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ハラナ・タカマサ

Author:ハラナ・タカマサ
     【原名高正】
誕生日:ニーチェ/フーコーと同日
職業 :サービス労働+情報生産

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政治的左右度:-7.6 
経済的左右度:-5.19
【位置 リベラル左派】

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<上智大>教職員が窮乏学生支援 ボーナス減らし奨学金創設(毎日)=「ムダ」とはなにか69

■「教育支出:日本、最低の3.3% GDP比、28カ国中ワースト2位--OECD調査(毎日)=「ムダ」とはなにか55」など、「奨学金」関連記事の続報。


<上智大>教職員が窮乏学生支援 ボーナス減らし奨学金創設
2月6日11時11分配信 毎日新聞

 経済的に苦しい学生を支援するため、上智大学(東京都千代田区)は昨年末の教職員ボーナス予算3000万円をカットして、来年度から特別奨学金を創設すると発表した。各大学は不況対策で奨学金を拡充する傾向にあるが、ボーナス予算から捻出(ねんしゅつ)したのは異例。

 上智大企画広報グループによると、ボーナスカットの対象は、同じ学校法人が運営する上智短大、上智社会福祉専門学校を含めた教職員計約810人。1人平均約3万7000円が減った計算になるが、教職員組合とも合意したという。

 捻出した予算3000万円は3年分の奨学金に充て、来年度から毎年1000万円を特別奨学金として計上する。現在検討している基準で経済的に困難と認めたグループ3校の学生計100人に1人10万円を給付し、12年度まで続ける。返済の必要はない。

 大学企画広報グループは「自分のボーナスが減るので教職員にはいろいろな意見があったと思うが、建学の理念であるキリスト教の他者愛精神が具体化した奨学金になった」と話している。【井崎憲】

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<学生支援>記者の目:柔軟な奨学金制度を望む 松谷譲二
最終更新:2月6日13時10分

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■はっきりいって、私学の教員がボランティアで募金するような はなしではない。本来、政府や自治体が無利子ないしは給付のかたちで奨学金をだすべきなのだ。返済は「出世ばらい」でね。
■とはいえ、さすがミッション系の先生方のこころいき。10万円×100人というのは、ちょっと ものがなしいがね。■ショボい奨学金制度を おためごかしに、麗々しく広報する大手私大たちよりは ずっとずっとマシというもの。


■ちなみに、文部科学省ホームページ(トップページ)をみればよい。政府の私立大学の位置づけがよーくわかる。■「教育」という項目の「大学・大学院・専門教育」というページの「高等教育機関の概要と振興」に「私立大学」はどこにもみあたらない。「私立学校の振興(※「小学校中学校高等学校」の「私立学校の振興」へリンク)」といったところに、ようやく具体的なデータがでてくるだけだ。「新設大学等の情報」とか「大学の設置認可」なんて項目は、私立大学の経営陣とか、一部のひとにしか必要ない情報だし。■大学進学者の8わりをしめるといわれる私立大学だが、日本政府は、奨学金制度を拡充する姿勢などないわけだ。高校(中等教育)までは市民のための準義務教育だが、あとは、保護者の趣味の問題。個人的選択肢の一部にすぎないとね。

■大学など、いかないですむなら それでいい程度の空間でしかない。しかし、いっても ジャマにならない時空でもあって、勉強や あそびが きらいでないなら、いっておいて 損ではない経験が期待できる機会ともいえる。■つまりは、自由な選択肢として保障するのが、社会・政府、ってもんじゃないだろうか? ■「大学全入時代」といわれるが、実際には、官僚や経済学者たちの計算上とはうらはらに、膨大な定員割れ私大と、奇妙に集中する一部有力大学に二分化しているという、冷厳な現実=巨大なムダがある。■はっきりいって、いく気になれない大学がたくさんあり、いってもしかたがない大学もおびただしい。いってみたい大学や、いってみると損じゃない大学はおおくない。そうなると、「大学はおおすぎる」論は、一般論としては「正論」なんだが、地方の私大をはじめとして、膨大な大学倒産が今後くりかえされ、大都市圏の有力大学を中心とした、寡占バブルによる慢心というか、いきのこった大学関係者のカンちがいが ひきずられるんじゃないか? 「自然淘汰」というんだが、市場原理は万能じゃないし、いきのこった学校が「かてば官軍」といった感じで いきまくのは、おかどちがいというもの。
■たとえば、再三かいてきた、法科大学院の惨状なんて、その象徴的な現象じゃないか? 首都圏や関西圏の有力国立・私立大学の大学院はいきのこるだろうが、8わり以上合格といった、本来の需給関係と、合格が受験予備校だのみじゃなく、大学院のなかで「自給」できるのは、いつのことだろうか?■法曹という、実務官僚層を育成するという、実に目的が特化した大学院での人材養成さえも「市場原理」など、社会的な需給・要請にこたえられないし、受験生の人生をかけた不安にこたえきれない。ましてや、サラリーマン養成大学を基本とする日本の4年制大学のように、素養と専門知識のなにを要求されているか微妙な存在、会社組織等が、なにをもとめているのか あいまいなままで、リクルート(新兵補充)がくりかえされる「人材養成」制度は、ユトリという意味では、確保されるべき「巨大なムダ」なんだが、なんのために 確保されているのか? 奨学金や借金や、アルバイトなどまで動員して、いくべき選択肢なのか? それが いま とわれる時代になったのだ。



●「大学特集-全入時代に変わる大学<産経新聞>」←くだらん
●日記内「「ムダ」とはなにか」関連記事
●旧ブログ「「ムダ」とはなにか を含む記事
●日記内「法科大学院」関連記事
●旧ブログ「法科大学院 を含む記事
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コメント

池田清彦氏の指摘にいわく

無知であること自体ではなく無知であることに無自覚な人間は問題、とのことです。
いや、いうまでもないことですが。今回の記事に関連して申しますと、下記の様なことがありました。

大学で一応第二外国語を赤点すれすれでクリアーした私が、以前つとめた某企業で上司と語学のはなしになったとき、そばにいたほかの同僚に説明したらポカンとうわのそらだったので、上司が「いや君、彼は大学を出ていないんだよ」という指摘をして、「であれば多少なりと第二外国語まで勉強した上司と同様の話題を共有してもらうのはムチャかな」と感じてその後は彼のまえで語学の話はしなくなったのですが、その大学を出ていない人物の問題は、「コイツは、すくなくともある分野に関してはオレよりくわしいはずだ」という前提をふまえての発言をその後もしなかったことだとおもいます。ヘコヘコとへつらう必要はさらさらなく、むしろ「特定の分野の知識不足でこまったときはコイツを利用してやれ」くらいの心境でも別に問題ないので、「オレはいくつかの分野に関してはコイツにくらべて無知であるが、それで何が悪い」という心境になれば問題はなかったとおもうのですが、「オレはいくつかの分野に関してはコイツにくらべて無知である」という点の自覚に到達できなかったとおもわれます。
あと、大卒なんですが別の同僚は、上司がわざわざ「生活の質つまりquality of life」と発言したのをメモしていたのですが、「quality life」とかいており、「of」をぬかすという根本的な文法ミスをしておりながら、そのことにまったく無自覚でした(上司の口調を書き写すのにいそがしくてウッカリおとしたもしくは書く時間がなくて省略した、というわけではありません!)。もちろん言語というのは一定期間練習しないとわすれるものですし、受験に外「国」語(実質は残念ながらイングランド語一辺倒)を課さない大学もふえてきているときいています。ですがここでもやはり問題は、「オレは英語はよくわからんが、それで何が悪い」という心境ではなく、理解できもしないイングランド語(しかも中学校レベルである前置詞の基本的な用法さえも理解できていない)を理解できているとおもいこんでいる点でしょう。イングランド語をふくむ語学力が問題ではなく無知であることに無自覚であることが問題。そうした人間が大卒と称している現状を誰もチェックすることがないのであれば、どうして語学以外の分野においても質の担保を出来るであろうか。もともとエコでもなんでもないトヨタのプリウスがブレーキにも欠陥があったという事例にかぎらず、商品を企業がうりにだすまえのチェック不足で不良品がでまわる惨状は、構造的なものだといわざるをえない。

「無知の知」は、現実的に実践不可能な行動指針である。

■かの、ソクラテス大先生は、「無知の知」の重要性をといたらしいのですが、原理的にはともかく、現実的には実践不能な行動指針にもみえます。

■旧ブログ記事「しってる/わからん/わかる」(http://tactac.dreamlog.jp/archives/51656315.html)や、「「賢者の表現」と「相対的愚者の理解力」問題」(http://tactac.dreamlog.jp/archives/51658411.html)などがかぶる記述ですが、「自分がまちがっているかもしれない」という自己批判をうながすような契機は、「自足」している主観にとっては そんなになくて、モニタリングの必要性さえ感じないのではと。
■無知、ないし誤謬の自覚、あるいは、そのリスクをかかえているという自己批判精神とは、ペコペコ 外見上へりくだることで、周囲からの批判をかわせればいいのではなくて、「過ちては則ち改むるに憚ること勿れ」(http://kanbun.info/koji/ayamachiteh.html)という自己批判→修正という不断の革命実践(自己改革運動)の用意と、それを可能にするモニタリング機能の確保が不可欠です。■しかし、「自足」した精神(心理)にとっては、それはのぞむべくもないと。周囲から ただしても、直視できないのが、つねですし。ましてや「ハダカの王さま」状態で、「オトナは スルーする」のが近代社会ですから、「空気をよむ」ことさえ困難なわけですし。
■陳腐ではありますが、「ジョハリの窓」(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%8F%E3%83%AA%E3%81%AE%E7%AA%93)というモデルは、ヒトの認識上の普遍的死角をよくえがけているとおもいます。


■問題は、大学のセンセーたちが、こういった自覚をおもちかどうか? ご自身が「無知の知」の原理的困難性、現実的希少性を、ご自分たちの専門の研鑽から痛感されているかですね(笑)。■もし、それが保障されないのなら、大学進学の「費用対効果」は、はなはだビミョーになると(苦)。
■もちろん、「最高学府はバカだらけ」を紹介した文章(http://harana.blog21.fc2.com/blog-entry-60.html)には、師匠と直接であう機会の重要性を一応うたっておきましたし、「最高学府はバカだらけ」自体が「絶望の書」ではなく、最終部分で、教員が満足な指導などしなくても、学生がかってにバケるという普遍的構造という希望をかたっていること、通信制がはじまるはるかむかしに、師匠と私淑する弟子とのあいだかわされた私信の応酬と、近年のウェブ上の応酬の質的異同など、かんがえねばならない問題が、いくつものこっていそうですが。

違憲こそ「仕訳け」すべき

防衛費ではありませんが、私学補助金も憲法違反とする議論もあります。
保育から科学技術までさまざまな事業も「仕訳け」されている以上、これ以上の増額は難しいのではないでしょうか。

私学は公学とはちがった方針・理念に魅力を感じる人たちの私的共同体です。
そこの学費が年1000万だろうと2000万かかろうと私学の自主性の範囲内だし、
奨学金をつくるのなら自前でやるのでかまわないと思います。

大学人の感覚、世界の常識、日本の庶民感覚

■実は、もう3年もまえの旧ブログ記事「親の学費負担 先進国で最高(朝日)」(http://tactac.dreamlog.jp/archives/51657278.html)の続報であることを、本文でことわるべきでした。

■ワタリさんのご指摘は もちろん よくわかるのですが、大学人の感覚が「日本の庶民感覚(実感)」とか、官僚の「仕分け」感覚とくらべたばあいと、OECDなど欧米のエリートたちの常識とくらべたばあいとでは、「結論」が正反対になりそうです。■まあ、「オーベーか?…」式に、「世界の常識」がただしいかどうかは、「博士号(学位)」同様、微妙ですが…。

■ちなみに、大学のセンセーに「宗教法人は一条校と同様補助がでないけど、大学(教職員+学生)は、なんで公費補助の権利があるの?」って、たずねてみたら、「学問の自由と学習権とから、カネはだすけど、(教育・研究内容や人事には)クチはださない」という、いいとこどりが正当化できるんだそうです。なんだか、わかったような、わからんような。■「小中高校では、過疎地に補助がでるのに、大学のばあい、地方都市で経営を維持するといった社会的責務さえ認識されていない(≒大学経営者と保護者たちの、私的自由の領域だから、いま以上に補助するにあたいしない、と矮小化されている)」といった、くちぶりからすると、「大学人は、教育だけじゃなくて、研究も義務づけられているなんだから、小中高校より優遇されないのは、ヘン」といった特権意識(一種の身分感覚)があるようです。

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