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ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

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政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

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国籍法の婚外子差別違憲 最高裁、日本国籍認める(中日)

■先日の最高裁判決の件を『中日』の記事から。

国籍法の婚外子差別違憲
  最高裁、日本国籍認める

2008年6月5日 朝刊

  結婚していない日本人の父とフィリピン人の母から生まれ、出生後に父に認知された子どもたちが、日本国籍を取得できないのは違憲として国を訴えた2件の上告審で、最高裁大法廷(裁判長・島田仁郎(にろう)長官)は4日、「両親が結婚していないことを理由に日本国籍を認めない国籍法の規定は不合理な差別で、法の下の平等を定めた憲法14条に違反する」との判断を示し、2審判決を破棄、10人の原告全員に日本国籍を認めた。

国籍法の婚外子差別違憲1
国籍法の規定を憲法違反とした判決を受け、
大喜びで最高裁を後にする母子=4日午後
国籍法の婚外子差別違憲2


国籍法の規定を違憲とした最高裁判決は初めて。大法廷の違憲判決は、海外に住む日本人の選挙権を制限する公職選挙法を違憲とした2005年9月以来、戦後8件目。

 結婚していない日本人の父と外国人の母から生まれた子(婚外子)が日本国籍を取得するには、出生後認知の場合、父母の結婚が要件とされる。裁判では国籍法のこの要件が違憲かどうかが争点となり、大法廷は違憲無効と判断した。国会は法改正へ早急な対応を迫られる。

 15裁判官のうち9人の多数意見。ほかに3人が「適切な立法作業を怠った」と、立法不作為による違憲状態と判断したが、うち2人は立法措置での対応を求めて請求を退けるよう主張。合憲と判断したのは行政官出身の横尾和子裁判官ら3人だった。

 多数意見は、両親の結婚要件は1984年の法改正当時は合理的だったとしたが、家族生活や親子関係の意識が変わり、実態も多様化したことを踏まえ▽婚外子差別を禁じる条約を日本が批准▽諸外国は同様の要件を廃止-など社会的変化を指摘。原告らが国籍取得届を出した03年当時には、要件の合理性は失われていたと判断した。

 さらに「国籍取得は基本的人権の保障に重大な意味があり、子の不利益は見過ごせない」と言及。「同じ婚外子でも胎児認知や日本人の母から生まれた子には国籍が認められていることを考えれば、日本人の父の婚外子にだけ国籍を認めないのは不合理な差別で違憲」と結論付けた。

 上告していたのは、関東と東海地方に住んでいる8-14歳の子ども10人。法務局に国籍取得を届けたが、受理されず提訴した。

 1審の東京地裁はいずれも「国籍法の規定は違憲」として日本国籍を認め、原告側が勝訴。しかし2審の東京高裁は憲法判断をせず、原告側の逆転敗訴とした。

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■判決結果自体は、『産経』など保守系メディアさえも、賛同しているぐらいだから、日本の政治体制にとって、全然問題とされない次元のことであり、「こどもの人権」といった論理に保守派も抗することが困難になった最近の風潮が背景にあるとおもう。
■むしろ、基本的に保守的な態度をまもってきた最高裁が、「両親の結婚要件は1984年の法改正当時は合理的だったとしたが、家族生活や親子関係の意識が変わり、実態も多様化したことを踏まえ▽婚外子差別を禁じる条約を日本が批准▽諸外国は同様の要件を廃止-など社会的変化を指摘」といった多数説(60%)にそったという事実は、日本の体制側の「外国人」観をうかがわせて、興味ぶかい。■たとえば、1984年当時だって、親子関係の意識や実態は多様だったのであり、「両親の結婚要件は1984年の法改正当時は合理的だった」などという論理は、官僚互助連合の、正当化にすぎない。内外の時代の変化、といった論理でごまかすのは、卑劣とさえいえる。
■また、「3人が「適切な立法作業を怠った」と、立法不作為による違憲状態と判断したが、うち2人は立法措置での対応を求めて請求を退けるよう主張」といったくだりは、法の不整備があろうと、請求棄却しても当然みたいな、官僚根性まるだしの論理に安住している。■法的な整合性、という、官僚なかまのだけでだけ通用する、これまた互助連合の悪習。刑事被疑者への法の不遡及問題じゃないんだから、権利保障するのに、「まだ法が整備されていないから」なんてのは、議論がさかだしている。「人権なんて、まともに保障する気がない」って白状しているようなもんじゃないか?
■したがって、今回の判決は、画期的にみえるかもしれないけど、法務省の体質もふくめて、日本社会の保守性を端的に象徴しているといえそうだ。

■第一、日本の国籍制度が、あいかわらず血統主義にこだわって、日本国内でうまれたコドモの権利を保障する気がない。■要するに、「日本人の血族かどうか」が第一だし、そこに正式な結婚だの、認知だの、そういった条件をかならずいれて、権利擁護の範囲をかぎって当然だとおもっている。
■何百年にもわたって、よそものを例外的にしかうけいれなかったような ムラ社会が「血統主義」国籍制度にしがみつくのは、わからなくもないが、日本帝国の子孫たちに、そういった資格などない。■たとえばアイヌ・モシリ等にズカズカあがりこんで植民地化した帝国日本が、血統主義をもちいて、アイヌ民族・琉球民族・朝鮮民族等々に日本国籍をおしつけたという経緯はどうだ? これら蛮行は、すべて生地主義によってしか合理化できない。
■法律婚や認知など、日本人という法的身分にこだわるさまも、オトコの問題がからんでいて、うすぎたない。■「出生後に認知しても法律婚していないのなら日本国籍をあたえない」という処遇と、「日本人の母親からうまれのなら日本国籍をあたえる」という処遇の差は、コドモの人権をまともに保障する気がない国情、血統とか法律婚に異常にこだわる風潮を端的に象徴している。
■法律上の問題というなら、1972年の沖縄返還の際に、米軍将兵がらみで、たくさん事例が浮上したのに、その時点で法整備をちゃんとやる気がなかったってのも、バレたね。要するに、35年以上も、法整備をおこたって、ズルズルと放置してきたというズサンな政府ってことだ。

■いずれにせよ、国籍問題は、戸籍制度の矛盾と密接にからんでいる。帝国臣民かどうか、っていう、身分制度とね。■これら法体系とそれをつらぬく法思想の清算がおわらないかぎり、モグラたたきのように、こういった問題がふきだしつづける。対症療法で、チマチマ法律を改正したり運用をかえたりしても、問題解決にはほどとおい。


●ウィキペディア「戸籍法
●『BUMsat(佐藤 文明)ホームページ
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タグ : 国籍 戸籍 裁判

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コメント

法の脱国家化

法の脱国家化という現象は法思想の先端をいっている学者の議論としてはあると聞いたことがあります。その議論がどれだけひろがるかとか、まして実定法に反映されるのはいつになるのか、と考えると、こうした問題が解決する時は気が遠くなるほど先になりそうですがね。

おわび+おへんじ

名前:罵愚
ホスト:FLH1Adj125.szo.mesh.ad.jp
送信者URL:http://bugswebblog.at.webry.info/
********************
新聞やテレビを見ていると、こうして生まれた崩壊家庭が凶悪犯罪の温床になって
いる現実も否定できない。婚外子の人権擁護も大切ですが、不幸な出生を奨励する結
果を危惧する。


 ↑ 以上のコメント、あやまって削除いたしました。もうしわけありません。■ただし、「不幸な出生」という認識には、かなりズレがあることを、表明しておきます。■異端の経済学本『ヤバい経済学』には、のぞまれない妊娠・出産が犯罪の温床になるだろうことが統計学的に主張されています。当方は、この仮説に賛同するものです。
■しかし、罵愚さんの立論は、日本人男性と結婚できなかったフィリピン系の女性たちが、「不幸な出生」をもたらしたと断定されているようです。■これは、障碍者差別と同様、弱者を擁護しようとしない、つめたい日本社会の現状をひらきなおるような論理でして、けっして正当化できるものとはおもえません。■今回のケースの児童たちは、母親や周囲にのぞまれて出生し、精一杯日本社会でいきぬいているだろうからこそ、判決をうけて、とびはねるようにおおよろこびをしているはずですね。■彼女たちが不幸な日常をおくっている(いた)とすれば、それは日本社会の責任でしょう。あるいは、日本人男性の責任ですね。■異論は、ございますでしょうか?



貝枝さま

■いや、条約は憲法をこえる(上位法規にあたる)といった一見先進的な議論が、たとえば安保体制として、日本国憲法を一部無意味化してきました。最近は「国際貢献」というなの、国連軍などへの参画ですね。■だから、現実が半世紀ぐらい先行してしまっているばあいもあるし、今回の事例のように、いかにも時代おくれな対応として国家神学者たちの つじつまあわせが露呈するばあいもあると。

『離婚後300日問題 無戸籍児を救え!』(明石書店)の

「あとがき」の末尾を引用します。

戦後の日本は、家族像を猛烈な速さで変容させてきた。地縁は崩れ、大家族は核家族へと変わり、家族は核分裂を始めたように見える。70年代後半からは子どもたちによる家庭内暴力、90年代以降は、夫による妻への暴力(ドメスティック・バイオレンス)や児童虐待などが頻発する。それまで「家庭内の内輪もめ」の範疇に封印されていた問題が次々と顕在化し、社会全体の問題として浮かび上がった。家族であり続けることの難しさは、現代社会の深い病理でもある。そして、現代の家族がたどり着いたところに、離婚後300日問題があったと思う。
08年4月、私が社会部に戻ると、キャンペーンは次々と結実していった。女性や子どもたちの小さな声を聞き逃すことなく、その声を心動かす言葉にして伝えたことで、岩のように重い法務省や最高裁判所の扉が開いてきた。その様子を、胸を熱くして見た。本を手にされた方への小文の中で、自画自賛は礼を失するに違いない。ただ、未熟な新米部長に免じて、この報道を続けた記者たちへの賞賛を許していただきたい。そして、記者と一緒に歩いていただいた関係者の方々に心からの御礼を申し上げたい。
2008年夏 
毎日新聞社会部長 小川一
(182ページ)

なお、わたしが愛読しているマンガ「ユリア100式」も今号は血統ネタです(『ヤングアニマル』白泉社・20号・298~318ページ参照)。でもって「セスタス」は前回からひきつづきの決闘ネタです。

「家族」イメージへの補足

「匿名希望」さま

■「…70年代後半からは子どもたちによる家庭内暴力、90年代以降は、夫による妻への暴力(ドメスティック・バイオレンス)や児童虐待などが頻発する…」というのは、おそらく統計データにもとづかない、俗流家族論でしょう。■後藤和智さんの「俗流若者論」にならうなら。当局が数値化した認知数は、社会意識の水準によって、おおきく変動します。性犯罪や私的な関係間での暴力などは、過去も苛烈なものが膨大にあったのに、それへの認識があまかったので、あたかも、なかった・すくなかったかのようの誤認されてきたのだとおもいます。

ありがとうございます。

丁寧なご指摘、ありがとうございます。
おそらくタカマサさんのおっしゃるとおりでしょう。ただ、それにしても上記の本はそれなりに有意義だとおもいます。
あと、『インパクション』(165号)にもジェンダー情報としては「『中絶天国』といいながら、ピルは禁止していた変な国」(156~7ページ)「今月のフェミ的」(168~9ページ)「嫡出概念はもういらない!」(188~9ページ)という記事があります。

再度補足→「匿名希望」さま

■はい。もちろん先日の補足は、本書の価値をいささかも減じるものではないと、わたくしもかんがえております。ことばたらずだったこと、おわびもうしあげます。■ただ いま一度補足いたしますなら、こういった意識のたかいジャーナリストたちでも、俗流家族論のワナからは、容易に脱出できていないこと、そういった認識のまま家族関連の記事をくりかえしかき編集してしまっているという現実は、おもたいだろうということです。■ジャーナリストの大半が、この水準にとどまりつづける以上、市民の意識はほぼ絶望的です。
■重要なのは、これらの構図が、本書の信頼性をそこなうという懸念、それと同時に戸籍制度自体がかかえる致命的本質への批判精神が市民にそだたず、別種の俗論の横行を助長するだろうことです。■佐藤文明さん(http://www2s.biglobe.ne.jp/~bumsat/B-hp.Main.htm)らが指摘しつづけてきたとおり、近代日本の戸籍制度は、さまざま差別の温床であると同時に、さまざまな権力犯罪、アウトローの温床でもあります。なにか、福祉社会維持のために 不可避のパターナリズム(http://en.wikipedia.org/wiki/Paternalism ←コメント欄に、ローマ字・数字など以外の記号がリンクできないので、イングランド版で)であるかのような誤解が維持されていること自体、戦後日本の深刻な問題であり、学校教育制度が絶対にふれることないタブーという意味でもイデオロギー装置(http://en.wikipedia.org/wiki/Louis_Althusser#Ideological_state_apparatuses ←同上:フランス語版で)というほかないでしょう。

 ↑ ■ギャラリーのかたがたで、きょうみあるリンクが日本語でないと、こしがひけてしまったかたも、ウィキペディア内の該当ページ左欄外の「日本語」という多言語間リンクをご利用ください。日本語での「パターナリズム」や「ルイ・アルチュセール:国家のイデオロギー装置」の項目が実在いたします。

『毎日新聞』(4月17日号25ページ)より

「無戸籍児家族の会1年」

との記事があります。結論部は以下のとおり。

「裁判官の独立」は尊重するが、裁判所の対応が場所によって違えば司法への不信につながりかねない。認知調停の例がまだ少ないため、裁判所側も戸惑っているのだと思う。当面は裁判所側で可能な限り審判の情報を全国的に共有すべきだ。ケースを比較した勉強会などを開いて事例の蓄積や把握を進めていきたい。

「無戸籍児家族の会」は、電話090-8048-8235で相談に応じている。

非嫡出子相続格差

非嫡出子相続格差で大法廷回付

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100709-00000099-jij-soci

そもそも 教育やら遺産やらで、家庭環境がコドモの一生を直撃する この世が、ヘンかも

●嫡出/非嫡出にこだわるのは、所詮、結婚制度という、経済的に自立していない女性が、オトコを占有するイスとりゲームをくりひろげるための、根拠・正当性みたいなもので、もともと、おかしな性格をかかえているかもしれません。●「未亡人」とか「のこされた妻子」とかいった、日本語表現自体が、実に男性中心主義で、気色わるい。ましてや、離婚時の財産分割じゃあるまいし、「のこされた家族」が 「オトコの のこした財産」とやらを、当然のように あてにする。いや、あてにしないと、生活不安が実在という、この列島の貧困ぶりが、気になります。
●もともと、教育環境の格差自体が、機会均等原則をおおきくうらぎる、不公正な できレース。●それにくわえて、「遺産」とやらを うばいあう 親族たちの、あさましいこと、あさましいこと。
●すじ論としては、一律没収したうえで、「必要に応じて福祉的給付」というのが、妥当だとおもいますが…。

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◆国籍法は違憲・最高裁大法廷/結論としては当然だ

 以前、フィリピンから騙(だま)されて連れて来られて、強制的に働かされていた女性をフォローした。  その女性は、日本に連れて来られて、置かれた状況を知り、逃げ出した。  その後、県内の男性と暮らし、2人目の子の出産の前に男性が不明に。  認知がないと大変な...


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