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ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

前ブログ: 『タカマサのきまぐれ時評

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生活保守主義としての「食の安全」意識とナショナリズム24

■「生活保守主義としての「食の安全」意識とナショナリズム23」の続報。前回転載の文章の改訂版がでた。

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     世界の環境ホットニュース[GEN] 684号 08年06月23日
         ご意見・ご投稿 → このメールに返信

        毒餃子事件報道を検証する【第23回/訂正版】        

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 毒餃子事件報道を検証する   原田 和明

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前回の原稿を送信後、あらたな情報が見出されたため、全体の構成を改めて、第23回・第24回の2回にわけてお送りします。したがって前回の「第23回」は削除してください。――編集者
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 第23回 「爽健美茶」事件の背景

 善光寺は「辞退を決断(4月18日)」の前に、「結論を保留(4月17日)」という中間報告をしていました。なぜ、善光寺がそのような中間報告をしたのかを探って行くと、2つの「爽健美茶」事件(第1620回)と4月8日未明の対策会議(第17回)との関係が無視できなくなってきました。

 長野聖火リレーの行なわれる4月26日が近づくにつれ、物物しい警備計画であることがはっきりしてきました。走者の脇に聖火の管理を担当する中国側の2人、その周囲に運動着姿の機動隊員5人、さらに、その両脇を警備要員の警察官数十人が二重に隊列を組んで伴走。その上、沿道にも私服、制服含めて多数の警察官が配置され、「不審な動きをすれば一般市民にも職務質問せざるを得ない」(県警関係者)という物物しさです。そして、そのために長野県警は、全県に約3300人いる警察官の7割に当たる約2300人を動員する予定で、県内各署の中には、泊まり勤務態勢の警察官を削ってまで対応する署もあるというのです。(4.23 信濃毎日)

 「平和の祭典」のイメージとかけ離れた警備体制をとっても、まだ不安(県警幹部談)という状況で、なぜコースを短縮しなかったのかという疑問が残ります。


 そこへ、オーストラリア・キャンベラでの聖火リレーの情報がもたらされました。キャンベラでは長野と違い、10回もコースが変更され、距離も当初の予定より4キロ短縮されて16キロ(長野は18.7キロ)で実施されたのです。(4.24信濃毎日新聞)キャンベラでは、「リレー当日は、約2000人のチベット支持の活動家らに対し、中国を支持する群衆は数で圧倒しており、押し合いや『やじ』の言い合いでも常に優位に立っていた」(4.24 AFP)のですが、その群衆について、ジョン・スタンホープ首相は、シドニーのデイリー・テレグラフ紙の取材に、「中国大使館員が24日の聖火リレーで1万人以上の中国支持者を動員した」と述べています。テレグラフ紙によれば、キャンベラの中国大使館員は、群衆を集めた学生グループのリーダーや旅行代理店と常に連絡を取り合っていたことがわかっています。キャンベラで無事リレーを終わらせたい中国政府が「レンタル群衆」を利用したと、テレグラフ紙は伝えています。(4.25 AFP)

 日本でも同様の動きが見られます。4月17日の産経ニュースは次のように伝えています。(以下引用)

 在日中国人留学生でつくる全日本中国留学生学友会は17日、北京五輪の
 聖火リレーが 26日に 長野市で行われるのに 合わせて、日本各地の 留学
 生ら約2000人の中国人を長野市入りさせる計画を進めていることを明らかに
 した。

 李光哲会長は「平和的な歓迎活動。抗議行動が起きた場合は日本の警察
 当局にゆだねる」と述べ、衝突や暴力行為を起こさないよう参加者に呼び掛
 けていると強調した。

 参加するのは 全国の100近い大学の留学生や日本で働く中国人ら。東京
 中心部から26日未明にバス30~40台をチャーターして長野市に向かうほか、
 地方からは直接長野市入りする。
(引用終わり)

 善光寺が局議(寺務総長や局長、部長ら計18人でつくる善光寺の意思決定機関。非公開)を開いて、聖火リレーの対応を協議したのも、この日17日です。局議終了後に取材に応じた若麻績(わかおみ)信昭・寺務総長は、チベット弾圧や警備上の不安など「問題になっていることについて意見統一ができなかった」と説明(4.18 信濃毎日新聞)し、市の 実行委員会に対し、スタート地点となることについて「保留にしたい」と伝えたことを明らかにしました。そして、同日午後にも開く会議で辞退するかどうかを正式に決定するとみられていました。(4.18 共同通信)

 一方、市実行委は 善光寺の対応とは別に、コース全体の短縮案も内部で検討。荒井 課長は「不測の事態に備えて 腹案は用意している。シミュレーションはしている。ただ、現時点では 短縮するつもりは ない。」と説明しています。(4.18 信濃毎日新聞)予想通り、善光寺が長野市 実行委員会に辞退を伝えたのは翌日4月18日です。(4.19 朝日新聞)タイミング的には、中国人留学生に大動員がかけられ、大挙して長野にやって来るとの情報に、善光寺が慌てて、局議を開いたものの結論は出なかった、そこで、午後に改めて局議を開き、辞退を決めたという風にもみえます。しかしそれでは、寺務総長が市実行委にわざわざ、「結論が出ていない。」と中間報告する必要はありません。それに、警備の問題ですから、市実行委と県警が相談すべき話です。善光寺の内部で相談して決まる話ではありません。それに、結論が出ていないのに、市実行委が「コースの短縮は想定していない。腹案は用意している。」とは どういうこと でしょうか? 

 市実行委は寺務総長から「結論は保留」との報告を受ける前から、善光寺の辞退だけを想定した代替案を用意していたことになり、その時点で善光寺の辞退は決定事項だったと考えられます。「午後の局議で正式決定」(4.18共同通信)というのは、別の理由があったのではないか? 例えば、日本政府が 中国政府の了解を取り付けるまでの時間稼ぎだったのではないかとの疑問も浮かびます。市実行委事務局が 北京五輪組織委員会(BOCOG)の「連絡員」に事情を説明したところ、コースの全体的な変更がなければ出発地点にはこだわらない――との返答があった(4.19 信濃毎日 新聞)というのですから、中国政府の了解はこの時点でとれていたと考えられます。そもそも、善光寺がスタート地点に選定された経緯は、長野市教委によると、コース設定にあたり、北京五輪組織委員会が観光名所を加えてほしいと要望したことに始まります。市側は1998年長野冬季五輪開会式で善光寺の鐘を合図に開幕した関係もあり、同寺を出発点に選び、寺側も承諾したのです。(4.18中日新聞)中国政府にとっては、「善光寺からスタート」はそれほど重要ではなかったのかもしれません。

 それにしても、18日に善光寺が辞退したと同時に、北京五輪組織委員会の了承など得られるものでしょうか? おそらく北京五輪 組織委員会の了承が得られたから、善光寺は辞退を発表できたと考えられます。従って善光寺が「保留」と中間報告したときには、中国政府との折衝がすでに始まっていなければなりません。中間報告という形だった善光寺の「保留」とは、「善光寺の決断が保留」なのではなく、善光寺の局議と同時進行で進められていた、日本政府と中国政府との折衝の回答がまだ得られていなかったことによる「日本政府の決断が保留」ではなかったかと思われます。そう考えると町村官房長官が「地元で適切に考えていただく問題」(4月18日の談話)と他人事のようなコメントを出さざるを得なかった理由も理解できます

 4月16日の昼間の段階では、善光寺でまったく対策会議を開く予定もないとのことでした。(4.24 奥秋昌夫「追撃コラム」)ところが、4月17日の朝には日本政府は既に中国政府に「出発地点の変更」を打診していたことになり、善光寺で急遽17日に開催された局議の結論がどうなろうと、日本政府にとって無関係だったということになります。つまり、善光寺の局議は、ただ「スタート地点の辞退」を承認するだけだったと考えられます。ということは、4月16日の夜に、日本政府から善光寺に「辞退要請」があったのではないかと推定されます。そして、中国側からの回答が翌17日の夕方にずれこんだため、善光寺からわざわざ「保留」という中間報告をさせたのかもしれません。この時点では、中国政府の「NO」という回答もありえたので、「保留」としたというわけです。あるいは、既に中国政府の了承を得ていたが、善光寺の「自主的な判断による辞退」発表を、北京五輪組織委員会が即了承と発表するわけにはいかなかったので時間差をつけたとも考えられます。日本政府は、中国政府に対し、コースは短縮しないという条件を提示して、了解をとろうとしたと思われます。それほど急を要する重大事が4月16日に起きたと考えられます。

 残念ながら、「4月16日の重大事」が何だったかはわかりません。推測になりますが、ふたつの「爽健美茶」事件の合い間にあたることがヒントになると考えました。「善光寺の辞退」によって、重大事は回避されたのだと考えると、「善光寺の辞退を要求する、食品への毒物混入予告」が最初の「爽健美茶」事件の際に、政府に もたらされた と推定されます。「テロの予告」は、最初の「爽健美茶」事件が報道された4月7日であって、回答期限は10日後の4月17日だったと仮定すると、政府が「臨時食品危害情報総括官会議」を4月8日の未明に召集せざるをえなかった衝撃の大きさも、17日に行われた善光寺の突然の辞退表明も理解できます。そして、「爽健美茶」の容器に入れられていたと考えられる「ヘルシア緑茶」に仕込まれた毒が「死ぬことはないが、かなり高濃度」だったという絶妙な量だった意味も「予告」ならば十分すぎる効果があったと思われます。ターゲットが「ヘルシア緑茶」から、長野聖火リレーのスポンサーである日本コカ・コーラ社の「爽健美茶」に代わったのも、テロの目的が長野聖火リレーの妨害に移ったことを示していると考えられます。

 4月8日未明の「臨時食品危害情報総括官会議」では、「異常を感じたら保健所へ」と消費者に 周知徹底することを決めただけです。(4.8 IZA ニュース)メーカーによる自主回収・分析を回避することしか対策を打ち出せませんでした。そして、何ら有効策を打てないまま時間切れ直前の16日夕方、犯人の要求に屈して、善光寺に辞退を要請したのではないかと考えられます。

 北京五輪組織委員会の返答から、長野市がコースの変更や縮小をしなかったのは、日本側が中国側の譲歩を引き出すために提示した最低条件であったからと推測されます。そこで、犯人は聖火リレー直前になって、コースの縮小ないしは、聖火リレーそのものの中止を要求してきたのかもしれません。日本政府はなすすべもなく、第三の毒飲料事件が兵庫県姫路市で発生しました。政府にできたことは事件の報道を聖火リレーの翌日27日に引き延ばして、国民に気付かれなくすることだけだったと考えられます。

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■原田さんの「24回」記事をよんでみないとわからないが、「第23回 応援ツアーの背景」とは全然別の構成になっている。■「旅行業法」違犯問題は、次回なのかな?

■いずれにせよ、食品メーカーが自主回収するってことは、ことの本質がメディアにながれないよう、示談などで、ごまかす危険性をもっていることは、皮肉にもうかびあがった。■もちろん、保健所にもちこませて、メーカーにもちこませない政府は、もっとヤバそうだと(笑)。
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タグ : ナショナリズム 安全 食品 1984年 真理省 警察

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