プロフィール

ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

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『高学歴ワーキングプア』(水月昭道)続報2(女子篇)

■「『高学歴ワーキングプア』(水月昭道)続報」の続報。その意味では、旧ブログの「高学歴ワーキングプア(水月昭道)」シリーズの続報2弾。■副題をつけるなら、「女性と高学歴ワーキングプア」あたり。

■まずは、2年半ちかくまえの、わかい女性のブログを紹介。


2005年10月31日
文系女子院生はどこにいるのか?

……
 私も、選挙に関する日記でホームレスに関して触れているし、実際友だちと澁谷さんが日記でとりあげたような会話をしたことがあるので、自分の中の蔑みの視線に気をつけねばならないなと反省した

 そうなのだけれども、恐らく一部の文系女子院生にとって「ホームレス」という未来予想図は「極端な例」と言えるほどに非現実的なものでもない。

 以前、野宿者の支援活動をしている人と話していて思ったことなのだが、その方々は自分達は直接に野宿者の生活を目の当たりにしているので社会の現実を知っているが、あなた(=私)みたいな学問に携わる人たちは机上で物を考えているから、まるで世の中(とくに底辺のこと)を知らないのよね、という態度で私に接してくる。言わば、研究者や院生などというのは、野宿者の対極にある存在だと思っているらしい。

 実際、研究者やその卵たちが住まうアカデミズムの中に、野宿者や虐待児や危険な労働を強いられる外国人労働者やその他諸々の現状をいとも簡単に"例外"として位置づけ、日本には生命に関わるような貧困問題は"ない"と思っている人々がいることは否定しない。



 それに、そもそも大学や大学院に進学しようなどという発想は、今すぐ親その他を扶養していかなければならない立場にある人々には難しく、院生や研究者がそれなりに裕福な出身であるというのも、想像できる話だ。

 そういう意味で自分が恵まれているのは確かだけれども、例えば、都会で風呂付と言ったらこれ以上下はない3万5千円の家賃の部屋に住み、次の奨学金の振込みまで3日もあるのに冷蔵庫はからっぽ、米一粒もない、それどころかトイレットペーパーすら切れそうな状況で財布には200円しかない状況。それなのに、例えば誰それの慶事だとかで「一人2000円ね」と友だちに笑顔で宣告される状況。それなのに、例えば受けるバイトの面接はことごとく落ちる状況。

 例えばそんな状況のとき、私はいつもと違う目線でコンビニ前をうろついたことがある。はした金のために大罪を犯した犯罪者を笑えたのは、もう昔のことだ。

 こないだは、卒業した院生が研究室にとどまるのは教員にとって精神衛生上良くないんだよね、と冗談交じりにとある教員に言われた。卒業したら大学すら自分を疎んじる。かと言って就職もできない。もちろん、会社員から大学院に来る人もいるし、内定を蹴って来る人もいる。院修了見込みで企業に就職した人もいる。でも、就職活動でどこにも決まらなかった私みたいなのもいる。

 今は奨学金で足りない分をアルバイトで補完しているけど、奨学金を貸与される年限が過ぎた後(つまり数ヶ月後)生活できるくらいのアルバイトが見つかるかな。見つかったとしてそこで何年働けるだろうか。いずれ出勤日数を削られたり、解雇されたりして、日雇い労働に流れ、寄せ場に通い、家賃が払えずに路上に至る…。その間、初めは男性的な価値観によって「自分を養ってくれる配偶者をみつけてなんとかする」という手段に手をつけられないでいるも、そのうち自分の出身階層と現実の階層のギャップから友人関係の範囲が縮小し、本当に異性との出会いがなくなり「結婚」という退路を断たれる。

 こういうことを書いて、どれだけの人がリアルだと思ってくれるのか分からない。しかし、こういうダメ自慢をして何が言いたいのかというと、確かに「将来はホームレスか犯罪者」という文系女子院生の不安の語りには、「ホームレス」や「犯罪者」を蔑む視線をはらんではいるのだが、それは野宿者や受刑者の生活をメルヘンに幻想して、あるいは比喩として語っているのではなくて、本当に自分がそうなることをリアルに想像できるというくらいの場所に文系女子院生の一部がいるってことを分かってもらいたい。

 そして、高学歴でそんなにいうほど貧乏な家庭に育ったわけでもない女がなんでそういう思考回路になっちゃうかと言うと、文系院生が研究している内容なんて「実社会」では何の役にも立たない(ようするに何の商品も生み出さない)と繰り返し聞かされているから。そして、結婚という生活手段(夫に養ってもらうだけでなく、単に共同生活でしのぐという意味でも)に想像力が働かないほどに男化されてしまっているから(これは私だけか?)。

 さらに、院生の中にも実力や財力に広い広い差があって、自分はお金がないのでこれこれができないとか、もう研究者を目指すのは諦めた方がいいのか迷っているなどということを同じ院生に言える状況はほとんどなく、そんな状況がさらに彼女たちの、というか私の視野を狭くしているからだ。ついでに、周囲と自分の経済状況に差があるために自分がお金がないことを言えないというのは、出費が抑えられないということだし、抑えようとするならば見栄を保てないし、見栄を保てないということは院進学によって狭まった対人関係がさらに狭まるってことにつながる(これも私だけか?)。金なし、職なし、友なし。

 私の生活の一部を暴露したところで、「客観的に見ればホームレスには程遠いよ」と言って下さる方もおられるだろうけど、こんだけ視野が狭まっている文系女子院生の中のさらに産業廃棄物(3月16日の日記参照)であるところの私の内部から見れば、自分が今どのへんにいるのか、というのは全く違って見えているということなのだ。

 野宿者とて自分がなりたくてなった者はほとんどいないのだろうから、私だって自分がなりたくなくたってなるかもしれない。なりたくないと思いつつ、そうなりそうな自分に危機をつのらせる。それを傲慢と言われるならば、前向きでないことは全て傲慢ということになりはしないだろうか。

 そんなこと言っても、実際の野宿者や受刑者、その経験者が、私の物言いに傷つけられることには変わりはないのだけれど。だから、自分のことばに慎重にならねば、という初めに感じた思いに変わりはない、です。

 それから、私の「余裕のなさ」にむしろ余裕を感じる、という人もいると思う。「そう思うなら、その解決のために何かしろよorしてるだろ」っていうツッコミ、自分でもしてますから。こういう一文付け足すことが、ダメ人間をアピールすることで逃げに走る私のかっこ悪さなんだ。そしてさらにこの一文も、逃げ…とエンドレス。

 これも言い訳ですが、kmizusawaさんの日記自体に、「私のこと分かってくれない」的な感想を抱いたわけじゃないです。トピックとして身近なテーマを扱っていたので引き合いに出させていただきました。万が一、私の書いたことに共感してくださる奇特な方がおられましても、kmizusawaさんの日記に見当違いのコメントを付けないようにお願いします。



注:一昔前であれば、あるいは今でも一部の女性は、「将来はホームレス」のかわりに「いざとなったら売春婦」と思っていたのではないかと思う。このような発想については、既にウーマンリブにおいて田中美津が、娼婦に対する蔑視が含まれていることとそのような蔑視が男性主義的社会にとって都合のいい女とそうでない女の分断を招くのだというような批判をしているし、そんな批判を耳にしたことがなくても、セックスワーカーに対する差別的まなざしに関する配慮を高学歴の女は身に付けている(ときには単なる教養としてだとしても)為に、もう口に出さないのだと思う。
posted by piggy_fsite at 23:54

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■「澁谷さん」とは、文脈からすると、澁谷知美氏なんじゃないかとおもうが、リンクさきがきえているので、たしかめていない。■「kmizusawaさんの日記」とは、「不謹慎」という記事。

■ホームレスや刑務所をシェルターにしたいとかんがえる「犯罪予備軍(高齢者)」の一部といった、深刻な貧困問題はとりあえずおく。■ここでは、20代後半から30代ぐらいの女性で大学院に在籍している層のうち、すくなくとも一部は「ネットカフェ難民」になる危険性をいつもかかえているんだ、ぐらいの経済学的・社会学的な認識を確認しておくにとどめる。

■旧ブログの「高学歴ワーキングプア(水月昭道)」シリーズで、いろいろのべたことの基本は、マックス・ウェーバー流にいうなら「職業としての学問」という、近代はじまって以来の難題(研究者・教員の市場問題)だった。■時空的にしぼるなら、1990年代以降の日本列島、なかでも民間企業の研究所みたいなところが皆無にちかい人文・社会系の大学院博士課程を念頭においた議論だった*。

* だから たとえば、「社会系」でも、金融機関系のシンクタンクなど研究所が少々でもある分野、弁護士から大学教授、そのまた逆など一部の高度専門職などは、暗黙のうちに はずしてある。

■だが、もうひとつ おおきな暗黙の前提があるとしたら、研究者市場で 自活していこうという、ハイリスク・グループの大学院進学組だったら。■「『研究者市場で 自活していこう』というのが課題だなんてのは、なに ふざけているんだ」と、現場最前線にいるひとびとは、いぶかしくおもうだろう。しかし、こと「人文・社会系研究者市場で 自活していこう」という課題に限定するなら、それは その選択自体がハイリスク行動そのものなのだ。■旧ブログの「高学歴ワーキングプア(水月昭道)」シリーズで、いろいろのべたことのほとんどは、この「『人文・社会系研究者市場で 自活していこう』という姿勢自体がハイリスク行動である」という構造をかくしたり、過小に演出することで大量にうみだされた層の悲惨さ、その詐欺商法のエゲツなさを指摘したかったからだ。「うけざらなんてないのに、大学院博士課程にようこそ、とか、よくもまあ シャアシャアといえたもんだね。先生方…」という告発だね。
■しかし、「ハイリスク・グループ」とはいいきれない層も実はいる。そのことを、シリーズ記事では、意識的にか無意識的にか ふれないでおいた(どっちかな?…)。■それは「天才」たちのことではなくて(そりゃ、ポストがまっているのは当然だから)、ボンボン・お嬢さんのたぐいである。
■ボンボン・お嬢さんたちは、「職業としての学問」をかりに追求しても、それが「生業としての学問」にはならない。なぜなら、ボンボン・お嬢さんたちは、先代や配偶者の ありあまる経済力を前提に、かぎりなく「趣味としての学問」が可能だからだ。■むかし、慶應だったかの先生方の「常識」として、大学の研究室を書庫や書斎として期待するような人物は学問できない、みたいな、すごいはなしがあったときく。要するに、漱石などと同等の階層のばあい(ま、漱石先生は、収入問題が重要だったので、没落した資産家の末裔というべきなんだろうが)、書斎と書庫は、私的な領分として前提されていて、大学の研究室や図書館等々をあてにするような人物は、「経済資本・文化資本なさすぎ層」として論外だったようなのだ(笑)。■ま、こういった特権層が、現在もたくさんのこっているとはおもわないが、いずれにせよ、親御さんの資産や、おつれあいの経済力を前提に、悠々と「学問」できる層が、うすいけどいるようなのだ。

■そして、こういった特権層の周囲に、なだらかなグラデーションをなしているのが、女性研究者たちだとおもう。女性研究者たちのおおくは、「職業としての学問」が縁どおい。■なぜなら、指導教授たちの「あとおし」の気迫不足といった、はっきり可視化されない「就職差別」もふくめて、ポスト獲得率がものすごくひくそうであり(たとえば、日本語教育関連が典型例だろう)、実際、「到底くえなさそうな分野」ほど女性の研究者がおおそうな印象がつよい。■端的にいうなら、医学・理工学系の研究者のほとんどは男性であり、文学関連の非常勤講師の相当部分は女性たちだとおもう。総合大学の各学部の構成員を、文理両極を意識してかぞえあげるとか、学会員名簿などをあたってもそうだとおもう。「くえる領域の常勤ポストのほとんどは男性教員、くえない領域の非常勤ポストの相当部分は女性研究者」って、ね。
■だから、女性研究者の相当部分は、「職業としての学問」をまっとうできない。それでも、「学問」がつづけられるというのは、先代からの資産か パートナーの経済力があるからだ。■しかし、先代からの資産も パートナーの経済力も期待できない女性研究者のタマゴたちは、絶望的なみとおししかもてない。それが、うえに紹介したブログ記事だ。

■もちろん、酒井順子氏などが指摘するとおり、こういった究極の「負け犬」路線は、ハイリスクだと充分認識されているから、ほとんどの女性たちは ハナからさけるか、ある程度疾走しかけて、途中でわれにかえるとか、のめりこむまえに ひきまえすんだとはおもう。■しかし、異性愛者であり、「自活することは当然」みたいな家庭環境にそだたなかった女性たちが、この世界にハマりこんでしまうと、どろぬまだろう。それは同世代の女性たちが、比較の対象(準拠集団)として、当然視野にはいってくるからだ。■それは、金融やらの、いかにもカネになりそうな分野にせをむけてアカデミズムにはいっていった男性たちとは、ちょっと ちがうとおもう。かれらは、あくまで 覚悟して ハイリスク選択をするときめたのだから。■おそらく、自己実現の延長線上で、市場的には絶望的な分野に参入してしまった高学歴女性たちは、男子大学院生たちの「ふりかえると、ハシゴがなかった」とは異質な喪失感があるとおもう。「結婚」という巨大なマーケットがあったのに、そこでの「求職活動」をほうりすててしまった数年のおもさね。
■「ふりかえったところで、ひきかえせるわけでもない」「とりあえず 前進あるのみ」状態という構図では、男女おなじなんだけど、20代中盤の数年で、人生の進路のおおすじがきまってしまう男性と、30前後まで最終決断をのばせる女性とでは、人生行路が決定的にちがう。■妊娠する可能性があるという一点で、女性たちの人生の苦悩がふえるわけだけど、「妊娠する可能性がない」という本質によって男性たちの「生業」には決定的な刻印がおされる。■おもいえがくものが、ホームレスと売春であるという決定的差異も、そこにあるとおもう。


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コメント

オーバードクター

昔、この言葉がいわれたのと、今のそれは、なんだか違う感じがしました。

NHKでアメリカ大統領候補者選挙戦を報じる「語学力を生かした女性記者」が報じられていました。NHKも「就活」期なのでしょうか。

そんな映像を見ると、大学教員や研究所だけでなく、女性院生の活躍の場は広がっているとイメージしてしまいます。東京マラソン・イメージみたいに。

なぜか、このマラソンの沿道でバナナが配られていました。何か私の昼飯を真似されたようで、心外でした(参加者は絶対、立ちションしていたはずだが、今回は問題化されなかった)。

ブログの方に届けばと思います。院卒の行く末は、ホームレスや売春の前に(またはあとに)、もう一つの進路があります。諦めてはいけません。

それは、ガードマンです。

20~30代の女性なら、一番お客様からも求められる存在です。

化粧も厚くできます。いえ、厚くしないと日焼けでやられます。どんなにぎこちなくても、誰もが、大切にしてくれます。監督、作業員、運転手などなど、なんでも許してくれる「男の世界」です。

逆に、高齢男性の院卒ガードマンなんて、視線も存在もホームレスと隣り合わせです。幸い、地方の母親の家に転がり込んだのでやっていられますが。

ウンチクよりガンチクのあることを書こうと思いつつ、今は24時間のうち1時間しか夕食とその他に使えないため、思いつきのヤジしか書けませんでした。あしからず。

体験者さま

■ガンチクのあるご意見ありがとうございました。
■おそらく 本文を、貧困に重心をおいてよむか、性差に重心をおいてよむかで、かなり印象がちがうとおもいます。■たとえば、「NHKで語学(実際は、ほとんどが英語ですが)をいかして…」系の女性たちのなかに、博士課程後期進学者はほとんどいらっしゃらないはずです。
■一方、猪口先生(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8C%AA%E5%8F%A3%E9%82%A6%E5%AD%90)クラスのエリートともなれば、日本の大学の大学院などではなくて、アメリカの有力大学院で、国際政治学やらアメリカ政治史・外交史といったご専攻のうえ帰国されて、はなばなしい言論活動などに活躍されるはず。

■ちなみに、以前もどこかでかきましたが、ハラナの先輩たちのなかには、過酷な大学院博士課程に進学されたかたたちがいましたが、アルバイトは塾講師以外に、小学校や病院の警備員、それと郵便局の配達員でした。小学校の警備員は、みまわり以外の時間帯に仮眠時間と称して、実質自由時間となるので、勉強できてよいといっていました(わりがいいとは、いってませんでしたが)。

■それと、わたしのしるかぎり、道路工事現場で警備員をなさっている女性たちは、UVカット系メイクはしていなかったと記憶しています。■たちいったことがきけませんし、なにせ、わりあい的に少数なので、しょっちゅう みかけるわけではなくて、データとしては、よわすぎますが。
■とはいえ、女性警備員が ていねいにあつかわれるだろうというのは、想像がつきます。■女性が圧倒的な占有率をしめる現場労働の「ピンクカラー」職とは対照的なあつかいなんでしょう。

体験者様
■確かに文系女子院生が職業的研究者への道は極端に狭いでしょう。同感です。■革命運動にもあって、職業的革命家(革マルであれ日共であれ)を志しても同じ。需要と供給の関係が存在し、性差がそれの輪をかける。■女性を物象化してる事に変わりがない。■僕が知ってる限り文系院生で性差が少ないのは、ズバリ「美大」院生。そのまま研究室に残る%は割り方高いと思う。■尤も多くの院出はドバタ等の予備校の講師か高校の先生になっちゃうんだけどね。
タカマサさま
■女子だろうと男子だろうと文系院出は使いづらいよ。■給与だって普通の学卒よりチョイ高めにせにゃならんだろうし、与える仕事内容だってチョビッと高めにせにゃならんだろうし、多くの民間企業じゃ規格外だな、悪いけど、、、。■後、女性警備員さんの話だけど、ウチの技術屋に聞いたところ実際に多いそうだ。■労務のオッチャンの曲がった腰も伸びるし、オレがボクに変わる位に評判がよろしいそうな。■一つには男女で日給が変わらないのが女性が多い理由の一つなそうな、、。■しかし究極の「ルンペンプロレタリア」なんだけどね。せめて普通作業員クラスに工事設計労務単価を上げてあげないとルンプロから抜け出せないと思う。

いろいろ

土建屋の営業さま

■昨年なくなった西洋美術史の専門家の若桑みどり氏(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%A5%E6%A1%91%E3%81%BF%E3%81%A9%E3%82%8A)が、女子は研究者にならずに、男性研究者のパートナーとしてサポーターになるのがいいみたいな、せまりかたをされて、憤慨した記憶があると、おっしゃっていました。■しかし、美大であれ、音大であれ、大学院にすすむというのは、表現者として一流ではないことを暗示しているわけで、高校の美術の先生とか美術館の学芸員にもぐりこめたら、御の字みたいな、屈折があるはずです。クリエーター >> 研究者 >> 教員・学芸員みたいな、きびしい実力差ですね。
■そういった、芸術系マーケットと、出版系デザイナーとか、工業系デザイナーといったマーケットは、また別に存在し、それらにもぐりこめなかったひとびとは、それこそ、文学部あたりの実学と全然無縁な専攻者と同列(あるいは、それ以下)のあつかいを企業はするはず。■なので、企業のリクルートと文系大学院ウンヌンとは、ちょっとかみあわない気がします。給料ウンヌンとかも。■建築系だって、美大出身のデザイナーなんてのは、あんまりやとわれず(それは、インテリア系でしょう)、ハコもののデザインは、建築家という、工学部のエリートがするものですよね。

教育自体が間違っている。
大学は研究者の職の安定の場であって
教育を受けるものにとって何の価値もない場所

そして、研究者としての職の安定を得られる立場
へ移行するには、実家の力、つまりコネ=実力が
ものをいい、教育で語られる内容など重要性は微塵も
ない。コネ無しが受ければ、詐欺まがいの試験解釈と
最初から結果が決まっている面接で屁理屈をつけて落とすだけ。そもそも文系だけでなく理系においてもだが、教育で語られる内容は、昼行灯の研究者がコネで就職し、お給料を貰っていることに対する、無知な世間向けのいいわけ的アピールである。そこで得られることは何もない。

学部卒中心主義

アカデミズム関係者の、ある種のマイノリティを侮蔑をこめて「底辺」と連呼することには、いちプレカリアートとして抗議していきたいと思います。

それはさておき、企業が大学学部卒を採用のスタンダードとする限り、それより高学歴だろうと低学歴だろうと、年齢が上でも下でも、職がないという状況は変わらない。
企業が責任をもって職業訓練を大卒以外にも与えれば、問題の解決の入り口にはつけるでしょう。


学部卒の意味

「あ」さま

> 教育自体が間違っている。

> そもそも文系だけでなく理系においてもだが、教育で語られる内容は、昼行灯の研究者がコネで就職し、お給料を貰っていることに対する、無知な世間向けのいいわけ的アピールである。そこで得られることは何もない。


■小林哲夫『ニッポンの大学』(http://harana.blog21.fc2.com/blog-entry-45.html)という以前の記事で紹介した石渡嶺司『最高学府はバカだらけ 全入時代の大学「崖っぷち」事情』の最終章「バカ学生はバカ学生のままか?」が、しめすとおり、学生は、大学といった 比較的自由な時空のなかで、かってにバケるとおもわれます。■すくなくとも 研究大学と称される旧帝大系+αの大学の学生さんの相当部分は、依然そこそこの倍率をしのいで選抜されたわけで、「バカ学生」ではないはず。先生方の指導がアリバイ的に空洞化しているにしても(機能的にかりに0であっても、)、大学というハコと、学風・伝統などが あいまって、「そこで得られることは何もない」というのは、いいすぎでしょう。
■ただし、文科系博士課程後期やロースクールなど4年制大学周辺には「詐欺商法」がたくさんあります。医学部・歯学部など住宅購入と大差ないものはともかく、高級車購入に準ずるような「高額商品」にほかならない大学進学は、カネと時間をドブにすてないよう、消費者も情報収集につとめるなど、自衛策を講ずる必要がありますね。この点については、詐欺まがい商法と消費者という、イタチごっこは、ある意味宿命かと。

> 大学は研究者の職の安定の場であって教育を受けるものにとって何の価値もない場所

■大学もピンキリで、とうてい研究者として位置づけられない先生方も大量にいますよね。「研究者の職の安定の場」として機能するような大学は「研究大学」にかぎられるわけではないでしょうけど、そのように職場を利用できるだけの研究能力があれば、いい方なのでは?■研究者としての自負・機能がみとめられる先生がいれば、学生さんがアウラを感じるなど、「教育を受けるものにとって何の価値もない場所」というのは、やはり、かたよった見解だとおもいます。

> そして、研究者としての職の安定を得られる立場 へ移行するには、実家の力、つまりコネ=実力が ものをいい、教育で語られる内容など重要性は微塵も ない。コネ無しが受ければ、詐欺まがいの試験解釈と 最初から結果が決まっている面接で屁理屈をつけて落とすだけ。

■これも大学・学部など、組織によりけりでしょう。■血縁・コネなどで人事がきまってしまう腐敗した組織を一方の極とすれば、激烈な倍率でしのぎをけずる まっとうな公募人事がもう一方の極にあると。前者で大学業界全体を総括するのは、過度の一般化というほかなさそうです。
■大学業界にかぎらず、政官財いずれの世界であれ「詐欺商法」「脱法行為」にみちあふれた空間はまぎれこむし、それは宗教界、医療・福祉業界、家元制度など、それこそ、かずかぎりないでしょう。■「あ」さんの大学批判は、大学への権威主義的な期待をうらぎられたという、トラウマを連想させるのですが…。


ワタリさん

> アカデミズム関係者の、ある種のマイノリティを侮蔑をこめて「底辺」と連呼することには、いちプレカリアートとして抗議していきたいと思います。
■侮蔑がまぎれこんだ「底辺」という位置づけがあることは事実としても、労働経済学や社会学の階級・階層論のうえで、社会の「底辺」に位置づけられたマイノリティという認識は差別意識と別個に客観性をもつといえるでしょう。■たとえば、時給800円のパート労働しかえられなかったシングルマザーという属性があったとして、かのじょが生活保護をうけずに母子家庭を維持するために確保できる月収は、12~16万円といった推定ができるでしょう。ボーナスなどが加算されない年収は推定200万円弱で、世帯を形成するうえでギリギリでしょう。実際に、年収200万円未満のワーキングプアが1000万人をこえている現状があります(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%97%E3%82%A2)。■そして、たとえば、そのパート労働の契約がいつうちきられるかといった不安定さだけをもって、「プレカリオ(precario;不安定)」といった状況をさししめしているのではないはずです(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AC%E3%82%AB%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88)。不安定さのなかには、雇用契約だけではなくて、経済的低位におしこめられていて、消費生活の水準自体が不安定だという含意があるとおもいます。■「釈迦に説法」だと、重々わきまえていますが。

> それはさておき、企業が大学学部卒を採用のスタンダードとする限り、それより高学歴だろうと低学歴だろうと、年齢が上でも下でも、職がないという状況は変わらない。
> 企業が責任をもって職業訓練を大卒以外にも与えれば、問題の解決の入り口にはつけるでしょう。


■企業は、能力がある労働者を「無能」あつかいすることで、搾取する戦略をとって、コストカットをはかってきたわけですから、「企業が責任をもって職業訓練を大卒以外にも与えれば」という仮定は、まちがっているとおもいます。■そういった搾取ではなくて、労働者の能力・意欲を100%ひきだせるような雇用条件、市場開拓(環境負荷とか、矛盾の外部転嫁はしないという前提ですが)を創出することで、企業の苦境脱出が達成されるという風に、企業文化全体が変革されないと展望はなさそうです。■「やすみたいヤツは、やめればいい」といった暴言をはいてしまえる経営者が君臨しているかぎり、「労働者にはたらきやすい環境を提供できない経営者は無能」という普遍的真理も徹底しないと。

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