プロフィール

ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

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チベット騒乱 中国、武力弾圧を否定「焼死など」と発表(朝日)

■『朝日』の夕刊2面の記事【写真は、AFP時事からとっている紙面とは、ことなっている】。

チベット騒乱 中国、武力弾圧を否定「焼死など」と発表
2008年03月17日13時49分

 中国チベット自治区ラサの騒乱について、自治区のシャンパプンツォク主席が17日午前、騒乱後初の記者会見を開き、騒乱による死者が13人に上ったと述べた。いずれも暴徒による殺害や火事による焼死などで、治安部隊による犠牲者はなかったとし、武力弾圧の事実を全面否定した。

中国チベット自治区ラサで16日、道路を占拠する装甲車両
中国チベット自治区ラサで16日、道路を占拠する装甲車両=ロイター

 同主席はデモ隊の制圧は武装警察と公安(警察)が行っており、軍は加わっていないと強調。「治安部隊は発砲しておらず、戦車など人を殺害する武器は一切使っていない」と述べた。重傷者6人を含む61人の警察官が負傷したという。



 新華社通信によると、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世が中国政府を批判したことに対し、自治区高官は16日、「全くナンセンスな発言で、僧侶と住民は完全な信教の自由を享受している」と反論。ラサ市のドジェ・ツェジュグ市長も「分裂主義者の妨害さえなければ、チベットは歴史上最高の発展期にある」と述べた。政府機関や学校は17日から平常通りに再開するという。

 また、新華社は16日、事件後初めて「ダライ(・ラマ14世)集団の社会破壊活動は必ず失敗する」との論評を発表、「表面上はチベット独立を放棄したと言っているが、実際は分裂破壊活動をやめていない」と批判した。

 ダライ・ラマ14世が「北京五輪が開かれる08年は、チベット人にとって重要かつ最後のチャンスになる」「五輪期間中にデモ活動を行い、要求を訴えるべきだ」と発言していることを取り上げ、チベット問題と五輪を絡めていると指摘。暴力行為を先導しているのは間違いないと断じた。

 一方、インドに拠点を置く非政府組織(NGO)チベット人権民主化センターのウェブサイトによると、チベット人が多く住む四川省のアバ県での治安部隊との衝突による死者は計15人に達した。遺体は僧院に運び込まれ、20代半ばの元僧侶も含まれているという。

   ◇

 ■米、政策変更促す声明

 中国チベット自治区ラサでの僧侶や市民らによる抗議行動に端を発した治安部隊との衝突をめぐり、ライス米国務長官は15日、中国政府にチベット政策の方向性を変えることなどを促す緊急声明を出した。

 ライス長官は「宗教、文化、生活面で影響を与え、緊張を生んできたチベット分野での政策に取り組むよう中国政府に求める」とし、政策修正が必要との考えを示した。

 長官は中国政府に「平和的な意思表示を理由に拘束されている僧侶らを釈放するよう求める」とし、また「暴力が拡大の傾向にある」と懸念を表明。「暴力に訴えないよう双方に強く呼びかける」とチベット人側にも冷静な行動を呼びかけた。

   ◇

 ■「直接対話を」 独首相求める

 中国チベット自治区の騒乱をめぐり、メルケル独首相は15日、政府報道官を通じ「チベット問題を解決するには平和的な直接対話しかない」と、中国政府とダライ・ラマ14世との直接対話を呼びかけた。

 また、シュタインマイヤー独外相が16日、楊潔チー(ヤン・チエチー)外相と約1時間にわたり電話会談。「最大限の透明性を確保して、事態を収束させて欲しい」との見解を伝えた。

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■①市民運動を鎮圧するために軍隊なんぞは、はじめから必要ない。わざわざいうってことは、出動していることを、かくしたいからじゃないか?■かりに、軍隊がでていなかろうと、これだけ大規模な暴動が報告されながら、一発も発砲していない。ひとりも死者がでていない。なんて、だれが信じる?■被害者は、暴徒にやられた漢族系の商店主や警官だけだ、なんて、だれが信じる?

■②オリンピックを政治利用したくなるような少数派をかかえているという現実は全然否定できない。当局は、そういった政治的矛盾が実在しないことを立証しなければ、信用されない。

■③「社会破壊活動」というなら、過去のチベット社会を破壊させた活動の歴史はどうなるのだろう?

■④漢族系の当局のおかざりとして売国的な言動しかせず、民衆からうきまくったチベット系の当局の人物の発言が、いたいたしい。ここまでひどい発言は、保守系の沖縄県県知事だって、くちばしったことがなかろう。■特に「僧侶と住民は完全な信教の自由を享受している」は、笑止千万。多数の僧たちが反政府デモをするはずがない。

■⑤日本の外務省首脳あたりが声明をだしたって、全然国際社会はきくみみもたない。もちろん中国当局などは、せせらわらっているだろう。■経済力以外にほこるものがない(オタク文化とかは、政治力につながらない)品格のない国家のつけだね。アリバイ的に「自制」のどうのといったって、むなしくひびくだけ。

■⑦こんなかたちで、巨大な版図・「国民」をかかえつづけても、国民の幸福度は、あがらないだろう。すくなくとも、少数派は しあわせになれない。沖縄に米軍が寄生しているのとおなじように。
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コメント

おっしゃることはそのとおりだと思うんですが、『平和の風』(講談社『BE・LOVE』連載後に糸数慶子後援会が単行本として出版)のような、沖縄における米軍基地をあつかった漫画もあることを一応つけくわえておきます。いや、オタク文化のほぼ100パーセントが政治力につながらないので、『平和の風』が例外中の例外であることはみとめますが…

ともあれ、『少女セクト』はおすすめです。

http://amblog.blog39.fc2.com/blog-entry-66.html

(おもわず趣味にはしってすみません…あえていうなら、『少女セクト』も「女性の経済的地位が低いように思えない社会においてジェンダーが強く残っているという作品世界は、興味深い事例である」という、ひろい意味では政治的ですが…でもやっぱ趣味にはしりすぎだな…)

チベットって別に独立を志向しているわけじゃないですよね。すくなくともダライ・ラマ個人は。もう少し自治を自由を、って話ですよね。正直チベットが独立したところでやっていけるとは思えないし、一応チベット自治区なんて名前がついている以上日本のアイヌよりは制度上報われているのかもしれない。建前だけでしょうが。
きわめて冷酷な見方をすればチベットに自由を与えると中国本土で反政府運動が活発化して共産党政権が崩れるかも知れず、そうなるとさらに厄介なことになってしまうのではないでしょうか。
正直今の沖縄を見てると感じますけどチベット文化に関しては金を与えられていればいずれなくなると思いますし、外の人間がそのことをどうこう言えないと思います。日本だっていまさらちょんまげでもないでしょうし。

誤解をまねく表現、謝罪いたします。

貝枝さま

■「オタク文化とかは、政治力につながらない」は、「オタク文化」=下品ということではありませんので(笑)。■「オタク文化の価値がちゃんと世界に理解されるようになった」などと、妙にはしゃいでいる政界あたりの楽観主義は、おおハズしだと。
■いや、意表をついて、中国共産党首脳の一部が、某半島の最高指導者みたいに、マニアの可能性はあるでしょう。しかし、通常は差別意識を感じとって、かくしますよね。哲学者のフーコーが同性愛指向で、少年愛者だってのは、評価うける可能性がありますが、大国の要人のばあいは致命傷になるとかと、本質はにていると。

■イメージなんぞよりは、そこがあさいらしい西欧古典芸能(クラシック音楽やらバレエやら、日本人あたりに、結構コピーされている)の限界はおくとして、あれは、ちゃんとブランドとして、「高級文化」に分類され、国家の品格をあげます。■しかし、大衆文化は、たとえば、ジャズ程度の高級感をかもしださないと、「品格」として評価はされないと。

■それはともかく、「女性の経済的地位が低いように思えない社会においてジェンダーが強く残っているという作品世界は、興味深い事例である」って表現が理解できませんでした。■イリイチみたいな前近代の美化なんぞしなくても、女性性が劣位にならない空間はありえるでしょう。■現状の女性性の劣位ってのは、要は軍人文化、レイピスト文化が背景ですから。■もちろん、軟派系文化の平安朝だって、『源氏物語』自体が、レイピスト文化からのがれられませんから、はなしは、単純じゃないんですけど(作者は、女性のはずですし)。

チベット仏教文化は、じもとではマイナーでない

こつじきさま

■ダライ・ラマと現地でイジメにたえつづけている住民とでは、反発心がちがうかもしれません。■ともかく、中国共産党は、ロシア正教会を弾圧したソビエトと同様に、野蛮な連中という決定的な印象をつくってしまったわけで、単なる経済政策で過去の失政をごまかせるとはおもえません。■ともかく、チベット現地では、仏教は依然として知的権威として聖性をおびているわけで、こうごうしさなどカケラもなくなった既存のコミュニズムとは、えらいちがいがあります(既存の社会主義体制がえらばなかった、ノンセクトのコミュニズムには、すてがたい価値があるとおもいますが)。■中国共産党は、過信しているか、権力を誇示して破綻をごまかしているか、どちらかでしょう。
■いずれにせよ、現実主義的に微温的な融和主義でいこうとしてダライ・ラマを、過激な分離独立運動の象徴ときめつけるようなキャンペーンをはった中国共産党は、致命的ミスをしましたね。■強権と現実的な妥協をまぜるのが中国共産党だとおもっていましたが、オリンピック幻想がつよすぎて、ちまよったかも。

■ちなみに、沖縄は言語文化とかを危機においこむことにヤマトは成功したようにみえるかもしれません。でも、ウチナーヤマトゥグチは、完全にポスト・コロニアルなクレオールです。沖縄文学は、完全にニホンゴを闘争手段にきりかえていると。■カネで、オキナワのココロをかえたとおもっている保守派の政治家たちは、完全に現地の実態をよみあやまっています。アイルランドがどんなに英語化しようと、イングランドにはならないのとおなじです。

ハラナさんがオタク文化を、あくまで「政治力につながらない」と評価しているだけであってみくだしているわけではないことは存じているつもりです。ですのでわたしも『平和の風』を「例外中の例外」と評したのです。そういうわけで、オタク文化の大まかな事実関係については私とハラナさんの間に認識のずれはないと思います…たぶん。

で、『少女セクト』なんですが、女性の経済的地位が低くない作品世界にあって、ジェンダーといってもより狭義の、香水や装飾品などに細やかに気を使う女性たちがおおいので、本来なら男性中心の社会の中で支配階層である男性の関心を引くための道具であろう香水や装飾品に気を使うのは変だろうと思うわけです。(意中の人物を意識しての気づかいとも思えなくもないですが、同性愛者が多い作品世界なので、そもそもそのような世界における「女性らしさ」の戦略上の価値ってあるのか?と思えるわけです)まあ、そのような矛盾を感じさせないほどに細やかな心理・物語描写があるため、戸惑うことなく読めるのですが、冷静に考えると「この人たちは何が目的で男性中心社会で要求されるような意味での女性らしさをきそっているのだろう?」という疑問がぬけきらないわけです。
「もっと女の子女の子したばんそーこー持ってないの 桃子?」(2巻11ページ)という台詞など、まさにジェンダー規範を明言しています。なのでそういう意味では変だとおもったのです。

それにしても、中国共産党首脳の一部がオタク文化のマニアだったら、という推測は面白いですね。いや、『三国志』のパロディである『一騎当千』(ワニブックス)のフィギュアが中国国内のメディアでも取り上げられていたむねが、『サンデー毎日』の「インサイド中国」に載っていたので、実は十分ありうる推測なんですが・・・

ベテランの中国研究者にきいた恐ろしい話

ベテランの中国研究者(某国立大学教員)にきいた恐ろしい話を紹介します。私が「なぜ胡錦濤氏は辞めないのか?」とたずねたら、その研究者は「そもそも失政をしていないので、権利として二期目をつとめられるのに辞めなければならない理由がない」との答えでした。私は食い下がって「でもこれだけ国内外で批判がつよまったら、二期目をつとめた場合の利害を比較したら害の方が多いのではないか?」とたずねたのですが、「ここ数日のチベットにおける暴動は再任が決まって後のことであり、それまでの時点で彼は批判されていない」とのことでした。もちろん、その研究者は国外および国内の弱者(少数民族等)からこれまでも中国政府幹部に批判が無かったとは思っていないのでしょうけど、問題なのは、「それらの批判は胡氏やその他の幹部にとっては存在しないことになっている」といわんばかりの、その研究者の答えです。
もちろん、GDPが大きくなれば漢族で健常者で男性であるなど一定程度の条件がそろった人々にとってすごしやすくなったことは間違いないでしょう。しかし、そうした主流派層からの批判が無いことをもって批判はまったくないとでもいわんばかりの感覚です。
いや、もちろん長期的・大局的に見ればハラナさんのおっしゃるように「ちまよった」といえるのでしょうけど、今のところ胡氏にそのような自覚がない(たぶん彼が脅威を感じる程度に近しい人々からの批判は本当に存在しない)、のはおそろしいことだといわねばなりますまい。
(だからといって日本や米国が免責されるわけではないですぞ、反中右派の諸君!)

ついでに(という言い方も失礼かな?)

しばらく前にさわぎになった以下のような事例を、上記のベテラン中国研究者が知らないとは思えない(つーか知っているに決まってる…たぶん(弱気))のにもかかわらず、失政をしていないことになっている、というのは、なんとも恐ろしいことではないか。

http://www.amnesty.or.jp/modules/news/article.php?storyid=336

もちろん、だからといって日本や米国が(以下略)

中国ネタと、女性性ネタと

貝枝さま
■まず、北京政府がしきる中国大陸の政治体制について。■①いわずものがなですが、ネットの規制はもちろん、外国の報道陣などをいれないという点で、「密室で、いろいろ、あかせないことくりかえしてます」って白状しているようなものです。毎度かいていますが、石原某やら産経系の論調とほぼかぶってしまうコメントをくりかえさねばならない点が少々苦痛です(笑)。■②したがって、政府当局にとっては、「国内外での問題の忘却」だけが目的であって、過去の経緯をふくめた失政について、責任問題なんてのは、おきようがないのだとおもいます。「全人代」とかも。それはおそらく、アメリカ原住民をだまし殺戮し、居留地にとじこめるというアパルトヘイトをくりかえしたことを「失政だった」などと絶対に反省しないだろう合州国両院の連中と同質だということ。■③そして、オホーツク海や東シナ海でさんざん植民地支配してきた経緯を直視できない日本人を相対化できないばあい、どんなにお勉強をくりかえそうと、「帝国」という問題は絶対にみえてこないと。■④いずれにせよ、世界中に、某先生のような御仁がひとりでもふえれば、「国内外での問題の忘却」に貢献するわけで、ほくそえんでいることでしょう。この列島にもスパイがたくさんはなたれているでしょうから、某先生も悠久の中国文明の偉大さをほめたたえる功労者としてリスト化されているはず。■⑤オーウェルがえがいた「そんな事実なかった」ことにするという『1984年』的なシステムは普遍的です。


■つぎに、女性性について。■①女性の「みづくろい」文化は、まず男性への性的アピールに起源をもつわけですが、フェミニズムや社会学系の論者が何度も指摘しているとおり、そういった美的追求は、自律運動をはじめると。■②それは、ナルチシズム系と「みせびらかし」系、そしてその融合系の3パターンだとおもわれます。白雪姫のおかあさんの「カガミよカガミ。世界中で一番キレイなのは…」は、融合形+国王ほか男性への性的アピールでしょうが(笑)。■③同性愛指向のばあいは、性的アピールの方向性が当然ちがうはずです。レズビアンのなかにも男性役とかあるようですが(ま、宝塚系とかですよね)、いずれにせよ、体毛の偏在(頭髪のうすさと、ヒゲなどのこさ…)とか、筋肉質とか、期待されないはず。■メイキャップ、香水とか宝飾品とか、そういった「みづくろい」の文化的洗練も、男性にモテたいという方向性とは異質な方向にナルチシズム系・レズビアン系は発達をうながすはずです。
■ハラナは、このての方向にほとんど興味をもてないため、以上のモデルを検証するデータは、貝枝さんたちが、厖大におもちのはずですが…。

女性性ネタ(ウザくなければ読んで)

しばらく前に書いたネタなんですが、気になるのでお返事がてら書き足します。
女性の同性愛が少なくない社会において、異性愛が中心とされる社会と似た女性性が強調されている事例としては(戯画化していることが強く疑われる事例を除いて)、近年の漫画においてさえも『少女セクト』ほど、ギリギリの緊迫感(女性性を追求しつつ物語世界と齟齬をきたさず、イヤミになる寸前のところで文化資本のみせびらかしがある)という作品は他に無いに思うのです。[注]
もちろん、一定のセクシュアリティ(ジェンダー)をもつ人は不可避に他のある種のジェンダー(セクシュアリティ)や容姿をもつ、という紋切り型(ステレオタイプ)がイデオロギー的でないはずはなく、その意味で『少女セクト』が良かれ悪しかれ政治的である(「あらゆる言説は不可避に政治的である」という一般論以上に政治的である)ことは認めるのですが、これほどまでに女性性が強調され、物語世界が張り詰めた緊張感でたもたれながら序盤から終盤までつづく、というアクロバティックな作品は他に無いように思うのです。
(アマゾンでの評価が高かったという理由で読んだ、比較的近い時期に出版されたほかの作品・『少女美学』(一迅社)においても、同性愛がそれほどにはマイナーではないと思しき社会において異性愛中心社会のようなジェンダーがえがかれていますし、独特の作品世界がえがかれていることはみとめますが、『少女セクト』ほどの緊迫感は感じませんでした。)
もちろん、このように書くと「それは個々人の感性の違い」という指摘を完全には排除できないのですが、他の作品に比べても上記のようなギリギリの緊迫感・極限まで削りつめたような心理と物語の描写をつよく感じるのは、かならずしも私個人の感性のせいだけではないようにも思うのです。
(「私個人の感性のせいだけではない」とキッパリ断言できる論拠がひねりだせないのも事実ですが…)
上記の私の感じ方に共感し、拙文より明確な言葉で説明してくださる方が書いてくだされば幸いです。(「反論は書くな」というわけではありません、念のため)

[注]
もちろん、創作を含むいかなる言動も、その行為を行う人をかこむ社会の制約条件から逃れられないのは間違いなく、1980年代にライトノベルの礎をきずいたといえるであろう倉田悠子氏の『エスカレーション』(富士見書房)は、当時において『少女セクト』に匹敵するかそれ以上のインパクトを与えたという可能性は否定しません。ただ、そうした先行事例を参考にしたとしても『少女セクト』の緊迫感は他に類を見ないと思うのです。

中国ネタと価値相対主義ネタ

最近では茂木健一郎さんの連載も読みごたえのある『サンデー毎日』の2008年4月27日号で、「とても社交的で丁寧な外交官」が「外交官らしからぬ過激な演説口調の言い回し」をしており、そのことは「見方を変えると、チベット対策、対西側宣伝工作がうまくいかないことに、指導部がいら立っている」ことの証左であるという指摘がなされています。というわけで中国ネタで貴重な情報を提供してくれています。(以上42ページ)
また、価値相対主義ネタとしては「政経外科」において「学生時代、私はゼミで価値相対主義の法哲学者、ラートブルフの本を読まされ、不寛容に対しても寛容でいいのかと悩んできました」という心境が吐露されているのが興味深いです。(以上49ページ)
ただ、いずれにしても「人権は相対化すべきではないが文化は相対化してよい」という姿勢をつらぬき、現状の諸条件の下で具体的にどのようにしてサバルタン的公共性を確立するかが万人にとって意義がある唯一の行為であろうに、某国立大学における法社会学者らの議論でもその点がごっちゃにされたり、ひどいときには正反対に主張されたりしているという日本の知的倫理的貧困は、タカマサさんもご心配のように、私には今後もイライラ感しか呼び起こさないような気がしますが…

曽慶紅(ツォン=チンホン)というひとがいる(いた)そうです。

『週刊現代』(12月6日号)の46ページになまえがあげられている、曽慶紅(ツォン=チンホン)というひとを紹介します。いや、中国の事情にくわしいひとならいわずもがなでしょうが、一時とはいえ中国共産党において実質第二位の地位にあったひとだそうです。参考までにどうぞ。

『現代思想』(2月号)も

ジェンダーつながりで「『労働力の女性化』から『労働の女性化』へ」という記事があります(伊田久美子氏)。参考までに。

社会学でいう「ピンクカラー」業界の拡大ということでしょうか?

■矢原隆行, 2007, 「男性ピンクカラーの社会学――ケア労働の男性化の諸相」『社会学評論』58(3): 343-356.、って論文があります(http://sociology.jugem.jp/?eid=188)。
■あと、『たたかいの社会学』(http://www.sangensha.co.jp/allbooks/index/212.htm http://harana.blog21.fc2.com/blog-entry-63.html)では、「料理人とかシェフといった、ほとんど男性」(http://harana.blog21.fc2.com/blog-entry-282.html#comment795)といった かたよりに着目して、権力者に奉仕するサービス労働を「女性化」とモデル化していますね。権力者は、男性職人を家政婦・下女のように あつかうことで、その権力を誇示すると。
■もちろん、社会の労働のなかで、ちからしごとがへり、サービス労働がふえること自体は「進歩」なのでしょうけど、それがケア労働であり、感情労働であるかぎりは、「愛情・愛嬌の供出」をしいる、ある意味、あげつない権力の遍在化という感じもして、複雑な気分ですね。■戦場など腕力を必要とする領域の減少自体は、野蛮な空間の縮小なのですけど、そういった社会の「女性化」が、はたして、労働者にとっていいことなのかどうかは、別ものですし。

これもやはり日中両国政府が結託したうえでの搾取?

中国拉致強制労働再び…日本向けフィギュア工場摘発
http://d.hatena.ne.jp/textoyx4/20070619

そのなのとおり、「都市伝説」


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