プロフィール

ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

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日中交流千数百年

他紙も、よこならびで報道していたが、多面的な記事だった『朝日』のを転載。

胡錦濤主席、厳戒の奈良訪問
 日中交流たどる

2008年05月10日

 来日中の中国の胡錦濤(フー・チンタオ)・国家主席は10日、奈良県を訪れた。中国とゆかりが深い古寺などを視察。日中の歴史的なつながりの深さを再確認することで、未来志向の友好を演出した形だ。一方、来県の同時刻ごろには、僧侶有志によるチベット犠牲者の追悼法要も営まれた。県警は警官3千人で厳戒態勢を敷いた。胡主席は同日午後、大阪(伊丹)空港から帰国する。

胡錦濤1

法隆寺を訪れた中国の胡錦濤国家主席
=10日午前、奈良県斑鳩町、森井英二郎撮影

胡錦濤2

鑑真和上座像前で松浦長老から説明を聞く胡錦濤・中国国家主席ら
=10日午前、奈良市五条町の唐招提寺、代表撮影

     ◇
 同県斑鳩町の法隆寺。南大門前で、大野玄妙管長や荒井正吾知事が胡主席を出迎えた。飛鳥時代に建てられた世界最古の木造建築の金堂や、五重塔などを見学した。

 「この寺を建立した聖徳太子は1400年前の中国文化を学び、日本を平和にしたいとの願いを込め十七条憲法を作りました」(大野管長)

 「この寺に残されているものは両国交流の結晶ですね」(胡主席)

 説明に胡主席は大きくうなずいた。大野管長は「主席は穏やかな方。境内の建物の配置などについて事前に勉強されているようだった」と感想を話した。

 その後一行は、奈良市の唐招提寺へ。胡主席は、案内の松浦俊海長老が雨にぬれないように自ら傘を差した。8世紀半ば、唐から苦難の末に日本に渡り同寺を開いた鑑真和上の座像に拝礼。胡主席は友好のしるしとして同寺に遣唐使船の模型を贈った。

 県には鑑真和上の銅製の胸像を贈った。荒井知事と会談した胡主席は「奈良は両国文化交流のシンボル的な存在。重要なのは両国が鑑真の精神を受け継いで友好を推進すること。今回の訪問は成功したと思う」と述べた。
     ◇
 胡主席一行が唐招提寺を訪れていた午前11時、東に約5キロ離れた奈良市内の古寺の十輪院でチベット犠牲者の追悼法要が営まれた。呼びかけたのは同寺の橋本純信住職(59)。今月5日に追悼法要を開く新聞広告を出し、趣旨に賛同する僧侶を募った。急な開催となったが、一般の参拝者も加わり、約15人が本堂で読経し冥福を祈った。

 同市などの19寺でつくる「南都二六会」の会長。大学と大学院でチベット仏教を専攻するなどチベットに関心が深い。4月末、宗派を超えた若手僧侶約150人が東大寺に集まった際にもチベット問題の早期解決を訴えた。

 橋本住職は「同じ仏教徒として、チベットの仏教徒を弾圧する国家の主席を日本の寺院が受け入れたのはおかしい」と話す。今月初めには、訪問先の法隆寺と唐招提寺に、抗議の意思を表明するよう求める手紙も送った。
     ◇
 県警はこの日、全警察官の6割の約1500人を配置。さらに25府県から約1500人の応援も受けた。国道24号などの幹線道路は、一般車両の出入りを規制して信号はすべて「青」に。法隆寺近くの主婦(67)は「姿は全く見えなかった。以前、皇太子さま、雅子さまが来た時は境内で見られたのに」とカメラを手に残念そうだった。

 法隆寺では南大門周辺だけで約300人以上が警戒にあたった。早朝から参拝者には手荷物検査を実施。胡主席の到着50分前の午前9時には境内は立ち入り禁止となった。愛知県豊田市の会社員男性(30)は「昼ごろまで参拝できないと言われた。観光案内所もまだ開いてないしどうしようか」と困惑気味に話した。唐招提寺も午前8時半からの拝観が一時禁止された。

 一方、法隆寺や唐招提寺そばでは「フリー、チベット」と叫んだり、チベットの旗をかざしたりした人もいた。警察官が制止し、任意で事情を聴く姿も見られた。

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■国際政治は、「外交辞令」という慣用表現があるとおり、わざと挑発的な態度をとるばあい以外は、友好関係を偽善的に演出するのが定番だ。■それは、敵対関係が周囲にもよくしられているばあいに、演出として「対立」が強調されるばあいとか、明白で当座は逆転・変容不能な優劣関係があるばあいのイジメのようなばあい以外に、「いいひと」を演出しあう諸個人同士の関係性とにている。というか、ほぼ同形の論理をかかえている。
■その意味では、戦争状態ないし、そのあとの国際関係(台湾を唯一の正当な政府とみとめるといった、当時のいびつな大国間の妥結点)のあいだ、険悪だった日中関係を例外として、「基本的に友好関係」という演出を両国政府が維持しようというのは、ある意味当然だ。■当然、そういった偽善的演出に、なっとくできない層がいろいろいる。今回の訪日とそれへの反応のかずかずも、そういった「定番」の応酬にほかならない。すべて「想定内」という印象がなくもない。

■しかし、今回のこの記事などをよみかえしてみると、さまざまな感興にとらわれることも事実である。■ざっと列挙しておこう。

■①「県警はこの日、全警察官の6割の約1500人を配置。さらに25府県から約1500人の応援も受けた。国道24号などの幹線道路は、一般車両の出入りを規制して信号はすべて「青」に。法隆寺近くの主婦(67)は「姿は全く見えなかった。以前、皇太子さま、雅子さまが来た時は境内で見られたのに」とカメラを手に残念そうだった。 ……法隆寺では南大門周辺だけで約300人以上が警戒にあたった。早朝から参拝者には手荷物検査を実施。胡主席の到着50分前の午前9時には境内は立ち入り禁止となった。」←■県警が6わりもの警官を動員してなおたらず、同数の警官をおおくの他府県からかりるという異様な事態。よく、国体開催などの際に「過剰警備」が批判されるが、皇太子夫妻以上の厳重警備というのは、「なにも重大事態はおきなかった」という演出維持のためだけの動員であり、この時間帯に警備網の外部で犯罪が多発してもしかたがない、という「未必の故意」的警備体制だということ。まさに、異常事態だ。こんなことをしてまで「友好関係」を演出する政治的意味があるというのは、おどろいた。

■②「同じ仏教徒として、チベットの仏教徒を弾圧する国家の主席を日本の寺院が受け入れたのはおかしい」←■こういった批判を仏教関係者がおこなうような事態も、実に異様。善光寺での先日の僧侶たちのうごきもふくめて、単なるナショナリスティックな反中国的意識と きりすててよいか微妙なことはあきらか。

■③「この寺を建立した聖徳太子は1400年前の中国文化を学び、日本を平和にしたいとの願いを込め十七条憲法を作りました」(大野管長) …「この寺に残されているものは両国交流の結晶ですね」(胡主席) ←■「両国交流」というが、一方的な文明のコピーにすぎないだろう。■もともと「聖徳太子虚構説」さえねづよいような、実在したかあやしい人物がつくらせた寺院という存在自体が、ナショナリズムまみれであり、冷笑されるようなしろものかもしれない。
■それはともかくとして、「交流」というからには、多少の優劣関係はあっても、相互作用によって双方が変動する必要があるはずだが、19世紀後半の琉球処分以前に、歴代中華帝国が日本列島からの影響でなにか劇的な変動を経験したことがあっただろうか? おそらくない。それまでは、一方的に大陸から文明がもたらされるか、日本列島が「単独行動」を黙認・放置されているか、どちらかだったはず。■大陸と列島の関係性が「交流史」というほかなくなるのは、下関条約によって、歴代中華帝国の東部アジアにおける政治的超越が破壊されたときからだろう。■それ以前に日本列島が大陸に影響をあたえたのは、倭寇とか、コンブの輸出(蝦夷地→長崎/琉球→大陸)ぐらいで、それはマイナーな次元にすぎない。■いや、倭寇は よかれあしあかれ ホンネの民際交流であり、コンブは大陸付近でとれなかった食材が流入することで、現在の「中華料理」の基盤となったんだから、充分重大だ、って見解はあるだろうけど、両国首脳たちが、そういった ふかい次元で「交流」をくちにしていたかどうか(笑)。
■いずれにせよ、唐招提寺とか、鑑真の渡日と戒律の伝来なんてものに感動する心理は、かなりソボクそのもの。なんなことはない。宗教者の布教に対する気迫の問題でしかないし、この事例だって「一方的輸入」の典型例であって「交流」とかではない。

■④「北京オリンピックの聖火リレー」がらみでいえば、最新号の『週刊現代』。連載コラムのひとつ、「池上彰のBird's-eye Worm's-eye」の第98回(pp.68-9)は、“聖火リレーで「革命の聖地」を巡回する中国共産党の政治的狙いとは”。■みだしが、すごい。‘聖火が「火種」を運ぶ’‘上からは「和」の文字に’‘現代版「長征」’‘かつてはナチスも悪用’‘繰り返される不幸な歴史’。■いや、もともと チベットを武力弾圧していまの政治的地位へのきっかけをつかんだ胡錦濤さん。その政治アピールが「和」というのは、皮肉がすぎるというもんだろう。
■ライバル誌『週刊ポスト最新号の「福田首相よ、パンダ2頭で「胡錦涛に1000億円献上」か!」も、一見反中国キャンペーンにみえるが、よくよめば(笑)、スルメのような記事。パンダワシントン条約で「研究目的での貸与しかできない」存在であること(p.186)とか、「そもそも、パンダの生息地はチベット高原の一部で、チベットの動物…中国派それを人権弾圧批判をかわす外交手段に使っている」という、ペマ・ギャルポさんの批判とか、実にもっとも。■「ヒトよせパンダ」とは、いいえて妙だが(現在は、パンダが、うりものにならないのが動物園らしいが)、いわゆる「パンダ外交」が、人気低迷政権の 人気とりだったことは、国民栄誉賞などと同質。政府よりに、これらをタレながすメディアも反省すべきだろう。


■⑤ハラナ自身は、一貫して反中国派の「敵の敵は味方」論を批判してきたが、「日中友好」を歴史的前提だ、なんて ソボクに信じる層には、漢字表記や儒教思想や道教思想など、「一方的恩恵」といっていいか疑問符がつく、「文明」の「輸入超過」の経緯もふくめて、お勉強を期待したい。
■いや、反米派みたいに、反中国派をあらたにつくりたいわけじゃないが、千年規模での「交流」とやらをふりかえらない「日中友好」ってのは、列島と大陸双方を現状の国民国家イデオロギーから実態視したうえでの、歴史的幻影であって、冷静につきはなして過去の経緯をふりかえれば、「友好」というより「腐れ縁」。■しかも、ほんの一世紀ちょいまえぐらいまえまでは、大陸がわの一方的優位(列島がわの主観はともあれ)で、だからこそ、大陸がわのナショナリズムは「中華4000年の栄光の歴史」みたいな、これまた こまったさん史観を背景にかくして「友好」「交流」をくちにしているという「外交辞令」は自覚しておく必要がありそうだ、ってこと。■「日中国交正常化」って、政治的イベントだって、台湾への国民党政権の亡命を、アメリカの「敵の敵は味方」戦略にのっかって支持していた、っていう、不自然な経緯を放りだしたにすぎないことは、たしかでも、それまでの台湾との「交流」「経緯」(それが、植民地化っていう、にがい教訓・経緯であったにせりょ)を、あたかもなかったかのようにふるまうという、あきれた 断交と「せなかあわせ」だったことも、わすれちゃいかんだろう。■ま、これらを強調しすぎると、例の反中国派のオジサンたちをよろこばせすぎるから、やめとくけど(笑)。


●「長野オリンピックとの落差にとまどう市民は、なにもまなばなかったようだ
●「挑発に怨念噴出 チベットの哀しみ ペマ・ギャルポ氏(産経)
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