プロフィール

ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

日本版ポリティカルコンパス
政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

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生活保守主義としての「食の安全」意識とナショナリズム3

■旧ブログの「生活保守主義としての「食の安全」意識とナショナリズム1」「」の続編。■いわゆる「餃子に農薬」騒動をネタに。

■騒動の概要としては、つぎの一連の記事が、なかなかまとまっている。
●「ギョーザに何が起こったか
●「毒ギョーザとフェアトレード
●「「安くて安全」のカラクリ

■ブロガーmugendai氏ものべるとおり、「安く安全」なんて、つごうのいいハナシが なりたつはずない。食材が安価に調達されるというのは、単に労働単価がひくい地域から「輸入」した みかけ上の「安さ」であって、地球全体・人類全体の中長期的なコストという意味で「安く」ついているわけではない。■マクドナルド化McDonaldization)は、微視的にはサービス労働と その研修過程をふくめた管理労働を全面的にマニュアル化=低コスト化するが徹底追求されるが、巨視的には食材調達の無国籍化が徹底追求される。そこに(長期的な健康面もふくめた)安全第一とか地球環境全体への中長期的配慮なんて、あるわけない。■トヨタのKaizen運動が、労働者や関連企業からの合理的収奪の徹底ではあっても、けっして予定調和的な共存共栄ではないように、マクドナルドなどの外食産業が徹底化した合理化はサービス労働と提供物調達の低コスト化は徹底しても、労働者本位と消費者本位の合理化追求にはならない。■なぜなら、株主(投資家)がよろこぶような収益増大・株価向上こそが、経営陣の至上命題であり、中間管理職や前線指揮官(店長や各種監視員たち)のノルマだからだ。
■逆にいえば、安心・安全を確保したければ、コスト削減を徹底しない「上品な商売」空間で、かなり わりだかな商品を購入するしかない。だから、日米でわきおこった蔑視をともなった中国製品バッシングがはじまるずっとまえから、生活保守主義にたつ富裕層は、「安全を 妥当な価格」でてにいれる姿勢を明確にうちだしていた。■そこにあるのは、(学歴主義や階級差別などがからんだ)文化資本の格差を前提にした、大衆蔑視なんだとおもう。民族差別といった次元でなく、国籍に無関係な階級差別・身分差別ね。
■そして、そういった 無自覚な特権意識にもとづいた生活保守主義は、エリート層だけの独占物ではなくなった。先進地域の大都市部の中間層以上にも、着実に定着しているんだとおもう。■今回のギョーザ騒動は、経済大国へと疾走しつつある中国に対するあせりもからんだナショナリズムも無視できないが、むしろ、過去の自分たちの生活水準のひくさ、リスク意識のひくさをおもいださせるような象徴的な事件として、日本の大衆の意識を刺激した騒動だとみた方がよい。■たとえば、『食品リスク』などの著書がある神里達博氏は、先日の『朝日新聞』で、つぎのような指摘をしている。

 …昨年様々な老舗の食品偽装を我々の社会が強く非難した理由には、そのような近未来の「中核産業」(世界的な健康ブームのなかでの日本食ブランドという意味:ハラナ注)において不始末を見せつけられたことへの、無意識の苛立ちも含まれていたのではないだろうか。そしてきっと我々は、中国の食の現状にも、多くの犠牲者を伴う食品公害が頻発した「昭和の日本」の幻を見ているのだ。忘れかけていた過去の自分に似た「他者」に遭遇し、社会の底に沈殿していた不快な記憶が呼び覚まされたとしても、不思議はないだろう。
……

      〔『朝日新聞』2008/02/05(首都圏版23面=「文化」欄)〕

■たしかに、中国や韓国の動向がきになって、ナショナリズムを刺激するのは、中韓両国のナショナリズムに対してだけではない。おそらく、「過去の劣等だった(わすれさりたい)自分」をおもいださせられて、イヤになるのだ。いや、「過去の劣等だった自分」どころか、「現在もまだひきずっている、野蛮な自分」をカガミでつきつけられるような不快感をあじわわされていることが、日本近現代史にはつきまとってきた。いまも、それはおわっていないのだ。■神里氏が指摘するとおり、うまくて豪華にみえるかもしれないが、ゴテゴテ素材をつっつきまわして、健康にもよろしくない西洋料理、毎日たべつづけるとすると あぶらっこくて 閉口する中華系の料理とはちがって、素材をいかした洗練された日本食…といった、ブランド意識を刺激されるようになった昨今、しにせが率先して偽装をこらし、安全性をないがしろにしていたという、挫折感。これがナショナリズムでなくて、なんだろう。■そして、世界中の食材をカネにあかせてかきあつめ、なかでも「世界の工場、中国大陸」から、大量の加工品を調達して日常をまかなっている日本の「胃袋」。その現実(いわゆる「コストカット」による搾取=矛盾の転嫁)を直視できずに、「安くて安全」を当然のように要求する大衆。■「札びらで ほおをたたく日本商人」「カネもちのくせに、ケチそのものの日本人駐在員」と、悪名たかかった高度成長期直後の「経済大国ニッポン」。しかし、一度みについた 不遜な態度は、全然あらたまることなどないのだ。経済大国というブランドが完全失墜しないかぎりはね。
■ながねんの経済的蓄積にねざした 精神的・文化的ユトリをもって、気品あふれる とりひきができるならともかく、ガツガツかせいで ハデに優位を誇示したいという、「なりあがり」まるだしの日本人たちは、一度も精神的貴族になることはなく、アジアの新興国の勃興にのみこまれて、ズブズブしずみこんでいくのだろうか?■そんな時代には、「安くて安全」といった要求など、当然とおるはずもなく、「安ければそれでいい」という、せっぱつまった経済状態においこまれているかもしれない。
■「地産地消」を基本として、自分たちがたべる食材・料理の調達経路・調理方法を認識することなく、リスク回避は「業者」まかせという、トンマな「消費大国」の落日はちかそうだ。■そして、こんな時代だからこそ、特権層は、「食文化の亡命」と「食材の囲い込み運動」を必死にはかるだろう。大衆との格差は、一層ひらいていく。
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