プロフィール

ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

前ブログ: 『タカマサのきまぐれ時評

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映画「靖国」が軽く吹っ飛ぶ 渡辺文樹監督『天皇伝説』上映中止 ショックだぁ(反米嫌日戦線「狼」(醜敵殲滅))

■バタついて、リンクしてある良質(玉石混交という説もあるが。笑)ブログの「巡回」をおこたっていたら、「死ぬのはやつらだ」氏のすごい記事をみおとしていた。

2008年05月25日
映画「靖国」が軽く吹っ飛ぶ 渡辺文樹監督『天皇伝説』上映中止 ショックだぁ

天皇伝説

国民はいつまで騙され続けるのか
明治天皇は大室という男が入れ替わり
大正天皇には子種がなく 昭和天皇には西園寺公望の養子の血が入り
そして平成天皇は裕仁の子ではなかった
さらに秋篠宮もやはり明仁(現天皇)の子ではなかった
皇室内の血みどろの戦いと海外皇室財産とイラク侵攻の背景を追求する


凄い、凄すぎる、これは映画「靖国」なんぞ屁でもない、日本国家の臓物を肛門から引きずり出す問題作だ!!……と思う。

これを知ったのが映画秘宝最新号だったのだ。

そして神奈川県民ホールでの有料試写が5/27予定していたが中止に。なんらかの妨害工作が稲田のババアからあったのだろうw
実は、その前日にも新作「ノモンハン」も上映予定であった…残念でならない。
秘宝記事によれば「ノモンハン事件の裏で高貴な血筋の指揮官が如何に屁タレだったか」を映画化したものだという。

ポスター見かけたら写しておくべし。
http://wind.ap.teacup.com/taroimo/811.html

-------------------------------------------
■でもって、ポスターの画像もはりこんでおく。

天皇伝説



■こりゃ、たしかに スゴいわ(笑)。


●「渡辺文樹監督『天皇伝説』上映中止は公安警察による逮捕!! ショックだぁ
●ウィキペディア「渡辺文樹

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テーマ : 考えさせるニュース - ジャンル : ニュース

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コメント

天皇ネタ

労働者の総合誌と称する『飛礫』(http://www.mmjp.or.jp/tsubute/)の最新号の特集は「天皇制との決別」だそうです。天皇つながりでネタとしてどうぞ。

いまどき、「珍種」というほかない、左翼の雑誌ですよね

飛礫59号 夏
2008年7月発売
164頁
 1000円+税
特集にあたって
  来年11月12日を臨時休日とする政府主催記念式典は、今年11月9日の民間の祝賀式典から全面展開する。休日化が国民に対する「祝賀強制」の最大の手段であることは・・・>>続きを読む

目次 
《特集 》  天皇制との決別
・天皇即位20年祝賀式典に反対する——「天皇制との訣別」を特集するにあたって-- 『飛礫』編集委員会
・「日の丸・君が代」、天皇制と決別するのは「いい感じ」だと思いませんか?! 遠藤良子
・校長の意に反する意見を言ったら処分?——3・11国立二小処分撤回裁判、控訴審棄却判決 伴はるみ
・あなたは08新学習指導要領を知っていますか——すぐにわかる7つの解説と応用問題 岡崎勝
・グローバリゼーション下の菊タブー——恫喝・弾圧と自粛 その螺旋的循環  菅孝行
・地球環境問題と天皇の「みどり」戦略(上)——G8洞爺湖サミットを撃つ 黒田伊彦
・「天皇の軍隊」とは何か(上) 森正孝
・沖縄戦から靖国訴訟まで 川端光善
〔資料〕沖縄合祀ガッティンナラン訴訟訴状(抜粋)
【以下略】


※ 「・・・>>続きを読む」内容 ↓
「天皇即位20年祝賀式典に反対する
    『飛礫』編集委員会 
— 前略 —
 来年11月12日を臨時休日とする政府主催記念式典は、今年11月9日の民間の祝賀式典から全面展開する。休日化が国民に対する「祝賀強制」の最大の手段であることは、ヒロヒト国家葬やアキヒト即位式典で私たちは経験済みである。「在位60年祝賀式典」は「天皇誕生日」という休日であったが、ヒロヒトの「在位50年祝賀式典」は平日を半ドンに、皇太子・雅子の結婚式は平日を休日とされたのである。

 「国民の休日」にするとは、国家が学校、役所、公共施設、企業、商店街、地域などあらゆるところを休日にせよ、労働や学習を止めよと強制し、私たちの労働や学習する権利などを奪うことである。休日化によって非正規職労働者などは賃金がカットされるだろう。学校ばかりかあらゆるところで日の丸・君が代が強制され、学校では校長が「奉祝」の意義を語るかもしれない。いままで差別をしてきたアイヌ民族や沖縄人などを式典に招いたり、芸能を披露させるかもしれない。こうして祝賀強制で人民を国家と天皇制に包摂・統合し、国家と天皇に従順で奴隷的な国民を、戦争動員に積極的に応じる国民をつくりだそうと必死なのである。

 だから、私たち労働者人民の闘いも必死でなければならない。いまから闘いを準備しよう。ストライキ、休日化拒否の出勤闘争や登校闘争、大衆的なデモンストレーション、さまざまなキャンペーンなど天皇制廃止、天皇制との決別、民主主義の奪還を掲げ全力をあげて闘おう。
    ◇     ◇
 本誌今号の特集を「天皇への奉祝」に対決して「天皇制との決別」とした。
遠藤良子は自らの闘いをとおして私たちが立つべき地点を「『日の丸・君が代』、天皇制と決別するのは『いい感じ』だと思いませんか?!」と提示する。
 2000年の処分から8年、伴はるみは「校長の意に反する意見を言ったら処分?!——3・11国立二小処分撤回裁判、控訴審棄却判決」と弾劾。
 岡崎勝は現場に即して「あなたは08新学習指導要領を知っていますか——すぐにわかる7つの解説と応用問題」と解説。
 菅孝行は浅沼刺殺と『セブンティーン』『風流夢譚』と嶋中事件から今回の『靖国』封切り妨害に現れた天皇制タブーを「グローバリゼーション下の菊タブー——恫喝・弾圧と自粛 その螺旋的循環」で暴露・弾劾。
 黒田伊彦は「地球環境問題と天皇の『みどり』戦略」を暴露することでG8洞爺湖サミットを撃つ。そして森正孝は現在の自衛隊に継承・刻印された「天皇の軍隊」の特質を中国侵略の実相暴露で明らかにする。
 沖縄新「靖国」訴訟団の団長、川端光善は「沖縄戦から靖国訴訟まで」を語り、「資料」の訴状(抜粋)はこの闘いの輪郭を示すとともに天皇とヤマトゥ国家の戦争責任を免罪してきた靖国神社と戦傷病者戦没者遺族等援護法の犯罪を糾弾する。援護法の糾弾はヤマトンチュウこそなさねばならない。それぞれの論文・資料は、私たち日本の労働者人民が解放されるためには格闘しなければならない問題提起である。こうした格闘を抜きにして「天皇在位20年祝賀式典」との闘いも、私たちに染み付いた奴隷根性との決別、天皇制との決別もなく、民主主義の獲得もない。本特集はそうした闘いの一助としていただければ嬉しい。」



■個人的には、こっち方向で抵抗運動をしても、天皇制から解放されないような予感があります。■「祝日」なんて どうもいい感覚、「休日」が消滅した空間が支配するなか、天皇制を意識的に支配戦略として利用しようとする勢力の暗躍…といった、陰謀論自体が、現状認識としてただしいか…。

メタ次元でつっこまないと勝てないってことですかね

おっしゃること、なんとなくわかります。『一騎当千』(塩崎雄二・ワニブックス)の周瑜公瑾(しゅうゆ=こうきん)が、あまりにショボいボケに対してはツッコミをいれず、「ツッこむのヤだから無視していい?」とかるくあしらったように(1巻80ページ)、天皇制自体が壮大なネタであるという視点にたたねばその害毒を払拭することはできない、というわけですね。『さよなら絶望先生』(久米田康治・小学館)の13巻の巻末エピソード(158~160ページのように)自分のマンガをまるごとネタとしてわらいとばすくらいの強靭さが必要であろう、と。

メタ次元というより、再帰的(自爆系)?

■ギャグマンガとか、おわらいとか、画期的な わらい、って、すてみ(自爆系)なんじゃないでしょうか? ■ですんで、「~についての」って、メタ・レベルは当然として、自虐ネタ(トホホ系)をはじめとして、すてみの自己批判をもって、体制を自爆的に破砕するって方向性しか、活路がなさそうな気がします。
■そんな直感からの、私見ですが、「飛礫」といった媒体にかぎらず、古典的左派(新左翼および新新左翼とか、共産党系・旧社会党系も一応社会民主主義なので、とりあえずいれる…)って、自分たちだけ、超然と正義の味方じゃないですか? 自分たちがシステムの内部にあるって自覚が全然みえてこない(共産党は、ちがうかもしれないけど)。■これって、致命的欠落だとおもうんですね。
■政策論議としては、一番もっともな路線をいっているはずの共産党が、わかものの就職を心配するキャンペーンをうっている。それ正論なんだけど、わかものが大挙して、共産党に投票したなんて、きいいたことがない。■それって、わかものが みえていないというより、むしろ、わかものに 社会民主主義者が、みかぎられている、みすかされている、ってことの証左では? ■そのことへの自覚というか、状況分析を欠落させているんなら、左派政党として破綻しているし、それを自覚して有効な戦略をたてられないのだとしたら、それは無能か欺瞞か、どちらかでしょう。『蟹工船』がうれる現在、わかものは、充分おいつめられているわけで、投票行動をわかものの階級意識の不足とかにもとめている党中央があるなら、それは50年たったって、政権はとれませんよ。■ましてや、新左翼系は、それ以上の「負債」をおっている。その自覚ないだろうけど。「わたしたちは、ただしい(きよい)」という独善主義にまどろむかぎり、なぜ必敗パターンをくりかえすのか、失敗学的に全然前進できないってことだし、再帰的に自己批判ができない左翼なんて、エセ左翼ですよ。システムの一部にほかならない自分、って自覚をかいた夢想家であり、実体としての反革命分子です(笑)。

『ガキデカ』だったとおもいますが…

むかしのマンガ、たぶん『ガキデカ』だったとおもいますが、あまりに痛い自爆をした人物が、周囲にできた野次馬の人だかりに対して「ばかやろー。見世物じぇねーぞ」といったら、その野次馬から「ばかやろー。こっちからみたら見世物以外のなにものでもねーんだよ」といいかえされた、というネタがあったのをおもいだしました。
ヲタであることでネタという文化資本をもっている、という自慢をしたくなる心性をもっていてもギリギリセーフだが、同時に、ヲタであること自体が不可避に負債である、という覚悟をもち、その覚悟をスタートラインとしてどれだけ痛く散れるか?という求道を体現せねばなりますまい。
「怨念戦隊ルサンチマン」(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%80%A8%E5%BF%B5%E6%88%A6%E9%9A%8A%E3%83%AB%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%9E%E3%83%B3)が到達した見地もはるかむかしにこえていて当然、と。
それに対して、左翼は(思想はどうあれ)説得術という技術面においてはヲタにはるかに水をあけられている、というわけですな。左翼は全員猛省せねばなりますまい。(『世界』にマンガをのせるべきと提言した人物を除く)

『絶望先生』14巻かいました。

『さよなら絶望先生』(講談社)の14巻がでたのでかいました。
今回もやばいネタおおいです。巻末のオマケもすばらしい。
で、おなじ講談社の『モーニング』(33号)にひさしぶりに比嘉すすむ氏の沖縄戦マンガがのっていたので、こっちもかいました。こっちはもっと切実な意味でやばいですね。まあ、やばい題材をしっかり書いてくれているおかげで沖縄観をブレないものにしてくれますが。
比嘉先生、これからも頑張ってください。(つーかそもそもこの記事よんでくださるかな?)

漢字むずかしすぎですね

●「比嘉すすむ」(http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rls=GGLJ,GGLJ:2006-29,GGLJ:ja&q=%e6%af%94%e5%98%89%e3%81%99%e3%81%99%e3%82%80
●「比嘉慂」(http://www.google.co.jp/search?num=20&hl=ja&rls=GGLJ%2CGGLJ%3A2006-29%2CGGLJ%3Aja&q=%E6%AF%94%E5%98%89%E6%85%82&btnG=%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=


■固有名詞表記にケチをつけると反感をかいそうなのですが、「挿入」→「記号と特殊文字」→「IMEパッド」→…という操作で、総画数だの部首だのといった、いわゆる「漢和辞典」系の操作をしいられるのは、負担ですね。

『サイゾー』8月号

にもマンガネタやヤバイDVDネタが満載です。「真夢子お姉~さん」も今回はマンガの将来を論じてますしメタ次元なサブカルネタがおおいです。今月号はたぶん『絶望先生』14巻に匹敵する密度であると感じます。

「天皇機関説」排撃の先陣をきった貴族院

という記事が『サンデー毎日』(8月3日号)の52~55ページにあります。「第9部 華族たちの昭和史(10)」という連載としてですが。
みぎ、おしらせまで。

自分のクビしめる一群

貝枝さま

■いつもありがとうございます。
■やぶれかぶれなのか、戦争状態に突破口系のアナーキックな意識なのかわかりませんが、階級論的に不可解な、石原/橋元人気。■それとにてますけど、「天皇機関説」を威勢よくぶっつぶした連中は、自分のクビしめているって、自覚なかったんでしょうね。だって、ファシズムが横行しないかぎり、ABCD包囲網なる排日戦略の口実ができなかったわけだし、日中戦争・太平洋戦争さえおっぱじまらなければ、帝国日本は大敗せずに、ゆるゆると保守体制が地盤沈下していっただけだとおもいます。つまり、貴族院・華族制廃止なんて、ドラスティックな展開はさけられたはずなのです。■右翼と軍部がのさばれないように、保守層がたちまわれば、満州・中南米への棄民政策だって、ちがった方向にすすんだだろうに。
■さて、では、現在の政官財のエリートたちは、自分のクビしめないで、軟着陸の方策をとれているんでしょうか? ■ネット社会の破壊力が ここでとわれますね。20~30年後には、韓国の方が民主化がすすんでいるかもしれませんし、自分のクビをしめる層が、どの程度いるかで、歴史は相当かわりそうな気がします。

ネット社会とマンガ評論

ネット社会についての言及があったので、それと『ユリイカ マンガ批評の新展開』(2008年6月号)におけるマンガ評論とをからめて論じます。
といっても両者がが正面からからみあう箇所は、みおとしていなければ以下の一箇所だけなんですが。

せめて、これから出てくる若い世代には期待したいんだよね。だから僕は学生たちに「携帯を物語の小道具として使いこなすというのは、まだあまり出来ていないから、若い分君らのほうが有利だよ。上手くやればいきなりトップをとれるかもよ」とか言って煽ってる(笑)。
(212ページ)

この台詞をいったひとは、いとう=ごう氏というひとで、同212ページによれば肩書きとして「マンガ批評」という用語をあげている。しかし、こんな基本的な事実誤認をしているひとを、「マンガ評論」という肩書きで登場させてよいのか?『ユリイカ』編集部。
たとえば、初版が1997年10月17日の『新コータローまかりとおる!柔道編』(13巻)においても(NTTDoCoMoのポケットベルとくみあわせた形であるが(5ページ))携帯電話は登場し、それにより物語が展開していく。ほかにも『GTO』(17巻)の137話においては携帯電話のカメラ機能により通話者の所在が判明するという物語が展開される。『一騎当千』では携帯電話のメール機能をつかって連絡する場面がえがかれている。2006年12月21日初版の『となりの801ちゃん』では、新規種の携帯電話にかえたために操作法がわからなくてこまるという物語が展開し(23ページ)、『少女セクト』では第1話から携帯電話のカメラ機能が物語上の役割をはたし、第1巻30ページでは携帯電話の詳細な設定が説明され、第2巻122ページでは携帯電話のバイブレーション機能が急転する物語展開をささえる道具としてえがかれている。
もちろん、マンガ評論という肩書きの人物があらゆるマンガを把握していなければならないわけではないが、もし発行部数をしらべれば(わたしはしらべていないので推測だが)『となりの801ちゃん』や『少女セクト』はともかく『新コータローまかりとおる!柔道編』や『GTO』や『一騎当千』はかなりの部数になるのではないか。そうした、おそらくそれほど少部数ではない作品における事実とくいちがう言及をすべきではないとおもう。
なお、最新の『週刊少年マガジン』(35号)の「さよなら絶望先生」には、そもそもマンガがメディアとして携帯電話に駆逐されつつあるという懸念がしめされている。これはもちろん上記の『ユリイカ』におけるいとう=ごう氏の発言(4月30日)よりずっとのちのことではあるが、いつもながら「絶望先生」のツッコミのするどさをしめす資料として記録する次第である。

『マンガ この一冊で中国の歴史がわかる!』(三笠書房)

という本を紹介します、マンガつながりで。ただ、2000年に出版された本だからかもしれませんが、現在の中国の動乱ぶりを予想していないかのような楽観的な結末はいただけないですね。もちろん、このような指摘も反中右派につけこまれないように慎重にするべきなんでしょうが。
ともあれ、資料集として参考にするという意図でなら十分意義がありそうです。あと、漢族語(いわゆる「中国語」)の教科書としては『80パターンで話せる中国語会話』(ベレ出版)をおすすめします。つーか、ベレ出版の本はだいたい良書ですな。
なんだかマンガネタとはなれていっていますので話をもどすと、ケータイ動画やネットゲームにくわしいオタクのかた、サブカル評論をひきついでくださいませんか?(って結局まるなげかよ)

三者による広報活動?

軽犯罪法違反:天皇家批判の映画ポスター張った監督逮捕
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20080911k0000e040067000c.html
 天皇家を批判する映画の宣伝ポスターを許可なく張ったとして、警視庁公安部は11日、住所不定、映画監督、渡辺文樹容疑者(55)を軽犯罪法違反(張り札行為)容疑で現行犯逮捕した。一緒に作業をしていた30代の女性も同容疑で書類送検する方針。

 調べでは、渡辺容疑者は11日午前4時10分ごろ、東京都江東区亀戸4の街路灯に、「現天皇は昭和天皇の子供ではない」などと訴える自作の映画「天皇伝説」の宣伝ポスター数枚を張った疑い。今月に入り、同様のポスターを都内で約100枚張っており、警戒中の捜査員に逮捕された。

 渡辺容疑者は90年、カンヌ国際映画祭にも出品した「島国根性」で、日本映画監督協会新人賞(奨励賞)を受賞した。天皇制に反対するテロリストを描いた「腹腹時計」などの作品がある。

……
毎日新聞 2008年9月11日 13時11分(最終更新 9月11日 13時21分)




街灯にポスター張った容疑、映画監督逮捕 警視庁公安部
http://www.asahi.com/national/update/0911/TKY200809110170.html

2008年9月11日13時9分

 街路灯に映画のポスターを張ったとして、警視庁公安部は11日、住所不定、映画監督渡辺文樹容疑者(55)を軽犯罪法違反(はり札)の疑いで現行犯逮捕した。容疑を否認しているという。

 公安部によると、同日午前4時10分ごろ、東京都江東区亀戸4丁目で、「天皇伝説」と題した映画の告知ポスターを街路灯に張ったのが逮捕容疑。ポスターには「現天皇は昭和天皇の子ではない」との趣旨も書かれていた。一緒にいた30代の女性からも事情を聴いている。

 渡辺容疑者は、天皇制に反対する活動家と警察とのせめぎ合いを描いた映画「腹腹時計」や中学生の自殺を題材にした「ザザンボ」などの作品で知られる。

-----------------------------------------
■容疑を否認というのは 解せないが、それより、公安警察が軽犯罪法で現行犯逮捕するっていう、「騒動」の不自然さこそ異様だろう。■思想犯・政治犯がひそんでいることに対して諜報活動をする組織が、こういった微罪逮捕をやらかすというのは、あきらかに いやがらせ。弾圧だよね。
■しかしだ。この監督の広報活動を公安警察が逮捕情報として発表し、そのタレながし記事をメディアのいくつかが、とりあげるのは、マイナーなあつかいとはいえ、広義の広報活動になっているよね(笑)。■天皇家のありように批判的な思想家が映像作家としてしぶとく活動をつづけています、って広報活動は、「思想信条の自由を保障する、自由な日本社会」ってアリバイのための素材かな?




これもアリバイ?というか…

というか「一部そういう意見もあります」という程度の認知にとどめ、『天皇伝説』が提起する仮説を否定するための記事ですかね?『週刊新潮』(9月18日号)の広告に「『不倫の子』『替え玉』天皇家のタブーに挑んだ超過劇映画『天皇伝説』」という見出しがあります。その記事自体を読んでいないのでわかりませんが、『天皇伝説』がもたらすさわぎがあまりにおおきくなったのでさすがに認知せざるをえなくなり、そのうえで「このような過激な映画もとりあげる、ふところのふかさをわれわれは持っている。では(都合のわるいことはここまでにして)次のニュースにいきましょう」というながれを誌面で演出し、そのながれをそのまま世論のながれにしたい、という醜悪な意図のあらわれだとおもうんですが、タカマサさんのご意見はどうですか?

■「『天皇伝説』がもたらすさわぎがあまりにおおきくなったのでさすがに認知せざるをえなくなり、そのうえで「このような過激な映画もとりあげる、ふところのふかさをわれわれは持っている。では(都合のわるいことはここまでにして)次のニュースにいきましょう」というながれを誌面で演出し、そのながれをそのまま世論のながれにしたい、という醜悪な意図のあらわれ」という分析は、ほぼただしいという直感があります。■げせないのは、公安当局などが、どの程度、そういった「抑圧的寛容」システムを意識しているかですね。■と、同時に、リベラルをウソぶきながら、ネオ・リベ+ネオ・コンにすぎない『週刊新潮』のような媒体の編集部が、どういった編集方針をもっているかですね。まあ、『週刊新潮』の読者層のほとんどは、「こんな異様な妄想にはしっている不気味な活動家」ぐらいにしかとらないでしょうから、その意味では充分価値があるのかも。■『週刊金曜日』とか、そういった媒体の反応をみてみたい感じですね。黙殺かな?(笑)

おっしゃるとおりですね。あと補足です。

同意いただけてさいわいです。

■『週刊金曜日』とか、そういった媒体の反応をみてみたい感じですね。黙殺かな?(笑)

おっしゃるとりですね。わたしもみてみたい。でも、もしかして黙殺というか知らないのかも?今回の『週刊新潮』の記事を『週刊金曜日』編集部のだれかがたまたまみて「え?そんな映画があるの?」といまごろおどろいていたりして。それも、ありえないはなしではないとおもいますよ。

あと補足です。明治以降のさばりはじめた皇賊どもの3代だか4代だかにわたる正当性(血統幻想)もうさんくさいが、そもそももっと有名な事例として南北朝(1336~1392年)の並存した時代さえもおおいかくした事例として引用します。

南北朝が、一三三六年から一三九二年までの五七年間に存在していたことは、当時も、現在も、周知の事実であった。そして、同時に南北朝の問題について、『南北朝対立説』、『南朝正統説』、『北朝正統説』の三つの説があったのも事実であった。その状況の中で、政府は、『南朝正統説』を確定したのであった。これが重要な問題である。すなわち、史実よりも、国体論、国民教育上の立場が優先されたことである。政治的配慮、教育的配慮という名の下に、史実が意図的に曲げられた先例となった。(『教科書でつづる近代日本教育制度史』北大路書房・118ページ)

馬鹿な中学生を叱る

鈴木:渡辺さんはポスター貼りをめぐって逮捕までされているし、たった一つの映画でこれだけ弾圧されたのは史上初めてですよね。僕は平成の日蓮だと思っているのですが。
渡辺:本当ですか(笑)
鈴木:左翼だってだらしない、誰も応援しようとしないのだから。
渡辺;別に自分はトラブルメーカーだと思っていないですが。一つは警察が悪いんですよ。私のことを地方に行ってもマークしているし、中には会場を借りようと名前を出したでけでもめることもある。
以前トラブルになっているからとか理由をつけるが、表現活動に対してそんな門前払いで、会場を貸さないというのは許せない。これについては損害賠償請求などで徹底して追及してやるつもりです。横浜YWCAでは地裁に仮処分申請をして、上映当日に許可されたこともありました。
鈴木:一度会場の使用許可をだしたものを「右翼が来て混乱して安全が保てない」では不許可にできない。混乱の恐れがあれば、現場で警察が取り締まればいい、というのが裁判所の判断ですね。
渡辺:仮処分申請を始めてやったのは2000年の徳島のとき。
鈴木:裁判所もその点ではいいことをした
渡辺:前例となりますから他の県でも簡単に断れない。地方自治法第245条や憲法もあるので隣の県で断ったからうちもとはできない。
鈴木:僕らもポスター貼りで捕まったことはあるけど、5時間くらい。長くてもせいぜい1日で釈放されます。渡辺さんの16日間というのはありえないですよ。渡辺さんもよくがんばったというか、馬鹿馬鹿しいというか。
渡辺:時間の無駄ですよね(笑)。でも彼らはなんでもしますよ、留置場に入ってからも、刑事の暴言・暴行、嫌なことがありました。

馬鹿な中学生を叱る2

鈴木:2000年の徳島では、件のホールの使用許可を取り消されたので、抗議の話し合いに行ったら、また騒動になったのですね。
渡辺:徳島県が「取り消した理由を説明(書類で開示)するから県丁に来てくれ」と言ったから、書類も何もできていない。でもって「あんたやり得でしょう」と馬鹿にしたことを言う。頭にきて「そういう話はないだろう」と職員につめよって少し触ったらバッタリ倒れた。
 あんまりわざとらしいので私も笑った。でも近くに目つきの悪い奴がいてそいつが刑事で「傷害罪だ、暴行罪だ」と叫んで逮捕されてしまった(笑)。
鈴木:普通、県庁に公安警察が、たまたまいるなんて、ありえないですね。
渡辺:こういうシステムは怖いと思った。いくらでも犯罪者をでっち上げられる。
鈴木:それでなんと3ヶ月も徳島拘置所にぶちこまれたんんですね。僕もひどいと思って会いに行った。でも釈放された後は裁判に訴えて、きっちり落とし前はつけたんでしょう?
渡辺:結局、9月には釈放されたんですが、すぐに徳島県を相手に1100万円の損害賠償請訴訟求を起こしました。その一方で、2000年の10月は徳島県での復活戦として、先に話しの出た別の会場使用をめぐって、仮処分申し立てを行い、高裁の決定を受けて上映を敢行したのです。
鈴木:そんな目にあいながらも、その後もめげることなく、各地で上映を続けている。右翼が攻撃してこようが、会場使用許可が取り消されようが、一切上映はやめない。文字通り1人で体を張って、警察・右翼と戦っているわけですね。
 僕は本来渡辺さんと逆の立場だけど、思想の自由、表現の自由のために命を懸けて戦っている点では素晴らしい人だなと思うんです。今時のライターや表現者にそこまでやる人っていない、何か圧力がかかると言論妨害とか言うくせに、すぐ自主規制してしまう。

馬鹿な中学生を叱る3

鈴木:ポスターを自分で貼って、会場受付も映写機回すのも自分でやって、コストかけないで映画を上映している。これは新しい方法ですね。
渡辺:映画の原点ですよ。ポスター貼りなんてヨーロッパでは自由にできるんです。「島国根性」をパリで上映したときなんか、街中の告知板は自由に使えました。告知板はパリ市内のあちこちにあって、糊でべたべたポスターを貼れるんです。
 日本はそういう環境作りはやらないでおいて、ポスターを貼ったらだめだ、街の美化だとか言ってるからおかしいんです。しかも違法広告なんて東京にはいくらでもあるのに、そういうのは取り締まらないで映画のポスターだけ取り締まる。
鈴木:会場側は映画の内容がわからなくても許可するものなんですか?
渡辺:検閲は禁止されていますからね。だから内容まで詳しくチェックしてから会場を貸すかどうか決めるのは違法行為なんです。
書類にインチキを書いたり、有料を無料と書いたりしない限り、書類を提出したらすみやかに会場を貸し出さないといけないと、定められているんです。
鈴木:でもって警察や右翼からのクレームであわてて上映許可を取り消すんですか?
渡辺:私の映画に反対するのは、政治家と警察の2つが大きいんです。文教関係の県会議員なんて私の映画を見てもいないのに電話してくる。「どんな映画だ?」「あんた天皇に対してどういう考えなんだ?」とかね。
 だから「どんな考えでもいいだろ、こっちだって条例で守られているんだ」と言い返す。すると「そんなのは認められないからな」と言うので、「やるならやってみろ」となる、
 すると「よーし、見ていろ」と言って相手は電話を切るんです。
 そうするとたちまち、会場使用許可取り消し、などと行政から連絡が入る。彼らも巧妙ですから、何か理由を考えてくる。

馬鹿な中学生を叱る4

鈴木:僕の所には、天皇をテーマにした映画を作った製作者から何回も相談を受けたことがある。映画を僕に見せて「右翼が来ますかね?」と訊いてくる。彼らは「右翼が来たらやめる」「右翼が来ないなら上映する」という考えなんです。みんな度胸がないんです。
 天皇をテーマにした映画で右翼が来ないような映画は最初から影響力がないと思った方がいい。僕は「来たっていいでしょう、話し合えばいい、それでもだめなら警察を呼べばいい」と言うんです。
 よく街宣車がくるからどうのと言いますけど、一般の映画館ではスクリーンを切ったりもできる、ああいうのが一番怖いようですね。
渡辺:スクリーンは300万円くらいもするようで、実害が大きいですよ。
鈴木:本当に映画をつぶそうと思ったらスクリーンを切るか、消火器をまくかですね。でもそれもその気になれば警備もできますね。
渡辺:街宣車でおしかけてデモンストレーションをやる場合は、逆に言うとそれ以上はおこらないようですね。彼らもどこまでなら逮捕されないと知っているようで、それ以上の実力行使はしないようです。
 会場内には警察もいるし、威力業務妨害で捕まって3ヶ月拘留されるのは嫌ですからね。私だってやるならやってみろ、何かあったら半殺しの目にしてやる、位の気持ちでしますしね(笑)。

馬鹿な中学生を叱る5

鈴木:デモンストレーションはあくまで思想運動の範囲ですからね。
渡辺:右翼に会場に入ってもらって映画を見てもらうのはかまわない。でも公安警察は入場客をいちいちチェックしていて、怪しいと思ったら一緒に会場までついてきて近くに座って見ていたりする。
場合によってはその客を「ちょっと、ちょっと」とロビーに呼び出して、「あなたどういう方ですか」とか訊いてる。私の許可もなく失礼ですよね。
鈴木:右翼だって、きちんと映画を見て議論する分には良い訳でしょうにね。でもほとんどの場合映画を見もしないで、けしからんと言うのが多いけど。
渡辺:彼らもじかに話してみると何でもないんですよ。「どういうつもりでこんな映画を作るんだ」というから、私も「別に天皇をバカにしているわけではない、問題提起のために作った映画ですから」と説明するんです。そうするとそれ以上暴力はふるったりはしない。
鈴木:右翼の人にも映画をもっと見てもらって話し合う場があった方がいいんですよね。
渡辺:今、行政は思想的なものや、危ないと思ったものは、みんな「やめておけ」となっちゃうでしょう。問題ですよね。

『部落開放』(10月号)がおすすめです。

いや、同誌が有意義なのは今月号にかぎってのはなしではないでしょうが、「アイヌ先住民族」国会決議、という記事ものっているんですよ。さらに特集として「死刑廃止論」もあってすばらしい。
わたし自身は、未開放「部落」と規定される集団のひとびとのうけた差別については、いまいち実感をともなった認識ができていないのですが(いや、それをいったらアイヌ民族をふくむ先住民族に対する差別もいまいち実感がともなってはいませんが、それでも未開放「部落」と規定される集団のひとびとがうけた差別よりは、先住民族に対する差別の方が、間接的にとはいえ見聞した経験がありますので、多少は実感がともなっていると感じます)、論理上はおそらく対照的な立場にあるひとびとの開放のための雑誌においてアイヌ民族がとりあげられたことで、差別されてきたひとびと同士の連帯が促進され、差別の撤廃がはやまるかもしれません。すくなくとも理論的には、そうした方向に向かう潜在的な可能性を感じます。
でもって、もう1点くりかえすべきは、死刑廃止論を特集にしている点もすばらしいですね。

「解放」ですね。

■検索エンジン上は、このまま 変換ミスのまま放置した方がいいかもしれませんが。

わが教え子、ヒトラー

という映画があるそうです。『しんぶん赤旗』(9月14日号28ページ)より。

いわく、

うつ状態やジャージー姿の、見たことのないヒトラーに驚きの連続。家族の身の安全と引きかえに憎きヒトラーを助けるユダヤ人の内心の葛藤(かっとう)。抹殺してきたユダヤ人に助けられる独裁者の孤独感があわれです。実話にヒントを得ながら大胆不敵にヒトラーをこきおろして時に笑い飛ばします。ヒトラーにしがみついて生き残りをはかる側近たちの醜さも告発して痛烈な風刺映画です。

とのことです。
ま、カリスマに限らないですが、何事も最終的にはただしい評価がなされる、ということで。
ネタとしては『コブラ』(8巻「シドの女神の巻」・寺沢武一著)におけるサラマンダーの様な、大きな物語もおもしろいですが(1981年初版とはおもえん出来ばえだ)、えてして虚像がでかい人や集団は、実像としてはショボイということがおおいですな。それで「とてつもない日本」とか言われてもなぁ…『コブラ』つながりで麻生太郎をクリスタルボーイに、小池百合子をアーシュラ中佐に、でもって志位和夫と福島みずほをコブラとレディになぞらえて「6人の勇士編」のパロディでもつくろうかとおもったんですが、そもそも志位氏と福島氏の活躍はコブラとレディに匹敵するとしても、肝心の仇役が、「これまで一つにまとまったことがない」とフォス中佐に評された海賊ギルドを一つにまとめようとしたクリスタルボーイとは対照的に、これまでまとまりすぎるほど一つににまとまっていた自民党を、たのまれもしないのにバラバラに解体させている麻生氏ではなぁ…主人公が活躍する前に仇役が自滅してしまって、冒険活劇にならねーじゃねーか!だいたい、6人も勇士をあつめるまでに自滅しないでいてくれそうにねーよ!

ヒトラーは歴史上の人物ですけど、アッソー首相は…

■『図書新聞』だったかの紹介文をよみましたが、監督さんは、なかなかの人物のようです。■たぶん、おもしろいとおもいます。とても、みにいけませんけど。

■ちなみに、アッソー首相が、小泉劇場みたいに、「ワンフレーズ・ポリティクス」をやらかすのか、わかりませんが、すくなくとも、ヒトラーの指南役みたいなぽるデューサーなど、背後にいませんよね。■で、かりにいたにしても、アッソー首相が世界的な政治家として歴史に名をとどめることは、ほとんどありえません。日本の政治家ほど、世界でかげがうすいひとびとも、すくなく、アメリカのポチとしてさげすまれているわけですから。英語ができるとかですが、韓国の大統領たちのような存在感をだせるとは到底おもえませんし、アメリカをふりまわしてきた朝鮮のドンたちのような政治的かけひきなんぞ、期待する方がまちがっていますよね。

オレはゼロ!ゼロを超えられるのはゼロだけだ!…ったはずなんですが……

旧帝国海軍中佐・貝枝五郎というのは仮の姿。実はオレの正体は…敵の武器(右派言説)をも取り込んで痛い自爆をするという恐ろしい能力を持つ、宇宙一強力な殺人マシーン“ブラック・ソード・ゼロ”!(http://www.papy.co.jp/act/books/1-20253/)
オレを超えられるのはオレだけだ。だからオレの識別番号はゼロ!…だったんだが、オレが右派言説もろとも自爆するスピードも、麻生が自爆するスピードにはかなわない……ヤツもオレとおなじ、古代●星人が作った破壊兵器なのか?

『天皇制の擁護』という本がでやがりました

問題は、著者の中本征利氏というひとは、すくなくともわたしはきいたことのないひとなのですが、幻冬舎という、梁石日氏の本もだしており、そこそこ左派的とおもわれる出版社でだされた点ですね。
…と、おちこんでいたら、皇賊の現時点における頭目が稲刈りをしている(ということになっている)写真を時事通信社からながしやがりました。

http://dailynews.yahoo.co.jp/photograph/pickup/

左慈だとおもって同盟をむすんだのに実は王允だったとしらされたときの呂布奉先の様な(『一騎当千』塩崎雄二著参照)、いまのこのオレの無力感を、右派どももあじわいやがれ!いや、この「無力感をあじわう」という能力は人権意識を多少なりと必須とするので、そもそも右派にはあじわうことは不可能であろうという気もするが…

幻冬舎は、非左派系

http://ja.wikipedia.org/wiki/幻冬舎
…書籍・文庫の他、子会社である「幻冬舎コミックス」で漫画も出版している。コミック部門から撤退したソニー・マガジンズのコンテンツを引き継ぐ形で業務を始めた。又、ボーイズラブ系文庫・ノベルズもこの会社から出されている(販売はすべて幻冬舎が受け持っている)。設立10年間で9作のミリオンセラーをだしている。
……
主なベストセラー

『13歳のハローワーク』(村上龍)
『ニート』(玄田有史・曲沼美恵)
『ダディ』(郷ひろみ)
『大河の一滴』(五木寛之)
『弟』(石原慎太郎)
『ふたり』(唐沢寿明)
『キッパリ!』(上大岡トメ)
『永遠の仔』(天童荒太)
『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論シリーズ』(小林よしのり)
『解夏』(さだまさし)
『1リットルの涙』(木藤亜也)
『Rozen Maiden』(PEACH-PIT)※幻冬舎コミックスより出版
……



みずからの不明をはじます。

幻冬舎は、非左派系とのむね、了解しました。
みずからの不明をはじるのみでつ。

♪プルト~ニウムのかぜに~

お~おおお、ふ~かれて~、ゆこ~お~。
といううたがあったとおもいますが(たぶん、ザ=ブルー=ハーツ)、プルサーマルを批判しているチラシでプルトニウムの危険性について以下の様にのべています。

原爆の材料としてつくられた人工的な物質です。
ウランよりも少ない量で核分裂を起こし、爆発的なエネルギーを出します。
0.001mgが体内に入っただけで、癌になる危険があります。

で、なんでこの場(天皇伝説のコメント欄)でふれるのかといいますと、天皇(制)ほど、プルトニウムと類似している(いま風にいうと「キャラがかぶっている」)事物は存在しない様な気がするからなんです。どちらも人工的で不自然きわまりなく、致命的な被害をおおくのひとびと(特に弱者)にもたらし、そして某「創造の共同体」の権力者どもが、賛成しないひとに対しておしつけている、ということです(なお、天皇(制)については『聖書と日本人』浅見定雄・ばんすい社・161~3ページが示唆的であると感じます)。これほどキャラがかぶっているのなら相性もよいはずだし、現天皇個人をはじめ天皇(制)を積極的に支持しているひとから順にプルトニウムを身近において管理してもらうのが一番ふさわしい様な気がしてしょうがないんですが、わたしの感じかたは変ですかね?
孫策伯符(そんさく=はくふ)との関係をプラトニックなものにとどめようと自制する、律儀な周瑜公瑾(しゅうゆ=こうきん)@『一騎当千』(塩崎雄二著)をみならって、現天皇個人および天皇(制)の支持者はみな、プルトニックな関係をきずいてくだされ。

さがしました(笑)

●「旅人/THE BLUE HEARTS」(http://music.yahoo.co.jp/shop/p/53/2978/Y037310 http://plaza.rakuten.co.jp/esasi422yotsugi/diary/200610150000/
●ウィキペディア「旅人 (THE BLUE HEARTS)」(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%85%E4%BA%BA_(THE_BLUE_HEARTS))


■某ブロガーは、東京都心ちかくの横須賀港が、原潜の母港化する動向を批判し、「東京に原発を」の実現だと、さわいでいます。■まあ、リスク論的には、まちがっていない。原潜にかかわっている米兵たちの右往左往ぶりは、純粋にこっけいですが、破綻のツケは、ちゃんと、首都圏を直撃すると。やんごとなき、旧江戸城におすまいのみなさんもですね(まあ、そういった緊急情報は、当然最速で到達し、「有事」の際には、羽田空港からスタコラサッサ…というのが、特権階級の定番でしょう。やんごとなきかたがたが、そうしないという想像は、むずかしい。タイタニック号の船長よろしく、なんじ臣民と運命をともにされるとは、到底おもえない。戦前は、当然日本列島外の亡命政権樹立も視野にあったわけで…。

■ちなみに「プロモーション・ビデオは過激な内容であるとされ放送禁止になった」(ウィキペディア「旅人 (THE BLUE HEARTS)」)そうですねぇ(笑)。■忌野清志郎がらみの「放送禁止・発売中止事件」とおんなじですねぇ(ウィキペディア「COVERS (RCサクセション)」)。■いや、政治的であるがゆえに、芸術性、ロックとして、どうよ? というツッコミは可能ですけど、「どの表現が、具体的に過激????」という、ソボクな疑問にこたえられないのが、電力会社などのトホホ状態。説明責任はたしたためし、ないからねぇ。

ポスター現物確認

■横浜市金沢区某所で、電柱にくくりつけられている、「御真影]発見(笑)。反動的にも、乗用車で通過したため、写真映像などはなし。いや、ハデハデで、めだっていました。おそらく、その政治性を直感できる歩行者は、ごくごくマレだとはおもいますが。

キケン・キタナイ・キワモノの『3K新聞』もとい『産経新聞』より

http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/imperial_family/

それにしても、皇賊をあまり頻繁にとりあげていいのか?産経新聞。
右派にとってのネタ(正当化の手段、要するにかねヅル)であることはわかるが、ほかならぬ皇后陛下(笑)であらせられるミチコ氏自身によれば、「マスコミにはただ単に…ただ単に…ただ単に……そっとしておいてほしい、だけなのよー」とのおことばがあったのに…って、まちがえた。
それは風刺コント集団「ザ=ニューズ=ペーパー」のネタだったわ。

『3K新聞』はスゴい(笑)

■戦前には、皇室を冒涜する不敬な漢字表記として「媾合」(コーゴー)というものがあったようですね。■「メディア・ジャックとしての皇室報道(出産報道の狂騒) http://tactac.blog.drecom.jp/archive/1034」だの「皇室機関説 http://tactac.blog.drecom.jp/archive/122」だのといった不敬な文章をかいてきた当方としては、戦前も当然いたんだよね。発言にともなうリスクが全然ちがうけど…って、おもいつつ。■いずれにせよ、皇族のみなさんは、国家の象徴でなどなく、京都の御所周辺でNPOをおやりになるのが、ベストとおもいます。人権をふみにじられないためにも。

『水産界』(10月号)にも皇賊が

出演していやがる。しかも表紙とカラーページで。
表紙では「第28回全国豊かな海づくり大会、新潟で開催」という表題のしたに「稚魚を放流される両陛下」という表現があり、アキヒト氏とその妻(媾合)ミチコ氏の写真がのっていやがる。
表紙につづくカラーページにも「天皇陛下おことば」および「両陛下から稚魚・稚貝のお手渡しを受けた4名の漁業者」という表現と、その「リョーヘーカ」もうつっている写真がのっていやがる。
道理で「日本」の漁民の生活がくるしいわけだ。『水産界』という雑誌の編集者からしてこの体たらくだもんな。

『サンデー毎日』(1.17号)47ページでは

連載記事「朝鮮半島を読む」において「ネット世界から飛び出した露骨な排外主義」と題して「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の分析がなされています。その結論部は以下のとおり。

日本でも押さえつけられて浮上できない鬱屈した気分の若年層が、不満を別の階層や民族、宗教にぶつけたり、差別的なるというのは、十分にありえることだ。そして、排外主義の矛先は得てして陰湿に弱いものに向けられる。外国人参政権の立法化が具体化しそうな2010年、内なる排外主義とどう向き合うのかが日本社会の重要なテーマとして浮上するだろう。

日本列島の経済的地盤沈下以前の ネオナチ化リスク

■ハラナは、以前から 貧困化による右傾化リスクは指摘してまいりました。■しかし、列島住民全体の貧困化よりもまえに、格差拡大の原因(基本的には、自民党政権末期のネオリベ政策)をとりちがえた層が、民主党と支持者層にヤツあたりする危険性は、たしかに現実味をおびてきましたね。
■ヒネりがあるとはいえ、「戦争待望=階級流動」論など、格差拡大への敵意は、左派層にさえ ひろがっているわけで、たしかに警戒が必要ですね。アメリカにおける、民主党系リベラリズムへの敵意とおなじようなベクトルが急浮上するかも。以前は、共産・社民だけで、マイナーだったのが、いきなり それと一見ちかい政策が政権政党によって実行されるような様相が強調されているわけですから。

『今なぜ戦後補償か』(講談社現代新書)235~6ページより

真の民主主義と戦後補償の実現

いずれにしても、私たちの日本は、アジアの被害者や元連合国軍捕虜の人たちに対し、戦後補償をまず実行することが現代の課題である。これによって日本は初めてアジアの人たちと負債のない対等な関係に立つことができ、将来の経済活動やさまざまな政策について日本の言い分を主張することができる。これこそが、私の考える日本のあり方なのである。
それでは、具体的にどのように補償を実行するべきであろうか。生存者が残り少なくなった現在、被害者への補償はもはや十分には行えない。遺族の特定も困難な場合が多い。アメリカやカナダの日系人に対する補償のあり方やドイツの事例を参考にし、賢明な方法を選ぶべきであると考えるが、その場合、以下のことが基本となる。
①生存する被害者と確定した遺族に対しては、謝罪のことばとともに、できるだけまとまった金額を直接支払う。
②被害地域における居住者のためのアパート建設、老人福祉施設、子女のための教育支援を行う。
③歴史記念館や慰霊碑を日本および被害地に建設し、集会場とするとともに歴史を記憶する場とする。
これらを実行するために、日本政府と関係企業および日本国民による基金を創設し、各地域の被害者とともに、専門家、赤十字社などの協力も得て、民主的な運営を行う必要がある。その基金の額としては、各国の事例をみても、一兆円ほどあれば、相当のことができるはずであるし、日本の元軍人・遺族に対する三〇兆円の援護金額と比べても決して不可能な数字ではないのである。

反中国意識をあおりそうな記事

(そういえば、日本の企業責任者などは、よく土下座していましたね。ホンネとはおもえないんだけど)
<鳩山首相の南京訪問>報道に注目集まる=「ひざまずき謝罪すれば全中国が感動する」―中国紙モバイル版URL : http://rchina.jp/article/38653.html
2010年1月4日、仏紙・フィガロは中国共産党が鳩山由紀夫首相に南京への訪問と「明確な公開謝罪」を要求したと報じた。この報道は中国メディアの注目を集めている。

フィガロは習近平(シー・ジンピン)国家副主席と天皇の会見、小沢一郎民主党幹事長率いる議員団の中国訪問はたんなる「オードブル」に過ぎず、「今年はテレビドラマ並みの和解劇が演じられる」と報じた。

7日付環球時報は「もし日本首相が跪いて公開謝罪をすれば、中国全体を感動させるだろう」と伝えた。

記事では、外交学院国際関係研究所の周永生(ジョウ・ヨンション)教授が取材に答え、日本首相の南京訪問は日中の和解に一定の効果をもたらすことを認めつつも、「ただし日本の首相がどのような態度、行為をとるかを見る必要があります。もし1970年代に西ドイツのヴィリー・ブラント首相がやったように、記念碑前でひざまずいて謝罪すれば、全中国が感動することになるでしょう」とコメントしている。(翻訳・編集/KT)
2010-01-07 11:16:32 配信

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■日中戦争や強制徴用などの歴史的事実をみれば、ひざまづきたくなる政治家がいて当然です。ただ、それを狭義の当事者か微妙な現役政治家が、あいてこく首脳らに要求・提案したのだとなると、ナショナリスティックな「計算」の問題に堕してしまい、ゲンナリさせられますね。日中両国の首脳の「株」をあげるために、誠意がともなっているか微妙な「謝罪」儀礼を演出するとなれば、それこそ、裁判による「謝罪広告」のごとく、実に偽善的な茶番劇になります(そういえば、日本の企業責任者などは、よく土下座していましたね。ホンネとはおもえないんだけど)。■したがって、政府首脳が ひざまづくような真剣な謝罪行為を否定しませんけど、本気でない、単なる「しばい」なら、有害無益だとおもいます。なっとくしないだろう右派などが激高しそうですし(まあ、連中のチンケな自尊心がきずつけられようと、血圧があがって成人病リスクをたかめようと、そんなこと どうでもいいんですが、テロなど副作用は、無視できない現実的リスクです。)、日本を屈服させた、などと、日中戦争・強制徴用の狭義の当事者ではないわかもの世代が 右派的にテングになったりと、それこそ ロクでもない結果をもたらすだけでしょうし。

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