■『朝日』の栃木版。
とくじろう?とくじら?/正解はどっち?
2008年05月14日

インターから約600メートル離れた日光街道交差点の看板は「とくじろう」

日光宇都宮道路・徳次郎インターチェンジの看板は「とくじら」とローマ字表記
トクジラか、トクジロウか――。宇都宮市徳次郎町の読み方のことだ。日光宇都宮道路の徳次郎インターチェンジの看板にはローマ字で「とくじら」。一方、並行する日光街道の交差点の看板は「とくじろう」だ。いったいどちらが正しいのか。
宇都宮市市民課によると、正しい読み方は「とくじろうまち」だ。1954年に徳次郎町のある旧・富屋村を含んだ1町10村と同市が合併した際、町名のふりがなが「とくじろう」と告示されている、というのが根拠だ。
しかし、徳次郎郵便局の湯田一久局長は「地元では『とくじろう』と読む人はいない」と言い切る。住民は口座を開くとき、住所欄に「とくじら」とふりがなをふる。職員が声をかけ、直してもらうのが日常化しているそうだ。
市文化財調査員の池田貞夫さん(60)に「とくじら」の由来を説明してもらった。
日光東照宮の西に現在も久次良(く・じ・ら)町という地名がある。昔、そこの一族が勢力争いの末、現在の徳次郎町に居を移した。「外」の「久次良」の意から「とくじら」となったという説が有力らしい。あてられた漢字は、複数文献をひもとくと、「とく」が「得」だったり「じ」が「二」だったり「ら」が「良」だったりと様々だ。
なぜ、市は住民の多くが親しんだ呼称を選ばなかったのか。池田さんは「郎を『ら』と読むのは不自然、ぐらいの理由で『ろう』にしたのだろう」と推測する。
だが、徳次郎インターチェンジの供用開始は76年だ。市の告示から20年以上が経過している。なぜ「とくじら」が採用されたのか。
インターを建設したネクスコ東日本(当時は日本道路公団)広報によると、当時、地名とふりがなを県に照会し、承諾をもらった文書が残っているという。「それ以上のことはもう確認できません」
県の当時の担当者が気を利かせ、住民に愛された呼び名でゴーサインを出したのか。あるいは勘違いだったのか。もはや確認は難しそうだ。----------------------------------------------
■沖縄では、差別をうけた経緯もからんで、行政上の地名の、地域の呼称がズレていることは、しょっちゅうだ。ある意味、行政上の地名呼称は、在来のはなしことばに存在しなかったものだらけ、とさえいえる(ましこ・ひでのり『
イデオロギーとしての「日本」』2-8-3など)。
■名古屋の「
鶴舞公園」のように、「つるま・こーえん」とよばれ、「つるま公園」とかかれていたのに、「鶴舞●●」と漢字をあてがわれたために、「つるまい・こーえん」とよばれるようになってしまったところもある。
中央本線と
名古屋市営地下鉄の駅名呼称が、「
つるまいえき」だから、「つるま・こーえん」は風前のともしびってとこだろう。
■だから、行政がわが、伝統・慣習無視で、漢字にひきずられた呼称を「正式」だ、いいはりながら、じもとで全然あいてにされていない、なんてことは、全然不思議じゃない。■ちなみに、Googleで「
宇都宮市 徳次郎 とくじら」の検索結果は
125件、「
宇都宮市 徳次郎 とくじろ」は3件と、前者が圧倒。行政による「正式呼称」がういていることは確実。
■漢字表記を死守しないと地名がまもれない、なんてことを、強調する御仁はたくさんいるが、漢字が伝統破壊にくみすることは、すくなくない。■優等生は、実は伝統・慣習なんてどうでもよくて、官僚制にとっての整合性だけが重要だから、すんなりと伝統否定にはしる。漢字が伝統だなんて、ウソなんだが、学校秀才にはそんな単純な事実もわからない。これが、学校教育の逆機能的な側面の典型例。「学校は科学的な知見・姿勢=市民的素養をみにつけさせる教習所的空間」という神話のホコロビがここにもある。
●ウィキペディア「
徳次郎インターチェンジ」
●Google検索「
久次良 くじら」
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