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ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

前ブログ: 『タカマサのきまぐれ時評

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慣性の法則/制動距離/強者の論理

■旧ブログ:自転車の「とおりみち」シリーズの 2年ちかくまえの記事「自転車のベルの存在理由は?=自転車の「とおりみち」3」の関連記事。というのは、ウソ(笑)。

■「Wallerstein」氏の記事の全文転載。

自転車(比喩) 18:25
私は運転免許を持っていない。したがって公共交通機関を使うか自転車を使うか、である。自転車はエコで便利な道具である。しかし一つ間違えると凶器になる、という認識が必要である。

自転車が走行できる歩道で歩行者と交錯することがある。私は歩行者優先と学校で教えられたし、それを墨守してきた。歩行者がよけてくれるだろう、という考えは驕りである。それを少し意識するだけでずいぶん変わることだろう。

今のネット上での言論を見れば、どうもそうではないという意見もあるらしい。大きいのはよけるのが大変なのだから、歩行者が気をつけるべきだ、と。前をろくに見ずに突っ込んでくる自転車を歩行者がアクロバチックな身のこなしでよけろ、というような意見が結構目につく。日本で歩道を歩く時には気をつけた方がいいかも知れない。
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■一応、道路交通法における自転車関連では、ウィキペディアに「歩行者との軋轢・事故」という項目がでるほど、ちゃんと規定がある。

歩道における徐行と歩行者優先の義務が遵守されないことが多い。ベルで歩行者を排除しようとする行為は、第63条の4第2項に違反する行為であり2万円以下の罰金が科されうるが、よく見受けられる。自転車対歩行者の事故は1995年の563件から2005年の2576件と、10年間で約4.6倍に急増している[3] 。時として重傷や死亡事故を引き起こす。人を死傷させた場合は重過失致死傷罪(5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金)に問われ得る。さらに無保険状態では、巨額の損害賠償金を自己負担し、あるいは自己破産することもあり得る。

■これら、本来自転車がとおるべき空間ではないのに、特例として限定された歩道だけ通行可能になっているという事情と、それについての無知、当局の無策については自転車の「とおりみち」シリーズで散々かいたので、ここではくりかえさない。■問題は、「Wallerstein」氏の記事が風諭している現実の方だ。

■以前紹介した、ましこ・ひでのり『たたかいの社会学』では、8章「優先順位 おいこし、わりこみ、まちぼうけ」において、歩行者 << 自転車 << 自動車(特にバス・トラックなど 大型車両)といった、歴然とした 運動量の格差があり、タテマエ上 図体がデカい方が ゆずるという「弱者優先」原理がうたわれているのに、現実には 小林一茶の「そこのけそこのけ お馬がとおる」の句から、同情心がぬきとられた 強者の論理(おいこし、わりこみ)が横行していると、指摘されている。
■その意味では、「Wallerstein」氏の記事は、やむなく歩行者・自転車が共存・対立している現状をもちだしているものの、「比喩」したい構図に適当か微妙である。むしろ、ましこ氏が 具体例にだしている、車道・歩道の区別が判然としない野蛮な空間の方が適切だろう。■警察官僚たちの現実主義的なわりきりによって誕生した「歩行者・自転車の共存空間としての歩道」というのは、充分野蛮である。だが、「Wallerstein」氏が「比喩」したい構図は、歩行者 << 自転車 というより、歩行者 << … << 自動車 という、圧倒的な運動量の格差でもって、たとえるべきものだろう。また、「歩道」の特例的利用という、必要悪として性善説にそった 「共存」をうたったような偽善ではなくて、「歩道を よこぎらないと 駐車場にはいれないので、当然のように 歩道にのりこんできたトラック」のような存在のはずである。■米軍機が民間の飛行場を「共用」する権限をもっていて、必要とあらば、民間機をまたせてでても、「任務遂行」のために当然のように優先される、といった権力構造と、その基盤としての物理的格差なのだ。

■もちろん、「大きいのはよけるのが大変なのだから、歩行者が気をつけるべきだ、と。前をろくに見ずに突っ込んでくる自転車を歩行者がアクロバチックな身のこなしでよけろ、というような意見」が、海兵隊員は基本的に危険な連中なのだから、「おくっていってやろう」といった、あまいことばにのるのはハイリスクだ、などと、凶悪犯罪の被害者に責任転嫁しようとする、卑劣な連中と同質の頭脳の産物であることは、いうまでもない。■4時前後の当直の交代時間うんぬんとか、もうしおくりがどうのとか、そういったシステム上の問題が、とりざたされること自体、責任問題を根幹からごまかそうとする策動・防衛機制といえるだろう。「巨体が混雑する公道を暴走するとどうなるのか?」といった、「貴族の責務」とかいうより、みずからの「身体性」の迷惑度の自覚だろう。■「公益」「公共の福祉」といった正当化によって、みずからの「迷惑」性が自覚できないのなら、もはや「公益」「公共」といった論理をもちだす資格がない。■ま、政官財、あらゆる空間の権力者たちは、こういった廉恥についてすぐマヒするという普遍的構造がある。バスやトラック運転手が、なにか おおきなカンちがいをしでかしているのとおなじように。■巨体の運動というのは、そのリスクのおおきさゆえに正当化されるのではなくて、そのリスクをおしてもまもられるだけの公益と、そのリスクを最小限におさえようという不断の努力によって、かろうじて合理化できるにすぎない。■「とびだすな。クルマは急にとまれない(慣性の法則)」という標語は、弱者の自衛手段としては秀逸なものだが、これを巨大な存在のがわが くちにしたとたん、単なる「強者の論理」「ひらきなおり」「弱者の排除」になる。
■もともと、「戦場の論理」とは、戦士たちだけの次元の競争原理だった。将兵たちの美学は「気はやさしくて、ちからもち」だったはずだ。■「弱者保護」を目的に編成されている組織が、「よわきをくじき、つよきをたすけ」を くりかえすのでは、「軍隊とは合法化された暴力装置」という左派のプロパガンダどおりになってしまうのだが、その自覚があるのだろうか?


●ウィキペディア「あたご型護衛艦」(2008年2月21日 (木) 07:53)←「http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%82%E3%81%9F%E3%81%94%E5%9E%8B%E8%AD%B7%E8%A1%9B%E8%89%A6」では、事故の件が削除されていることに注意。

●「安保体制を擁護しつつ、性暴力被害者に責任転嫁できる神経=海兵隊の暴力体質は、綱紀粛正なんぞでは達成できない3


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補足:重量比

■「イージス艦「あたご」(7750t)とマグロはえ縄漁船「清徳丸」(7.3t)が衝突」した事故(http://www.news.janjan.jp/living/0802/0802241383/1.php)である以上、重量比は、およそ1000:1ということになる。■これを道路交通事故になぞらえたばあい、大型自動車(=車両総重量11t以上,http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%9E%8B%E8%87%AA%E5%8B%95%E8%BB%8A)の被害対象は10kg~にあたる。大型トラックと三輪車+幼児程度の重量差があったことになる(自転車+成人なら70~100kgぐらいなので、ひとけたちがう)。
■想像するだけでも いたましい格差であり、自衛官たちは、衝突したという衝撃を感じないぐらいではなかったか? ■このぐらいの重量比だと 速度とか角度とか、ほとんど関係なかっただろう。


●ウィキペディア「海難事故2000年代」(http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%B5%B7%E9%9B%A3%E4%BA%8B%E6%95%85&oldid=18147572#2000.E5.B9.B4.E4.BB.A3

情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊)

記憶喪失官僚、増田防衛事務次官に対する懲戒申立13日断行!~正午、参議院議員会館第5会議室で発表
http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/cbbbf5cc3321f1d0ba98846ef617b54a

ウィキペディア「あたご (護衛艦)」最新版

http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%81%82%E3%81%9F%E3%81%94_%28%E8%AD%B7%E8%A1%9B%E8%89%A6%29&oldid=18455818

事故
2008年(平成20年)2月19日午前4時7分頃、千葉県南房総市の野島崎南南西約40キロの海上で、勝浦市の新勝浦市漁業協同組合に所属するまぐろ延縄漁船団と交錯し、うち1隻と衝突した。漁船は大破・沈没し、乗員であった船主と船主の長男、計2名は現在も行方不明。第3管区海上保安本部(横浜市)は業務上過失往来妨害の疑いがあると見て強制家宅捜索に踏み切るとともに、イージス艦側の艦長らから詳しい事情を聴く方針。海上幕僚監部では海上幕僚副長を長とする事故調査委員会を設置し、詳しい事情を調べている。

今週号の『週刊現代』(4/19号)

■今週号(http://online.wgen.jp/)には、「爆弾証言 事故を捜査する海上保安庁幹部らが明かした イージス艦乗員の「許せない嘘」」という、すごいスクープがのっている(pp.36-8)。
■ぶつかったときに、きづかなかったから、すぐさま救助しなかったのではないか、という疑惑があがっていたが、そうではならしい。■ただ、ぶつかってから エンジンを逆回転させという、当時の搭乗員らしい人物から、タレこみがあったようだ。「最低でも14~15ノットでぶつからないと船体があそこまで真っ二つになることはない…」のだそうだ。要するに、危機回避義務がある巨艦が、そういった自覚なく全速力で破砕してしまったと。■ちなみに、「あたご」が全長165mに対して、「清徳丸」は17m。ほぼ10分の1。これは、10の3乗=1000倍で、ちょうど重量比と対応する。
■ともあれ、海上保安庁は、海上自衛隊の連中がくちうらあわせで、責任回避しようと画策しているとみて、ウラとりをしているそうな。■ひどいはなしだ。
■「軍隊は、国民をまもるためではなく、組織の存続のために行動する」という普遍的原理が、ここでも確認された。

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