プロフィール

ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

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メタ言語論(素描力・批評力・反撃力8)

■だいぶあいてしまったが、「メタ言語論(素描力・批評力・反撃力)」シリーズのつづき。■「Wallerstein」氏による『[重]塾講師のつぶやき』の記事から。


無関係接続 00:43
terracao氏のブクマより。

だめな譲歩レトリックには大別して2タイプあって、「無関係接続」と「論理的矛盾」があるとおもってる、最近

示唆に富むブクマだ。譲歩構文とは「Aという見方もある。しかしBだ」という構文で、単に自説を一方的に述べるだけではなく、対立する意見にも目配りしていることを示せる点で、説得性が増す。しかし使い方を誤ると論理的思考が欠落しているようにも見えるもろ刃の剣である。

今回terracao氏のブクマコメントに従って「無関係接続」と「論理的矛盾」を検討しよう。

「無関係接続」とは、本来逆説的な関係に無いものを「しかし」で結んで譲歩構文を作る例。典型的なのが「今回の事故は痛ましい。しかし私はかつて危ない操船をする漁船を見た」というもの。今回の清徳丸とあたごの衝突事件には自分が見た事例は無関係だ。自分が見たことがある危険な操船を行うマナーの悪い船の存在は確かに問題で、それはそれで論じられるべき問題ではあろうが、今回の事故で清徳丸にも責任があることの傍証にはならない。清徳丸にも責任があることを立証したければ、清徳丸の操船の詳細を提示しなければ説得力はない。今回自衛隊が全面的に非を認めているのであるから、自衛隊の方に多くの責任があることは動かせないだろう。

もう一つ「無関係接続」の例。譲歩構文だけとは限らない。本来関係のない問題を絡めるのは基本的に「無関係接続」の範疇に入るだろう。「今回の事故は痛ましい。だからイージス艦は不要だ」。私は自分の脳内では教条的な左翼で原理主義的な護憲論者である、と妄想している(笑)。この問題に絡めて自衛隊そのものを非難したい気持ちはものすごく分かる。だからこそそういう物言いが鼻に付くのだ。イージス艦の必要性の問題は今回の事故とは何の関係もない。今回の事故があろうとなかろうとイージス艦の配備の問題は論じなければならない。今回の事故の問題を論じる時に関係のないイージス艦配備の是非を持ち込むのは、この事故を政治利用する行為と批判されるべきであろう。さらには自衛隊の存在意義にまで議論を広げるのはどう考えてもフェアではないだろう。自衛隊に対する批判が度を越している、と考えるのであれば、事故をイージス艦の配備の是非やさらには自衛隊の存在意義まで、本来無関係な問題を無理やりに接続して議論を広げる「無関係接続」そのものを批判するべきであって、漁船側の責任を論っても、自衛隊の誇りを維持することには全くつながらない。

「無関係接続」がなぜ起こるのか、と言えばおそらく理由は二つあるだろう。一つは思考力が足りないため、その二つが無関係であることが理解できないこと。もう一つはだまそうという意思があること。思考力が足りないのか、人格が卑しいのかのどちらかなのだ。というわけで私も気をつけたい。
……



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■前回、「あとだし」(批判)は無敵だと、後発の相対的優位=基本構造を指摘しておいたが、ばあいによっては、そうでもない。■「Wallerstein」氏らが指摘するとおり、批判(ツッコミ)の論法がトンデモなばあいは、すくなくない。大体は、無自覚なので始末がわるい。
■そして、ばあいによっては、「Wallerstein」氏が指摘するとおり、重々わかったうえで、すっとぼけて、これをやらかして、論理力・批判精神のよわい層、情報弱者などをねらいうちすることで、多数派形成をねらう連中がいることにも注意。■というか、政府や大企業、官僚、政党などの作文は、基本が、ここにあるかもしれない。そういった批判力をにみつけることも、公教育の目的のはずだが、当然のことながら、文教官僚たちは、それを巧妙にはずそうとする。【かきかけ】
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コメント

類似していますが、付け加えると以下のようなものもありますね。

付け加えるなら「立証責任のすり替え」と「論点をずらして行き相手の立論時間(あるいは紙面)をうばう消耗戦に引きずり込む」というのもありますね(ハラナさんの分析やカマヤンさんの分析と似ていますが)。
たとえば、そもそも自分がAという点について立証責任があるのにもかかわらず「Aについては相手こそ立証責任がある」と言って、それに相手が律儀に反論すると「Bについてはどうなんだ」さらに「Cについてはどうなんだ」「Dについては(以下略)」…と、えんえんと続けているうちに時間もしくは紙面がなくなる、と。
で、さらにたちが悪いのはこうした立証責任のすり替えと論点ずらしを、自分勝手な勝利宣言と組み合わせる、と。たとえばさんざん論点ずらしをした後に勝利宣言をする。さらには、はじめから論点ずらしをえんえん行うために、最初にも意図的に勝利宣言をしておいて論点ずらしをして、ちょうど時間や紙面が尽きるところを狙って再度勝利宣言をして、あたかも「どんなに一生懸命反論しても私の予想通りの結論でしょ?最初にいったとおりじゃないですか。すべてお見通しなんですよ」という印象を読者にあたえる、と。

いや私はもうそうした手合いには慣れっこですので、今さら驚かないですし、言論の場で暴力をふるう愚連隊(しかも多数で少数を叩くが自分が少数者になった途端に被害者面する、自分より強そうな人間にもはむかわない)も織り込み済みですが、読者の中にはそうした手合いは織り込み済みでない人も多いかもしれないと思ったので、あえて書いておきます。

たしかに

■国会中継とかでも、はぐらかし戦略は定番ですよね。「時間ぎれ」戦略は、みえみえです。■相撲とは別個の意味で「土俵」問題(http://harana.blog21.fc2.com/?q=%C5%DA%C9%B6)をとりあげてきましたが、国会審議なんてのは、自民党が完全に質問の時間を制御できているわけで、かなりまともな批判を展開するはずの共産党や社民党にあてがわれた時間わくなんて、ゴミみたいなものです。■ちょっと、はぐらかせば、時間ぎれですね。

■ちなみに、貝枝さんご指摘のやりくちは、オトコのいいわけ、オトナのいいわけなど、「まもり」にはいっているがわに共通する手法で、長老支配というか家父長制の論理かも…。

メタ次元で描いているマンガ

『かってに改蔵』(くめた=こうじ(久米田康治)・小学館)というマンガを紹介します。理由は、そのマンガがギャグと風刺をおりまぜていて、なおかつ評論でもあるので、この項目(メタ言語論)と関連すると思うのからです。
マンガでありながらマンガへの評論である回もありますが、それ以上に実際の生活においてやりがちな失敗を評論風にまとめている場合が多いです。たとえば、20巻第5話(69ページ以降)の「ぶらり各駅停車の旅は止まりすぎ!」は、「元来手段であって行為自体が目的化してしまう」という思考パターンを風刺しています。いや、「手段が目的化」する事例はそれほどめずらしくもないかもしれませんし、すくなくとも『拳闘暗黒伝セスタス』(技来静也・白泉社)の7巻41ページでもザファル先生(奴隷であり、退役した元拳闘士)が指摘していますが、『かってに改蔵』はほぼ毎回指摘が詳細でマニアックなので、読んで損はない情報量だと思います。
みぎ、お知らせまで。

改蔵補足

さきほど書いた『かってに改蔵』ですが、15巻には(何話かわすれましたが)やってしまいそうな失敗を類型化した「あとのまつり」というネタがあります。127ページにおいてはかなりの数を列挙しており、「アムロがララァを間違って沈めてしまって後の祭り」というフィクションのなかのネタが特に「あれは大きな後の祭りでした…」と感慨深げにかたられていますが、現実世界の「あとのまつり」にあてはまりそうな事例もおおいので読んで損はないように思います。取り急ぎ補足まで。

シリーズが挫折したばかりか、この記事自体が【かきかけ】ですが…

■いろいろ、ありがとうございます。
■久米田康治(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%85%E7%B1%B3%E7%94%B0%E5%BA%B7%E6%B2%BB)さん、おもしろそうなかたですね。■「くめた」が一瞬に「めた」にみえたので、おなまえ自体が「メタ」の「ネタ」かとおもったぐらいです(笑)。
■むかしから、哲学的なギャグマンガはたくさんありましたけど、読者層がどんどんぶあつくなって水準もあがっているんでしょうね。

■ちなみに、手段の目的化は、ヒトの本性ともいえる普遍的現象におもえます。■岸田秀さんは、ヒトのやっていることの大半は本能にねざした必要なことではなく、基本的にヒマつぶしだ、と指摘されましたけど、ヒマつぶしするための必勝法こそ、「手段の目的化」ですよね。
■かくいう小生も、思考の外部化・記録化とかいいつつ、手段が目的化して、膨大な時間と労力の浪費をしているかも(笑)。

『週刊少年マガジン』最新号の

「さよなら絶望先生」は今回もメタ次元ネタでした。
しかも、そのメタ度(というのも造語だが)が、先週号の紙媒体のマンガからケータイへの移行のようにマンガ業界全体を論じていてすばらしい!
ちなみに、『一騎当千』(ワニブックス)14巻も、13巻で初登場した(と、おもう。たぶん)「外伝」が2作もついていて、それもメタ次元で貝枝的にはツボでした。料理当番が男女とわずあるのに(170ページ2コマ目のカレンダーの4日のところに男性キャラ・黄忠の「黄」の文字があります)、古典的なジェンダー規範にしたがっているかのような女性キャラ・趙雲および張飛の料理シーンがあるのもあいかわらずアクロバティック(曲芸的)。
久米田先生あんど塩崎先生、これからも素晴らしい作品をかきつづけてくださいませ。どうかお体に気をつけて。

で、ケータイ動画やネットゲームを全然把握していない貝枝としては、そうしたあたらしいメディアの評論をかいてくれるオタクにそろそろサブカルネタ全般をバトンタッチしたいんですが…どなたか、なのりでてくれませんか?

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