プロフィール

ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

前ブログ: 『タカマサのきまぐれ時評

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「賢者の表現」と「相対的愚者の理解力」問題2

■旧ブログでかいた記事「「賢者の表現」と「相対的愚者の理解力」問題」の補足。補足といっても、かくべき、というか おもいつきそうな論点は、あらかたかきだしてしまったとおもうので、別のひとのかいた文章の紹介と、それへのコメントを少々。

「解りやすく教える」ことと「学ぶ気持ち」

ずっと以前に同じことを書いた記憶がありますが、大学時代のゼミの先生の言葉で印象に残っているものとして「どんなに高度な内容でも、子供にも解るように説明することはできる」というお話が記憶に残っています。実は、民法の中でも理論法学に近い「不法行為」のゼミで、その中でもはたまた理論的な「故意・過失と違法性」を2年かけて学習していましたが、先生のお話は、難解な理論を具体例などを使いながらとても解りやすく教えていただきました。

そのお話の続きとして、言葉や漢字の問題さえ取り払えば「小学生でも司法試験に合格することもできる」というお話をされていました。内容としては比喩的であり、多少誇張した表現ではありますが、お話されていた内容は「学ぶ意思さえあれば、わかりやすく教えることで、理解できないことは無い」ということが本来伝えたかった内容だと思います。

学ぶ側から、社会経験を経て、ビジネスの世界で教えることが多くなって、「解りやすく簡単に説明できているか」と自問自答すると、まだまだ行き届かないことのほうが多いと思います。
【以下略】


-------------------------------------------
■かきての学歴からすると、早稲田大学法学部の民法系の先生が、「どんなに高度な内容でも、子供にも解るように説明することはできる」、言葉や漢字の問題さえ取り払えば「小学生でも司法試験に合格することもできる」という主旨のご発言をされたようだ(かなり特定できそうだけど…)。■旧ブログで「「本当に頭のいい人は、めっちゃくちゃ難しいことをわかりやすく書くことがふつうにできる」は、ケースバイケースであり、「賢者」の大衆的・権威主義的な美化・神秘化である」「いわゆる「賢者の表現」が「万人にとっての確認可能な真理」である保証はない。なぜなら、「賢者」が「真理」に到達したことを保証してくれるとはかぎらないから」とのべた見解について、修正をくわえる必要はないとおもっている。■だから、紹介した法学の専門家の先生の発言をそのまま、まにうけようとはおもわない。
■しかし、もし、このはなしが 「内容としては比喩的であり、多少誇張した表現」ではあっても、単なるホラばなしでなく、妥当なものだとすると、これは、エラいことだということ。その意味が、この文章のかきてはもちろん、発言された先生ご自身が充分理解されていないんじゃないかとおもう。■なぜか?
■もし、この先生のご発言がまちがっていないなら、つぎのような事実が浮上するからだ。

■①しろうとには一見高度にみえる法的議論の大半も、実は「言葉や漢字の問題さえ取り払えば「小学生でも司法試験に合格することもできる」」程度の内容しかもっていない。
■②つまりは、法律の専門家は、この先生の同僚はもちろん、判事・検察官など法曹、立法の作文作業をくりかえす官僚たちもふくめてほとんどが、「言葉や漢字の問題さえ取り払えば「小学生でも司法試験に合格することもできる」」程度の内容しかもっていない事実をふせていると、うたがわれる。
■③前項が現実でないなら、第一項の事実にきづかないぐらいハンパな頭脳のもちぬしが大量に養成されはするが、この先生のような かみくだいた法律解説ができる 頭脳のもちぬしは例外的少数で、日本列島上でくりかえされる実務に全然たりないという、おそろしく不毛なムだがくりかえされている。
■④あるいは、第一項の事実にきづかないぐらいハンパな頭脳のもちぬしが失業しないように、ゼミの学生には密教的に内実を暴露しても、おおやけの場では公言しないように、同業者たちへの政治的配慮をおこなって、以上のような不毛なムダを放置・容認しているか…。

■この第④項の仮説は、かなりの程度、信憑性がある(笑)。なぜなら、「第一項の事実にきづかないぐらいハンパな頭脳のもちぬし」(失礼)は、さすがに、「言葉や漢字の問題さえ取り払えば「小学生でも司法試験に合格することもできる」」ような解説をされれば、たちどころに、自分たちの不明を自覚することになり(だって、普通の小学生よりは、さすがに ずっと知的なわけだし…)、そういった解説を全然できないハンパさをもって、自分たちが生業をいとなむ、半分詐欺的な商売をくりかえしているという現実を直視するほかなくなる。■自分たちの アタマのわるさ、分析・解説能力のなさが、生業の商売の本質だって、ことを、自覚するってのは、「知的エリート」たちにとっては、たえがたいだろう。
■おそらく、そういった詐欺的商法をやらかして全然はずかしいと感じないのは、「わけのわからないような文面によって、官僚・政治家にとって、つごうのよい運用が可能な法文を作成する」ことを生業とする実務官僚たちとか、判事もふくめて まるめこめれば それでよしとわりきる悪徳弁護士とか、自分たちの権力性のあやうさに うすうすきづき、その基盤が「もっともらしい作文(実際には、「わけのわからないような文面」)」にあると認識している判事・検察官ぐらいではないか?■最高裁や最高検察庁の人事ばかり気にした判決文・起訴状をかくことに邁進する、「ヒラメ」とよばれる、判事・検察官が実在するようだから、かれらは、意識的にヤクザな作文をうりにしているのだろう。

■しろうとやコドモあいてに、意識的にケムにまく詐欺師的姿勢は、もちろん悪質だが、意図せずケムにまいている無意識的な詐欺行為を法律の専門家たちがやっているとしたら、そして、それが「小学生」にも理解可能な程度の次元にあるなら、それは悲喜劇といってさしつかえなかろう。■どおりで、しろうと感覚とはいえ、「???」といった印象しかうけない判決文とか起訴状の論理展開によくでくわすわけだ。
■だれか、この早稲田大学の先生レベルの解説者をひとりでもおおく育成するプログラムをつくってください。何百億円かけてもいいんじゃないかとおもう。冗談ではなく。■経済学者には、こういったプロジェクトを実行しないばあいにうしなわれる機会損失とか、社会の巨大なロスを試算してほしいぞ。これも冗談ではなく。
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