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ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

前ブログ: 『タカマサのきまぐれ時評

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安保体制を擁護しつつ、性暴力被害者に責任転嫁できる神経=海兵隊の暴力体質は、綱紀粛正なんぞでは達成できない3

■「海兵隊の暴力体質は、綱紀粛正なんぞでは達成できない2」のつづきをかけずに だいぶたってしまったが、関連する論点をかきとめておかないと、大事なきっかけをわすれてしまいそうなので、はりこんでおく。

■歴史研究者「Wallerstein」氏の 「在日米軍による少女暴行事件の問題の所在」という、先日の記事の主要部分。

この問題を考察する際に、議論を単純化するために、一つの条件を措定する。日米安保は日本の平和に不可欠である、と。もちろん左右問わず批判はあるだろう。しかしここを取り敢えず前提としたい。その方が問題の所在がはっきりするからだ。

この事件の問題は、在日米軍の負担を沖縄に押し付けて、知らぬ顔を決め込む無責任にある。この「無責任」という批判は私に当然該当する。私は沖縄県民の苦しみの上に築かれた日米安保体制による日本の安全保障の福利を享受している。

在日米軍兵士による犯罪というのは、日米安保体制の負の側面である。それを見て見ぬふりをし、沖縄の人々に押し付けることで、私は日米安保体制の利益を我が身にも受けているのだ。沖縄だけではない。在日米軍が駐留することによる日本の安全保障と引き換えに負の側面を基地の周辺の人々に押し付けているのである。その上にあぐらをかいているのである。

まずはこの現実を直視する必要がある。もちろんそれを認めたうえで、将来の日本の安全保障政策をどうするべきか、という議論はある。安保体制の見直し、とか、安保体制を破棄する、とか、破棄した後、自主憲法を制定して独自の軍事力を保有するとか、非武装中立の道を歩もうか、とか、議論は自由だ。しかし現時点において私は日米安保体制による米国の傘の下に入る、という安全保障政策の下にいる。



私が理解できない議論は、この問題において、被害者側の責任を云々することだ。たとえば、この問題を契機にして日米安保体制を破棄しようという動きが活発化する、だからそれを牽制したい、というのであれば、被害者側の責任を云々する必要はないだろう。この種の事件の再発防止をアメリカに強く求めていくことは、現在の日米安保体制を強化することにつながりこそすれ、在日米軍の不要論にはならない。だから現在の国際情勢における日米安保体制の必要性を説けばよい話だ。米軍の危険性を主張したいのであれば、それはわかるが、それは在日米軍の存在そのものを否定しかねない言論だ。しかしそれならば被害者を責めるよりも、在日米軍を強く非難する方が筋だろう。

被害者側の落ち度を論うことで得られる効果について、であるが、それははっきりしている。加害者の米兵の責任を薄めたいのだ。なぜ日本人をレイプしたアメリカ軍兵士をかばうのか。米軍兵士が危険である、という前提に立たなければ、そもそも被害者の非を論うことは無理だろう。被害者の非を論うことは、とりもなおさず米軍兵士全体への危険視につながる。被害者の非を論う人々は、在日米軍そのものを危険な存在と見なしているのだ。その危険な存在である米軍を沖縄に押し付けている自身の怯懦さを直視したくないのだ。だから被害者を誹謗中傷したりするのだろう。

在日米軍兵士全体が危険でない、という認識に立てば、兵士についていった少女に非はないはずだ。米軍は安全なのだから。一部の不心得者がいる、ということを想定しろ、という意見もあるだろう。それはそうだ。つまり警戒しければならない程度の危険な存在を私は沖縄に押し付けている、ということになる。実際、在沖米軍による犯罪はこれが初めてではない。産経新聞や週刊新潮など一部のマスコミですら「被害者に非がある」と言えるほど、在日米軍は危険な存在なのだ、ということは親米マスコミでも常識になっている。その危険な存在を沖縄に押し付けて、米軍による安全保障の利益を享受している「私たち」の責任が問われているのだ。

と考えると、被害者の非を論う意味も少しは分かってきた。要するに被害者の非を云々している人々は、米軍兵士そのものを危険と見なしているわけだ。もし在日米軍兵士そのものが危険でない、というのであれば、被害者に非はないからである。ちなみに8時半にうろついていることを問題視する人もいるが、中学生にもなれば、塾でも9時半とかに終わるのだが、そのような現実を知らないのだろうか。私は少女が当時何をしていたのか、全く知らないし、そこから判断できることはないので、この問題については保留しておく。ただ、被害者が行動していたのが8時半であろうと夜中の3時であろうと、加害者の責任が軽減されるとは私は思わない。

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■①「日米安保は日本の平和に不可欠である」と仮定する→■②「在日米軍が駐留することによる日本の安全保障と引き換えに負の側面を基地の周辺の人々に押し付けている」現実がある。→■③「被害者の非を論う人々は、在日米軍そのものを危険な存在と見なしている…。…米軍を沖縄に押し付けている自身の怯懦さを直視したくない…から被害者を誹謗中傷したりするのだろう」→■④「在日米軍兵士全体が危険でない、という認識に立てば、兵士についていった少女に非はないはず
■実に、すばらしい整理。


■蛇足ながら、これにさらなる整理をくわえるなら、■⑤「中長期的にみたばあい、性暴力など凶悪犯罪をくりかえす海兵隊員というリスク集団が大量に集中的に常駐する地域が、沖縄島」であり、■⑥「それにともなう女性や少年など弱者は、安保体制という軍事システムのよってまもられる日本列島の安全」という論理が不可避にかかえこむ功罪の負の面(=ギリギリ合理化しても、「巨視的安全保障のための、微視的犠牲者=ささげもの」という、リスク思想)であり、■⑦「負の面」を集中的におしつけている日本人の法的・道義的責任が発生するのに、「犠牲者(安保体制の「ささげもの」)に責任転嫁する」という、無自覚で卑劣な自己矛盾がみてとれる。■⑧ちなみに、前線での軍事行動の一部に、(単なる突発的逸脱行為ではなく)上官による意図的な性暴力行使命令が発せられるのは、「女性兵士や住民を性暴力から保護できなかった、自軍男性将兵のだらしなさ」といった名誉心・士気への打撃をねらった、暗黙の戦術なのだといわれている。それとはもちろん文脈が全然ちがうが、今回の事件や犠牲者に責任転嫁するのは、こういった性差別的・暴力的なオトコ集団のくだらん自尊心感情が基盤だろう。

■⑨少数の逸脱者の存在をもって、当然のように全体が悪質な存在としておとしめられてきた少数者・弱者のこれまでの境遇をふりかえるなら、「海兵隊員をみればレイピスト予備軍とおもって自衛態勢をといてはいけない」式の過度の一般化が充分正当化できる。
■記憶がさだかでないが、アメリカ海軍の関係者が、「海兵隊員が常駐するまちには、自分の家族はすまわせない(≒自分の つまやむすめが、性暴力ほか凶悪犯罪の被害者になるリスクがたかい)」と、海兵隊員たちを「差別」するような発言をしていたとおもう。■同胞をここまで、あしざまにいえるとしたら、そこには、映画『フルメタル・ジャケット』がえがきだすような、人間性の破壊が海兵隊養成にはつきまとっており、わかものを集中的に隔離・訓練するだけで、巨大なハイリスク・グループにしたてあげているという現実があるとしかおもえない。■不祥事がおきた直後だけ、しおらしく「綱紀粛正」を連呼したり、外出禁止にしたところで、それが構造的に無意味なことは、ほぼ確実だ。
■もちろん、こういった批判をくわえたところで、「そういったハイリスク集団を養成してても、まもらなければならないのが国家体制(によって保護される大多数の国民)」という非情な論理が存在することは否定しない。「そういった論理がなかなかなくならないだろう」という事実問題の水準にすぎないが。


■ちなみに、外出禁止令のついては、
在日米軍が20日に出した「無期限外出禁止令」は、25日にも解除されることが20日未明にわかったらしい。在日米軍の無期限≒5日間である。琉球新報の記事では、外務省関係者が

「映画にも行けないなど、外出禁止は米兵にとってとても厳しい措置だ。1カ月も続けていたら人権問題になる」

などとのたまってくれているが、基地内には「映画館」もあれば「飲み屋」も「ボーリング場」も「ジム」も「図書館」も「スーパー」も「ファーストフード」も「レストラン」も「郵便局」も「銀行」も「教会」も「コインランドリー」も「プール」も「バスケットコート」も「スケートボードリンク」も「高級コテージ」もなんでも、思いやり予算で完備されている。キャンプ・シュワブの中で私は実際に見てきた。そんだけ完備されて、基地の外に出れないのが人権問題だというなら、ワーキングプアも殺される生活保護者も乾米を渡され見殺しにされるホームレスもすべて重大な人権問題であり行政犯罪だ。……

という痛烈な批判がある〔「9条を改正せよ!(追記あり)」『なごなぐ雑記』〕

■米軍基地内部が、豪華客船なみに いたれりつくせりだとはおもわない。しかし、海軍などの海外派兵などのばあい、長期にわたって「いきぬき」できない状況にとじこめられるはずだ。それを「人権侵害」などとよぶはずがなかろう。「軍務とはそういった本質をもつ」でおわりだ。
■もちろん、映画『フルメタル・ジャケット』がえがきだすような過酷でストレス要因のかたまりのような密閉空間にとじこめるからこそ、入念に「いきぬき」装置やカウンセリング等ケア制度がかかせないし、それらを完備してもなお、ハイリスク集団である現実はのこる。■だからこそ、「真人間にして社会にかえすための教育刑としての懲役期間」といった論理とは対照的に、「ハイ・ストレスな密閉空間にとじこめられて過酷な訓練に一時的に人間性がゆがむリスクを考慮して、リハビリ期間が終了するまで、実社会にはださずに、徴兵期間はもとよりリハビリ完了期まで、完全に収容しつづける」といった、隔離政策がとられて当然のはずなのだが、そういったリスク管理が真剣に検討されたことがあるのだろうか?
「(性暴力など凶悪犯罪予備軍をかかえる)ハイリスク集団を養成してても、まもらなければならないのが国家体制(によって保護される大多数の国民)」という非情な論理を、かりにとるにせよ、かれらのメンタル・ケアに充分な予算措置をとらないというのは、「国民保護」をかかげる軍事思想として、矛盾しているだろう。■もともと、20歳前後の男性たちは、性暴力をふくめたハイリスク集団なのだった。1980年代以降の日本人男性のように 20歳前後の殺人率が突出していない集団なんて、古今東西なかったんだから。これらの普遍的な構造と、戦後日本の凶悪犯罪発生の推移という統計データにまなばない軍上層部ってのは、やっぱり「少数の女子・少年たちが性暴力にあうのは、交通事故みたいなもので、しかたがない」式の差別意識(≒致命的な言行不一致)をもっていると推定できるが、反論できるだろうか?



●旧ブログ「沖縄だけでなく、日本の米軍基地周辺は植民地である
●本ブログ「沖縄だけでなく、日本の米軍基地周辺は植民地である2
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性暴力の被害者に責任転嫁した大出版社の実例

■1か月以上のまえの記事だが、やはりはりつけておく。

「新潮社の回答について」『なごなぐ雑記』
http://miyagi.no-blog.jp/nago/2008/03/1945_de40.html
……【抗議への回答】

from AJWRC : 新潮社より回答がありました
(アジア女性資料センター2008-3-6)
http://www.ajwrc.org/modules/news/article.php?storyid=393
…前略…

平成20年2月29日

アジア女性資料センター御中
                           株式会社 新潮社
                           「週刊新潮」編集部

前略 弊誌2008年2月21日号の特集記事「『危ない海兵隊員』とわかっているのに暴行された沖縄『女子中学生』」に対する「申し入れ」を拝受しました。
2月10日に沖縄県で発生した在沖米兵による性暴力事件が、傷ましく、かつ赦すことのできない非道な犯罪であり、その責任が加害者である米海兵隊員にあることは言うまでもありません。しかしながら、米兵による同種の事件は、それが起きるたびに米軍側に再発防止を申し入れているにもかかわらず、今日まで頻発しているのが実情です。このような犯罪の再発を防ぐためには、米軍側に厳しい処罰や規律の厳格化を要求するだけでは十分ではなく、その一方で住民の側も自衛措置を講じる必要があり、特に、海兵隊員が時に危険な存在に変わりうることを子供たちに徹底的に教え、指導していかなければなりません。当該記事は、被害者に配慮しつつ、そのような再発防止策が必要であるという観点から書かれたものです。以上、回答いたします。   
                                              草々

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■新潮社は、いろいろいい本もだしているが、すくなくとも『週刊新潮』は廃刊していいんじゃないか?

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