぶりのことで、日中平和友好条約締結30周年記念行事のメイン・イベントでした。日中平和友好条約は福田康夫の父・赳夫が首相のときに締結された ものですから、福田にとっても 特別の思いがあったことでしょう。25周年の際には、小泉首相が靖国参拝に拘って日中関係は冷え切っていたため、官房長官だった福田が訪中しただけで終わっています。10年ぶりの国家主席来日に備えて、外務省は日中間の懸案だった「東シナ海ガス田問題」を首脳会談で解決するお膳立てまでしていたのです。しかしながら、毒餃子事件と、世界中で繰り広げられていた聖火リレー妨害事件によって、歓迎ムードとは程遠い雰囲気の中で、福田は胡錦濤を迎えることになりました。
胡錦濤の訪日スケジュールは以下の通りです。(外務省ホームページ他)
5月6日 午後、羽田空港に到着。福田総理主催
非公式夕食会
5月7日 天皇皇后両陛下御会見、日中首脳会談、
共同記者会見、宮中晩餐他
5月8日 池田大作(創価学会名誉会長)と会談、
早稲田大学講演、福田総理夫妻主催晩餐会
他
5月9日 天皇皇后両陛下御訪問、大阪地元自治体
・経済団体共催夕食会 他
5月10日 奈良(法隆寺・唐招提寺等)視察
他 午後、大阪空港より帰国
このスケジュールから気になることは、ポッカ缶コーヒーの毒物混入事件の公表のタイミングです。5月10日に発表されていますが、事件発生は長野聖火リレー前日の4月25日でした。ポッカは毒飲料事件が続く中、2週間も発表を見合わせていたことになります。しかも、胡錦濤が東京を離れた直後という絶妙のタイミングです。これが「何かの都合でたまたま、このタイミング」であろうはずがありません。警視庁あるいは警察庁の指示に従って、公表の時期を選んだと考えられます。
福田首相と胡主席は5月7日の首脳会談後、共同で記者会見しました。福田首相は日中間の最大の懸案である東シナ海ガス田の共同開発について、「大きな進展があり、解決のめどが立った。」と述べ、胡主席も「問題解決の展望が見えてきた。」と語りました。共同開発の方法や対象海域など具体的な交渉内容は明らかにされませんでしたが、両首脳とも協議が最終段階にあるとの認識を示しました。(5.8 朝日新聞)
政府はこの日の首脳会談の成果を演出するために、舞台準備を周到に進めていました。ガス田問題は、「首脳会談の最大の成果にしたい」(外務省幹部)最大の課題であり、その仕掛けのために、外務省の薮中事務次官が2、4月に訪中して、水面下で協議を続けていたのです。その一方で、交渉に携わった事務方は「進展は難しいという情報を事前に流して相場観を下げて、首脳レベルで大きな前進をさせて見せた」と解説しています。(5.8 朝日新聞)情報操作の種明かしまでしてみせるとは外務省幹部にとっては狙い通りの「してやったり」というところだったのでしょう。07年末の福田訪中はその第一歩でした。その出鼻を挫くように仕込まれたのが毒入り餃子だったと推定されます。
胡錦濤が早稲田大学講堂で日本の若者に直接話しかけ、友好ムードを演出すれば、会場の外ではチベットの旗や中国国旗を掲げて集結した学生数百人が怒号の中でにらみ合うなど、日中友好ムードの演出とはウラハラに会場周辺は一時騒然となっていました。(5.9 産経新聞)
そのため、首脳会談も友好ムード一色というわけにはいかず、毒餃子問題、チベット問題にも触れないわけにはいかなかったのです。それにしても、福田は首脳会談の後の共同記者会見で、自ら日中友好に水を差す発言をしてしまいます。胡錦濤の期待を十分知りながら、その期待を敢えて裏切ったのです。北京オリンピックの開会式への出席についての質問に対して、福田は次のように答えました。「オリンピックの開会式ですか。出席するかどうかというお尋ねですが、考えてみたらまだ先なんですね。ですから、これはですね、前向きに検討するということ。事情が許せば前向きに検討して参りましょうということであります。」そのときの胡錦濤の様子を朝日新聞(5.8)は 次のように伝えています。(以下引用)
その瞬間、胡主席の表情がこわばった。(中略)通訳の中国語を
硬い表情で聞いていた胡錦濤が「ごくり」と唾をのみ込む様子が
記者席からも見てとれた。中国外務省当局者は「遠来の客人に
手土産を持たせるのが主人の礼儀。出席を表明してくれるとの
期待が大きかっただけに残念だ。」という。胡政権にとって、北京
オリンピックの成功は至上命題。各国首脳の開会式不参加などで
オリンピックに傷がつけば、国威発揚を狙った祭典が逆に政権
基盤を揺るがしかねない。89年の天安門事件後、国際社会で
孤立した中国にとって92年の天皇訪中は「西側の対中制裁を
打破する上で積極的な効果があった」(銭其?・元外相)と中国側
では受け止められた。チベット騒乱後、初めての外遊となった訪日
にも「似たような期待感が透けて見える」と日本政府筋は指摘す
る。(引用終わり)
福田自身、オリンピックの開会式出席にもともと意欲的でした。それに、天皇のオリンピック招待を期待する中国側に対し、「天皇の政治的利用になる」と宮内庁と外務省が消極的であるという事情もあり、「皇族以外で中国が満足するのは福田首相しかいない」(政府関係者)、「中国に貸しをつくり、いろんな懸案で譲歩を引き出すべきだ」(外務省幹部)と、開会式出席を外交上利用すべきだとの意見もあったのです。自民党内から「国民は喜ばないし、世界の笑いものだ」(3役経験者)という厳しい声も出ている(6.4 産経ニュース)というものの、胡錦濤が何を期待していたのかも十分わかっていた福田には、回答を先送りする理由はなかったはずです。開会式出席表明にはこれ以上ふさわしい舞台はなかったはずです。
それでも、彼は素っ気無い答えをするしかなかったのです。その理由は不明ながら、理由のひとつには毒飲料事件にまつわる脅迫があったのではないかと推測されます。犯人にとって、「ガス田問題の解決」よりも、北京オリンピックを不成功に終わらせることの方が重要だったということになります。すると、犯人にとって、この時点では、日中間の分断よりも、中国の孤立化の方がより大きな成果だと考えていたことになります。その場合には、少なくとも毒飲料事件の犯人は、中国側ではないと推測されます。
3月に起きた「チベット騒乱」では、軍を派遣して鎮圧した中国政府に対し、世界各国は「人権」を盾に一斉に非難の声をあげました。ヨーロッパでは北京オリンピック開会式への不参加を表明する首脳も複数現れていました。ところが、胡錦濤の帰国直後、今度は「チベット問題」を棚上げして中国を支援しなければならない事態となりました。5月12日に発生した四川大地震は死者6万9000人、行方不明1万8000人、負傷者37万人という未曾有の大災害でした。福田のオリンピック開会式出席は国際的中国包囲網が緩んだ6月3日になって明らかに なりました。それも本人の 意思表明ではなく、政府関係者からの情報(6.4 産経ニュース)によってと、あくまで控えめです。---------------------------------------------
■原田さんに指摘されるまで、ハラナは、ギョーザと飲料の毒物混入を関連づけることに全然きづかなかったし、ましてや、国際社会のなかでの日中関係がからんでいる、などといった直感は、カケラもはたらかなかった。■それは、英語圏の文献から国際情勢のウラをみすかそうとする、田中宇さんの記事にも、そういった観点が皆無だったこともおおきい。おそらく、英語圏メディアも、こういった着想から一連の事件をむすびつけられるような取材網をもちあわせていないんだろうとおもう。■こういった、ヤバいネタに はげしくせまるはずの カマヤンも沈黙。まさか、原田さんひとりが、電波系って、ことはあるまい(笑)。
■問題は、これら一連の構図にかなりの程度きづいていただろうに、政府と連携をとりながら、しらばっくれていた大メディアの一線記者や幹部たちだね。■かれらに、真の愛国心があるなら、匿名のブログとか掲示板とかで、内部リークしてよさそうなものだが、原田さんからしか、こういった観点がもたらされないってことは、巨大な沈黙=隠ぺいリーグができあがっているということ。これは、かなり うす気味わるい。
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タグ : ナショナリズム 安全 食品 1984年 真理省 警察
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