プロフィール

ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

前ブログ: 『タカマサのきまぐれ時評

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御嵩町長襲撃12年

■まえの御嵩町長、柳川喜郎さんが、自宅マンション4階のエレベーターで2人組のおとこたちにおそわれ、一時意識不明の重態となる事件となってから、12年。■2年まえの『読売新聞』(中部発)の特集「 御嵩町長襲撃10年」上中下を、はりつけておく。


(上)消えぬテロの恐怖
 捜査難航 今も不寝番

  産廃絡み? 盗聴では11人逮捕

 岐阜県御嵩町の閑静な住宅街の一角にある小さなプレハブ小屋の前に、夕方になると紺色の制服姿の警察官が2人立つ。すぐそばにある町長・柳川喜郎(73)が住むマンションを警備しているのだ。翌朝、柳川が出勤するまで警察官が不寝番にあたる姿は、もう10年も続く。「町長が襲われたのだから」と、近所の人たちは警察官の姿にいまだに不安な様子を見せる。事件のことを尋ねると、「うちは関係ない」とほとんどの人が口を閉ざした。

御嵩町長襲撃10年1

柳川町長の自宅を警戒する警察官(23日、岐阜県御嵩町で)


■  □  ■

 同町内にある桃井病院に血まみれの男性が運び込まれたのは、1996年10月30日午後6時半過ぎだった。院長の桃井知良(63)は、救急車から運び出された担架に横たわる男性の顔を見て驚いた。柳川だった。頭蓋(ずがい)骨、腕、鎖骨などが折れ、肺には穴があいていた。「襲われた」。柳川の声は弱々しく、虫の息だった。

 「御嵩町長襲撃」という異常事態は、町民の多くに「産廃がらみのテロでは」という不安を与えた。

 前兆はあった。その月の初め、柳川の自宅電話に盗聴器が仕掛けられているのが見つかった。当時、柳川は、前町長が進めていた産廃処理会社「寿和工業」(本社・岐阜県可児市)による産業廃棄物処分場の建設計画に反対を唱えていた。「それに対する嫌がらせでは」との声が、すぐに反対派の住民から上がった。住民らの家にも脅しの電話がかかっていた。

 「事件の背景には産廃問題があると思う」。襲撃後から一貫して柳川がこう言い続けているのには、こんな流れがあったからだった。岐阜県警の捜査も、産廃問題をにらんでのものになった。

■  □  ■

御嵩町長襲撃10年2

病院で応急処置を受ける柳川町長
(1996年10月30日撮影)


 しかし、捜査は難航。延べ14万8000人の捜査員を動員し、盗聴については二つのグループ計11人を逮捕したものの、襲撃事件との関連は裏付けられなかった。捜査について、県警内部ではいくつかの問題点を指摘する声がある。まず、発生当初の対応だ。

 管轄する警察署が、柳川から事情聴取できないこともあり、状況把握に手間取って、幹線道路などへの緊急配備を見送っていた。捜査に当たった元幹部は「署の当直らに事件の重大性の認識が薄かった。大量の警察官による緊急配備をせず、犯人を楽に逃がしてしまった可能性がある」と、初動捜査の失敗を認める。さらに、柳川宅で盗聴器を発見後、パトロール強化などの対策を取らなかったことについても疑問の声が上がっている。

■  □  ■

 加えて捜査の難しさに輪をかけたのが、処分場建設に絡む数百億円とも言われた利権に関与した人間の多さだった。大半は暴力団や右翼団体関係者で、その数は数十人にも上った。当時の捜査幹部は「その一人一人を調べたが、やつらは組織の維持に命を張っている。話せば自分の命が危ない。襲撃について聞くと、とたんに口が重くなった」と振り返った。

 逮捕された盗聴グループの一人は、最近の取材に対しても「御嵩に行ったこともなく、逮捕されたほかの人間とは面識もない。そもそも盗聴と襲撃が、どう関係していたのか教えてもらいたい」と、固く口を閉ざす。

 捜査幹部は「いまだに襲撃と産廃問題を結びつけることすらできていないのが実情だ」と話す。ただ、反対派住民の家には、10年たった今でも不審な電話が時折、かかってくる。

□  □  □

 民主主義を根底から揺るがすテロの恐怖が、小さな町を包んでいる。「いつか自分も襲われるのでは」と、進まぬ捜査にいらだちを募らせる住民たち。襲撃事件は、殺人未遂容疑の時効まで、あと5年に迫っている。(敬称略)


 御嵩町長襲撃事件
 1996年10月30日夜、岐阜県御嵩町の柳川喜郎町長が自宅マンションで2人組の男に襲われ、頭の骨を折るなど一時、意識不明の重体となる大けがを負った。岐阜県警では殺人未遂事件として捜査本部を設置。直前に発覚した自宅電話への盗聴事件で計11人を逮捕したが、襲撃事件は未解決のままとなっている。柳川町長は事件の1年半前、町内に計画されていた産業廃棄物処分場の建設反対を掲げ、初当選。現在3期目。

(2006年10月26日 読売新聞)


(中)当たり前の仕事 標的
夫奪った 行政対象暴力


御嵩町長襲撃10年3
職員殺害事件が起きた栃木県鹿沼市役所。
小佐々守さんの遺体は見つからないまま、
2003年8月、葬儀が行われた。

 御嵩町長の柳川喜郎(73)が、栃木県鹿沼市環境対策部参事だった小佐々(こささ)守の自宅を訪ねたのは2004年8月24日のことだった。その3年前、小佐々は、ごみ収集を巡る公務上のトラブルで業者から逆恨みされ、殺害された。57歳だった。

 「私の事件と同じように、不条理を見逃す土壌が背景にあります」。小佐々の遺影に手を合わせた柳川は、傍らで涙ぐむ小佐々の妻、洌(きよ)子(58)に語りかけた。

 柳川は小佐々と面識はなかったが、東京出張の際に突然、鹿沼まで足を伸ばしたという。小佐々の遺体はまだ見つからず、不安と緊張の日々が続いていた洌子は、柳川の「事件を世間に知ってもらうことが、小佐々さんへの供養になります」という言葉に目を開かれる思いがした。

 「事件のことを皆さんに訴えるなんて考えられなかった」という洌子だったが、「夫と同じように命を奪われたかもしれない人から『訴えなければわからないこともあるし、前に進めない』と言われ、私にできることは何だろうと考えるようになった。私が動き始める指針になりました」

■  □  ■

 「今日はどなられちゃったよ」。01年10月下旬のある日、夕食時にぽつりとつぶやいた夫の表情を洌子は今も忘れない。ふだんは仕事の話などしない夫が「怖かったよ」とも漏らした。

 その数日後、小佐々は職場の市環境クリーンセンターから自転車で帰宅する途中で、行方がわからなくなった。1年3か月後、男4人が営利目的略取などの容疑で逮捕された。直前に自殺した元廃棄物処理会社社長から、小佐々の殺害を依頼された仲介役と実行犯の男たちだった。

 自殺した社長は、経営する廃棄物収集会社が同クリーンセンターに持ち込んだごみに不審な点があるなどとして、小佐々から厳しく指導を受け、トラブルになっていた。

■  □  ■

 「結局、誰も責任を取っていないんです」と洌子は憤る。「夫は厳格できちんとしている人だったけど、当たり前のことをしていただけなのに」。職員の多くが、男の行動を見て見ぬふりをした。その中で、真っ当に仕事をする小佐々に男の恨みが集中した。

 殺害という最悪の事態に至った小佐々の事件は、全国の自治体に大きな衝撃を与えた。行政に対する不当要求の対応マニュアルや要綱を策定する自治体は急増し、警察庁のまとめでは、全国の策定率は昨年末までに87・9%に上っている。

 しかし、今年6月まで日弁連の民事介入暴力対策委員長を務めた弁護士の北川恒久は「マニュアルを作るだけでは、現場にとって意味がない」と指摘する。「徐々に取り組みは進んでいるが、現場の職員を孤立させないためにも、もっと組織的な体制づくりが必要だ」と話す。

■  □  ■

 柳川の訪問から2か月後、洌子は御嵩町で開かれた集会で、町長襲撃事件を風化させてはならないと呼びかけた。洌子は「私と柳川町長と、2人だけではたいした声は出せない。それでも、不当要求や暴力がなくなってほしいという思いを込めて、できることをやっていきたい」と話す。それが夫への供養になるとともに、柳川の言う「不条理のない社会」の実現に役立つと信じているからだ。(敬称略)

(2006年10月27日 読売新聞)



(下)事件風化させない
 住民 警鐘鳴らし続ける


 岐阜県御嵩町の中公民館で25日夜、町民有志でつくる「町長殺人未遂事件の早期解決をめざす会」が開かれ、会員約40人が集まった。町長の柳川喜郎(73)が襲撃されてから10年を機に、来月3日に同公民館で開く「暴力追放御嵩大集会」の最終打ち合わせのためだ。
御嵩町長襲撃10年4

「御嵩町長襲撃10年」11月3日の大集会に向け、
綿密な打ち合わせをする実行委員会の町民ら
(25日、岐阜県御嵩町で)


 めざす会会長の桃井知良(63)は「暴力追放を願う志の高さを示す大会だ」として、暴力追放運動に関係する全国の団体などから約500人を集め、事件の背景にあったとされる産業廃棄物処分場の建設利権に群がる暴力団らに圧力をかけるという。そしてもう一つ、「改めて事件の記憶を呼び覚まし、事件をうやむやのまま風化させないようにしたい」と語った。

■  □  ■

 柳川が瀕死(ひんし)の重傷を負った事件は、全国に大きな反響を呼んだ。約1か月の入院後、頭部に大きなガーゼをあてたまま記者会見し、「事件の心当たりは産廃問題しかない」と話した柳川の悲痛な表情に、暴力の影におびえていた住民たちも立ち上がった。

 事件の翌年6月には、産廃処分場建設の是非を巡る全国初の住民投票が実施され、1万373票対2442票の圧倒的多数で、建設反対の意思が示された。また、有志による暴力追放集会が、毎年開かれた。

 この流れを受け、2003年10月に結成されたのがめざす会だった。現在も24時間態勢で情報を受けるためのホットラインを運営し、「事件を話題に上らせることが重要」と、事件の情報提供者への300万円の懸賞金提供も用意している。

 しかし、「時間の経過とともに、事件の関心はどんどん薄れている」と、会員たちは心配する。実際、町民の間には「このままそっとしておいて、産廃処分場が出来なければいい」という声も多い。

■  □  ■

 「ただ、それでは何の解決にもならない」と、3日の大集会に参加する元日弁連会長の中坊公平(77)は語る。

 中坊は「産廃問題に暴力などの不法行為がつきまとう以上、小さな暴力などでも見逃せば、それが積み重なって大きな代償を支払うことになる」と警告する。その上で、大きな注目を集めた香川県・豊島(てしま)での大量産廃不法投棄事件を例に、「香川県の職員が、受けたささいな暴力を放置し、それが不法投棄者を増長させて、50万立方メートルを超すごみの山を生んだ」と指摘した。

 岐阜県内でも同様な事例がある。岐阜市の山林に全国最大規模の約75万立方メートルの産廃が不法投棄された「善商事件」だ。市職員が業者の不正行為を見逃していたことが、撤去費用約300億円とも言われる大事件になった。

 中坊は「御嵩の事件についても、3日の大集会だけでなく、今後もずっと警鐘を鳴らし続けることに意義がある。それが、暴力など不法行為を見逃さない行政や市民の意識作りにつながる」と語った。

■  □  ■

 事件から10年。柳川は警察官の警戒が続く自宅マンションに帰り、エレベーターから降りて襲撃場所に立つ時、今も思わず身構える時がある。「犯人が逮捕され、その背景にある真相が究明されるまで、この感覚が消えることはない。それまでは声を上げ続ける。事件を風化させないためにも」。柳川は決然とした表情で語った。(敬称略)

 (この連載は鈴木徹、青山丈彦、福士由佳子、小栗靖彦が担当しました)

(2006年10月28日 読売新聞)

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■町長職をおりた、柳川さんの自宅は警備する必要をうしなっただろう。■そして、柳川さんの後継者である、現在の渡辺公夫御嵩町長は、寿和工業の清水道雄社長が県に提出していた処分場建設の許可申請をとりさげることで合意がとれた(2008/03/26)以上、これがらみでテロにおそわれる不安をかかえていないだろう。■しかし、計画が消滅したこと、これからテロが おきないだろう みとおしだけで、いいはずがない。
■中坊さんが指摘した構図を、どうやって継承し今後にいかしていくか…。


【日記内関連記事】
●「NHKが赤福問題でキャンペーンを張ったワケは?(三重県よろずや)
●「ことしおきたこと1(岐阜・御嵩の産廃処分場中止)
●「寿和工業が処分場撤回表明 御嵩産廃3者会談(岐阜新聞)
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御嵩町長襲撃、時効を前に県警謝罪…ミス認めず 読売新聞

10月29日(土)11時8分配信
 岐阜県御嵩(みたけ)町の前町長柳川喜郎さん(78)が1996年に襲撃された殺人未遂事件が30日午前0時で公訴時効(15年)を迎えるのを前に、岐阜県警の上口弥一(かみぐちやかず)・刑事部参事官が28日、県警本部で記者会見し、「あらゆる捜査を尽くしたが、事件を解決できなかった。柳川さんに非常に申し訳ない」と謝罪した。

 また、県警は今月17日に容疑者不詳のまま岐阜地検に書類送検し、捜査を終結したことも明らかにした。

 捜査本部は襲撃事件前に柳川さんの自宅の電話を盗聴していた2グループを含む関係者延べ34人を逮捕したが、襲撃犯に結び付く手がかりは得られなかったという。事件発生直後に緊急配備をかけなかったことについて、上口参事官は「目撃者がいなかったことに加え、柳川さんが入院して犯人像をつかむのに時間がかかったため、現場に捜査力を集中した」と説明した。

 可児署からの県警本部への連絡は事件の認知から30分が経過していたというが、「初動捜査に遅れがあったとは思っていない」と強調。「捜査にミスはなかった」としながらも、犯人に結び付く目撃情報や物証が得られなかった結果から、「捜査の充実は課題として残る」と反省の弁を口にした。

 県警として、刑事部の幹部3人が今月26日に柳川さんの自宅を訪れ、「頑張ってきたが、未解決で申し訳ない」と謝罪したという。

 捜査本部は、最大時180人態勢で臨み、約5500日間で延べ15万5000人の捜査員を投入した。

寿和工業→今は フィルテック と社名変更し営業中

削除要請について

「当該記事は20年前の事件についてのもの」「社の組織体制は大きく変化」
「これらの記事が出回っていることで、現在も営業妨害」
との理由による削除要請があった。


【 削除を依頼する具体的な箇所 】:
現在の渡辺公夫御嵩町長は、寿和工業の清水道雄社長が県に提出していた処分場建設の許可申請をとりさげることで合意がとれた(2008/03/26)以上、これがらみでテロにおそわれる不安をかかえていないだろう。

柳川の自宅電話に盗聴器が仕掛けられているのが見つかった。当時、柳川は、前町長が進めていた産廃処理会社「寿和工業」(本社・岐阜県可児市)による産業廃棄物処分場の建設計画に反対を唱えていた。「それに対する嫌がらせでは」との声が、すぐに反対派の住民から上がった。住民らの家にも脅しの電話がかかっていた。


↑ ■「営業妨害」が実在するなら、たしかに迷惑だろう。しかし、このブログがはりつけているのは、すべて過去の新聞記事だ。このブログの記述が営業妨害を誘発しているかのような批判は、非合理的に感じる。
■「石原産業やチッソなど、大手の公害企業がつぶれなかったのは、株主や国策などの保護のおかげで、そういった特別あつかいのない企業は、きつい」というのは、一般論としては、ただしかろう。しかし、企業は、個人と同様、過去の負の遺産を自力で克服するしかないとおもう。一から再出発したのではなく、資産や人材や社名等をひきついで、事業を展開してきたのであれば。
■それは、かずかずの悪事をはたらいた政治家の子孫が、その汚名とセットで、地盤・看板・カバンをひきつぐのと同質だとおもう。

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