プロフィール

ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

前ブログ: 『タカマサのきまぐれ時評

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「「ネット工作員 = スパム屋」説(嗚呼、負け犬の遠吠え日記)

■「“迷惑メール事業者”はこの先どこへ行く?(鈴木良介)」の関連記事。


●「「ネット工作員 = スパム屋」説は本当だったようです。マヌケなネット工作員が不様にも正体をさらけ出しました。
●「さらに「ネット工作員 = スパム屋」説について。またもやネット工作員が尻尾を出したようです。
●「職業としてのスパム屋(=ネット工作員)? ついに「工作員」本人が自白したようです(笑)
●「たかが「荒らし」と思って決して侮るなかれ。必要以上に恐れることもないが(1)」「(2)」「(3)」「(4)」「(5)

などをみるかぎり、やはり「職業としてのスパム屋」が実在するようだ。■しかも、それは、エロ・サイトや バイアグラなど「精力剤」、インチキ商法など、カモをさがして シャブりつくすという、脱法商法とは別個に、「いやがらせ」そのものを目的とした、特定少数サイトへの 集中的「かきこみ」を、なかば 職業的に おこなう層である。■その背後には、やはり 「スポンサー」として、政治的・経済的な利害をもった組織が ひそんでいるのだろう。


■問題は、市場原理にそった不特定多数むけのインチキ商法系は、規制等によってシフトしていくとおもわれるが、政治的利害にからんだ 特定少数への組織的攻撃は、規制も市場原理もはたらかないだろう点だ。
■右翼や総会屋など、あやしげな組織の活動資金がとだえないように、特定のブログへの組織的攻撃は、それこそ自衛技術を高度化・共有化していくしかないし、中長期的には「イタチごっこ」の構図から、のがれることはムリだろう。■警察当局やブログ運営会社に期待するのは、ムリだろうし。特に警察は、「犯罪がおきてから(すくなくとも、あきらかに、おきそうなばあいしか)、うごけない」という「原則」を悪用して、右翼の街宣車を黙認してきたとおり、よほど ヘマをやらかす スパム屋以外をとりしまろうとはしないだろう。

■左派系のメディアは、名誉毀損なんて汚名をきせられて、事実上の弾圧に当局が共犯関係になったりするのと対照的に、右派メディアにはとりしまりが異様にゆるいし、不可解な資金源まで加勢するんだから、その格差はちぢまりようがない。■あと、ブロガーなどネット上の情報流通が大衆化して、マス・ゴミのダメダメぶりが公然と白日のもとにさらされる以外にないだろう。中長期的には、それは 実現するはずだけど。■それまで、左派系・リベラル系のブロガーは、いろいろ いじめられそうだ。
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コメント

二重基準ネタを火力のちがいにたとえると

二重基準(ダブルスタンダード)ネタでいうと、暴力に非暴力で対抗しなければならないような、実現可能な戦略・戦術の幅の違いがありますね、右派と左派には。
その違いを無視した「喧嘩両成敗」的偽善的主張には、うすい金属の盾で核兵器をふせぐような無茶をしろといっているようにしかおもえないんですが(↓)、いまだにそのような議論を口にする人のなんとおおいことか。

http://www.youtube.com/watch?v=hs804jfGflY

私自身は「思想は立岩真也だけどノリはオースティン=パワーズ」という芸風を確立しようと日々もがいているのですが、右派が世界全体を『モンティ=パイソン』にしてしまうスピードが速すぎて、いつも対応が後手後手にまわってしまいます。

なんだかとりとめもない話になってしまったので(いつものことか)、最後にリスク論つながりでまともな資料をひとつ紹介します。

『生態リスク学入門』(松田裕之・共立出版)

たしかに、非対称は、資金源・媒体・規制だけではありませんね。

貝枝さま

■おはようございます。
■たしかに、暴力に非暴力で対抗という課題は、ガンジーらの非暴力主義で有名になりましたが、半永久的な課題のような気がします。■当局は、それを充分しりつくしたうえで、左派・リベラルの微細な逸脱をせめたて、あるいは、徴発して逸脱をひきだすようなマネまでする。一方、右派による暴力には、組織的隠ぺい工作にてをかしたりするわけですから、あらゆる綿で「二重の基準」が横行しています。■左派・リベラルは、そういった絶対的不利があるわけですが、どうもそういった自覚がたりないみたいです。
■ともかく、スキをつくらないこと。あしもと、わきのあまさを すくわれないように、重心をひくく わきをしめて いきること。■ブログもそうですが、自衛しかありませんね。
■そして、いかに「抑圧的寛容」で、「ふところの ふかさ」を誇示するための素材に援用されているとはいえ、思想警察が治安維持法的に策動することはできない現代日本は、東アジア・中央アジアの独裁国家群よりは、数十倍マシですし。■たとえば、小生程度の体制批判で、某国なら確実に、強制収容所おくりでしょう。

非対称性をふまえて、あげあしとりを事前に予期すると

非対称性をふまえて、あげあしとりを事前に予期すると「富の再分配や補償を、現金という形式でおこなうことには問題がある」という立論を右派がするであろうという懸念がありますね。というのも、台湾における先住民族への補償について、先住民族をかたるニセ者があらわれて利権をよこどりしようとした、というはなしを実際に聞きましたので。もちろん、理論的には現金でわるいはずなどなく、特にこれだけ市場経済が席巻している現代社会において現物支給や特定の知的財産(先住民族のマークとか)や特定の業種(漁業権や民芸品の販売権)の拡張に限定した形での補償は妥当ではないようにおもうのですが、あえて理論的に可能な反論としては、「ニセ弱者がでてきたときに、その人をニセであると証明することが、理論的には可能だがコストがかかりすぎるために実際問題としては不可能なので現金での補償は無理がある。現物なら現金とはちがい一定程度余裕のある人がニセ弱者としてなのりでる利益がない(そんなことをするヒマがあったらアルバイトでもして現金を得た方がマシであるから)ので、現物支給や特定の業種への就業権に限定すべきだ」という立論がありうるむねをのべておきます。
もちろん、そんなニセ弱者を選別するコストよりも道路特定財源とか軍事費とか米帝国への貢物とか、けたちがいに無駄な支出はあるのですが、「それらこそ批判すべき」という妥当な議論を左派がすると、そういうときだけ「論点のすりかえだ」と(普段は自分たちが論点のすり替えばかりしているくせに)といってくるのが右派の戦略であることが十分推測されるので、上記のような「現金や特定の職種への就業権にとどべるべき」という反論がでてくる可能性を指摘することには一応程度の意味があると思うんですが、どうですかね?

再分配はむずかしいのですが…

■現金給付・減税免税・現物支給…等々、いろいろ救済・補償・再分配のやりようはあるとおもいますが、財政当局は財源不足や自力救済論にかたよりがちで(大阪市のように職員に、不気味なほど「やさしい」組織もありましたが)、また経済的に「中の中」や「中の下」の階層の「ねたみ・そねみ」感情、「中の上」以上の階層の新自由主義的な「節税」意識(自分たちのかせぎが、経済的下層に「漏出」しているといった、被害妄想)がからんで、実にやっかいです。■過去に散々社会貢献した高齢者でさえ、たくわえがないと、どうなるかわからんような「敬老精神」のかけた国柄ですので。

■と、ダラダラとかんがえてみましたが、ご指摘の論点がよくのみこめていないとおもいますんで、再度ご説明ねがえますか? ■ちなみに修業権については、業界参入といった意味では皮革業やパチンコなどに、大手業者が参入して、在来の被差別層をくるしめたりしてきたし、女性や高齢者・障碍者などに対するアファーマティヴ・アクション(優先わりあて)は、よほどうまくやらないと、やっかむ連中から猛攻撃をくらいます。

右派がつかいそうな手口を事前に伝えたかったのですが…

右派がつかいそうな手口を事前に伝えたかったのですが…無意味ですかね?ていうか、タカマサさんご自身も「ご指摘の論点がよくのみこめていないとおもいますんで、再度ご説明ねがえますか?」とかいたのちに「アファーマティヴ・アクション(優先わりあて)は、よほどうまくやらないと、やっかむ連中から猛攻撃をくらいます」ともかかれているので実はわたしの論点を把握なさっていると思うのですが、要するに理論的には現金での補償であってもよいのに「現物支給や特定業種の営業権拡大ならともかくニセ弱者を排除するコストがかかりすぎるから現金支給は現実的ではない」という立論を右派がするであろうし、その際に「そんなコストは他に無駄にしているコストをけずれば捻出できる」と反論すると「論点のすり替えだ」という再反論をしてくるであろう、と。そういった手口は予想した上で立論をしないと右派にあしもとをすくわれかねないです、と助言したかったのです。あまり生産的ではないですかね?

実際の運用は複雑でも、理念は単純かと…

■権力がらみの巨大な浪費 >>> ニセ「受給者」さがしコスト+ニセ「受給者」扶養コスト って巨視的構図は単純で、それを論理的に 右派・保守派につきつけることは比較的簡単だとおもいます。■それは、日本共産党や社民党が そこそこやっているでしょう。うやむやにされているだけで。
■ただし、「財政圧力」って、もっともらしげな「正論」をおさえこんでの、〔ニセ「受給者」さがしコスト+ニセ「受給者」扶養コスト〕度外視という「正論」は、なかなか たてづらい。■そうなると、こちらの 具体的運用としての「線びき」問題が浮上して、水俣病や被爆者等々、「未認定患者」といった理不尽な排除がまかりとおってしまうと。

日刊ベリタより

売れるならそれでいいのか  排外主義を煽る本で書棚は満杯、書店の社会的責任はどこに

http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201003291114581

まるで戦前のファシズム期の様だ…、と維持を知っているかのように言ってみる。
これも「ネット工作員=スパム屋」の組織的な購買ですか?・・・え?何ですって?「この場合はちがう」、ですって?
では何故わざわざ金と時間をつかってウソ情報を取り入れようとするんですか?単に慰撫されるから?

「維持」→「以前」ですね。

■ご紹介ありがとうございます。

日本を代表する大型書店、紀伊国屋書店の某店舗。書棚には「在特会」の源流ともなった「マンガ嫌韓流(山野車輪著 晋遊舎)」などの人種的偏見をあおる出版物が、大々的に展開されていた。書店はベリタの取材に対し「『売れているから』としか答えられない」としている
 ↑■うれる、ってことは、ウソだとわかっていないわけですよね。小生も、「マンガ嫌韓流」もかいましたけど、ネタにつかおうとか、「材料費」的なイジワルな視線で購入する層は、例外でしょうから。■おそらく、「自分たちは ちっともわるくない」「ひいおじいちゃんたちも、みんな いいひとだった」「なのに、野蛮なアジア人たちが せめたててくる」「だから自衛して、やっつけなきゃ…」大体、こんな防衛機制でしょうか?

■ただ、ヤバい本・雑誌類を うりつづけることは、おおて(ブランド企業)にとっては ハイリスクなわけで、フジ産経系とか、一部しかやらないでしょ(小学館もそうかな?)。そうなると、バッシングうけそうにない、新興の出版社に まかせて、「支援」組織などが 大量購買して 運転資金を補給している可能性はありますね。■大学生協などには ならびにくい シロモノでしょうし、大書店とアマゾンなどが 大市場でしょうから。


■もっとも、晋遊舎(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%8B%E9%81%8A%E8%88%8Ehttp://www.shinyusha.co.jp/~top/company.htm)という出版社は、社員が60名もいるそうなので、零細ではなくて、中堅というべきでしょうが、しにせの おおて出版とはちがった、暴走ができますよね。


■いずれにせよ、史料批判の素材として日本史教科書をあつかえないような教員が大半の実情のなか、「いっちゃってる史観」の横行はとめられないとおもいます。■新聞社も、広告料ほしさに、でかでか 宣伝させますし。
■韓国・中国で、ネット右翼が膨張するのは、しかたがないんじゃないでしょうか? 「火元」が 「火元」だけに…。

正誤表

誤 と維持
正 当時

学問の理論だけで説明するのが不可能である様に感じる点について

■おそらく、「自分たちは ちっともわるくない」「ひいおじいちゃんたちも、みんな いいひとだった」「なのに、野蛮なアジア人たちが せめたててくる」「だから自衛して、やっつけなきゃ…」大体、こんな防衛機制でしょうか?

ナショナリズムは近代の産物で、それが勃興したころ、マルクスなど当時の知識人層は「こんなものは一時的な熱病みたいなもので、時間がたてばとおからず自然に解消する」とみくびっていたのに全然そうなっていないですよね。フロイトの防衛機制も実在する現象に即した理論なのでしょうから無意味とはおもわないのですが、いずれにしても、以下の様な疑問が生じるのです。
すなわち「そんな理由だけでいかなる差別でも正当化できるとおもいこめる人間が存在するのは何故か」という疑問です。
わたし貝枝は結構不合理で感情的な人間だと自覚していますし、いじましい面もありますぞ。たとえば人権上無意味な動物が交通事故にあったらたすけようとしたことがあり、原則論を言えばその労力を人権擁護につかった方が生産的であるはず。また、賞味期限のきれた食べ物や地面に落ちた食べ物ももったいないからと食べてしまうことがあり、もしそのせいで腹痛にでもなったら食べ物の費用以上の損害を受けるのに、そうした不合理さがやめられない。
という不合理さをふまえれば他人の不合理さを批判する権利は無いのかもしれないんですが、問題は不合理さに固執することで何でも正当化できてしまうといわんばかり、というかそもそも「不合理である」というか「事実に反する」というか、もっと言うなら「反証可能な命題ではない」ところの「日本人はえらい」論に固執し続けられる人間が存在する理由は、わたしの感性の類推を極限まで広げても推測できないんですよ。本当にナショナリズムには、学問からは「防衛機制」以外の説明は存在しないんですか?だとしたら、何故それだけの理由であれほどの不毛な反動が生じるのですか?おしえてください。いや、ご存知であれば、ですが。

防衛機制は、ヒトの 「さが」じゃないでしょうか?

▲▲▲▲で某旧帝大をやめる はめに なったかという 大●●●御大(http://extasy07.exblog.jp/11291652/)などは、『●●●●●●●の由来』などと、900ページちかい、巨大な本をかいていますが、とてもよむ気になれませんな(笑)。
■小生が基盤にしているのは、なだいなだ『民族という名の宗教 人をまとめる原理・排除する原理』(岩波新書 1992)あたりの、ごく単純な議論と、新フロイト派の防衛機制モデルですね。■でもって、なぜそれが近代にはじまったのか、それから自由な層が、実にうすいのか? それを すっきりと説明できるかたいるといいんですけどね。

■ちなみに、ナショナリズム以前から、他者を「ひとでなし」に位置づけると、どんな残酷なしうちでもできる、っていう、有名な解説がありますよね。奴隷制しかり、死刑制度しかり、戦争しかり、…。「日本人にあらざれば、ヒトにあらず」系の妄想チャンのばあいは、容易に 排外主義を正当化できて、殺人さえも、合理化するでしょう。実際、中国大陸とかで、そうやって大量殺傷や性暴力をくりかえしたのが「皇軍」とやらでした。大元帥さんは、反省したのか微妙なまま、天寿をまっとうしましたし。■ペットやイルカなど、自分でくってしまう「食材」概念からはずれると、急に愛護にはしるとか、そういった恣意性も、「かなしい さが」だとおもいます。
■ああ、文学してますねぇ(笑)。

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